メインヒーローに転生した彼女の救い方
前書いた物を修正しました。
01
︎︎ぱちんと、何かの画面が変わったように、私の視界には、見慣れているのに、見慣れていない部屋が映った。
整理整頓された広々とした男の子の部屋。
︎︎見覚えのあるこの部屋は、乙女ゲーム『学園mate~導きのロード~』のメインヒーローである花柳春仁くんの部屋だ。何度かゲームではお邪魔したことがあったけれど、この部屋がとても良い匂いがするということはゲームでは分からなかった。 花柳春仁くんは乙女の理想を絵に書いたような男の子で、ゲームの世界でも、画面向こうの現実世界でも人気が高い王子様キャラである。
そう。つまり、ここは乙女ゲームの世界!
私が妄想した都合の良い夢かと思って、頬をつねるがどうやら、夢ではないらしい。
………………。
夢では……ない?
つまらない現実から、夢溢れる世界に来れたのは嬉しいと思う。
けれど、自分のいるべき場所はここじゃない現実で、帰らなければと、すぐに思ってしまった。
確かに、たまに夢に妄想にと逃げはするけれど、夢と現実くらい区別の出来る大人だったはずだ。
戻るためには、どうしたらいいのだろう?
これは転生なのだろうか。
それとも、異世界召喚な展開なのだろうか。
一体、私はどういう状況なんだ。
こうなる前が、どうにも思い出せない。私は死んだのか、それとも何かに飲み込まれたり、召喚で呼び出されりしたのか。
なぜ、私はここにいるんだろう? そんな疑問に私は答えを出せず、答えてくれそうな人もいないので、思い出すことを諦めた。
いや、もしかしたらこれはドッキリで、ユーザーをゲームの世界に来たと錯覚させるような企画なのでは?
だとしたら、私はかなり痛々しく、恥ずかしい人なのでは?
落ち着くために、深呼吸する。
辺りをもう一度見回して、気付いたことが一つあった。
それは私の体。
胸がない。
いや、もとからそんなには無かったけれど、それでも慎ましいものは確かにあったはず。
どこに落としたんだ。
部屋を探しても、胸の行方も、この状況についても、分からなかった。
トントンと、扉をノックする音がした。
「春仁、少しいいかしら?」
こ、この声は声優さんの……じゃ、なくて!
メインヒーロー花柳春仁のお姉さまのお声!
「……は、はいっ」
言った後に気付いた。もし仮に、転生やら異世界召喚的なものなら、私は花柳春仁じゃないのだから、返事をするべきじゃないのではと。だって、不法侵入なわけなのだから。本来、私はここにいるべき人間じゃない。
けれど、言った後に気付いた。私の発声した声は声優さんの……じゃ、なくて! 私の声は、花柳春仁だということに──。
「今夜のお夕飯のことなんだけどね。……私、料理教室でお勉強をしているでしょう?その成果をお父様やお母様、そして春仁に振る舞いたいの……だめかしら?」
「……。あ、えっと」
私……が、花柳春仁……? ……花柳、花柳春仁。
私は、花柳春仁。
「何か都合が悪かったりする?」
私の様子がおかしいことを気にして、お姉さまは心配そうに私、花柳春仁を見つめる。
「いえ、姉さんの料理を楽しみにしていますね」
「あっ。楽しみにしないで! まだまだ修業中で、自信がないの。……でも、頑張るわねっ」
自信がないようだけれど、頑張ると言って小さく拳を握った彼女はとても可愛い。
そうだ。このゲームは、女の子がとにかく可愛いのである。主人公の親友や攻略対象の女兄弟なんかは、他のゲームより見た目が可愛いのだ。これは、このゲームのイラストを担当した人が男性で、普段はライトノベルやギャルゲーを描いているイラストレーターだからであり、私はそんな可愛い女の子を目当てに買ったから、このお姉様もいたく気に入っている。うん。男の子もすごく格好いいけど、本命は女の子なんだ。ごめん。
「姉さんの作ったものなら、僕は何でも食べますよ」
本心です。炭でもなんでも食べます!
「何でもって……失敗しても?……嘘、ついてはダメですからね?」
悪戯っぽく笑って春仁くんのお姉さまは部屋を出ていった。か、可愛い。
そして、一人になり、私は頭を抱える。
現状。
異世界で、メインヒーローになりました。
……えっと……攻略、されればいいのかな?
02
夕飯……とはなんなのだろう。同じ人間のはずなのに、ここまで違っていていいのだろうか。庶民の私から見れば、あれは格が違いすぎて、家で出す料理じゃなかった。
この体、春仁くんでは当たり前の夕飯の感想が、私にとっては落ち着かないの一言だよ。
でもまあ、お姉さまの料理は美味しかった。
食べていて気付いたけれど、私にはきちんとした作法が身についていた。高級感のある食べ物をどうやって食べるんだろうと思いはしたけれど、いざ食べようとすると、なんとなく分かるのだ。
これは、花柳春仁の体に刻まれた記憶なのだろうか。
試しにそこらを走ってみたけれど、さすがは文武両道の花柳春仁。早い早い。しかも、なかなか息が上がらないときた。
そして、まさかの勉強もすらすらと分かる。
これから花柳春仁を演じる上で、心配することは私の演技力だけのようだ。
私は勉強道具をしまい、息を吐く。
この体は完璧に花柳春仁のものだ。
だって、花柳春仁としての記憶なんて、私は持ち合わせてなどいない。
私は、花柳春仁ではない。
この体は、きちんと彼に返さなくてはいけないだろう。
けれど、この体を自由にする方法を私は知らない。
意識、魂とかいうそんな不確かな存在に私はなってしまったのだ。魂なんてそんな不思議なものを知っている人なんているはず…………はっ!
私はこのゲームのプレイヤーとして、知っていた。
この世界で唯一、ファンタジーな存在である攻略対象者を。
その一人を除いては全員が普通に一般人であり、その男の子だけがまさかの悪魔であることを。
今日は日曜日。
明日さっそく彼に話しかけてみるとしよう。
本当の花柳春仁くんだって、早く高校生活を送りたいだろうから。
03
男の体。そうだった。これは異性の体なのだった。
トイレにお風呂。いやぁ大変でした。
なんて昨日を振り返る。とはいえ、人間慣れればどうとでもなるはずだ。男兄弟もいたことだし、なんとなくは分かる! なんとなくだけど!
そして、今現在も大変である。なんせ、可愛い仔猫ちゃんたちに囲まれているのだから。王子様万歳。私のモテ期到来である。一向に前に進めないのが難点だけど。
それらに笑顔で答える。優しい優しい王子様の花柳春仁は、いつも微笑みを絶やさない。誰にでも、優しい王子様。八方美人の王子様。
なるほど。これは、疲れる。女の子たちが休ませてくれない。
この子のこんな苦労、ゲームでは描かれていないぞ。
大変すぎるだろこれ。
お弁当は五個。お菓子は十三個。手紙は三十通。呼び出しやお昼の予約多数。お喋りはエンドレス。優しい王子様は、これらを無下にすることを許されていない。
いくら可愛い仔猫ちゃんたちでも、流石に怖くなってきた。考えようよ。早く行かないと授業始まっちゃうよ?
そんな風に私が困っている中、一人の少女が視界に映った。
神谷弥生ちゃん。確か、名前を変えない場合はこの名前だった。黒髪黒目の可愛い女の子。この乙女ゲームの主人公。
その先には、プリントを落とした生徒会長。
そうだ。これは選択肢だ。
私は今の状況を理解する。
女の子に囲まれた王子様を見つめる。
クールそうな男の子のプリントを拾う。
友達へダッシュ。
これが、王子様ルートか生徒会長ルートの分岐点。
友達へと向かうのは、他のキャラ狙いということだ。
さぁ、来い! 主人公ちゃん!
時期的に、チュートリアル的なキャラ紹介は友達にされているはず!
王子様ですよ! 優良物件ですよ!
しかし、彼女がこちらに来ることはなく、生徒会長の元へも行かず、友達の唯花ちゃんへダッシュしていた。うん。可愛いよね唯花ちゃん。ツインテールの女の子が大好きな私は、唯花ちゃんに一目惚れしてこの乙女ゲームを購入したのだ。彼女についてのストーリーも良かった。悲しいけど、良かったんだ。
どうやら、私こと花柳春仁くんは、主人公の神谷弥生ちゃんのお相手にはなれないらしい。恋愛対象にならないメインヒーローってなんだよ。存在価値ないでしょうよと、ちょっと落ち込む。でも、これは乙女ゲーム『世界』であり、乙女ゲームじゃない。彼女の彼氏になれずとも、ここに存在して、ずっと生きるのだ。だとしたら、王子様のお姫様は誰なんだろう。お姉さまとの禁断の愛を育みでもするか。なんちゃって。
それから、彼女の観察をすることにした。
一応、念のため。私と同じミスをしないか心配で、弥生ちゃんを見続けた。魂のことで悪魔先輩に会おうと思ったけれど、彼はまだ登校していなかった。そういえば、彼は少し遅れての登場だった気がする。今は魔界のどこかにいるはずだ。どうやったって、会えない。ならば待つしかない。
学校での観察は金曜日まで続いた。もしかしたら、私の不安は予想通りに起きてしまうかもしれない。
神谷弥生は、どの攻略対象者にも近寄らないで、友達やクラスメイトとずっと過ごしていた。
この乙女ゲームは、女の子が魅力的だけれど、それでもやはり乙女ゲームなのである。
男の子に恋愛しない者を、許しはしない。
女の子に現を抜かしていた私には、罰が下った。
死。バッドエンド。
この乙女ゲームは、一週間に一度、攻略対象者とデートをしないと主人公は死ぬ。乙女ゲームなのだから、そんなことは起こりづらいはずだけど、私は女の子目当てだったばかりに、何度も死んだ。とはいえ、一週間に一度デートすればいいと分かってからは、男の子となんとなく過ごして、女の子に夢中になっていたけど。
でも、そうだ。これは乙女ゲームじゃない。乙女ゲームの世界ではあるけれど、そのままじゃないはずだ。
彼女は死なない───かも、しれない。
結局、私は怖くて日曜日の彼女の後を追った。
誰かと待ち合わせらしいと思ったら、弥生ちゃんの友達であるツインテの唯花ちゃんだった。シチュエーションが初回プレイ時の私と同じだ。そして、このあと私───じゃなく、主人公は通り魔に刺されて死ぬのだ。
何事もありませんようにと心の中で祈る。
唯花ちゃんと別れ、弥生ちゃんは一人になった。
あとは、家へと帰るだけ。帰れば、無事終わる。ただの勘違いの妄想だったと笑って、もう気を揉まなくてすむ。
でも無情にもやってくるのは、見えてしまったのは、なんと不幸なことか。通り魔である名無しの青年である。
恐怖を覚えた。だって、目の前で人が殺されるかもしれないのだから。
夕日が照らす真っ赤な景色。青年の笑顔。
もしかしたら。
もしかしたら。
もしかしたら。
もしかしたら、死なないかも。それは淡い期待だ。そうであって欲しいという願いだ。
青年がポケットに手を入れた瞬間、私は物陰から動いた。
彼女を守れるように、通り魔から盾となるように。
ごめんね春仁くん。君を危険に晒してしまう。
「…………ッ」
弥生ちゃんと通り魔の間に割り込んだ私は、通り魔が出したナイフを素手で掴んだ。ナイフには、赤い鮮血が滴り、地面にポタポタと垂れ落ちる。
痛い。痛い。痛い。痛い。
ごめんね。傷付けてごめんね。
春仁くんに謝りながら、ナイフを握った通り魔の右手を叩いて、力の抜けた瞬間にナイフを奪った。ナイフをなるべく届かない距離に投げ捨て、困惑している通り魔を押さえつける。春仁くんは力が強いね。私が私のままなら、絶対に死んでたよ。
「ごめんね。警察呼んでくれるかな?」
驚いて固まっていた主人公の弥生ちゃんに、私はぎこちない笑顔を向けてそれだけ言った。
警察に色々と聞かれて話し、帰り道は私が弥生ちゃんを送ることになった。
これは、デートに入るよね。
帰り道デート。
そうであって欲しい。
私と弥生ちゃんは、言葉数少なく家へと歩いた。
04
ダンプカーに轢かれて死んだ。
確か、次の週はそんな死因だった気がする。
右手の怪我を見て、次に守ろうとしたらこれだけでは済まないかもなと、乾いた笑いを溢す。
神谷弥生をデートに誘う。
それが最も安全で、正攻法だろう。
私がどうやって弥生ちゃんを誘おうかと考えていると、なんと彼女の方から誘いがあった。昨日のお礼がしたいそうだ。勿論私はそれに応じた。
でも、その前にやっておかなくてはならないことがある。
弥生ちゃんとのお出かけは、つまりは王子様が彼女を特別視しているとなる可能性がある。だから、可愛い仔猫ちゃんたちに、特別じゃないですよと、伝えなくてはならない。
昼休み。女の子達と雑談しながら、お弁当を一緒に食べて過ごす。たまに男友達と食べる日もあるが、男の子達の前では王子様というより普通の男の子って感じなので、自然体の演技が求められて難しいところがあるので、そこは女の子といた方が楽だったりする。
「僕、今度ケーキを食べに行こうと思ってるんだけど、どこか良いところ知らないかな?」
そんな風に切り出して、何人かの女の子をデートに誘った。複数だったり、二人でだったり。ちなみに、他にも誘った人がいる風にも話した。これでいいかな? 女の子の嫉妬は怖い。女の子たちはこんなにか弱くて可愛いのに、とても恐ろしいものなのだ。もしかしたら、このデートで彼女達が少しギクシャクするかもしれないけれど、弥生ちゃんだけが責められることはないだろう。
そういえば、死因の一つにこの可愛い仔猫ちゃんたちに誤って殺されるってものもある。いきすぎた苛めで、主人公は命を落とす。とにかくデートしないとデッドエンドだからなぁ。仔猫ちゃんたちに罪を犯して欲しくないし、苛めもして欲しくない。ずっと可愛い笑顔のままというのは、きっと私の我が儘なんだろうな。
そんなこんなで放課後。
校門で待ち合わせていると、弥生ちゃんと唯花ちゃんが来た。唯花ちゃんも一緒にお店に行くらしい。やったね!
落ち着いた雰囲気の喫茶店で、私はチーズケーキと紅茶を頼んだ。弥生ちゃんはオレンジジュースとサンドウィッチ。唯花ちゃんは珈琲とパフェ。あーあ!私が女の子なら、一口あげるから一口ちょーだいが出来るのに。女の子ときゃっきゃうふふ出来るのに。くっ。何故、私はメインヒーローなんだ!
先日のお礼を言われ、ここのお金は弥生ちゃんが出すらしい。なるほど。本来ならカッコつけて自分が支払いをしたいが、ここは出すところではないな。ご厚意に甘えるところだ。主人公の弥生ちゃんがお手洗いに席を立ち、友達の唯花ちゃんと二人だけになった。
話すなら今だ。
「あの、神谷さんにまた同じことが起こるのが怖いから、たまに僕も一緒に帰っていいかな?」
「有難い話ですけど……その、なんで弥生ちゃんが離れてから言うんですか?」
「あんまり彼女を怖がらせたくないし、佐渡さんにも言いたいことがあって」
佐渡さんとは、唯花ちゃんの苗字だ。佐渡唯花。それが唯花ちゃんのフルネーム。
「僕、ちょっと女の子が周りにいるから、もしかしたら、迷惑かけちゃうかもしれないといいますか」
「……あー。なるほどなるほど」
「もしも神谷さんや佐渡さんに何かあったら、僕に教えてくれると嬉しいんだ」
「分かった! じゃ、護衛よろしくね! あはは。王子様じゃなくて騎士様だ」
にこにこと、いい返事が聞けて良かった。そして、あとで同じように弥生ちゃんにも、唯花ちゃんに何かあったら教えてと言っておいた。念には念を。自分で抱え込みそうな二人なので、相手の方を心配させようという魂胆だ。ひとまず、予定は伝えた。あとは、週一で同行するだけだ。他の子とも週一で帰らないとなぁ。攻略キャラなら、もっと人気がないキャラクターの方が良かった。王子様は動きづらい。
唯花ちゃんと一緒でも、確かデートになるはず。
男の子と一緒ならいいのか、この乙女ゲームはそこらへんは甘い。
しかし、これでデッドエンドの心配は和らいだというもの。
さて、お次は王子様こと花柳春仁くんの心配だ。
05
悪魔先輩。
人間しかいないこの世界において、彼は異質。攻略キャラの中で唯一の人外。
悪魔先輩こと、園見ゼファル。
ハーフで通っているが、それは悪魔と人間とのハーフだという真実を知るものは、人間の中にはいない。私を除いてな!
「…………魂差し出せば、なんとかなるかな」
んで、私の魂が抜けた春仁くんは、正気に戻るとか……話が上手すぎるかな。
そんなこんなで、私は悪魔先輩の出待ちである。
確かこの休み時間に、この辺りで悪魔先輩が魔界から現れるはずなんだけど……。時間と温室の裏というのはギリギリ記憶にあったものの、正確な日にちまでは思い出せず、出待ち三日目なわけなのですが。いい加減、現れろー。あーらーわーれーろー。
そんな念だか願いがようやく届いたのか、パァアアアと魔方陣が現れ、その中から黒髪の儚げな美少年が出てきた。
「…………。おい、人間」
「あ、あの! お、お願いがあります悪魔様!」
ずざざざざっと私は土下座した。ごめんね春仁くん。土下座は私がしたものであって、君がしたわけじゃないってことで許してください。私の必死な願いに対して、悪魔先輩が何を言うか、もしくは聞く耳を持たないか分からないので、私は洗いざらい捲し立てる。
「私は異世界人なんです! ひょんなことから、この男の子の体に入ってしまって、元に戻る方法を探しています。私が差しだせられるものは、何でも差し出します!」
悪魔に何でもなんて言うのは危ないけれど、それでも差し出すものは私の出来ることだけだ。春仁くんは春仁くん。彼に迷惑はかけないぞ。
それに、悪魔先輩はそこまで酷い人じゃ───。
「んじゃ、アンタは俺の奴隷ね」
………………。
「ご、拷問とか?」
「は? そんな趣味なんてないよ」
よ、よし。拷問なけりゃなんでもいいや!
くっそ。主人公ならもう少しロマンチックな出会いなんだけどな!
突然、儚げな黒髪の美少年が現れ、主人公は驚く。貴方は誰なのと問いかける主人公に、美少年は無視して……。あ、そうだ。この子ツンデレだった。彼を追いかけて、少しずつ触れあい、彼の凍った心を溶かしていく話だった。出会いはあっさりしていたんだった。
ツン…………デレ。いや、流石にメインヒーローにはデレるまい。
つーことはツンだけやないか!
「何してんの? さっさと付いてきてよね」
え? 付いてけばいいの?
「あの、どこに行くんです?」
「温室だよ」
「あー! そうですよね。温室が先輩の根城になってますもんね!」
女の子狙いだったけど、ちゃんと攻略キャラ全員はプレイしましたからね。温室という学園の施設が、先輩のテリトリーになっていることは当然知ってます。そこで甘い一時だって過ごしました。私は主人公ちゃんの可愛さにトキメキましたよ。先輩のルートの主人公は、強く可愛いから大好きだったなー。
そういや、温室には魔界の花も植えてましたな。
あの混沌とした温室は、魔界を垣間見れるところだ。
つまり、魔界に行きたくない。そう思わせる風景だった。
主人公は一度だけ魔界に連れられたぐらいで、エンディング後もこっちで暮らしてるはずだったから安心したけど。
「………………」
なにやら先輩が睨み付けるようにこちらを見ている。
「アンタ、僕が悪魔だということも、魔界から帰ってくることも知ってたけど、何者なわけ? 次元関係が得意なの? それとも予知能力? そもそも、人間?」
いや、一般人だったはずですけど。
これもきちんと説明する他あるまい。いいですか? この世界、実は乙女ゲームなんですよ! 言いづらいことこの上ない!
説明、したぜ。
色々とありましたが、先輩の色々な秘密と、その他諸々を言ったりなんかしたりして、嘘じゃないってことを、やっと納得していただきました! わーい。ぱちぱち。
先輩の表情はなかなかに納得していなさそうだけど、なるほど信じてやるしかないかと、しかと言ったからね! 言いましたよね!? ね!
そうだよ。君が攻略キャラなんだよ。
ただ、出現したときに主人公がいなかった時点で、君との出会いのエピソード潰れたけどね!
確か選択肢は、温室に行こうと、友達と遊ぶだったはずだ。
主人公、友達大好きだな!
最初から君はぶれないな!
…………えー。こほん。興奮し過ぎた。冷静に冷静に。
何せ、ようやくだからね。
さて、ではでは。本題に入りましょう。
私を元の世界に帰すとか、私の魂を花柳春仁くんから取り出すとか!
「よろしくお願いします!」
と、頭を下げる。
しかし、先輩の反応は予想外のものだった。
「一度、魔界に帰ってから検討します」
何せ前例がないことだから、分からないと言われた。
事務的な返答の後、先輩は魔方陣で魔界へと帰って行った。
と、いうわけで。
先輩からの連絡があるまで待機です。
06
結果。
悪魔先輩こと、園見ゼファル先輩は有能だった。
私の期待以上の有能ぶりで、魔界から帰ってきた。
先輩が調べた結果、私は元の世界には帰れないらしい。
理由は単純で、魂の器がどこにも無いから。
つまり、私は元いた世界では死んでいるということだ。
なんで死んだのかは、思い出せないけれど……。
と、いうか。別世界の私の体の有無を調べられるとか流石。
先輩、ぱないっす。
そして、私の魂をどうするかという問題について。
どうやら先輩は、新しい器を作ってくれるらしい。
不思議パワーで。
成功するかは分からないと言われた。
もしかしたら、魂は行き場を失うと。
「その場合でも、花柳春仁くんの意識は戻りますか?」
「アンタが邪魔をしていて出れないだけだから、アンタがいなくなった時点で戻るでしょ。他になんかある?」
他かぁ。心配事はそれくらいだったから、ないかな。
自分が消える恐怖は勿論あるけれど、でも、それよりも考えなくちゃいけないのは、花柳春仁くんのことだから。私は死んだけど、彼はまだ生きている。私が勝手に入っているだけなのだから。
「特には」
「………………」
私の返事に、先輩は大きく目を見開いた。
「ここまでお人好しとはね」
あははと私は笑う。元からお人好しなのはあったけれど、転生してからはより行動的に、決意も固くなった気がしないでもない。この体のスペックが高いせいなのか、一度死んで吹っ切れたからなのか、前世にあった色々な柵がないからか。
「なんで、そこまでアンタは人を助けようとするの?」
乙女ゲームの話をした時に、主人公とのデートの話もした。私が消えたら、彼女が死なないように後を引き継いで欲しいとも話した。
もしかしたら、主人公の親友である唯花ちゃんが死ぬかもしれないから、出来るだけ手助けして欲しいとも。
人を助けようとする。
その理由は一つだけだ。
前世での私は、いや、今世でも。
「私が、ずっと助けて欲しいと思っているから」
だから、私は助けるのだ。気持ちが分かるから。
私は弱音を吐けない。
心配をかけたくない。そう思っているから。
あの人は今、元気だから、暗い話をしたら悪い。
あの子は今、失恋したから、暗い話をしたら悪い。
だから、いつも思っていた。
助けて。助けて下さい。
どうか、神様。
心の中だけで、いつも助けを呼んでいた。
『助け……て』
心の中……だけで?
ぱぁっと、霧が晴れたように、私は思い出した。
「……そうだ。私は」
会社からの帰り道、車に轢かれたんだ。それで、心の中に留めているだけの助けを、あの時初めて、口に出したんだ。
まぁ、今の状況を考えると、結局は救われなかったわけだけど。
「一応、言っとくけど。アンタの新しい器は、姿は人間だけど、人間じゃない。僕の魔力を糧として生き続ける。人間とは比べ物にならない、長い長い年月をね。つまり、一生アンタは僕の奴隷だ」
一生。
「ずっと、ずっと僕の奴隷だから」
彼は悪魔だ。
人間と悪魔の間に生まれた悪魔。
肉体は悪魔だけれど、心は人間のちぐはぐな悪魔。
悪魔嫌いの悪魔。
悪魔が嫌いで、人間と仲良くなりたいと思ってしまった可哀想な悪魔。人と悪魔とじゃ、流れる時間が違うのだ。一生の友人になんてなれはしない。彼を置いて、人間は老いていき、そして一生会えなくなるのである。
乙女ゲームでは、悪魔と人間という種族を越えて恋に落ち、流れる時間の差に苦しみながらも、それでも二人は寄り添いあう。
悪魔と、人間として。
けれど、けれども。
私はもしかしたら、隣で、彼をずっと支えることが出来るのかもしれない。
彼を少しでも、救えるかもしれない。
「そうですね。ずっと、先輩の隣で」
「…………そうだよ。ずっと奴隷」
でも、奴隷だから、隣じゃなくて下でしょと、先輩は言った。
その表情は嬉しそうで、どこか切なかった。
07
僕に、奴隷が出来た。魔物じゃなくて、人間の奴隷。そいつはお人好しで、救えない奴だった。
自分より、人を助けようする。自分より、誰かを大事にする。
一番、助けを必要としているのは、自分自身のはずなのに。
「先輩? それで私は何をすれば?」
「準備するから、アンタは寝てて。余計なことはしないでね」
温室にある儀式用に作られた部屋で、花柳春仁という男に入った彼女と、彼女の新しい器を寝かせた。新しい器は、魂が記憶している元の世界の彼女をモデルに作ったけど、本人は乙女ゲーム仕様になって可愛くなったとか言っていた。
魂の儀式は資料が少ない。魂はいろいろな理に触れて、だいたいが禁術だから。でも、この僕の奴隷は、他の世界から来た。この世界の理からは外れているはずで、儀式もやり易い。資料を全て集めて、読んで、準備は整った。
息をゆっくり吐く。
絶対に失敗は許されない。二度がない。一度きり。
「どうか、花柳春仁くんが無事に戻れますように」
ほら、救えない。まだ人の心配をしてる。ずっと、ずっと。
神谷弥生という女を心配して、佐渡唯花という女を心配して、花柳春仁という男を心配して、この僕のことさえ心配している。
そんな救えない奴を、僕は救いたい。
神谷弥生は、特定の異性とデートしなければ死んでしまう。その証拠に、右手の生々しい傷を見せられた。だから、週に一度、神谷と一緒に下校をしている。出来れば、僕に代わって欲しいと言っていた。なんで、僕が顔も知らない女の心配をしなきゃならないのか。
佐渡唯花は、どうやっても死ぬ命らしい。だから、佐渡と神谷を気にかけてくれると嬉しいと言っていた。なんで、僕が心配なんか。
花柳春仁は、目を覚ましたら混乱するかもしれない。だから、うまく理由を考えて落ち着かせて欲しいと。なんで、僕が。
もし、儀式に失敗しても、気にしないで大丈夫だと言っていた。僕のせいじゃなく、ここに来てしまった自分のせいだと。
………………。
彼女は優しい。色々と言ったけれど、嫌ならやらなくていいと言った。でも、彼女は意地悪だ。僕が人間に甘いのを見透かしている。
彼女を救いたい。
救いたいと願う彼女が、愛おしいから。
救うのは、僕の我が儘だ。
彼女の願いというよりも、僕の願いだ。
「先輩、まだですかー」
「うるさい。気が散る」
だから、失敗はしたくない。
彼女が諦めても、僕は諦めない。
「………………」
彼女がくれた『ずっと隣に』の言葉がどれだけ嬉しいか。
その重みは誰も知らないだろう。
僕は悪魔が嫌いで、人間界に来た。悪魔も人間も嘘を吐くけれど、人間の方が信頼出来る。だから、こっちに来て過ごした。でも、僕と人間の時間の流れは違う。どんなに親しい友人がいても、僕より先に逝ってしまう。友人と同じように老いる姿だけを真似しても、行き着く先は、終わりは同じだ。
でも、そんな苦しみがあると分かりながらも、彼女は言ってくれたのだ。一緒に居てくれると、傍に居てくれると。
「先輩、腹決めましょーよ」
「うっさい。準備してるんだよ」
「手が止まって、ぼーっとしてましたが」
「…………」
息をゆっくり吸って、僕は液体の入った瓶を彼女に渡した。
「飲むと魂が離れやすくなる薬だよ。だんだん眠くなるけど、その間に僕が魂を移すから」
彼女が受け取ろうと手を伸ばして掴むけれど、僕は渡さない。まだ、渡さない。
「アンタの口から、言って欲しいことがある」
「えっと?」
「自分のためだけの言葉を言って」
助けを呼んで。僕に、助けてと言って。
僕の眼に怯むような表情をして、彼女はつぅっと一筋の涙を流した。
「死んでるけど、死にたくないです。消えたくないです。助けて下さい、先輩」
それでも、にこりと最後に笑ったのは、多分、彼女の強がりだ。
08
魂を移して十時間が経っても、彼女も、彼も、目を覚まさなかった。
僕はただ、瞼が開くのを待つことしか出来ない。彼女の新しい器の手を握って、願う。どうか、どうかと。彼女が息をしますようにと。
彼女が目覚めないのは、分かるけど、花柳春仁が何故、こんなにも時間が掛かるのかが分からない。この儀式はどこまでが成功したんだ。
「…………んっ」
眠くなる感覚の中、衣擦れの音がしたので、彼女を見るも、動いた様子はない。口元に手をかざしたが息もしていなかった。ならばと、花柳春仁の方を見る。彼は起きていた。
「すみません。寝てから何時間くらいですか?」
「十時間……だけど」
「ということは、まだ日は跨いでないから、土曜日か」
「…………もしかして、お前」
「はい。彼女が居た記憶。居たときの記憶は、全て覚えています」
どうやら、目を覚ましたら混乱するだろうという彼女の予想は、外れたらしい。花柳春仁は、彼女のことを覚えている。
「乗っ取られて、不愉快だった?」
花柳春仁は首を横に振る。
「いいえ。感謝こそすれど、そんな気持ちは持ちませんでした。彼女は僕に謝り続けていましたし、僕として違和感がないように生活してくれ、いつ戻ってもいいようにと、色々と尽力してくれましたから」
べた褒めかよ。
「悪用されても、おかしくはなかったのに」
学園の王子様というその地位を弄ぶことなく、彼女は真っ直ぐに、花柳春仁に体を返す方法を探した。自分の体がないとしても、自分がどうなろうとしても、返さないという方法をとりはしなかった。
彼女の認識では、この世界はゲームの世界だという。そこに暮らす僕たちはキャラクターに過ぎないはずなのに、彼女は人間として、僕らをぞんざいには扱わなかった。
「彼女、目を覚ましますか?」
「………………分かんない」
心配かけないでよ。アンタ、そういうの一番嫌いなんでしょ。早く、目を覚ませよ。覚ましてよ。
握った手に力を込めるけれど、冷たい手は何の反応もしない。
ずっと隣にいるんだろ。僕の隣に、居てくれるんだろ。
アンタも同じなわけ? アンタも僕を置いていくの?
「起きろ。起きろよ」
握った手から、魔力を送る。何度も、何度も。
どうやったら彼女は起きる?
もう、起きないの?
「ねぇ、早く起き…………っ!」
彼女を呼ぼうとした。けれど、気付いた。僕は彼女の名前を知らない。きっと、彼女はあえて名前を教えなかったんだ。こうなるかもしれないから。出来るだけ記憶に残らないようにしたんだ。
「ほんっと、救えない!」
救われない可能性を考えるなよ。もっと、希望を持てよ。もっと、僕を信じてよ。
出会ってから、そんなに経ってもいないけれど、僕にとっては人間との時間なんてどれも短い。でも、その中で一番短くても、言ってくれた言葉は、一番重くて、僕の胸に刻みついてるんだ。
それなのに、僕を置いていく? そんなの許さない。
「……っ…………ぁ……ぐ」
多分、僕はいまの僕の顔が嫌いだろう。絶対、酷い顔。
流れ落ちるうざい水分を、僕は両手で拭く。
「酷い顔ですね。先輩」
聞き慣れない。いや、聞いたことのない声だった。
でも、僕は知っている。この声の持ち主を。
ばっと、俯いていた顔を上げる。
「……心配、かけてしまいましたか」
申し訳なさそうに、彼女は笑う。正座に座り直して、ありがとうございましたと礼を言われた。
「…………どうして」
こんな見せたくもない顔の時に、起きるんだよ。
「どうして目を覚ましたのか、ですか? ロマンチックに考えるなら、先輩が涙を流してくれたからじゃないですか? ヒロインの涙に、駆けつけないヒーローなんていませんから。……あ、私はもうメインヒーローじゃないんだった……いてっ!」
ぽかぽかと、彼女を殴る。殴って、殴って、殴る。
こんだけ心配させといて、何ケロッとしちゃってんの。どんだけ、どんだけ僕が心配したと思ってるの。ふざけるのなんて、ふざけないでよ。
「ちょ、先輩っいた! 痛いっす! ちょっと待って」
「やだ。どーせ、ふざけるんでしょ!」
「ふざけませんからっ! すみませんって」
仕方ないから許してやった。
そしたら彼女は深呼吸をして、
「初めまして、園見先輩。私の名前は、」
初めて名乗った。
こうして彼女、
君嶋楓はこの世界に転生したのだった。
09
「かえでちゃーんっ!」
ばたばたと走ってくるのは、『学園mate~導きのロード~』に出てくる主人公、神谷弥生ちゃんだ。
彼女は転校してきた私に、とてもよくしてくれている一人だ。いつも弥生ちゃんの隣にいる唯花ちゃんは、今はいない。
一応、キョロキョロと確認するけれど、やっぱりいないので、弥生ちゃんに聞くことにする。
「あれ? 唯花ちゃんは?」
「先にお昼ご飯の場所取りしてるの。さ、早く行こっ」
私はお弁当を掴んで、席を立つ。
廊下を歩きながら、弥生ちゃんにとある告白をされた。あまりにも驚きすぎて、信じられなくて、私は彼女にもう一回言ってもらう。
「えへへ。だから、ね。その……私、唯花ちゃんが好きなんだ。恋愛的な意味で」
まさかのガールズラブ!
いつの間にそんなルートに!?
いや、確かに弥生ちゃんは友達一直線だったけども。
これは私の知らないストーリーだ。続編? リニューアル? ファンディスク? とにかく、私が死んでから発売しやがったのか。それとも、ここは乙女ゲームの世界だけれど、乙女ゲーム自体じゃないというのか。
佐渡唯花は、『学園mate~導きのロード~』の中で断トツの人気で、主に男性票が多かったという。イラストレーターがギャルゲーなどで有名だったせいだろう。けれど、男性票を抜きにしても、断トツではなくなるけれど、結局一位だった。唯花ちゃんは、ストーリーでどうやっても命を落としてしまう運命で、続編では彼女を幸せにして欲しい。いや、むしろ攻略キャラで自分の手で幸せにする! という声が多かった。
くそ、私も幸せにしたかった!!
もしかして、魅力的な女性のサブキャラが多かったから、百合ゲーとしても発売されたのでは。
なんで死んだんだ私。悔しすぎる。
あ。でも、これでもう、私の代わりに引き継いで帰ってくれている春仁くんは、お役御免なのだろうか? でも、唯花ちゃんとのデートでは、死亡フラグは避けられなかったし。いや、まだルートに入ってなかったから?
考えあぐねた結果。彼女らが付き合うまでは続けた方がいいだろうというのに落ち着いた。
何かした方がいいかと思ったけれど、これは彼女たちの問題だ。唯花ちゃんを幸せにするのは、主人公である弥生ちゃんがやるべきことで、私じゃない。でも心配だし、友達なので、こそこそとキューピッドをしよう。
「あっ。君嶋さん、お弁当一緒にどうかな?」
前から歩いて来たのは、学園の王子様である春仁くんだ。手には十個ものお弁当を持っているけれど、彼はあれをお昼休みという時間内に食べ終える。いっぱい食べるし、太らない。なんと羨ましい体をしていらっしゃるんだ。
「弥生ちゃんたちと食べるんだけど、春仁くんもどうかな?」
「じゃ、ご一緒させてもらおうかな」
「多い方が美味しいしね!」
と、三人で向かおうとしたら、弥生ちゃんが別のクラスの子に捕まった。なんでも委員会がどうのだとか。
その場で待っていると、今度は悪魔先輩こと園見ゼファル先輩が歩いて来た。なんか私、睨み付けられてるような? もしかして、先輩の楽しみにしていたプリンを食べたのがバレたか? いや、あれはキチンと深夜にコンビニ行って買い直したから、バレてはいないはず。
何を言われるかとひやひやしていたら、先輩は私じゃなくて春仁くんに話しかけた。
「なんで、お前がいるの?」
「君嶋さんと、お昼一緒に食べようかなと。あと、少しの間ですけど、一心同体だったもので、なんか離れると寂しくて」
「あ! それ、分かるよ! 私もなんか違和感がある!」
「奴隷は、黙ってて」
「イェッサー」
ビシッと敬礼をかまして、私は黙る。
「どうして、一緒に食べようと思ったの?」
先輩、そのわけは先ほど春仁くんが言ってましたが。
「僕は、『メイン』ヒーローですから」
?
よくわからん返事だけど、先輩はぐぬぬっとしている。二人は弥生ちゃんが好きってこと? でも、残念ながら彼女は唯花ちゃんラブだし。それとも、先輩がメインヒーローに憧れている? 何故。話が分からないので、理解するのを諦める。考えても無駄だ。口を封じられてるから、質問も出来ないし。
にしても、ヒロインこと主人公が隣にいないヒーローって何だろう。いる意味あるのだろうか。お相手はどうするんだろう。生きている上で、パートナーは必要だろうし、引く手あまたのはず。春仁くんには、主人公に悪質な悪戯をする婚約者がいるけれど、まさかその子と?
はっ!
そういえば、攻略キャラたちは何かしらの悩み事があって、それを主人公が解決するというのに、主人公が唯花ちゃん一筋じゃ、彼らはどうなるんだ!? こ、こうしちゃいられない! 心配だから、一目見て──。
「待って。なんか、面倒な予感がする」
がしっと、先輩に肩を掴まれ止められる。
ちらりと見ると、にこりと口元が笑った。私は嫌な予感がする。確認は後日にしよう。
大人しくして、先輩を見上げる。体が春仁くんの時は、見下ろしていた美少年だけど、この体になると見上げる身長差になっていた。先輩、背は低い方だけど女の子よりは高いんだなぁ。
「コイツらと食べないで、僕と食べよう」
ぶんぶんと、私は首を横に振る。
「わけを言え奴隷」
「先に約束したので」
「お前、奴隷って分かってる?」
「わ、分かってますよ。でも、出来ることと出来ないことがあるんです。ジュース買ってこいとか、鞄を持てとかなら聞きます」
「それ、奴隷じゃなくパシリじゃないか!」
「じゃあ私、奴隷辞めて、パシリになります!」
「………………ぷふっ。あはは!」
あ。先輩のせいで王子が爆笑してる。
そんな状況説明を言ったら、先輩にぶたれた。
やれやれ。
何はともあれ、平和な日々に感謝しつつ、私はこの世界で生きる。
もし、この世界の愛おしい人たちが困ったなら、私は全力で協力をしようと思う。
だって、人を助けたいと思うのは、私の勝手だから。
だから、放課後は他のキャラへダッシュだぜ!
「……楓、君は僕の物って自覚しといてよね」
い、いたっ。痛いっす。先輩、ちょっすみませっ。
《竟!》
改題前タイトル
『君を救いたいのは、僕の勝手』