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第17話:重なる死の影②

『アアアアアアアアアアアァァァァァ…………』

『オオオオオオオオオオォォォォォ…………』


 怨霊たちが声を漏らしながら、霧散していく。

 淡い光と共に、ゆらゆらと。


「っ、ノエル!」


 俺はすかさずノエルの身体を支えた。


「大丈夫か!」

「えへへ……はい、なんとか」


 ノエルの顔色は悪い。

 それもそうだ、あんな無茶をしたのだから。


 彼女の体を張った作戦を通して、俺は先ほど自分の体に力が入らなくなった理由を悟った。

 あれは、亡霊の魂に触れた結果、自分の生きる力──(すなわ)ち生命力を持っていかれたからなのだと。

 

 その直後に奴らの輪郭が明瞭になっていったのは、生命力を吸収したことでその姿が半実体化したからだと結論付けた。


 そして、ノエルから大量に生命力を吸い取ったことで俺の剣が通じるようになったのだ。


「ったく……無茶しやがって」


 彼女のおかげで亡霊を倒せたことは事実だ。

 だが、その方法は手放しで褒められたものじゃない。

 一歩間違えば、亡霊に()り殺されていたのかもしれないのだ。


「ごめんなさい、私にはあれくらいしか方法が思いつかなくて」

「謝らなくていい。けど、次からはもう少し考えてくれ。お前が死んだら、俺は……」


 そこで言葉が続かなくなった俺の手を、ノエルが優しく掴む。


「大丈夫です、私は死にませんよ。生きて……ヴァニさんと一緒に、これからも色んな冒険をするんです」

「ノエル……」

「二人とも、無事でよかった」


 そこに、イストたちが近寄ってきた。


「消耗しているところすまないが、先を急ごう。なんだか辺りの空気がきな臭くなってきた」

「ああ、そうだな。ノエル、立てるか?」

「はい──あっ」


 ノエルに手を貸すが、彼女はやはりまだ足に力が入らないのかよろけてしまう。

 慌てて支えようとするが、ノエルはそれを手で制して杖を支えに自分の足で立った。


「大丈夫です、行きましょう」

「わかった」

「周囲の警戒は、引き続き俺たちに任せてくれ」


 俺たちは再び森の中を歩き始める。

 しかし、イストの言った通り周囲の空気がおかしくなっていた。

 

 何だか異常に臭う(・・・・・)のだ。


 まるでドブをひっくり返し、そこに腐った生肉と血をぶちまけたみたいな……思わず鼻を覆いたくなるほどの悪臭が漂っている。


「ガァ、ガァッ!」


 ばささと大きな音を立てて、森のどこかで怪鳥が飛び立つ。


 異様な雰囲気だ。

 何かが出そう(・・・)な、そんな空気をひしひしと感じる。


「……薄気味悪いな」

 

 前方を歩くイストが呟く。

 

「同感だ」


 これだけの状況を前にして楽観的でいる程、俺の経験は浅くない。

 間違いなく、ヤツ(デウリエリ)は近くにいる。


 他の冒険者たちは今どうしているのだろうか。

 近くにはいるはずだが……どういうわけか、その気配がまるで感じられない。

 まるで俺たちだけが逢魔(おうま)の森ごと別の世界に隔離されたような……そんな奇妙な錯覚さえ覚える。


 警戒を最大限に高めながら歩くこと(しば)し。


「おーい! そっちはどうだ?」

 

 どこからか、そんな声が聞こえてきた。


「誰かいるのか!?」


 その声に、イストが声を張り上げて返事をする。


「ああ、こっちは何ともない! よかったら合流しないか?」


 声の主は大きな声でそう叫び返してきた。

 続けてイストがそれに返事を返そうとするが──レイニーがそれを制止した。


「待て、イスト。何かがおかしい」

「どういうことだ?」

「さっきから空気がおかしいのは気付いてるだろう。この辺りには今、俺たちしかいないはずだ」

「まさか……」

「ああ。勘違いならいいが、もしかしたらあの声は……」


 レイニーが言いたいことは理解した。

 デウリエリは、人の声を模倣すると報告で聞いている。


 彼はそれじゃないかと疑っているのだ。


「どうしたー? 早くこっちに来てくれ!」


 確かに、その声にはどこか違和感がある。

 これだけ緊迫した空気の中、どこか抜けているようなトーンなのだ。


 今回討伐作戦に参加した冒険者は、皆熟練の手練ればかり。

 こんな状況で、あんな呑気なことを言う奴はいないはずだ。


じゃあ(・・・)こっちから行くぞー(・・・・・・・・・)」 


 声の主がそう言った瞬間、俺たちの間に緊張が走る。


「……ガルトラ、ハシュム、武器を構えろ」 

「おう」

「了解だ」

「レイニーは高所に行ってくれ。ヴァニ、ノエルさん、あんたらは引き続き援護の位置取りを頼む」

「分かった」

「はい」


 イストの声は重い。

 だが、即座に陣形を整えようとするその采配は見事という他ない。

 俺たちは大人しくその指示に従い、俺は背中からクロスボウを、ノエルは杖を構える。


 どれだけ時間が経っただろうか。

 大体二分、三分といったところだろう。しかし、体感時間は何時間も経ったと感じるほどに長い。


 息をすることすら忘れる緊密な空気の中、それ(・・)はゆっくりと現れた。


『なんだ、気付いてたんだ』

  

 十メートルを超す黒々とした巨体、その体毛は濡れていて、べっとりと汚れている。血か、脂か、はたまた別の澱みか。

 それが、いつの間にか吹き寄せる生暖かい風にたなびいている。

 頭部は狼のように見えるが、口が耳元まで歪に裂けていた。


「全員! 戦闘態勢!!」


 イストの号令で俺たちは一斉に動き始めた。


「一射目、行くぞ!」

「おおおおおおッ!」

「死ねやバケモノォォォッ!」


 俺は先端に爆薬を塗ったボルトを装填し、デウリエリに向けて放つ。

 知り合いの工房で作ってもらった、軍事用の特注品だ。


 ボルトはデウリエリの右目付近に突き刺さり、爆炎を上げた。

 すかさずガルトラとハシュムが突っ込み、脚を飛ばす勢いで左右から切り付ける。

 更には樹の上からレイニーが矢を何本も射かけ、デウリエリの背中に殺到。


「いきます! ≪水穿槍・三重奏(アクシオラ・トリオラ)≫ッ!!」

「いい魔法だ! せやぁぁぁッ!」


 間髪入れずに樹をも砕く五本の水槍が幾何学的な軌道を描きながらデウリエリに着弾し、続けてイストが振るう大剣がその心臓目掛けて振るわれた。


 しかし──


「おいおい、嘘だろ」


 一時退避してきていたガルトロが思わず、といった声音で呟く。


 先制攻撃は明らかに成功したはずだ。

 しかし、全ての攻撃が終わったあと、濛々(もうもう)と立ち上がる土煙の向こうには先ほどまでと同じ無傷のデウリエリが立っていた。


「油断するな! とにかく攻撃を叩きこめ!」


 動揺する『舜影』の面々を叱咤しながら、俺は次のボルトを装填する。


 敵は未知数のバケモノだ。

 故に、何が起こってもおかしくない。

 

 しかし……増援が見込めないのはちとキツいな。

  

 常に最悪を更新され続ける状況の中、異形の怪物との戦闘が幕を開けた。

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