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第11話:星明りの夜に

《sideノエル》


 大きな浴槽に身体を預ける。


「はふぅ~、極楽です」

「一日の疲れはしっかり落とさないとね」


 私は今、メルシエラさんと一緒にお風呂に入っていた。

 

 このお家は本当にすごい。

 外観も立派だけど、その中は外観とは明らかに釣り合っていないほど広いのだ。

 きっと、これもメルシエラさんの魔法なのだろう。


 私もいつか……この人みたいになれるだろか。


「それにしても、今日のノエルちゃんは本当にすごかったね」

「そう、でしょうか……私はまだまだです」

「うんうん、目標が高いのはいいことだね。でも、今の自分をしっかり評価してあげるのも同じくらい大事なことだよ」

 

 今の自分を評価してあげること、か……。

 はたして、私は本当に成長できているのだろうか。


 ううん、メルシエラさんのおかげで、私の魔力は本来の使い方をできるようになった。

 水穿槍(アクシオラ)しかろくに使えなかった私が、今では治癒魔法まで使えるようになっている。間違いなく成長しているのは事実だ。


「でも、まだ足りないです」

「あはは、ノエルちゃんはストイックだなぁ」

「そうしないと、ヴァニさんの隣に並ぶ資格なんて私にはありませんから」

「あー……ヴァニねぇ。あの子は規格外だから」

「やっぱり、メルシエラさんでもそう思いますか?」

「うん」


 彼女をもってしてそこまで言わしめるとは、ヴァニさんはどれだけ強いのだろう。

 今日のメルシエラさんとの勝負、本当に凄かった。

 最高峰の魔法士と、最高峰の剣士。


 その激突をあそこまで間近で見れたのだ。

 といっても、何が起きているのか終始分からなかったけれど……。


 私は、ずっと疑問に思っていたことをメルシエラさんに聞いてみる。


「メルシエラさんは、ヴァニさんと昔からのお知り合いなんですよね?」

「そうだよ。もう五年前になるかな……あの子を拾ったのは、僕なんだ」

「そうだったんですか!?」

「うん。っていっても、最初の出会いは最悪だったよ。お互い敵だと思って、本気で殺し合いしたんだ」

「…………」


 一体何があったというのだろう。

 メルシエラさんは、過去を懐かしむようにどこか遠くを見つめている。


「でもノエルちゃんも知ってる通り、ヴァニは殺しても死なないでしょ? だから、結果的に僕が負けちゃってね」

「メルシエラさんが……」


 その話を聞いて、メルシエラさんには申し訳ないけれど「やっぱり」と思う。

 あの人が負ける姿なんて、想像もできないからだ。

 ヴァニさんは、きっと何度死んでも相手を倒すまで立ち止まらない人だろう。


「ノエルちゃんはさ、この数日間ヴァニを見てきてどう思った?」

「強い人……だと思います。でも、それと同時に脆い。まるでいつかふっといなくなってしまいそうな……」

「うん、そうだね。あの子は強いよ。だけどそれは諸刃の剣。きっとヴァニの心はもうボロボロで、壊れかけそうなところを無理矢理繋ぎとめてるだけ。……ううん、もしかしたらもう壊れてるかもしれない」

「…………」

「しばらく一緒に過ごしたけど、私じゃ完全にあの子の心を癒してあげることはできなかった。だからさ、ノエルちゃん」


 メルシエラさんはそこで一度言葉を区切って、私の手を取る。


「君にお願い、してもいいかな?」

「メルシエラさん……?」

「私の知る限り、ヴァニがあそこまで誰かを大事にしていることなんて、初めてなんだ。それがどうしてかは分からないけど、今、彼に一番近いのはノエルちゃん──君だよ」


 確かに、ヴァニさんは私に凄く優しくしてくれる。

 あの人に貰った恩は、きっと一生をかけても返しきれないくらい。

 こうしてメルシエラさんと知り合えたのだって、ヴァニさんのおかげだ。


 だからこそ。


 私は決意を新たにし、メルシエラさんの手を握り返す。


「はい! まだ、ヴァニさんのことは何も分かりません。でも、ヴァニさんのためなら私、きっとなんだってできます。だから、任せてください!」

「……ありがとね、ノエルちゃん」


 私がそう言うと、メルシエラさんはほっとした様子で湯舟に深く浸かる。


「いや~、これでヴァニの将来も安泰かな。だってこんなに可愛いお嫁さんがいるんだもん」

「~~~~~~っ!? けほっ、けほっ!」


 続けて放たれた言葉に、私は激しく動揺してしまう。

 私がヴァニさんのお嫁さん!? 嬉しいけど……って、違う違う! そういうことじゃなくて!


「おやぁ? その反応、満更でもなさそうだね」

「もうっ! からかうのはやめてくださいっ!」

「あはは、ごめんごめん」


 お湯をばしゃばしゃとメルシエラさんにかけてなんとか止めようとする。

 メルシエラさんは笑いながらそれを受け入れていた。


 ……実際、どうなのだろうか。


 確かに、私の中ですでにヴァニさんは特別な存在だ。

 でも、今彼に抱いているこの気持ちが恋なのか、私にはまだ分からない。

 そうだったらいいな、と思うけど……それはこれからゆっくり確かめていけばいいだろう。



 ノエルたちが風呂に入っている間、俺は家の外で煙草を吸っていた。


「ふぅ……」


 星明りが美しい夜空に、吐いた煙が吸い込まれていく。

 夜は好きだ。全てを包み込んでくれるような気がするから。


 ここ数日のことが思い返される。

 

 ノエルとのパーティ結成、逢魔の森での出来事、そして今日のこと。

 

 本当に色々あった。

 特に、ノエルとの出会いは大きい。

 

 今でも、彼女の顔を見るたびに思い出す。

 

 ──どうして俺は、ノエルに鏡花の面影を見出しているのだろう、と。


「まだ忘れられないなんてな……まぁ、当たり前か」


 未だに俺の心を占めているのは、彼女への罪悪感だ。

 いや、罪悪感なんて生易しい言葉で済ませられるものじゃない。

 果たすことのできない贖罪を、俺はきっとこれから先もずっと背負っていくのだろう。


 そしてその後悔を、ノエルという少女の面倒を見ることで和らげようとしている。

 全く……つくづく救いようのないクズだ、俺は。


「ははっ……」


 俺はおもむろに服の袖を捲り上げる。

 そこにはありとあらゆるところにびっしりと、傷跡が遺っていた。

 それらは全て自分自身で付けたものだ。

 

 腕に向かって、俺は煙草を押し付ける。


 ジュゥゥと音がしながら、また腕に新たな傷が加えられる。

 

 ──痛みだ。

 この痛みがなければ、俺はとっくに気が触れていただろう。


「ごめんな、鏡花……本当にごめん、俺は…………」


 声にならない声が、夜に溶けて消えていった。

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