第3章 一日一生 その9
レースは第二泳者の登場へ――
プールサイドに現れたのは、Aチームの朱音とBチームのゆかりだ。
実況が興奮気味に声を張り上げる。
「続いては平泳ぎ対決! まずはAチームの朱音! 健康的で親しみやすい笑顔が魅力的だ! さあ、あのしなやかなフォームがどう映るか見ものだ!」
観客席からも「朱音ー!」と声援が飛ぶ。
「対するBチームは、ゆかり! 落ち着いた雰囲気と品のある泳ぎが特徴だ。水中で見せる彼女の滑らかな動き、期待大だ!」
スタートの合図が鳴る。
朱音とゆかりが、ほぼ同時にプールサイドで足を振り上げた。
朱音は飛び込んだ瞬間、軽やかに水を蹴り、滑らかな腕の動きと呼吸のリズムを刻みながら、力強くも優雅に前へと進んでいく。水面をかき分けるたびに、背中から腰にかけての曲線が水の流れに溶け込み、揺らめきながら滑らかに波打った。ときおり見せる自然な笑顔は、緊張を感じさせず、むしろ自信に満ちているように見えた。脚を伸ばして水を押し出すたびに、しなやかな臀部のラインが水の抵抗を受けてわずかに反転し、見る者の視線を引き寄せて離さなかった。
「朱音の平泳ぎ、まさに完璧の一言! リズム良く泳ぐ腕と柔らかな腰の動き、そのしなやかな曲線美は芸術的だ! とくに推進力を生み出す下半身の柔軟な使い方が光る! スピードと美しさが融合した泳ぎに、観客の目は釘付けだ!」
一方、ゆかりは静かに呼吸を整え、精密なフォームで水を蹴り出す。彼女の泳ぎは計算された静けさを湛え、無駄な力みを一切感じさせない。水面に映る背筋は真っ直ぐに伸び、腰の動きは滑らかに水を押しのけている。力強く蹴り上げられた脚は、わずかに水面を波立たせ、ゆるやかに引き締まった臀部がしなやかに揺れ、静かな存在感を示していた。まるで冷たい水の中に温かみを宿すような、不思議な魅力がそこにあった。
「ゆかりの泳ぎは、静謐な美しさそのもの! 腕の動きは無駄なく滑らか、腰の使い方は絶妙で水流を巧みに操っている! 彼女の控えめながらも力強い蹴り足が、着実に距離を詰めている! その冷静な泳ぎには、凛とした強さが宿っている!」
レース中盤、朱音がわずかにリードを保つが、ゆかりも決して諦めない。両者の差はほとんどないまま、最後の直線へと突入する。
「フィニッシュ! わずかな差でBチームゆかり選手が先着! しかし朱音選手も堂々の泳ぎを見せ、会場は大きな拍手に包まれています!」
水から上がった二人は、お互いに軽く微笑み合い、控えめに手を振った。
歓声は二人の努力と美しさを称えるかのように、温かく続いていた。
そんな二人を見守るBチームの仲間たちも、自然と笑顔をこぼしている。
「どんまい、朱音! あの安定感はさすがだよ」
摩耶が陽翔に話しかけると、陽翔も頷きながら答えた。
「うん、あの滑らかな泳ぎは見惚れたよ。特に腰の動きが本当に芸術的だった」
その隣で、梨々香が元気に声を弾ませる。
「朱音、ナイスファイト! 次は私がバッチリ盛り上げるからね!」
朱音はほんのり頬を染め、少し照れくさそうに笑った。
「ありがとう…負けちゃったけど、楽しかったな」
一方、Bチームではゆかりがゆっくりとタオルで髪を拭きながら、冴や天音と軽く会話を交わしていた。
「……本当にかっこよかった」
冴がにっこりと微笑むと、ゆかりもほんのりと笑みを返し、
「ありがとう。全力を出し切ったよ」
そこへ楓がにやりと笑いながら割って入る。
「ゆかりの冷静さはチームの心臓だな。あの落ち着きと粘り強さは最高の武器だ」
ゆかりは苦笑いしながらも誇らしげに胸を張った。
「天音! 思い切り楽しんできて」
ゆかりの言葉に、天音はふわりと微笑み、軽く頷いた。
どちらのチームも、まだ勝負は続くが、このひとときを素直に楽しんでいるのが伝わってくる。
負けた悔しさは微塵もなく、ただ純粋にこの空間と仲間の存在を噛み締める時間だった。