第29話:フロアボス
重く響く音を立てながら、巨大な扉がひとりでに開く。
その奥は、闘技場のような円形の広い空間になっていた。
中央には、仁王立ちをしている巨大な魔物が一体。
あの魔物の名は確か、そう──
「戦夜叉か」
「嘘でしょ? どうして……」
「セスカさん、まさかあの魔物も異変ですか」
「ええ、最初のフロアボスは魔人豚だったはずよ」
魔人豚……所謂、豚の顔をした人型の魔物だ。
初心者でも安全マージンを取れば必ず勝てるレベルの存在である。
しかし、今あそこにいる戦夜叉は……金級のパーティでやっとこさ倒せるといったところか。
だが、それでも今の俺たちなら余裕で勝てる。
「んじゃまぁ……サクッと倒して次の層に行くか」
「ええ、そうね」
「はい!」
一歩。
俺たちが闘技場に足を踏み入れた途端、戦夜叉がぴくりと動く。
兜の向こうで赤い眼が妖しく輝き、俺たちを捉えた。
『………………』
そして、四本の腕でそれぞれ別の得物を構える。
「俺とセスカが前衛を、ノエルは後方支援を頼む」
「分かりました!」
「行くぞ、セスカ」
「ええ」
俺たちは頷き合い、行動を開始する。
「ほらほらこっちだ!」
まずは俺から。
走りながら、ハンドクロスボウを取り出して戦夜叉の顔目掛けて撃ち込む。
先のデウリエリ戦以降、遠距離攻撃でヘイトを稼ぐことの大切さを学んだ俺は、工房に頼んで特注の小型クロスボウを作ってもらった。
こいつは威力こそ小さいが、ボルトの装填スピードが速く威力も申し分ない。
更になんと、少量ではあるが弾倉が付いているおかげで数本は連続して射出できるのだ。
『…………』
戦夜叉は無言でボルトを数本叩き落とす。
だがそれでいい。
「余所見してていいのかしらっ!」
その隙に、剣に紅蓮の薔薇を纏わせたセスカが急襲。
飛び上がり、奴の肩口目掛けて細剣を突き刺す。
『OOOOOOOOOO…………!』
貫かれた箇所から激しい炎を巻き上げ、腕が一本落ちる。
戦夜叉は即座に反撃に転じるも、セスカは猫のようなしなやかさで後方に跳躍しそれを回避した。
「≪流水烈花≫!」
更にはその後隙をノエルの魔法が襲う。
棘々しくも美しい水の波紋が戦夜叉の左足を消し飛ばし、大きく体勢が崩れる。
「流石だな」
後の仕上げは俺が。
セスカ、ノエルの攻撃のおかげで充分に接近していた俺は、戦夜叉の首を狙って刃を構え──決死の反撃で振るわれた刀を冷静に回避し、トドメの一撃を叩き込む。
『……………………!』
その瞬間、ガラガラと戦夜叉が纏っていた鎧が崩れ落ち、内部が砂に変わって消えてゆく。
こうして俺たちは、想定外の魔物に変わっているというハプニングはあったものの、無事にフロアボスを倒すことができた。
「やりましたね、お二人とも!」
「ええ、みんないい動きだったわ」
「だな。……さ、次の層に──」
しかし直後、嫌な予感がして叫ぶ。
「全員伏せろ!」
「「……!」」
そうして全員が伏せたところ、頭上を重い風切り音がして何かが通り抜けた。
見れば、戦夜叉がいつの間にか復活しているではないか。
「どういうこと!? 戦夜叉はさっき確かに倒したはずでしょ!?」
「落ち着け。ここでパニックになったら向こうの思うつぼだ」
「……そうね」
「それよりお二人とも! あの魔物、何だか様子がおかしいです!」
『OOOOOOOO! OOOOOOOOOOOOOOO!!』
戦夜叉は雄叫びを上げながらブンブンと出鱈目に武器を振り回している。
その身体からは、どす黒く紅いオーラが噴き出していた。
「……明らかにさっきより強くなってるな」
「チッ……厄介なことになったわね」
所謂〝狂化〟状態。
稀に、迷宮内の魔物はこの状態に入る。
そうなった魔物は凶暴性が更に増し、何らかのバフがかかる。
過去には、狂化状態に入ったレッドキャップに中堅の冒険者パーティが皆殺しにされたという事例もある。
それだけならまだいい。
問題なのは再発生の速度だ。
フロアボスの再発生は、確か数時間のクールタイムがあったはず。
こんなに早く、しかも狂化状態になって復活するなど普通はあり得ない。
これも異変の一つだというのか。
「私が縛ります! ≪縛侵水≫!」
ノエルが即座に行動に移る。
水の鎖が戦夜叉の身体に巻き付き、その行動を封じた。
デウリエリでさえ抜け出すことのできなかった魔法だ、いくら狂化した戦夜叉でも、それを振りほどくのは至難の業。
──と、思っていた。
『OOOOOOOOOOOOOOOO!!』
「嘘!?」
しかし、戦夜叉は雄叫びの一つだけであっさりと水の鎖を破壊してしまった。
「ははっ、何つう馬鹿力だよ……」
「……メルシエラさんが言っていました。敵は常に想定を必ず上回ってくると。……なら! ≪縛侵水・三重≫!」
「おいおいマジかよ……」
「なっ!?」
魔法の重ね掛け、それも所謂トリプルキャストだ。
そんな芸当をいきなりやってのけたノエルに、俺もセスカも驚いた。
何故ならそれは、超絶技巧の領域。
セスカの付与魔法よりも遥かに高度な技術が必要とされる業だからだ。
極太の鎖に縛られ、さしもの戦夜叉も今度ばかりは中々抜け出せずに藻掻いている。
「でかした! よし、今がチャンスだ、セスカ!」
「ええっ!」
俺たちは駆ける。
──狙いは奴の頭部だ。
一撃必殺……これが最も確実に相手を殺す方法故に。
「はああああっ!」
セスカが先駆けて戦夜叉の膝を狙って細剣の連撃を叩き込む。
ガクンと大きく体勢が崩れ、戦夜叉が膝を突いた。
耐久力はそこまで上がっていないようだ。
攻撃力と速度の上昇のみ、といったところか。
ならばいける。
「ヴァニッ!」
「ああ!」
セスカがこちらに身体を向け、両手を握ってこちらに突き出す。
俺はそこに足を掛け、押し上げられながら高く飛び上がった。
「今度こそ……終わりだッ!」
錐揉みのように回転しながら戦夜叉の頭上に急降下。
兜を砕きながら、その脳天をかち割った。
『OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO…………………………』
戦夜叉は再び黒砂と化して大気中に消えてゆく。
しかし、俺たちは油断しない。
二分、三分……
しばらくの時間が経ち、それでも奴が今度は復活しないことを確認した俺たちは、そこで初めて安堵のため息を吐き出した。
「……やったわね」
「ああ、いい連携だったな」
「皆さん、お疲れ様です」
迷宮の最初のフロアボスだというのに、どっと疲れた。
序盤でこれなら、この後には何が待っているというのか。
だが、俺たちならばきっといける。
戦いの中でどんどん成長していくノエル。
既に完成された強さを手にしているセスカ。
二人とも、頼もしい仲間だ。
「ほんと、良い仲間に恵まれたよ」
「えへへ……そうでしょうか」
おっと、独り言のつもりだったが聞こえてたか。
「ふ、ふん! 感謝しなさいよね。アタシが協力してあげてるのは気まぐれなんだから! で、でも、その……もしどうしてもってアンタが言うんなら、パーティに入ってあげても……」
「さ、行くか」
「ですね」
「ちょっと! 聞きなさいってば! ねぇ、聞いてるの!?」
……うん、多分大丈夫だ。




