第36話:自責の罪悪
「ん……」
数分後、セスカが目を覚ました。
「セスカさん!」
「あれ、アタシ…………ここは……?」
「セスカ、俺たちのことが分かるか?」
「うん」
返事をして、セスカは上体を起こそうとする。
──が。
「っ……!」
「無理しないでください、ゆっくりでいいんですよ」
未だに頭痛がするのか、頭を押さえて呻き声を上げた。
「そうだ、アタシ…………」
起き上がるのを諦めて再び仰向けになったセスカは、腕を額の上に乗せて呟く。
「覚えてるのか?」
「…………うん」
答える彼女の声音は重い。
それだけで、今の彼女の心中は察することができた。
少しの間沈黙し、俺は煙草を口に咥えて火をつける。
「ま、無事なら何よりだよ。しかし相変わらずお前馬鹿みたいに強いのな」
努めて明るい声を出す。
本当は心配だ。だが、今ここで慰めの言葉を掛ければきっと彼女は自分を責める。
それに、セスカが強かったのは事実である。
人間とのまともな近接戦なんて久しぶりにしたが……腕が鈍ってたらもっと苦戦していただろう。
いや──仮に理性を完全に保っている状態のセスカと戦ったら、負けるのは俺かもしれない。
結局、俺にあるのは不死というアドバンテージだけなのだ。
まぁ今はそんなことはどうでもいい。
「いやー、しかし変なやつだよな。迷宮ってのも」
なっ、と俺は二人に話しかける。
矛先をセスカから迷宮に変えることで、意識を逸らせるかと思ったのだが──
「……して……よ……」
「ん?」
「どうして、責めないのよ。どうして怒らないのよ?」
セスカはいつの間にか体を起こしており、俺の目をじっと見つめながら問いかけた。
「怒るって、何に対してだよ」
「決まってるでしょ!」
俺の言葉はしかし、セスカの叫びに掻き消される。
その叫びに痛切で悲しそうな感情が混ざっているように聞こえたのは、俺の気のせいだろうか。
「アタシ、アタシ……アンタにあんなことを……」
「セスカさん……」
わなわなと手を震わせながら、自分の顔を覆うセスカ。
その手のひらの隙間からは、涙が零れ落ちる。
様子を見た俺は空に向かって煙を吐き出し、そして言った。
「だからそれは、迷宮の異変のせいだっての。お前は何も悪くねぇ」
ああ、クソッ。
どうしてこういう時に気の利いたことが言ってやれないのか。
どうして、結局慰めの言葉を吐いてしまっているのか。
もっと器用にやれたんじゃないかと思う。
「そうですよ、悪いのはセスカさんじゃありません。全部迷宮のせいです。だからみんなで、一緒にこの謎を解き明かしましょう?」
「違う、違うのよ……」
それでもセスカは駄々を捏ねる子どものように首を横に振る。
くしゃっと握りしめた髪の毛が、指の間からはらりと落ちる。
「はぁ……」
俺はセスカの前にしゃがみ込み、一瞬の逡巡の後──彼女の頭に手を置いた。
「──え?」
「気にすんな。少なくとも俺は気にしてない」
言いながら撫でてやると、さらさらとした心地のよい髪の感触が手のひらから伝わってくる。
「でも……」
「でもじゃない。じゃあ仮に俺とお前の立場が逆になったとき、お前は俺を恨むか?」
「そんなわけないじゃない! だって、アンタがそうなったのはただ乗っ取られてたからで──」
「そういうことだ」
けれど、それでもセスカは納得していない様子を見せる。
「それでも、アタシは……ぶっ」
彼女が唐突に変な声を出した理由は単純明快。
俺がその両頬を手でつまんだからだ。
「ひゃにふるのよ」
「うだうだうだうだうるさいからだ。らしくねぇぞ、セスカ。お前はもっとこう……キャンキャン喚いて、面の皮が厚くて、何やらかしてもケロッとしてるような奴だろうが」
「どんな評価ですか……」
隣でノエルが呆れたように言う。
事実だからしょうがないだろ。
とにかく、彼女にしおらしくされていてはこっちの調子が狂うんだ。
セスカに悲しい顔は似合わない。
「いいか、次自分を責めるようなこと言ってみろ。その時は鼻の穴に指突っ込んで思いっきり上に引っ張ってやるからな」
「……レディーに向かってそんなことするなんて、最低ね」
俺なりの冗談が通じたのか、セスカはやっと笑ってくれた。
♠
それからの三層攻略は何事もなく無事に進み、いよいよフロアボスがいると思しき城の前に辿り着いた俺たち。ここを突破すれば、次は四層だ。
「よーし。んじゃまぁ、サクッと終わらせるか」
俺の言葉に二人が頷く。
ここまで異変らしい異変はセスカ以外になし。
怖いくらいに順調だ。
つまり、順当にいけばフロアボス戦で何かが起こる。
一層では単純な魔物の強化、二層では厄介な結界による認識阻害ときたのだ。
今回は一体何が起こるのか。
城の門を潜り、内部に足を踏み入れる。
てっきりフロアボスを守るために魔物が大挙して押し寄せてくるかと考えていたが、城内はいたって静かそのものだった。
豪華な大理石のタイルに、絢爛な飾りつけのされたシャンデリア。
二階に続く階段には良い素材を使っていると一目で分かるカーペットが敷かれている。
けれど、街と同じでここも雰囲気がとても寂しい。
かつては多くの人で賑わっていたのだろうか。
……なんて。
ここは迷宮が創り出した仮初の空間だ。
過去なんてものは存在しない。
俺たちは黙って階段を登り、玉座の間の扉に手を掛ける。
「いよいよご対面だ」
かかってこいよフロアボス。
どんな面か見てやろうじゃないか。
そして扉を開き──
「…………誰もいない?」
ノエルの言う通り、広々とした空間はもぬけの殻だった。
些か拍子抜けだ。
とはいえ、油断はできない。
「気を付けろよ、どこかに隠れてる可能性だってある」
言っておいてなんだが、それはないと思う。
ここに隠れられるような場所はないからな。
当然、天井に何かがへばりついているということもない。
では何か。
本当にフロアボスはいないというのか?
そして、俺たちが玉座の間の中央辺りに差し掛かったときだった。
「!?」
「きゃあっ!?」
俺の少し後ろをついてきていたノエルたちの足元がピンク色に光る。
そして、幾何学的な紋様が浮かび上がった。
「っまずい!」
罠だ。
俺がそこを通った時は反応しなかったのに、一体何故?
だが、考えている時間はない。
急いで二人に駆け寄って魔法陣から突き飛ばそうとして──
浮遊感と共に、視界がブラックアウトした。




