第16話:重なる死の影①
陽の光が殆ど届かない陰鬱な森の中を、静かに進む。
先頭はイストたち『舜影』が陣形を取り、その後ろに俺とノエルが続く形だ。
イストの仲間──レイニーの報告によれば、この先に何かがいるらしい。
だが、俺の頭に疑問が過る。
何故「魔獣」ではなく「何か」と言ったのか。
まぁいい、その答えはじきに分かる。
『……っく………………ひっく』
何かが聞こえる。
俺たちの間に一気に緊張が走った。
なんだ、この声は。
まるで女の啜り泣く声のようだ。
『暗い……寒い……痛い……』
いや、これはまさに人間の声だ。
既にはっきりと耳に入ってくるというのに、その姿はまるで見えない。
何より、その声にはどこか聞き覚えがあった。
『痛い、痛いです……どうして私がこんな目に…………』
「ルナリーさん……?」
ノエルが呟いた名前は、ついこの間聞いたばかりのものだ。
……そう、『銀閃の剣』のメンバーだ。
生き残ったエインズの前で、無惨にもデウリエリに踏み潰されて死んだ女。
そして、あの酒場でノエルを口汚く罵っていた女。
それが、どうしてまだその声が聞こえるんだ?
まさか、デウリエリが発している?
「気を付けろ、イスト」
「ああ」
俺たちは用心深く声のする方に接近する。
しかし──
「おい、あれ……」
イストが指さす先には、微かにだが、ぼんやりとした人影が立っていた。
よく見れば確かにあの女──ルナリーだ。
さしづめ幽霊といったところか。まさか本当にそんなものが存在するとは思わなかったが。
……不愉快だな。
俺にとって、長らく死後の世界なんてものは存在しない、死んだ後は無に還るだけだというのが信念だった。それが、目の前で覆されている。
だとしたら、どこに救いがあるというのか。
『人……人……?』
ルナリーの亡霊はこちらの存在に気付き、虚ろな目を向けた。
しかし、その瞳がある一点に止まったとき、得体の知れない寒気が襲ってくる。
『ノエ……ル?』
「ルナリーさん……」
『どう、して』
ルナリーの輪郭が次第に鮮明になる。
『どうして』
黒々とした禍々しい雰囲気を醸しながら、その瞳が黒く濁り、血の涙が流れ始める。
『ドウシテ』
口がぱかりと歪に裂け、そこから内臓がだらりと零れる。
『ドウシテ私ガ死ンデ、アナタガ生キテルノ』
「まずい!」
イストがそう叫び、『舜影』が弾かれたように動き出した。
「うおおおおおおッ!」
「喰らえッ!」
左右から挟み込むように、斬撃を浴びせる二人の男。
しかし剣はするりとルナリーの体をすり抜け、互いの武器に激突して火花を散らす。
「何ッ!?」
「くそっ! どうなってるんだ!」
斥候の男、レイニーがルナリーに向かって弓を乱射するが、やはりそのどれもがルナリーを透過してその背後にある木に突き刺さる。
更に状況は最悪なものとなる。
『許せねぇ、許せねぇよぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
あの男はなんだったか……名前は忘れたが、ルナリーと同じく取り巻きの下衆な男だったことだけは覚えている。
そいつが、ぐちゃぐちゃに破れた上半身と下半身で這いずりながらこちらに向かってきた。
何が最悪って、ルナリーも下衆もどうやらノエルだけに狙いを定めているということだ。
「っ…………!」
この子が何をした?
死んでもなお足を引っ張り続けるド腐れの害虫どもが。
「ふざけるなよ……!」
手当たり次第にとにかく斬りまくる。
予想通り攻撃は空振りまくるが、それでもお構いなしだ。
いつかは攻撃が当たるはずだ。
『ノエルぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!』
『代わって、代わってぇぇぇぇぇぇぇ』
しかし、ルナリーと下衆はその間にもどんどんとノエルの方へと近づいていく。
まるで俺のことなどお構いなしだ。
「チッ…………あ?」
二人の体が俺をすり抜けた瞬間、妙な感覚を覚えた。
悪寒と共に、何かがごっそりと抜かれたような感覚だ。
直後、俺はガクッと膝から崩れ落ちる。
なんだ、どうなってやがる。
足にまったく力が入らねぇ。
「ヴァニさんっ!」
「平気だ……クソッ」
剣を支えにして何とか立ち上がろうとするが、膝が笑って思うようにいかない。
「クソッたれ……!」
何とかルナリーたちの方を振り返るが、やはり何かがおかしい。
どうにも、奴らの輪郭がさっきよりも少しだけくっきりしているような気がする。
いや、今はそんなことどうでもいい。
ルナリーたちはどんどんとノエルの方へ近づいている。
「ノエル! 逃げろ!」
「畜生! 止まれぇぇぇっ!」
イストたちが援護に回ってくれるが、やはりどうにもならない。
クソッ、考えろ、考えろ!
どうすれば奴らを倒せる!
「まさか……」
その時、ノエルが小声で呟くのが聞こえた。
彼女はまだ両手で杖を握りしめたまま、その場に立ち尽くしている。
そして次の瞬間──
「………………」
「ノエル!?」
なんとノエルは、杖を地面において両手を広げたポーズを取った。
「ヴァニさん、私分かりました。彼らを解放してあげる方法」
「何を言って──」
「この人たちがこうなってしまった責任は、私にもあります」
「いいから逃げろ!」
しかし、ノエルは小さく微笑んで首を横に振る。
まさか諦めたというのか。
俺は一瞬そう思ったが、ノエルの口元が何か言葉を紡ぐのが見えた。
彼女は声にこそ出さなかったが、確かに「信じています」と言ったのだ。
「ルナリーさん、レイドルさん……痛かったですよね、怖かったですよね。……ごめんなさい、私にはあなたたちの気持ちを偲ぶことしかできません。でも──」
怨霊たちに語り掛けるノエルの身体は、僅かに震えている。
「約束します。あなたたちの仇は、私たちが絶対に取りますから」
『アアアアアアァァァァア唖アあああああ亞アアアアアア』
『死ニタクナイ、死ニタクナイィィィイイイイイイ』
「うっ……! っく、くっ…………!」
そして、彼女の身体に怨霊たちが纏わりついた。
直後、ノエルの顔色が土気色になり、耐えきれず地面に膝を付いてしまう。
「ノエルッ!!」
どうすればいい、どうすれば……!
いや、落ち着け! 彼女は俺に「信じている」と言った。確かに言ったのだ。
つまり、何か方法があるということだ。
冷静になってよく視ろ。
どこかに答えがあるはずだ。
「あっ……あ……………ああ……」
ノエルの呼吸がどんどん苦しそうなものに変わっていく。
だが、それと同時にルナリーたちの輪郭が明らかに濃くなっている。
──見つけた。
「そういうことか」
後は任せろ。
未だ力の入らない脚に軽く剣を突き刺す。
痛みという刺激が加わったことで、無理矢理だが感覚が戻ってきた。
よし、動く。
後は──
「死人なら、おとなしく土の下で眠ってろ」
振りぬいた双剣は、今度こそ確かにルナリーたちの体を切り裂いた。




