第13話:愚か者たちの末路
《side銀閃の剣》
時は少し遡り、逢魔の森──
マルクス率いる『銀閃の剣』は、依頼を請けて森の中を歩いていた。
「へへっ、順調だな」
マルクスの後ろを歩くレイドルがそう言う。
実際、レイドルの言う通りだった。
マルクスたちが今回請けた依頼は森林蜘蛛の討伐。
それから魔犬狼十頭の討伐。
二重請けである。
既に魔犬狼は四頭狩っており、このままいけば夕方までには帰れるだろうというところだった。
それに──
「ああ、今回は優秀な魔法士もいるしな」
ノエルが抜けた穴を埋めるために、少し割高ではあったが魔法士を仲間に加えた。
水穿槍しか使えなかったあの無能とは違って、今回の魔法士──エインズは実に優秀だ。
熟練度こそこれから次第ではあるものの、既に何種類も魔法を使える。
魔犬狼を楽に狩れたのも、彼の功績が大きい。
このまま行けば、白金級……いや、黒曜級にすら手が届くかもしれない。
マルクスは顔がニヤけるのを止めることができなかった。
「それにしても陰気臭い森ですねぇ……私、早く帰りたいです」
「まぁまぁ。頑張ろうぜ、ルナリー? ここで力を示せば、俺たちも晴れて人気者なんだからさ」
「レイドルは本当に人気者への執着が凄いですねぇ」
「お前ら、もう少し周囲を警戒した方がいい。ここは魔獣の庭だぞ」
エインズがレイドルたちに注意をする。
レイドルは舌打ちをしながら、面倒くさそうに「へいへい」と返事をした。
それから少しして。
前方の茂みがガサガサと揺れ、マルクスたちの前に魔犬狼が複数頭現れる。
「へぇ、そっちから出てきてくれるなんて幸先がいいじゃねぇか。おう、レイドル、ルナリー、エインズ、戦闘態勢だ」
「ヒャヒャッ、雑魚掃除の時間だ」
「はいはい」
「…………」
まずは一番先頭にいる奴を片付ける。
マルクスは剣を抜き払い、魔犬狼に向かって駆け出した。
「おおおおおっ!」
上段から振り下ろした剣はしかし、サイドステップで避けられる。
「甘ぇ甘ぇ!」
魔犬狼が避けた先に矢を射かけるのはレイドル。
『GAU!?』
その矢が眼球に突き刺さり、魔獣はゴロゴロと地面を転がり……少しして動かなくなった。
『GARRRRRRRRR……!』
残りの魔犬狼たちは陣形を組み、マルクスたちに向かって姿勢を低くして唸り声を上げる。
獲物ではなく、敵として認識した瞬間だ。
しかし、もう遅い。
「やれやれ……私、犬って嫌いなんですよねぇ。うるさいし面倒くさいし、しつこいから」
ルナリーが手にした槍で複数頭をまとめて斬り付ける。
『GYAN!』
「全員下がれ!」
そして最後の仕上げ。
魔力を練り上げていたエインズが、全員に声を掛けた。
直後。
「≪業炎葬≫!!」
肌を焦がすような爆炎が魔犬狼を中心に爆ぜ、呑み込む。
そして閃光が収まるとそこには、黒焦げになった魔犬狼たちの死体だけが遺されていた。
「はははっ! お前ら、ご苦労様」
マルクスは高笑いしながら解体に取り掛かった。
──否、取り掛かろうとした。
「いやー! 今回の仕事も楽ち──」
いつものようにお茶らけた様子のレイドルの声が、ふっと搔き消された。
「レイドル?」
何かあったのかと、マルクスは耳だけ意識を傾ける。
が、返事はない。
「あ……あ、あ…………」
ルナリーの絶句した声が聞こえてくる。
何か悪ふざけをしているのだろうと、マルクスは鼻で笑いながら作業を続ける。
しかし彼の思考を、切迫したエインズの声が中断した。
「まずい! リーダー、今すぐ撤退だ!!」
「あぁ? 何言って──」
振り返ったマルクスの目に、胸から上が無くなって尚立っているレイドルの姿が映った。どう考えても死んでいる。きっと即死だったろう。
──まずい。
マルクスは道具を放り出して逃げの姿勢に入った。
しかし、その動きが凍り付く。
唐突に聞こえてきた〝歌〟に、マルクスだけでなくその場の誰もが動けなかった。
『ああ愛しの父よ、聖なる禊よ、我らは主なる導きによってのみ赦される』
それは、この環境、この状況にはあまりにも場違いな美しい歌声。
この世界の神を讃える讃美歌だった。
しかし、何故だろうか。
人々の祈りを込めた聖なる歌のはずなのに、魂の髄まで凍てつかせるような恐ろしさを感じるのは。
だが、足が動かない。
どれだけ力を込めても、まるで杭を打たれたように地面に固定されて動かせない。
『満たされ、愛されることさえ罪だった、我ら罪深き子らに救済を、貴方の御許に召されんことを』
どこだ。どこからこの歌は聞こえる。
金縛りにあったマルクスは、視界と聴覚をフル稼働させて周囲に意識を向ける。
ぞわり。
背後。自分のうなじに何か毛のようなものが触れるのを感じる。
とてつもない悪臭だ。腐臭、血の匂い、臓物の匂い、およそスラムですらありえない程の生臭い匂いと共に、何者かの息が吹きかけられた。
『私、大きくなったらお兄ちゃんと結婚するの』
「ひ──」
先ほどまでの大人の女性のような美しい歌声ではなかった。
無邪気な幼い少女の声だ。
『こんばんは、今宵は美しい月ですね』
かと思えば、どっしりとした男性の声が聞こえる。
しかしその発言は支離滅裂だ。
夜? 月? 何の話をしている? 今はまだ昼だ。
「マ、マルクス……」
こちらに身体を向けたまま固まっているルナリーと目が合う。
ルナリーはガタガタと震えながら失禁していた。
彼女は今、何を見ているのだろうか。
「い、嫌……い──」
直後、ルナリーの下半身が消失した。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! 痛い! 痛い!! いたいいたいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだい!!!!」
ルナリーは涙と鼻水とで顔をぐちゃぐちゃにしながら絶叫する。
一体何が起きたというのだろうか。
マルクスの背後にいる何かの仕業だということは間違いない。
だが、その動きはまるで見えなかった。
「誰か、助けてぇ……助けて、助けてくださいぃ……」
ルナリーが虫の息になりながらもこの場から這って逃げようとする。
『秋の夜の虫の鳴き声って、凄く綺麗なんだよね』
しかしまた意味の分からない声が聞こえた途端、ぐちゃりと音を立ててルナリーの上半身が潰された。
そして、ようやくマルクスの目にもそれが映る。
体長およそ十メートルをゆうに超える巨体。
黒くべたついた毛が生暖かい風にたなびいている。
そしてその顔、顔、顔顔顔顔顔顔。
「あ、ああ、あ、ああああああああああああああああああああ!」
それはマルクスを恐慌状態にさせるのに充分すぎるほどだった。
先ほどまで動かなかった身体が弾かれたように走り出す。
「ま、待ってくれリーダー! 置いていかないでくれ!!」
エインズの悲鳴のような声が背後から聞こえてくるが、無視。
きっとマルクスは今、人生で一番早く走っているだろう。
足の痛みも、鉄の匂いがする呼吸も気になどしていられない。
とにかく逃げなければいけない。
レイドルやルナリーの死? どうでもいい。
所詮あいつらなど、そこらの酒場で適当に知り合った奴だ。
だが、ここで自分が死ぬのだけは嫌だ。
自分はこんなところで意味の分からないバケモノに殺されていい人間じゃない。
『マルクスゥゥゥゥゥゥ! どうして、どうして逃げるんですかぁぁぁぁぁぁぁ?』
背後からルナリーの声が追いかけてくる。
もはやマルクスの脳内はパニックで埋め尽くされていた。
あいつは確かに死んだはずだ。そう、マルクスの目の前で死んだのだ。
それが何で声が聞こえてくる?
『おいおいマルクス、ビビっちまったのかよ、情けねぇなぁ! ヒャヒャヒャ!』
レイドルの声まで聞こえてくる。
もう意味が分からない。
「ハッ、ハッ……そうだ、夢だ、これは何かの悪い夢だ! アハハ、なんだ夢じゃないか、ハハ、ハハハハッ!」
マルクスはとっくに気が触れていた。
これは夢だと言い聞かせながらも、足はあのバケモノから逃げるために必死に動いている。
しかし──
『どうして逃げれると思ったノ?』
目の前に唐突にあのバケモノの顔が現れた。
ぱっくりと開いた狼の口の中に、女の無感情な顔がある。
その目は真っ黒で、どこまでも奈落の底に繋がっているような底なしの漆黒。
それとまともに目が合って。
「──あ」
マルクスの人生はそこで終わりを迎えた。




