第3章 一日一生 その7
「あっ、いたいた!」
プールサイドに戻ると、先に上がっていた仲間たちが手を振っていた。
朱音は少し心配そうにこちらを見ている。摩耶はタオルで濡れた髪を拭きながら、わずかに目を逸らしていた。ゆかりと冴は笑い合っており、梨々香と楓の姿もすでに揃っている。
「ふたりでどこ行ってたのよ~?」
ゆかりがにやりとからかうように言うと、天音はふわりと微笑んだ。
その瞬間――プールサイドの照明が一斉に消え、場内は深い闇に包まれた。
静寂の中、低く響く太鼓の音が徐々に大きくなり、荘厳で重厚な音楽が静かに流れ始める。
そして間髪入れずに、再び照明が明るく点灯。
場内を彩るようにアップテンポな音楽に切り替わり、熱気を帯びた歓声が巻き起こる。
そこへ現れたのは、一本マイクを片手にした実況担当の女性スタッフだった。
光輝く金髪のポニーテールに、しっかり焼けた小麦色の肌。
彼女の身を包むのは、攻めたデザインのビキニタイプのハイレグ水着。
ネイビーにゴールドの縁取りが施された上下は、布面積がかなり少なく、豊かすぎる胸をなんとか収めているように見えた。
ムチムチと張りのあるボディラインが生む柔らかな起伏が際立ち、特にヒップは見る者の視線を釘付けにする。
ハイレグの深い食い込みに挟まれたそのお尻は、、動くたびに布の限界に挑むようにぷるりと揺れた。
だが彼女自身は、そんな視線などまったく意に介さない。
サングラスをキュッと外して額に引っかけると、口角を上げてニカッと笑い、白い歯をのぞかせる。
そのままマイクを高く掲げ、ハスキーな声が勢いよく響き渡った。
「さぁさぁ皆さん、お待ちかね〜っ! 本日のスペシャルイベント――ウォーター・ビューティ・グランプリ! ただいまより、開幕いたしますっ!」
声に合わせてステージの照明が一気に高まり、観客席はさらにヒートアップ。
実況の女性は腰に手を当て、軽くヒップを揺らすようにステップを踏んでウインクした。
その姿は、降りしきる陽射しを纏った夏の化身だった。
「おいおい、ウソだろ……」
摩耶が眉をひそめて周囲を見渡す。
室内プールの観客席には、家族連れや若者たちがずらりと並び、すでに手拍子や歓声が巻き起こっていた。
「まさか……あいつら……」
陽翔が視線を向けると、そこには――どや顔全開の梨々香と、妙に誇らしげな楓の姿が並んでいた。
「うちら、しっかり予約しておいたからね♪」
陽翔が口を開く間もなく、特設スピーカーから再び実況が響く。
「さあ皆さん、お待たせしましたっ! スペシャルイベント――ウォーター・ビューティグランプリ! 泳ぎの速さだけじゃないっ! かわいさ! 美しさ! かっこよさ! ――すべてが評価される! 芸術点とスピード魅惑の祭典! レースを制するのはどっちのチームなのか!? それではレースに出場するメンバーの紹介だ! まずはAチーム! 背泳ぎ担当は――クールビューティ、摩耶っ! 平泳ぎは――清楚な赤髪のスイマー、朱音っ! バタフライは――元気と笑顔のギャル代表、梨々香っ! そしてアンカーは――日焼けがまぶしい爽やかイケメン、陽翔〜っ! 対するBチーム! 背泳ぎは――物静かで小柄な美女、冴っ! 平泳ぎは――神秘のヴェールに包まれた生徒会長、ゆかりっ! バタフライは――水と一体化した水の妖精、天音っ! そしてアンカーは――黒肌が映える情熱の男、楓〜っ!」
楓はドヤリと胸を張って、陽翔の方を見た。
「この紹介文、梨々香と一緒に一生懸命考えたんだぜ!」
陽翔は思わずあっけに取られ、目を丸くして言葉を失った。
突然、上空の大型ビジョンが明るく点灯する。
「おっとぉ! ここで現在の下馬評をご紹介しましょう!」
実況の声に合わせて、画面にはなぜか各選手の顔写真とスコアバーが映し出されていく。
【優勝予想ランキング】
1位:朱音(スイートフェイスで注目度急上昇)
2位:楓(男前すぎて実況席ざわつき)
3位:天音(透明感と静謐の化身)
4位:陽翔(日焼けスマイルと筋肉で好感度上昇中)
5位:梨々香(ギャルパワー全開!)
6位:冴(控えめ美人、じわじわ支持)
7位:摩耶(無口だがカッコいい)
8位:ゆかり(ミステリアス枠で票が割れる)
「な、なんで団体戦なのに個人票があるんだよっ!?」
陽翔がモニターを指さして叫ぶ。
「盛り上がるからだってさっ☆」
と、梨々香がケロッと笑ってピースサイン。
「こういうのって……ノリ……が大事だよね」
冴も微笑みながら、すでに水に入る準備万端だ。
「もうなんなんだこのイベント……」
そんな陽翔の背中を、隣にいた楓がバンッと豪快に叩く。
「なあ陽翔……男前すぎて、こっちが辛いぜ」
「うるせぇわ!」
「陽翔、俺、輝いてるよ。まぶしいよ」
楓は何故か両手を広げて天を仰ぐ。
周囲ではくすくすと笑いが漏れ、摩耶がわずかに顔を背けながら「……暑苦しい」と呟いた。
陽翔はぐいっと楓を押し返しながら、
この謎のノリと空気に巻き込まれていくしかないことを悟っていた。
「でもさ、やるからには――楽しもうっ!」
梨々香が元気よく手を叩くと、みんなが笑いながらうなずいた。