第3話:咆哮
翌日の朝、俺はノエルと冒険者ギルドで待ち合わせをしていた。
といっても、俺が着いた頃には既にノエルがいて。
「おはよう。早いな、ノエル」
「あ、おはようございます、ヴァニさん」
濡羽色の髪をルーズサイドテールに纏めた、整った顔の少女。
その群青色の瞳が俺を捉える。
「ちゃんと寝れたのか?」
「えへへ……実は緊張して、うまく寝れませんでした」
「ったく……無理はするなよ」
ノエルの表情は少し眠そうで、俺は心配する。
寝不足で魔獣に殺されました、では話にならないからな。
無論そうならないように俺が守るわけだが、いつもそうできるとは限らない。
「それじゃ、行くか」
「はいっ」
今日は簡単な依頼をこなす予定だ。まずはノエルの力量を測りたい。
あまり魔法が使えないと言っていたが、それでどこまでやれるのか。
また、彼女は銅級……下から数えて二番目の階級のため、基本的な冒険者としての知識が備わっているかという確認もある。
それだけじゃない。
俺自身、ずっとソロでやってきたため連携が出来るかという認識と動きの擦り合わせの意味合いもある。
そりゃあ誰かと共闘する機会があるにはあったが、パーティを組んで今後一緒に活動していくとなれば重要なことだからな。
クエストボードの前に立ち、依頼をざっと眺める。
「さて、何にするか……」
「沢山ありますね」
「ああ、なんたってまだ朝だからな」
冒険者の朝は早い。
単純に依頼先との往復時間の兼ね合いでそうなっているという側面もあれば、夜間の依頼が危険だからという理由もある。
この世界における脅威……魔獣というのは、基本的に夜行性の存在が多いのだ。
どうしてわざわざ危険な魔獣が更に興奮している時間帯に戦おうと思えるのか。
普通の人間なら、そう考えるだろう。
だからそういった理由で、基本は朝から依頼に赴く冒険者が殆どだ。
「ふむ……じゃあ、こいつにするか」
俺が選んだのは、コボルド十匹の討伐。
依頼先は昨晩シリウスが話していた逢魔の森だ。
まぁ、コボルド程度なら銅級の冒険者でも相手できるレベルだし、丁度いいだろう。
「コボルド、ですか……」
依頼書を覗き込んだノエルの瞳が揺れる。
「不安か?」
「はい、少し……」
「まぁ安心しろ。今日は独りじゃない、俺がついてる。それに……」
「それに……?」
「お前には、間違っても傷一つ付けさせやしないさ」
口から出た言葉に、俺自身驚く。
昨日からどうにも調子がおかしい。
やはりノエルを彼女──鏡花に重ねている部分があるのは否定できないだろう。
よくないことだと理解はしている。
ノエルはノエルだ。今の俺は、彼女に対する敬意が欠けている。
だが、俺が慚愧の念を抱いていることなど露知らず。
「ふふっ、ありがとうございます。でも、私も頑張りますね!」
ノエルはにっこりとそう言った。
♠
──逢魔の森
受注を済ませた俺たちは、早速逢魔の森に足を踏み入れていた。
この森はいつも陰鬱な気配に包まれている。
俗っぽい言葉で例えるなら、所謂『出そう』な森だ。
何せこの森の広さは未知数。
森の深いところには熟練の冒険者ですら手を焼く魔獣がゴロゴロと生息しており、未だ全貌を解明できていないのだ。
「…………っ」
ノエルはやはり不安そうに杖を両手で抱え、キョロキョロと辺りを見渡している。
「大丈夫だ、ここはまだ森の浅瀬。何か出てもすぐに対処できる。だから平常心でいろ」
「は、はい」
『ガァ、ガァッ!』
どこかで怪鳥の鳴き声がする。
「きゃっ!?」
その声に、ノエルがびくりと肩を震わせた。
……臆病なのは決して悪いことじゃない。
だが、慣れは必要だな。
とはいえ、それはこれからの課題ということでいいだろう。
意識を切り替えて、俺は周囲を見渡す。
森というのは資源もそうだが、痕跡の宝庫だ。
遺された糞、縄張りを主張する傷跡、それから足跡などなど……それらを注意深く見ながら、森を進んでいく。
それから少しして。
「ノエル、一旦止まれ」
「はい」
気配を感じ取った俺は、ノエルを止める。
果たして俺たちから少し離れたところに、ゆらゆらと動く影が現れた。
それは犬のような頭部をした、人型で二足歩行の魔獣──コボルドだ。
「早速お目当ての魔獣が見つかるとはな……」
コボルドたちはこちらに気付いていないようで、鼻をスンスンと鳴らしながらしきりに辺りを見回している。今がチャンスだ。早速実戦といこう。
「ノエル、魔法の準備を頼めるか」
「分かりました」
まずは俺が注意を引く。
「シッ」
先頭を歩くコボルドに駆け寄って、短く息を吐きながら手元を一閃させる。
頭部と胴体が泣き別れしたコボルドは、何が起きたか分かっていない表情のまま地面に斃れた。
『GAW!? BAW!』
襲撃に気付いたコボルドたちがすぐに陣形を組み始める。
妙だな……対応が素早い。
とはいえ所詮は雑魚。
「ノエル、今だ!」
「は、はい! いきます! ──≪水穿槍≫!」
詠唱と共に杖の先から放たれた高出力の水流。
それが複数匹のコボルドの頭を消し飛ばす。
威力、精度ともに申し分ない。
正直、これで役に立たないと評価される理由が俺には理解できなかった。
「上出来だ」
更に俺も続けて、何匹かのコボルドの喉を切り裂いて仕留める。
折角こちらの襲撃に対応しようとしていたコボルドたちだったが、これでバラバラになったわけだ。
──残るは三匹。
二体は素早く俺が処理し、残りの一体はノエルに任せる。
「もう一回……! ≪水穿槍≫!」
再び激流の槍が迸り、コボルドの胴体を貫き、一瞬で絶命させる。
「やったな、お疲れさん」
「はい、やりました!」
後方にいたノエルに声をかけると、元気な返事が返ってくる。
「いや、正直驚いたよ。良い魔法だ、よく使いこなせてる」
「いえいえ、まだまだです……」
「ははっ、精進しようとするのはいいことだ」
僅かな魔法しか使えないとのことだったが……これを極めるだけで冒険者ランクとしては銀級あたりまではいけるだろう。
「だが、気になるな……」
「え?」
「ノエルの魔法に制約があることが、な。もしかしたら何かあるかもしれん」
「どう……なんでしょうか」
「今すぐに答えは出ないが、少し調べてみるのもいいかもな」
魔法……俺は使えないが、もしかしたらあいつなら何か知ってるかもしれない。俺はその件を頭の片隅に留めつつ、コボルドたちの解体に掛かった。
森には動物以外にも魔物がうじゃうじゃいる。血の匂いに引き寄せられて直にここにもやってくるだろう。
「あの、ヴァニさん」
ギルドへの提出に必要な部位を解体していると、背後からノエルが話しかけてきた。
「なんだ?」
「その……私でも強くなれますか?」
「ああ。もちろん断言はできないが、きっとなれるだろうさ」
それは慰めではない。
間違いなくノエルには才覚が備わっている。
だからこそ、次の目標はノエルの謎を解くことにあるだろう。
「よし、解体終わり。それじゃあ今日は帰るとする──」
そのとき、先ほどから感じていた妙な違和感が再び湧き上がる。
何だろうか、そういえばさっきから森がやけに静かすぎるような──
瞬間、背筋がぞっと凍り付いた。
何かが来る。
「ア゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ン!!」
そして森の奥底から、魂を底冷えさせるような悍ましい咆哮が聞えてきた。




