幕間②:揺れ動く影
どこかの場所、どこかの地下。
錆と下水の匂いがする奥底で、蠟燭の光が揺らめいていた。
その光に照らされるように、二つの影が蠢く。
「やられちゃったね」
「そうですね。残念ですが、まぁ想定の範囲内でしょう」
男たちの声が響く。
片方はまだ幼さを感じる少し高めの声。
もう片方はやや低音のハスキーで穏やかな声だった。
「せっかく《座長》から貰った玩具だったんだけどなー。あんな簡単に壊れちゃうなんて……もしかしてアイツ、僕に失敗作でも押し付けた?」
少年の声に、男は苦笑する。
「しかし、厄介な存在がいたものですね」
「ああ、アイツでしょ? どれだけ殺しても死なない奴」
「ええ。不死である以上、心が砕けない限りいずれこちらが倒されてしまいます」
「ならその心から先に殺しちゃえばいいんだよ」
「それしかありませんね。バジリウス、何か妙案がお有りで?」
「んー、今は思いつかないけど。ま、そのうちね」
バジリウス、と呼ばれた少年は興味なさそうに答える。
彼にとっての関心は、次の玩具にしかないようだ。
「で、レイナードの方の計画はどうなの?」
「まずまず、と言ったところですね。今は権力の中枢に潜り込もうとしていますが、なかなかどうしてこれが難しい」
「うへー、手間だなぁ。全部壊しちゃった方が楽じゃないの」
「時には我慢も肝要ですよ、バジリウス」
もう片方の男──レイナードがバジリウスにやんわりと言う。
もっとも、その言葉も彼にとっては暖簾に腕押し、糠に釘だったが。
何にせよ、彼らが不穏な会話をしていることは間違いない。
「ま、僕たちは準備期間を楽しむとしよっか。新しい玩具の開発も控えてるし」
「ええ、そうですね」
その時、蝋燭が一際強く揺らめいてフードを被った男たちの顔を照らす。
蛇の様に縦に割れた瞳孔の赤い瞳と、蒼玉のように妖しい蒼の瞳が光った。
「さて……次は《破戒僧》の領域ですか」
「うへー、あいつキライなんだよね。いつも真面目腐ってる堅物でさー」
「まぁまぁ、そう言わずに。私たちは皆、一蓮托生なんですから」
「はいはい。僕はレイナードさえいればそれでいいや」
彼らの仲がどれほどのものかは伺い知れない。
しかし、バジリウスはレイナードに随分と懐いているようだった。
だが次にバジリウスが言葉を発した瞬間、空気が一気に凍り付く。
「いつかはあのクソ女神、一緒に殺そうね」
「…………!」
バチっと蒼い稲妻が走る。
空気が一段回冷え込み、風が巻き起こる。
「ええ、そうですね……」
レイナードの声は、先ほどまでの穏やかなものから一転。
底冷えするような、無感情な低い声になっていた。
どうやら、レイナードという男にとって女神の話は禁忌らしい。
少なくとも、全身から殺気を漂わせるほどには。
「どうどう、レイナード。そんなに怒らないの」
その様子をバジリウスが窘めると、再び穏やかな空気に戻る。
「失礼しました。あの女神のことを考えると、穏やかな気持ちにはなれないのです」
「あっはは、僕も気持ちは分かるけどねー」
異常な雰囲気の男たちだった。
会話の内容も、醸し出すオーラも、何もかもが。
「さて、そろそろ時間でしょう」
「ちぇっ、もう?」
「殿下に報告しに行かなければならないのでしょう? あの方はあまり気が長くありませんから」
「面倒くさいなー。でもま、これも仕事だからしょうがないか」
バジリウスは拗ねたように足元に転がっていた骨を蹴った。
それはカランカランと転がり、元の持ち主の下へと戻る。
「それじゃあまたね、レイナード。──佳き終末を」
「ええ、またお話しましょう。──佳き終末を」
フッと、男たちの影が霧散する。
そしてその場にはまるで誰もいなかったかのように、ぽつんと残された蝋燭と、血にまみれた骨だけがあった。




