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天界規定第4条 「天使、人間に語るべからず」


 ーー目玉をほじくり出しました。


 これでーーーーさんの気持ちがわかりました。


 ーー頭を叩きつけました。


 これでーーーーさんのいたみがわかりました。


 うでとあしを砕きました。


 これでーーーーさんの、こうつうじこのいたさがわかりました。


 お腹のなかにあるものを全て出しました。

 出した後にぐちゃぐちゃにして牢屋いっぱいにばら撒きました。


 天使も人間もお腹の中はおんなじなんですね。


 これで夏向さんの気持ちがわかりました。


 天使は不死身です。

 何をされても再生します。


 なので、私が人間になる前に、体を通して全ての罪と痛みを体験できるのです。


 目から水が流れました。

 ……しょっぱいです。

 これが涙なのですね。


 ーーこれが、私の罪。


***


 「出ろ、刑を執行する。」



 私が記憶にある人々の痛みを全員分、16回目に達した頃でしょうか、

 刑が執行されるようです。


 光輪を剥がれ、双翼を失い、神聖がなくして天使を人間にするのです。


 ……背中が随分と軽くなりました。


 「……進め。」


 細長い板一枚の上を進みます。

 雲が見えます。ここから落ちれば下界………いえ、「地上」ですね。


 人間になると身体が再生しません。

 これではもう、一回しか体験出来ないではないですか。


 背中の剥ぎ出しにされた肉に囚人服が張り付き、下の空から吹き上げる風が肉を叩きつけます。


 以前の私なら絶叫していたであろう痛みになんとも思わないなんて、やはり私は罪深い人間です。


 でももうこれで終わり。


 ようやく、私が罪を償うときです。


 ただの人間がこの高さから落ちて、無事で済むはずがありません。

 追放といえど、実質的な死刑と同義なのです。


 ドッと、背中を押され、私は落下した。



 ーー風が体を裂く。服も皮膚も、空気に剥がされていくような感覚。

 世界が遠ざかり、重力がひたすら私を引きずり下ろす。


 落ちる――ただそれだけなのに、時間は異様に長く、終わりがない。


 頭の奥で罪の記憶が次々と溢れ出す。

 切り裂いた命。潰れた声。冷たい天界の掟。

 人間を裁くことしか知らなかった私。

 後悔は、もはや数えることさえできない。

 風にかき消されながら、その一つひとつが鮮明に蘇る。


 視界の端で地上がゆらめき始める。

 あとわずか。

 すべてが終わる。

 



 だが。



ーー地面は、来なかった。




 「イアンサ!! 空から女の子が!!」


 鋭い声が、落下の轟音を切り裂いた。

 耳の奥が震えた。

 ……どこかで、聞いたことのある声だ。

 懐かしいのに、胸を締め付けるような響き。


 ――いや、違う。懐かしいのではない。忘れられなかったのだ。

 あの牢獄の中で、何度も何度も響いた声。

 目を背けても耳から離れなかった声。

 風を切る音に混じって、その声だけが確かに私を呼んでいる。


 身体が急に止まった。

 衝撃が背中を駆け抜け、視界が一瞬揺れる。

 柔らかい温度と、強い腕の感覚が現実感を取り戻させた。

 地面の衝撃はない。ただ、抱きとめられている。


 顔を上げる。

 乱れた前髪の隙間から、少年の瞳がこちらを覗いていた。

 その目は驚きと心配で揺れている。

 でも――その瞳の奥に、私は知っている何かを見た。

 虚獄で何度も見つめた視線。

 あのとき、消えたはずの命の光。


 彼の腕に抱かれながら、胸の奥に冷たいものが走った。

 思考が追いつかない。

 ただ、理解してしまった。

 この手、この瞳、この声――


 ーーあぁ、神様、やはりあなたは存在するのですね。





 「大丈夫ですか?」


 その声が、現実を確定させた。













 天野夏向。


 私が殺した少年が、今、私を抱きとめていた。

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