第31話:静かに忍び寄る
かれこれ一時間は経過しただろうか。
あれからずっと歩き通しだが、俺たちは未だに次の層へ行く階段を見つけられていない。
肉体的な疲労こそ溜まらないものの、精神的には摩耗するばかりだ。
出てくる魔物は雑魚ばかりなのが救いだろうか。
「はああっ!」
セスカの剣閃が現れた魔物を斬り飛ばす。
今は前衛を彼女に交代し、俺は中衛として周囲の観察と警戒に努めていた。
今のところ追撃の気配はない。
「セスカ、そいつで最後だ」
「散りなさい」
俺の言葉を受けて、セスカが最後の一体を斬り捨てた後、細剣を鞘にしまう。
「お疲れ様です、セスカさん!」
「この程度、楽勝よ」
セスカは自信たっぷりにそう言った。
実際楽勝なんだろう。激しく動いた後も、彼女は息一つ乱していない。
その様子を見つつ、周りに目を向ける。
と、そこで俺はある違和感に気付いた。
──この景色、見覚えがある。
いや、同じような景色が続く草原なんだからそうだろうと言ってしまえばそこで終わりだ。
だがそうじゃない。何故ならそこには、決定的な証拠が残っていたのだから。
「二人とも、これを見てくれ」
「「?」」
俺はノエルとセスカを呼ぶ。
そして二人が近付いてきたのを確認し、地面を指さした。
「この足跡、俺たちのものだよな?」
「確かに……この靴の形とサイズ、それから人数的にもアタシたちのもので間違いないわね」
「それってつまり……私たち、ずっと同じところをぐるぐると回ってたってことですか?」
ノエルの発言に、俺は頷く。
どうして今まで気付かなかったのか。
警戒は怠っていなかったはずだ。何度も何度も確認したのは間違いない。
となれば、答えは一つ。
「どうやらずっと前から、俺たちは異変に囚われてたみたいだな」
一体いつからか、なんてのは考えたくもない。
恐らくこの階層に足を踏み入れてからずっとだろう。
この状況を突破する方法は──
──いや、一人で何とかしようとするのはもうおしまいだ。
今の俺には、仲間たちがいる。
「二人とも、何か打破する策は思いつくか?」
俺の質問に、セスカとノエルが揃って顎に手を当てる。
「そもそも、どんなカラクリでこうなってるのかが分からないとどうしようもないわね」
「あのう……」
しかしノエルには何か考えがあるようで、そろそろと手を上げた。
「何だ? 言ってみてくれ」
「ごめんなさい、本当はもっと早くにするべきだったんですけれど……今、この空間の魔力を探ってみたら、何カ所か揺らぎのようなものがある場所を見つけました」
「つまり……どういうことだ?」
「アタシたちを惑わせてるのは結界のようなものに近い、ってことよ。つまり、それを壊せば正常な空間に戻るはずだわ」
なるほど、流石はノエルと同じ魔法の心得を嗜む者だ。
セスカの答えに俺は頷いた。
「ならそうしよう。結界の破壊はノエルに頼んでもいいか?」
「はい! 任せてください」
「アタシとヴァニはその間護衛ね。きっと抵抗に遭うから」
作戦が決まった俺たちは、ノエルの先導のもと進み始める。
……彼女がいてくれてよかった。
俺一人だったら謎が解けず、永遠にここを彷徨い続ける羽目になっていただろう。考えただけでもぞっとするね。
「着きました」
まず一か所目。
ノエルが立ち止まり、杖の先端に魔力を込める。
前進したのは俺だけじゃない。彼女も同じだ。
昔のノエルだったら、こんな芸当はできなかったはずだ。
今ではすっかり、一人前の魔法士といっても遜色ないレベルだが。
「──っ、来たか」
「構えなさい、ヴァニ」
予想通り、ノエルが魔力の綻びを破壊しようと試みた瞬間。
空間に亀裂が入り魔物の出現の兆候を示す。
まず腕が現れた。
そして肩、次に頭部と、次第に草原に姿を見せ始める。
『BMOOOOOOO……!』
出てきたのは牛魔人。
五メートルほどの巨体に、血錆で汚れた大斧を持つ巨大な魔物だ。
当然、イレギュラー。
こんな浅い階層に現れる存在ではない。
俺とセスカは互いに頷き合い、左右から攻めることにした。
奴はまだ出現の硬直で完全な体勢ではない。
準備が整うのをわざわざ待ってやるほどお人好しじゃないんでな。
「こっちを──見なさいッ!」
紅蓮の薔薇が咲き誇る。
しかし牛魔人の硬い皮膚を切り裂くには至らず、浅い傷が付くだけで終わる。
ならば次は俺の番だ。
「こんなのはどうだ?」
筋肉に守られていない眼球に向けてクロスボウを射出しながら、足の健を双剣で薙ぐ。
『BMOAAAAAAAAAAAAAAAAA!』
完全に断つことは出来なかった。
しかし、手傷を与えることには成功する。
牛魔人は怒り狂いながら大斧を頭上高く掲げた。
再びセスカとアイコンタクト。
俺たちはノエルとは反対の方向に駆け出す。
『BMOOOOOOOOOOOO!』
狙い通り、こちらに怒りの矛先を向けた牛魔人は俺たちを追いかけてくる。
「ほれほれ! 鬼さんこちら、手の鳴る方へ!」
走りながらもヘイトを稼ぐことは忘れない。
素早くクロスボウの弾倉にボルトを再装填し、続けざまに撃つ。
セスカの細剣でも貫けなかった皮膚には何の意味も成さないが、鬱陶しいことには違いないだろう。
で、ここからの作戦だが。
「ヴァニ! 合わせなさい!」
「おうよ!」
当然力業で押し切る。
いい加減見飽きたんだよ、パワータイプの魔物はさ。
炎を剣身に纏わせたセスカと共に、俺は強く踏み込んで飛び上がる。
「「はぁぁぁぁあああああああッ!」」
ずぶり。
『BGOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』
左右の目にそれぞれの得物が突き刺さり、牛魔人は絶叫を上げながら仰向けに倒れる。
そして数秒後、砂となって消えていった。
「へっ、流石」
「アンタこそね」
着地した俺たちは、ハイタッチをする。
ノエルの方を見ると、丁度綻びの破壊が終わったところだった。
魔法や魔力に関してはずぶの素人の俺でも分かる。
何やら空間がバチバチと瞬いたかと思えば、次の瞬間にはボンと爆ぜたのだ。
「ヴァニさーん、セスカさーん! こっちは無事に終わりました! 援護ありがとうございましたー!」
「おう! 俺たちも終わったぞー!」
遠くでノエルがこちらに手を振っていたので、振り返しながら無事を伝える。
「さ、ノエルの所に戻ろうぜ。……セスカ?」
何の返事もないことに違和感を覚えた俺がセスカの方を見ると、セスカは何やら神妙な面持ちで側頭部を抑えていた。
「ねぇ、ヴァニ……」
「なんだ?」
「アタシたちって、今日初めて会ったのよね?」
「……は? いやいや、何言ってんだ。もっと前からの知り合いだろ。ボケにしちゃ面白くねぇな」
「そっか……そうよね。アハハ、アタシどうかしちゃってたみたい」
「?」
変な奴だ。だが待てよ。
これをこのまま放っておくのはどこか不味い気がする。
もしかして、彼女の身に何か異変が起きているのか?
「さ、早く行きましょ」
「お、おう」
しかしセスカは気にした素振りも見せず、スタスタとノエルの方へ歩いて行ってしまう。
答えの分からない漠然とした不安を覚えながら、俺はセスカの背中を追いかけた。




