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不死刑—世界を救えば死ねるらしい—  作者: 茄子田わさび
第二章:万魔のラビリンス
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第30話:草原の湖畔

 階段を降りると、柔らかい春風が頬を撫でた。

 眼前には、穏やかな草原と奥には湖畔(こはん)が広がっている。


 不思議なものだ。

 ここは迷宮の中だというのに、どうしてこうも自然が再現されているのだろう、と。


「わぁ……良い風」


 ノエルが風でたなびいた髪を撫でつけながら呟く。


「ふふっ、まるでピクニックに来た子供みたいね」

「あう、そんなこと言わないでくださいよセスカさん」

「からかっただけよ」

 

 しかし、本当に穏やかな場所だ。

 魔物の気配も今のところない。

 

 こんな景色を見ながらのんびりと、平和に次の層まで進めたらいいな……なんて思ったりもするが、そうはいかないんだろうな。


「ほら、行くぞ」


 迷路はあれどもほぼ一本道だったさっきまでの層とは違って、ここは自然広がる広大な空間だ。次の層へ降りる階段がどこにあるか分からない。

 

 ここで一生暮らすわけでもなし、謎を探りながらとっとと次の層へ行こう。


 周囲を見渡しながら草原を進む。


 迷宮とは不思議なもので、ここにいる魔物はまるで生物のような行動を取るのにその実、正体は未だに分からない。

 学説では迷宮の魔力が膨張して生み出される人工生命──ならぬ魔工生命だとされているが、はてさて。本当のところがどうなのかは誰にも知られていない。

 

 迷宮それそのものが生物だとするなら、そこから生まれた魔物だって立派な生命だと言えるしな。


 そんな話をしていると──ほら、おでましだ。


『CO……CO……CO……』

 

 空間に(ひずみ)が生じ、そこから何かが落ちてくる。

 鶏の頭に、雛のように(しな)びた体。生えている羽根にいたっては剥き出しの骨という何とも気持ち悪い魔物──骸鳥(シャラバニ)

 

 それが計三体。

 といっても、まぁ……。


『CO』


 トスッと三連続で小気味いい音が鳴り、骸鳥があっけなく砂と化す。

 

 この程度の魔物なら気取って戦って体力を消耗するまでもない。

 クロスボウで充分だ。


「さーてと、探索の続き続きっと……」

「なんだか……」

「可哀想ね、うん」

 

 そんなこと言ったってしょうがないだろう。

 

「にしても、何か拍子抜けだな」


 てっきり第二層もイレギュラーで溢れかえっているものだとばかり思っていた。

 それが、蓋を開けてみればこれだ。


 空ではさっきの骸鳥(シャラバニ)とは違ってちゃんとした小鳥が(さえず)っている。

 ちなみにあれも魔物だ。害はないけどな。


「確かに言われてみればそうね。ほんと、ここが本物の景色ならゆっくりできたのに」

「ふふっ。いつか一緒に行きましょうよ、みんなで」

「ああ、それも悪くないな」


 雑談に興じながら草原をただひたすらに進み続ける。

 湖畔(こはん)との距離は一向に縮まらない。


 これが俺たちがそこまで盛り上がっていない理由だ。

 所詮あの湖はハリボテ、本物ではない。

 つまり俺たちは延々とこのだだっぴろい草原を歩き続け、そしてどこかに隠れている階段を見つけるしかないというわけである。


「……ちょっと休憩するか」

「あら、もう疲れたの? アタシはまだまだ行けるけど」

「ごめんなさい、私ちょっと疲れました……」

「だそうだ」


 セスカの方を振り返ってそう言うと、彼女は肩を竦める。

 まぁ、これでも賛成ってことだろう。

 こいつが反対するときはもっとギャーギャー(やかま)しいからな。


「お前らは座ってていいぞ、警戒は俺がしとく」

「何言ってんの、アンタこそ休みなさいよ。|さっきの戦夜叉(ジャハバリ)の戦い、疲れたでしょ」

「いや全く。お前らに比べりゃ全然マシだ」

「相ッ変わらず頑固ね。いいから休みなさい」

「謹んでお断りします」

「あわわ……お、お二人とも一緒に休みましょうよ」


 ほらな? どっちが頑固だか分かったもんじゃない。


「はぁ……ま、いいか。どうせ今の雰囲気じゃ変な魔物も出ないだろ」


 言って、しまったと思う。

 こういうことを言うから異変に巻き込まれるのだ。


 だがここでコロコロ言うことを変えていたら、それこそ変な奴だと思われてしまう。

 諦めた俺は静かに地面に腰を下ろす。


「煙草、吸ってもいいか?」


 こうして確認を取るようになったのは、ノエルとパーティになってからか。

 前までは気にせずに吸ってたってのに、変な話だよな。


「アンタねぇ……昔言ったじゃない、煙草は体に悪いから辞めなさいって」


 火をつけずに咥えたままの俺の煙草を見ながら、セスカが小言を言ってくる。


「いいだろ別に。俺の体は俺のモンだ」

「……! じゃあ勝手にすれば!」

「はいはいセスカさん、落ち着いてください。ヴァニさん、私はセスカさんに賛成です。ということで、はい没収です」

「あっ、おま──」


 ノエルに煙草を掠め取られる。

 取り返そうと手を伸ばすが、ひらりと(かわ)されてしまった。


「ヴァニさんはもっと人の気持ちを考えてあげてください。セスカさんは、ヴァニさんを心配して言ったんですよ」

「ノエル……」

「………………わーったよ。セスカ、俺が悪かった」


 俺はガシガシと後頭部を搔きながらそう言った。


「ふ、ふん。別に私は心配なんてしてないわよ。ただ煙草の煙が臭いから辞めてって言っただけ」

「ふふっ」

「何がおかしいのよ、ノエル」

「いえ、セスカさんは可愛いなって」

「はぁっ!? あ、頭がおかしいのかしら」


 仲睦まじく交流するノエルたちを見て、笑みが漏れる。

 本当、最初の出会いから考えれば随分と仲良くなったものだ。

 年も近いし、打ち解けられて何よりだ。


 ……しかし、人の気持ちを考えろ、か。


 仰向けに寝転がり、青い空を見つめる。

 

 これでも他人の気持ちの機微(きび)には(さと)い方だと思っていた。 

 常に他人の顔色を伺いながら生きていた過去に、必死に身に着けた処世術だ。


 だが、分かった気になっていただけなのかもしれないな。

 

「んあ」


 ふいに頭上に影が差す。

 なんだと思えば、ノエルが俺の顔を覗き込んでいた。

 

「どうした、ノエル」

「さっきはごめんなさい。ちょっと言いすぎたかもしれません」


 なんだそんなことか。

 俺はフッと笑いながら首を横に振る。


「いいや、むしろ感謝してるさ。お前のおかげで、もう少し自分を見つめ直そうと思えたからな」

「ふふっ、それならよかったです」


 眩しい笑顔だ。

 

「ねえ、ヴァニさん」

「ん」

「これだけは忘れないでくださいね。私も、それにセスカさんも。ヴァニさんのことが大切なんです」

「…………お前なぁ、よくもまぁ面と向かってそんなことが言えるよな」

「本心ですから」


 ……どうやらこのお嬢さんは、魔法の才能だけでなく無自覚に人たらしの才能も兼ね備えているようだ。


 顔を隠せる帽子を持ってこなかったことを悔やみながら、俺は静かに目を閉じた。

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