第26話:嵐の前の観光
「……………………おぅ」
どうしてこうなった。
俺の両手には、大量の紙袋。
完全に荷物持ちの役割になってしまっている。
いや、いいさ。
別にいいんだが、というか、いいけど。
こうなってしまった理由は、少し前に遡る──
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「セスカさん!」
「何よ」
オーバーヒート状態から回復したノエルが、凄い剣幕でセスカに詰め寄った。
その勢いにセスカも若干引き気味である。
「敵に乞うなんて屈辱ですが……そんなこと言ってられません! セスカさん、私にファッションセンスを教えてください!」
「は、はぁ……? なんでアタシが」
「お願いします! 私、もっと上に行かなきゃいけないんです!」
「……変な子。わかったわよ」
どうやら、彼女には何か負けられない戦いがあるようだ。
セスカは呆れた様子でため息を吐き、承諾した。
そして街に繰り出すなり、女性陣の戦場が始まる。
「それじゃ、まずは服屋に行きましょうか」
「はい!」
……あれ、俺の意見は? ない? さいですか。
いや、別にどこか行きたいところがあったわけでもないから別にいいんだが。
完全に置いてけぼりと化した俺は、黙ってセスカたちの後についていく。
そして何件かの服屋を回った。
「うーん、アンタ素材はかなり上質なのよね。だから中途半端な服じゃ駄目だわ」
「ふむふむ! 勉強になります!」
凄い熱量だ。
一体何が彼女の魂に火をつけたのか、俺は不思議でしょうがない。
「これとかどう?」
「はわ……可愛いです。でも、こんな可愛い服を私が着て似合うんでしょうか?」
「何言ってんのよ、服は着られるものじゃない、着るものよ。アンタが着こなせると思えば、服は必ずそれに応えてくれるものなの」
「わ、分かりました……! 着てみます!」
そうして何着かの服を手に取り、鼻息荒く試着室に潜り込むノエル。
やがて出てきてはセスカに評価を貰い、着替えてはまた出てきてを繰り返す。
時折俺の方をちらちらと見るが、生憎俺にファッションセンスは皆無だ。
何と言ってやったらいいか分からず、適当に「似合ってるぞ」と言ってやることしかできない。
だがそれでもノエルは嬉しそうに笑うので、まぁ彼女がいいならそれでいいかの精神である。
そして巡った服屋の数が片手じゃ数えられなくなった頃、俺の両手には気付けばパンパンに服が詰まった紙袋が握らされていたということである。
「ふぅ、こんなものでいいかしら」
「セスカさん、ありがとうございました!」
「ふっ、お礼なんていいわ。アタシも初めて誰かのために服を選んだけど、案外楽しかったから」
「私、どうやらセスカさんを誤解してたみたいです」
最初は険悪だったノエルとセスカだが、今ではすっかり蟠りも溶けて仲良くなったようだ。
うんうん、良いことだな。俺が完全に空気と化していることを除けば。
とはいえ、これは百合……というやつなのだろうか。
であれば、俺がそこに割って入るとは無粋なもの。
百合に挟まる男は死ぬべしといつかの少女も言っていたしな。
「アタシいっぱいお店回って喉が渇いたわ。この辺で休憩しない?」
「そうですね。足も疲れましたし、賛成です」
「はいよ」
セスカの先導で店に向かう。
『フラワーバーム』と書かれた看板のある店は、多くの人で賑わっていた。
店内だけでなく店の外にある席まで満席だ。
彼らが飲んでいるのは……なんだろうか。
所謂トロピカルドリンクというやつに見える。
青と白のグラデーションが美しく、その上にマンゴーやチェリーなどの果物が乗せられたお洒落な飲み物だ。
どうやらセスカは、隅々まで女子力が高いらしい。
「アタシはもう決まってるけど、アンタたちは何飲む?」
「むむむ、悩みますね……どれも美味しそうです」
「俺は適当でいいわ」
ノエルはメニューと真剣に見つめ合い、唸り声を上げている。
「決めました! 私はこのラジアータ・ウィッシュにします!」
そう言って指さしたのは白と赤のドリンク。
その上には赤い彼岸花のような花が添えられていて、上品な美しさを醸し出している。
「それじゃあ行きましょ。ヴァニは席取っておいてくれる?」
「へいへい」
俺は素直に便利屋さんに徹することにした。
セスカとノエルがカウンターに行くのを見送ってから、空いている席を探す。
ところがこれが中々難しい。
さっきちらりと見たときからそうだったが、どこも満席で空いている席がどこにも見当たらないのだ。
ウロウロと何回か店を往復したところで、一組席を立ったところがあったので近くに行ってマークする。
すぐに店員がやってきてテーブルの上を片付けてくれたので、ようやっと俺は腰を下ろすことができた。
「お待たせ」
丁度そこに、三人分のドリンクを持ったノエルとセスカがやってくる。
「はい、これ。アンタの分」
「おう、サンキューな」
差し出されたのは緑と白のドリンク。
これは一体何味なのだろうか?
試しにストローを差して口を付けてみると、それは意外なことに懐かしい味だった。
「……抹茶か」
まさかこの世界でも抹茶を口にできるとは。
俺の好物の中でもベストスリーに入るそれは、酷く郷愁の念を刺激する。
「どう? お口に合う味だったかしら」
「ああ、俺の大好きな味だ。ありがとうな」
「それはよかった」
セスカはにこりと笑って自分のドリンクに口を付ける。
「わぁ……見た目も綺麗ですけど、味もとっても美味しいですね、これ……!」
ノエルもドリンクを飲み、目をキラキラとさせていた。
「ふふっ。ここの店が人気な理由、分かってもらえたかしら」
「はいっ、セスカさんのはどんな味なんですか?」
「気になるなら少し飲んでみる?」
「いいんですか!?」
「もちろん。その代わり、アンタのも少しわけてちょうだいね」
女子二人はキャッキャと言いながらドリンクをシェアし合っている。
その様子を微笑ましく見つめながら一人抹茶ドリンクを飲んでいた俺だが、しかし。
次の瞬間ここでも予想だにしない爆弾が降ってくることになる。
「あ、あのぅ……ヴァニさん」
「ん? どうしたノエル」
「そ、その、よかったらヴァニさんのも一口くれませんか?」
「ン゛ン゛ッ!」
危ない所だった。
ストローから口を離していなかったら、ノエルたちの顔面に盛大に毒霧を吐くところだ。
「ダメ、でしょうか……」
捨てられた子猫のような目でそう言ってくるノエル。
断れるわけがないだろう。ないがしかし。
「ああ、別に構わんぞ」
「……! ありがとうございます!」
ここで動揺しては俺の面子にも関わるのでな。
全くの自然体でノエルにドリンクを渡すことに成功し、内心でガッツポーズを取った。
「わっ! これすっごく美味しいですね! なんていうか、少しほろ苦いですけどそれを甘味が上回って、とても上品な味がします!」
「な、な、な……ノエル、アンタ……!」
満足そうなノエルを見つめていると、セスカがわなわなと肩を震わせながらノエルを指さしているのが目に留まる。
「? セスカさん、どうしたんですか?」
「アンタ、アンタねぇ……なんでそんなしれっとヴァニと間接キスしてるのよ!」
「ふぇっ!? あ、あっ! 違くて、これはその、違くて! でもそういうことに……あ、あわわ……!」
ああ、セスカさん。言っちゃったんですね。
だからやめとけって俺は思ったんですよ。
でも当の本人は純度百パーセントで言ってるっぽかったし、気付いてないみたいだったからほっとしてたのに。
あなた言っちゃいましたね。
ほら見てくださいよ、ノエルさんたらリンゴみたいに顔が真っ赤になってるじゃないですか。
「あ、あわわ……わ……わわわわ……はへぇ」
ノエルは再びオーバーヒート状態に移行し、頭から煙を出す勢いで昇天した。
「ずるい……私だってしたかったのに……!」
セスカもセスカで小声で何かをぶつぶつと呟き、机の上にダウンする。
「…………なんなんすかね、これ」
俺はただ黙って、心の中で十字架を切ることしかできなかった。




