第22話:迷宮の調査依頼
穏やかな午後の昼下がり。
ギルドに備え付けの酒場で、俺はノエルと一緒に休憩していた。
「いやぁ、今日もお疲れさん」
「お疲れ様です、ヴァニさん」
それぞれ酒とジュースが入ったジョッキをぶつけ合った。
疲れた身体に冷たい酒が染み渡る。
隣を見ると、ノエルもまたこくこくと喉を鳴らしながら実に美味そうにジュースを飲んでいるのが見える。
「ヴァニさん、今日の私どうでしたか!」
美しいサンゴ礁のようなコバルトブルーの瞳をした少女──ノエルが俺にそう問いかけてくる。
「ああ、最高だった。また成長したな」
「えへへ、やりました!」
ノエルは魔法士として稀有な才能を持っている。
ここ最近、その実力はまた伸びた。
更になんとめでたいことに、ノエルはデウリエリの討伐作戦を受けて一気に金級まで格上げされたのだ。
これは極めて異例中の異例で、かの作戦において多大な貢献が認められたことの証である。
「また使える魔法が増えたんじゃないか?」
「そうですね、色々試してみてるんですが、やっぱりレパートリーは増やした方がいいと思いまして」
「ああ、そうだよな。戦い方の幅が広がれば取れる選択肢も増える。悪くないと思うぜ」
そう話し合っていると、ふと俺たちの座っている席に誰かが近づいてくる気配を感じた。
「お休みのところ失礼いたします、ヴァニ様とノエル様ですね?」
「ああ、そうだが」
「どうかしましたか?」
「支部長、イザベラ様がお呼びです。三階までご足労願えますか?」
その言葉に、俺はノエルと顔を見合わせる。
なんだってまた、イザベラが?
この前の一件で聴取漏れでもあったのだろうか。
まぁ、呼ばれてる以上は行くしかないわけだが。
「分かった、すぐに向かうよ」
「ありがとうございます」
ギルドの職員は一礼すると、再び自分の仕事に戻っていった。
「何があったんでしょうね」
「さあな、面倒くさいことじゃないといいが」
階段を登りながらノエルと話し合う。
何もないのに呼び出されることはないだろうし、話を聞いてみなければ分からない。
支部長室の前に辿り着き、いつものように扉を三回ノックする。
『入れ』
イザベラの声を確認し、俺たちは扉を開けた。
「よう、邪魔するぜ」
「失礼します」
相変わらずの煙たい部屋。その中にあるソファに腰を下ろす。
厳格な顔つきのイザベラに視線を向けると、彼女は俺たちの方を見て頷いた。
「突然呼び出してすまないな」
「いいさ。で、用件は?」
「ああ、それなんだが、これを見てほしい」
そう言ってイザベラは一枚の紙を机の上で滑らせる。
そこには、こう書かれていた。
『フレデリックの迷宮にて、異常事態が発生。
迷宮調査のため、応援要請をされたい』
なるほどな、これが今回俺たちを呼び出した理由というわけだ。
フレデリック……確か南の方にある大きな街だったか。
ここから馬車で三日ほど、距離感でいえばそんなに遠くない場所だ。
「異常事態の詳細はまだ聞いてないのか?」
「ああ、現地で説明したいとの意向でな」
イザベラは眉間に手を当てて揉む。
どうやらだいぶお疲れの様子だ。
執務机の方を見れば、山のように書類が溜まっている。
「すまないが、頼めるか?」
その問いに、俺はノエルの方をちらりと見た。
「迷宮の調査……」
「俺は別に構わんが、ノエルはどうだ?」
「はい、面白そう……なんて言ったら不謹慎ですけど、行ってみたいです!」
「オーケー、なら決まりだな」
俺たちは笑って快諾する。
ノエルに自分の秘密を打ち明けたあの一件から、どうやら俺の心境にも大きな変化があったみたいだ。
「二人とも……本当に感謝する」
「いいっていいって、気にするなよ。アンタも大変なんだろうし」
「そうですよ、イザベラさん。こういうときのための冒険者ですから!」
ノエルはそう言って、胸の前で小さく「ぐっ」と拳を握る。
「それに、そんな弱ってるなんてアンタらしくないからな。手伝えるもんなら手伝うさ」
「ふっ、お前も随分と変わったようだな」
俺がそう言って慰めると、イザベラは穏やかな表情で俺たちを見た。
「それにノエルも、成長したようだ。同じ冒険者としても嬉しく思うよ」
「ふふっ、皆さんのおかげです」
本当に、ノエルは頼もしくなった。
相棒として嬉しい限りだ。
「交通費はギルドが出す。せっかくの遠出だ、楽しんで行ってこい。とはいえ……デウリエリの一件もある、現地では気を付けてくれ」
「ああ、了解だ」
「はい!」
そう言って話を締めくくり、俺たちはギルドを後にした。
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帰り道、徐にノエルが口を開く。
「それにしても、フレデリックですかぁ。私まだ行ったことないです」
「そうか。俺はどうだったかな……前に何回か行ったことある気がするが、活気があって良い所だったぜ。特に緑が綺麗な街並みだ」
「へぇー! 私、自然が大好きなので凄く楽しみです!」
確かに自然っていいよな、人工物ばかりだと息苦しさを感じるというか……。
やはり、緑があると落ち着くのは気のせいではないだろう。
「帰りにどこか寄ってくか?」
「そうですね。いい機会ですし、服屋さんに行きたいです! ずっとローブだと、なんだか味気なくて」
ノエルはそう言って自分の服を見る。
確かにノエルはずっとローブを何着か着まわしていた。
それはそれで魔法士っぽいし、彼女が着ると似合っていたが……まぁ、確かに年頃の女の子だしな。オシャレしたい気持ちはよくわかる。
「よし、じゃあ行こうぜ。ついでに俺も何着か買うわ」
「ふふっ、決まりですね!」
そうして服屋に行き、色々と見て回る。
「うーん、これとかどうですか?」
そう言ってノエルが見せてきたのは、黒い生地に青のリボンが付いたワンピース型のドレスと、秋の空のような青いロングスカートだ。
「かなりいいんじゃないか? きっと似合うと思うぞ」
「本当ですか!? えへへ、じゃあ早速試着してきます!」
ノエルはワクワクした様子で試着室に向かい、そして少しして出てくる。
「ほう……」
実際、ノエルが選んだ服はかなり似合っていた。
彼女の可愛らしい雰囲気にぴったりで、しかしどこか大人っぽさも出ている。
とてもいいと思う。
「ど、どうですか?」
「ああ、凄く似合ってるよ」
「よかったです……!」
照れているのか少し頬を赤らめながらノエルは試着室に戻り、そして新しい服を早速会計しに向かった。
「本当にあれだけでよかったのか? もう何着か見てもよかったんじゃ」
「いえ、おかげさまで、特別な一着になりましたから」
「そっか。ノエルがそう言うならまぁ、それで」
店を出たノエルは早速新しい服を着ていた。
道行く人々が時折彼女のことを振り返る。
彼らの気持ちが分かる程度に、ノエルは絵になっていた。
「何だか凄く見られてます……私、変でしょうか」
「いや、その逆だと思うぞ」
俺は思わず苦笑してしまう。
俺より二、三個下のこの少女は、あまり自覚がないようだったから。
「じゃ、この辺で」
「はい! ヴァニさん、今日もありがとうございました」
「こちらこそ、気を付けて帰れよ」
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
俺とノエルは借りている宿が違うため、ここで別れる。
明日はフレデリックに旅立つ日だ。
しばらく留守にするから、親父さんにも挨拶しとかないとな。
俺はノエルに手を振りながら、帰路に就いた。




