第12話:修行の成果
あれから数日が経った。
ノエルたちは毎日修行を繰り返し、そして。
「≪水穿槍・三重≫!」
今ではあの高出力な水穿槍を連ねて発射することができるようになっていた。
以前メルシエラが俺との戦闘でやっていたのと同じだ。
「うん、満点」
メルシエラは涼し気な顔でノエルの魔法を防御しながらそう言う。
「発射速度、威力、精度……全部素晴らしい出来だね。これなら魔獣どころか、対人戦でも後れを取ることはないと思う」
「ありがとうございます!」
「お疲れさん」
ひと段落した頃合いを見計らって、ノエルに飲み物を差し入れる。
ノエルは礼を言いながらそれを受け取り、こくこくと飲んだ。
ここ数日の俺の役割はもっぱらこんな感じだ。
たまに、模擬戦闘をさせられることもあるがな。
「さて、それじゃあそろそろかな」
「ああ、そうだな」
「はい」
ここでの滞在もこの辺りでお終いだ。
先ほどメルシエラも言ったことだが、ノエルはこの数日間で見違えるほど成長した。
そろそろ帝都に帰る時間だろう。
「メルシエラさん……寂しくなります」
「あはは、ノエルちゃんは可愛いなぁ。このこのっ」
「きゃっ、ちょ、ちょっと、やめてくださいよう」
すっかり仲良くなったノエルとメルシエラがじゃれ合っている。
その様子を見守っていると、メルシエラがふとこちらを向いた。
「ヴァニ、気を付けてね」
「あん? 何がだ?」
「何だか物騒なことになってるんでしょ? 君たちなら大丈夫だとは思うけど、もしものことも想定しておくんだよ」
「ああ……そうだな、気に留めておく」
メルシエラが言っているのは、逢魔の森での出来事のことだろう。
あれから何か動きがあったのかはまだ分からない。
だが、何も解決してないのだ。
イザベラも言っていた。
もし何かあれば、俺たちに手伝ってもらうことがあるかもしれないと。
正直、以前までのノエルを連れて何かをするのはあまりにも危険だった。
だからそうならないように、ここに連れてきた側面もある。
「あはは、だめだね。やっぱりどうしても心配しちゃう」
「メルシエラ……」
「うん、僕もついてくよって言いたいところだけど、そっちの方が迷惑になっちゃうよね」
「気持ちはありがたいが、まぁそうだな。お前の評価が世界中に轟いてることはもう知ってる。もしも急に帝都に現れたら、それこそお祭り騒ぎになるかもしれん」
メルシエラがついてきてくれるなら、これほど心強いことはない。
だが、頼るのは駄目だ。
そうなればきっと国が動く事態にまで発展してしまうし、彼女の自由が妨げられることになる。
だからこそ、俺は敢えてそう言った。
「でもね、もし本当に危ないことになったら、いつでも僕を呼んで。ううん、ここに逃げてくるでもいい。ヴァニも、ノエルちゃんも、忘れないで。君たちに何かあれば、いつでも僕が守る。僕は二人の味方だからね」
「感謝するよ、メルシエラ」
「はい。本当に何から何までありがとうございます、メルシエラさん」
「うん! それじゃあ二人とも、また来てね」
ばいばい、と胸の前で小さく手を振るメルシエラに別れを告げながら、俺たちは来た時と同じゲートを通った。
少しの浮遊感の後、俺たちは気付けば帝都の中にいる。
「本当に、帰ってきちゃったんですね」
「ああ、寂しいか?」
「ふふっ、本音を言えばおっしゃる通りです。でも……今はそれよりもわくわくしてます」
「わくわく?」
「はい。だって、これからはヴァニさんのお役に立てるかもって思ったら……いてもたってもいられなくて」
「ははっ、そうか。その気持ち、素直に嬉しいよ」
これからは忙しくなるかもしれない。
そう思った瞬間。
「ヴァニさん! こちらにおられましたか!」
前方から、ギルドの職員が走ってきた。
「どうした?」
「大変なことになりました! そちらの方はノエルさんですか、お話は聞いております。とにかくお二人ともギルドに来てください!」
職員は来た時と同じように、慌ただしくギルドの方へ走っていく。
その後ろ姿を見ながら、俺とノエルは顔を見合わせた。
「一体どうしたんでしょう……?」
「さあな。ただ、厄介ごとには違いない。とにかく行くぞ」
「はいっ」
職員の後を追ってギルドに入ると、そこはいつもより騒がしかった。
人だかりの向こうには、片腕を失って血まみれの男が転がっている。
「バケモノだ! あの森にはバケモノがいる!!」
男は出血にあえぎながらも蒼白な顔で叫ぶ。
「っ……! ヴァニさん、少し待っててください」
「ノエル?」
その様子を見たノエルは、一目散に男の元へと走っていった。
「通してください!」
そして人混みをかき分けて男の前に辿り着くと、膝を折って男の肩に手を当てる。
「じっとしててくださいね。≪治癒水膜≫……!」
「ぐっ……!」
男は一瞬痛みに顔を歪めるが、すぐにその表情が和らいでいくのが見えた。
「すげぇ……」
「あの嬢ちゃん、治癒魔法持ちの魔法士か」
「うちのパーティに来てくれないかな」
様子を見ていた冒険者たちが口々に囁き合う。
「あんたは一体……」
すっかり出血が止まった男がノエルに問いかける。
「ごめんなさい。喪った腕を取り戻してあげることはできませんけど、せめて痛みが和らげばと思って治療させていただきました」
「いや……充分だ。ありがとう」
そう言って男はノエルに向かって深く頭を下げた。
ノエルはそれを受けて微笑むと、すぐにこちらへ戻ってくる。
「お待たせしました、ヴァニさん。行きましょう」
「あ、ああ」
その様子を見ていた俺は、改めてノエルを優しい子だと再認識した。
それに、もう治癒魔法までしっかり使いこなせている。
つくづく恐ろしい少女だ。
ギルドの職員に呼ばれて三階、支部長室の前に辿り着いた俺たちは、扉をノックする。
『入れ』
イザベラの返事を受けて部屋の中に入ると、そこにはイザベラ以外にもう一人いた。
「来たか」
「ああ、待たせたな。それにしても、まさかアンタまでいるとは」
「ご無沙汰しております、ヴァニ様」
鼓膜を心地よく震わせるバリトンボイス。
髪型をテクノカットで切り揃え、胡乱気な釣り目をこちらに向けながら深く腰を折る男。
──ギュスターヴ・レイエス。
この冒険者ギルド・帝都支部のナンバーツーに位置する男だ。
その実力はかなりのもので、イザベラからの信頼も厚い寡黙な強者。
挨拶もそこそこにノエルと共にソファに腰掛けると、イザベラが口を開いた。
「来てもらって早々だが、悪い報せだ。逢魔の森において、例の魔獣が遂に目撃された」
「…………」
「そんな……」
「被害に遭ったのはまだ若い冒険者パーティ。名を『銀閃の剣』という」
「えっ!? それって!?」
唐突に、ノエルが大きな声を上げる。
「ノエル、知ってるのか?」
「はい……そのパーティ、以前ヴァニさんが助けてくれたときの……」
そう語るノエルの顔は、血の気を失って真っ青になっていた。




