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EP.1 「インテリジェンス」

この作品(第一話)は2か月前に放置していた作品を再度執筆&部分的な推敲をしたもののため、段落の表現方法に差異等ありますが、ご了承ください

愛車に乗りしばらく走ると、目的地が見えてくる。新人の「ハンベリン・グスターフ」はハンドルを握る手に汗を滲ませながらも、なんとか緊張を抑えようとしていた。

グスターフは新しい職場へ赴任しているところだ。というのも、ヴァイアーナの国軍管区軍警長から直接「MCG」、軍警務防諜群に配属すると御達しが来ていたからだ。最初は単なるイラズラかと思ったものの、その通知内容は紛れもない事実だったらしく、急いで準備したが軍警長にしっ責された上に同僚から嘲笑されてしまうという、なんとも悲しいことになりながらも、車で向かっているところである。

MCG...国軍隷下の防諜機関で悪名高く、グスターフが所属していた軍警察部隊の中でも「悪魔しか入れぬ組織」と悪印象であった。そのためか手汗が止まらず、極度の緊張状態に達していたのだ。

「...っと、検問所...」

門に備え付けられた保安検問所に止め車の窓を開けると、建物から職員が出てきた。胸元に「M.P」と印字されているので恐らく憲兵...それか、保安職員かのどっちかだろう。震える手で胸ポケットに入れておいた職員証明証を用意し、いつでも会話できる状態に移行する。

「パスを見せてくれ。」

「...どうぞ」

何とか職員証を渡したものの、手が異様に震えていたせいでなんとなく湿った視線で見られていることに気づき思わず息をのんだ....が

「ああ、新しく来るやつな。あそこに車を止めたら正面に。そこでお前の上司が待っている。」

「え?あぁ...えっと、わかりました...」

一発ok、予想外の出来事だったのか、ハンドルを握ろうとした手が脱力し、息を整えた。

「おいおい、そんな緊張しなくてもだな...別に、ここは噂のような場所じゃないぜ?多少超法規措置をするってだけで、もちろん上官は新任職員には優しい.....いや、マニュエルのところは鬼だな」

保安職員がそう言うと、「まあなんとかなるさ」と言わんばかりに肩を叩く。「マニュエル」...一体誰なんだろう....と、一瞬考えをよぎらせるも、「今はそんなことをしている場合ではない」とグスターフは考えを改めてれば、丁度建物に職員が戻りに行っていた。グスターフは脱力した腕をハンドルに戻し、車を発進させる。


「ヴァイアーナ」正式にはヴァイアーナ民主共和国と言う。

2年前、北部セーガン州で第7連隊と共産党系の解放軍が蜂起し、やっと3か月前に停戦に駆け付けたばかりの、いわば"脆弱国家"だ

元より北部では共産党の影響力が強く、頻繁に赤色テロルが発生しており、それに手を焼いたヴァイアーナ軍略庁が第7師団を派遣して治安行動を行うよう命令したものの...その師団長や将校が共産党と密かに協力者関係であったため、このような事態に至っているようだ

その反省もあってか、今グスターフが赴いている「軍警務防諜群」が設立された。悪魔と呼ばれる理由も、その捜査手法が強硬的で抜け目がないからだと言われている____


グスターフは降車し、保安職員に言われた通りに正面まで歩く。建物に目をやると、その大きさに圧巻されてしまうぐらい、施設の規模が大きかった。MCGと言うのは、それほど多くの予算を持っているというのだろうか。

「....おい、新人。こっちだこっち、速く来い」

唐突に低音のトーンで声を掛けられ、声がした方向を向くと、そこには白い髭を口元に備えた一人の男が俺を呼んでいた

「は、はあ...」

正面玄関まで続く階段を走り抜け、その男のところまでたどり着いた。男の外見をじろじろ見れば、4,50代ぐらいの年齢ぐらいの顔と体つきをしていることをグスターフは理解した。というかこのおっさん、何気に拳銃持ってるな、腰に手を当てないでくれ、普通に怖すぎる。

「え、えぇっと...第294軍警隊より赴任したハンベリン・グスターフです!管区軍警長からの命令で...」

「ふんっ!」

男が唐突にこぶしを振り、話すのに精いっぱいだったグスターフは、パン!という音を立て、回避もできず頬を拳で殴られてしまった。一瞬何が起きたかわからなかったグスターフも、反動で地面にたたきつけられた時に「殴られたんだ」と理解したものの、その理由まではわからなかったようだ。

「いぃッ!....ちょぉ!!何をして...」

「話が長い、名前だけでいい。」

まさか話が長いだけで殴られたのか!?グスターフは目の前の狂人に対して困惑の色を深めていく。当たり前だが、名も知らぬこの男の印象は悪い方向に急降下している。

「ったく...これだから礼儀だけを鍛えられた新人は嫌いなんだよ」

「.....」

いやそんなの知らねえよ!?ごめんなさいね反撃してほしかったんだよねェ!?

「ハンベリン・グスターフ、司令官の命で来ました」

呆気と怒気に脊髄が支配されながらも、なんとか立ち上がり男に再び挨拶。もちろん、敵意を殺してだが

「よろしい。ユーヴェ・マニュエルだ。」

「よろしくお願いします.....秩序部長」

「別に、マニュエルでいい。堅苦しすぎる」

「....わかりました、マニュエル部長」

グスターフは困惑しながらも最初の難関を突破する。本当に考えていることがよくわからないが、とりあえずここまでこれたので他のことはよしとしよう。

「ついて来い、オフィスまで案内しよう。」

マニュエルが手招きをし、グスターフは後ろからついていった。殴った相手に背中を見せるとは、大分舐められたものだ、仕掛ける事は怖くてできないけどな。




MMPGCは、主に6つの部門に分かれている。

対外諜報機関員を追跡する「防諜部」

シギント・傍受に対抗する「情報部」

オペレーションを実行する「実働部」

対外軍情報収集を実行する「対外偵察・資料部」

防護や各種支援を主に行う「保安・支援部」

そして....グスターフやマニュエルが所属する、国軍内の不穏分子やスパイ協力者...はたまた軍幹部を調査・監視・摘発する「秩序部」だ。そして、秩序部に所属するものは「軍警務情報調査官(M I C)」と呼ばれ、高度な業務に配属される______

グスターフはマニュエルからはそう説明を受けるも、いまいちピンと来ていなかった。軍警察の仕事と言えば、そのほとんどが基地警備と交通整理だったからだ、いきなり「軍警察情報調査官になれ」と言われても、正直自分はここで何をすればいいのかわからないのだ、マニュエルもそれを直感で感じたらしく「もう一回説明するか?」と言ってきた。いや、説明されてもわからないんだよ

ともかく、仕事に携われば自然と覚えていくだろう。今はまだそれを気にする必要はない...と思いたい。

グスターフがそう思考を巡らせていると、マニュエルはエレベーターの中から見て真正面にある扉、それのセキュリティーパットにキーカードを通す。すると、扉がゆっくりと開いた。中を覗くと、結構人で溢れているように見える。

「秩序部は人が多いものでな、デスクはあるが壁はない、そこは理解してくれ。」

「わ、わかりました。」

グスターフが無意識に反応すると、マニュエルは唐突に「アルベルト!ちょっと来い!」と誰かを呼び出す。すると、2秒ぐらいしたぐらいで、机から一人の若い男が立ち上がり、マニュエルに近づいてきていた。

『どうしたんだマニュエル....お、新任か!となると、教育係ってところか』

「結構。それで合っている、こいつは....なんだったか、バンドリン・ヘスラーフだったか?」

「ハンベリン・グスターフです...聞いてなかったんですか?」

「名前を覚えられないだけだ、スパイでも弱点は存在する。」

『いや、マニュエルが聞き流しただけだろ...』

3人がそんなシュールな会話をしていると、アルベルトと呼ばれた男が俺に顔を向けた

『僕の名前はアルベルト・ハウスヘッソンだ、階級は1等治安士長、マニュエルの階級と比べたら2個下だな。短い間だがよろしくな!』

「よ、よろしくお願いします。」

マニュエルと違ってフレンドリーだな、多分俺と馬が合わない...いや、俺から合わせるしかない

『ああ、そうだ。この間マニュエルから頼まれた統合装備部の調査だが、ある程度ターゲット(反逆者)が絞れてきたぜ?見るか?』

「是非お願いしようか、新人教育も兼ねてな。」

マニュエルが快諾し、アルベルトはモニターを手に取って、2人に向けて見せてくる。

『新人、これを見てくれ......今回のターゲット候補は装備部交渉課課長の「ユレステッヘ・フランク」、技術開発課職員の「ワイド・ケレンスキ」そして.....装備部副部長の「ルート・レリー」だ。いずれかの目標、若しくは複数人が「共産スパイへの協力」と「資金横領」に手をだしている可能性があるからマーク(監視)されてる。んでもって、俺らはその3人を捜査し犯人を暴く必要があるんだが...マニュエル、"あいつら"のタスクフォースを編成させておいてくれ、3人中の1人は個人的に雇ってる傭兵がいるようで、個人でも武装している可能性が高い。』

「...わかった。新人もいることだし挨拶ついでに出させておこう。安心して任務を遂行してくれ」

『やっぱ部長様様だな!よしグスターフ、さっそく本庁まで行くぞ!時間は過ぎてくだけだからな!』

「えっ?あ、ちょっ!まってください!」

手をつかまれたグスターフは、アルベルトの意のままに軍本庁へ連れて行かれるのであった。








「アルベルト上官.....あの、何をして...?」

『んー、ちょっと待て.....もうすぐ来るはずなんだがなぁ、「ユレステッヘ」っていう男はなかなか時間にルーズなようだね』

黒塗りでスモーク掛かった窓を備え付けた、いかにも怪しそうに見られる車に乗っていたグスターフとアルベルトは、軍略庁庁舎前に路駐し、ターゲットの尾行を始めようとしていたところだった。しかし、ターゲットが時間通りに来ず、今とても困ったところである。しかし経験の多いアルベルトはこれを見越しているようで、スマホから暗号秘匿型SNSアプリを開けば、どこかにメッセージを送っている。

『.....グスターフ君は積極的な子と大人しい子、どっちが好きだい?』

「....はぁ?急になんなんですか」

唐突な質問にグスターフは当惑していたが、あまりにもアルベルトの目は「早く答えろ」と言っているかのように目を張っていた。

「....まあ、どっちかと言えば...大人しい子?」

『協力感謝する、それじゃあ行くか。』

「えぇ?...どちらへ?」

『"中に"だよ、とりあえずついてきてくれ。』

グスターフが言葉の理解に手間取っていると、アルベルトはドアを開けて外に出る。慌ててグスターフも降車し、アルベルトの後ろをついていった。行動の意味が分からないし、今から何をするのかすら、グスターフは理解できずにいた。なんなら、先ほどのアルベルトが放った言葉の意味さえ解読中であり、グスターフの脳内は情報過多となっている。

意味を着実に理解するため考えを深めていたグスターフは、ふとアルベルトの方へ向くと、本庁の正面に向かっていた。

『グスターフ、君は奥の非常口から侵入。装備部までは入って見える階段で5階まで登ってくれ、昇ったら非常扉から5階に侵入し装備部区の扉近くで待機、僕がくるまで無暗に動かないで。』

「え?えっと、つまり庁舎に侵入するってことですよね?偽装具は?」

『そんなんしなくても大丈夫だ、装備部の出入りはそれほど制限されてないんだよ。』

「はあ...こっちの方は?」

『元MPのお前なら何とかしてくれるだろ?』

「無茶言わないでください!所属も制服も違うし、軍警察の中でも職務は野戦と市内警羅なんです!重要施設の防衛じゃありませんッ!」

『まあほら、新人MICの試練さ、突っ立ってないで速く行ってこい~』

「あちょ....はぁ....」

そういうとアルベルトは、一人でに正面から庁舎へ入っていく。正直偽装もなしに行けるかどうかは不安だが、「ここを踏破しないと先に進めないもんなあ...」と考えることで、とりあえず体を動かすことには成功する。

しっかし、偽装もできないとなるとどうするか....といっても正面から堂々と入ること以外思いつかない。

あの非常口兼保安通路に人がいないことを祈ろう。

グスターフは、狭い小道に入り、ガレージと庁舎の非常口の目の前に立つ。非常口の扉に手を掛けて、ついにそれを捻って開けた。意外なことに、足音や物音が一つもせず、静まり返っていた。逆に、そんな様が不気味さを助長させていて、体中に悪寒が走る。中には一階進入口と階段があり、グスターフは急げ急げと階段を駆け上がっていった。

進入口を見ると、3階まで駆け上がったことを確認グスターフ。だが、一つ上の4階から扉の鈍い開閉音が聞こえた.....背筋に悪寒を覚え、どこか隠れる場所を探そうにも、階段から降りてきているのか、鋼鉄の鈍い音が段々と近づいてきているように思えた。

「...っと、君が新人?その様子を見るにアルベルトから唐突に切り離されたのね」

「...えっ?」

こちら側から姿が見えないのにも関わらず、次々と正答していく女声がグスターフの耳に入った。おそらく2,30代だろうか、かなり若い声で、一瞬子供っぽさを覚えてしまった

「ちなみに、私は15歳。驚いた?こんな幼齢がMICなんて」

「...はぁっ!?じ、15ォ!?」

予想していた年齢よりかけ離れていた年齢に思わず声を上げてしまう。グスターフは慌てて口をふさいだが、未だ4階に居るMICはケラケラと笑っているような声を出している。

「嘘、嘘だって、本当は19!いやぁ~、新人くんって案外騙されやすい?」

「いや、それでも19なんですか!?それも嘘なんですよね!?」

「ううん、これは実の年齢。15はMICになった時の年齢よ」

それでも19歳という事実はグスターフをさらなる混乱に導いたのだろう。頭を抱え、なおかつ自分よりも11歳ほど若いという事実に己の老いすら感じてしまい、混乱から落胆に変わりつつあった。

「...はぁ、それで?あなたは何で俺のことを知っているんです?」

「意外と推理感ないタイプ?あなたって、アルベルトから"大人しい子"って説明受けてなかったかしら?」

「っ!?あ、ああ!もしかしてアルベルト上官が送ってたメッセージって...」

「そうよ、やっと気づいたのね」

目の前の彼女は呆れた顔でため息をつきながら、手すりに手を付けて、グスターフの顔に指を指す。グスターフは一瞬理解できなかったが、すぐに「早く自己紹介をしなさいよ」という意図であることを理解した

「...えぇっと、グスターフです。ハンベリン・グスターフ。前は第294軍警隊に在籍しています。」

「"294部隊"ねぇ...いい噂は聞かないけど、グスターフかしら?あなたは大分腑抜けてる感じがして愛らしいわね」

腑抜けてると言われても...選抜試験もなしに唐突に引き抜かれたのだ!職務のしの字も知らないのにどうしっかり仕事に取り組めというのだろうか?グスターフは悶々とした愚痴を心の中で吐き出す、正直これで精いっぱいだった

「んん~、っま、アルベルトが上で待ってるし行きましょ?タスクフォースの子達とも挨拶してないでしょうし」

「タスクフォースって...ああ、マニュエル部長が言ってた...」

本部でマニュエルとアルベルトが会話していた時の、「タスクフォースを編成してくれ」という言葉を思い出した。確か秩序部と実働部で編成するように言ってた気がする。つまり、彼女もタスクフォースの一員なのだろう

「えぇ、癖のある子達が多いけどね...それに、なかなか統率も取りずらいのが難点だわ」

階段をのぼりながら、彼女はタスクフォースのことについて話しだした。どうやら、ここの隊員は外れらしい。

しかし、彼女の顔はやつれている感じではなく、むしろ微笑みに近い表情になっている。何か、"癖のる子"達と大きな接点があるのだろうか?グスターフは不思議に思いながらも、「どうせ挨拶でしか接することもないだろうしな」と、特段それを気にする様子は無かった。

「さて...この話はまた後で。あの扉から装備部区に入れるわ、そこまでは疑いなく行けるけど、装備部区の中枢、まあ「サーバー室」と「副部長・課長室」とかは色々厳しいわね。ソーシャルエンジニアリングとか、それこそ"物理的脅威"の対策に結構テコ入れしているらしいし?」

「...つまり、基本的には入れないんですね。それじゃあ、他を当たって探す方がいいのでしょうか?」

「有効的な情報がないってわかって"いるなら"わざわざリスクを冒してまで探す必要はないわ。だけど...容疑の中に資金横領の可能性があるなら、キャッシュフロー計算書が欲しいところではある。」

そういって、彼女はドアノブを捻り、グスターフが一息する間もなく扉を開ける。心拍が跳ね上がり、ドクドクと心臓の動きが速くなったが、ついに扉へ目をやると...そこにはなんの変哲もない、職場風景が広がっているだけだった

シュンと、心臓の鼓動はすぐに収まった。「ビビって損したじゃないか」と言わんばかりに、グスターフは顔をしかめた。横顔で見てきた彼女の目が笑っていたような気がするのは、気にしないことにしよう。

扉の奥に入り左右に顔を向けても、そこには事務職員、所謂"背広組"のやつらしかいない。そこでやっと胸をなでおろしたグスターフは、一息つくことができた。

「ちょっと大げさすぎない?」と彼女に突っ込まれるものの、それも気にせず次の質問に移った

「それで...次は何をすればいいんです?」

「ええ、次は装備部区に入って本命の副部長室と渉外課長室とサーバー室に入るだけね。これでも"ヒューミント"は諜報の中でもまだまだ有効性があるのよ?」

小声でそう言いつつ、装備部区前にたどり着く。内装はMCGの秩序部と違ってレトロっぽさが残るも、隅々まで小綺麗。そしてICT化されているらしく、中程度ながらも予算があることを窺わせた。

「いくら装備部って言っても、軍事作戦の中枢なのは変わらないわね。やっぱり軍略庁はしかる所に予算を多くつぎ込んでるみたい。」

「...その軍略庁も、多くの予算が横領されてると思ってもないようですがね」

グスターフは皮肉を零しながら、装備部区の中に入っていく。すると、唐突にグスターフの目の前に眼鏡を掛けた男が現れた。書類束や"関係者以外開封禁止"と書かれた紙を抱えているが、グスターフはその紙よりも顔に意識が移った。なぜなら...

(「アルベルト上官だな」「アルベルトね」)

二人が同時に顔を向き合わせる。どうやら同じ考えのようだ。目の前の男は不思議そうに、その重い雰囲気の中で口を開けた。

『ちょっとなにしてんすかぁ!いやぁ~ここに居られると邪魔邪魔、通れないなぁ~、ナンパなら印刷室でやってもらってもいいですかぁ?』

うざったるい口調で二人に絡む。声量がスピーカーと同じぐらいに大きかったため、とても視線が痛い。困惑した視線が、恨むような視線に変わったのを感じたアルベルトは、「まあまあ」と言いながら二人を資料室に連れて行った。





「まったく...揶揄うなら人気のないところでやってもらえないかしら?」

『そんな怒んなくてもいいじゃん~、ねぇ~機嫌戻してってぇ~』

彼女よりも身長も年齢も高いアルベルトが、駄々をこねた子供のように泣きついている光景に、グスターフの頭の中は恨みより困惑、困惑より無が広がっている最中である。

『....これいつまで続ければいいんだ?』

「私に聞かれても困るんだけど。そもそも、あんたが無駄なことしたから目をつけられたじゃない。」

『いやぁ~...ははっ、まあまあ"ヘリナ"の姉御さぁ~、許してください!お願いします!』

「...えっ、この方ってヘリナって言うんですか?」

グスターフは、彼女の名前を聞くことをすっかり忘れていた。それどころか、階段の出来事で記憶が曖昧だったものの、今思えば自分だけが名乗っていたことにも気づく。おおよそ、階段のことで気が気じゃなかったのだろう。

『...おや?お互い名乗ってなかったのかい?さっきまで共に行動していたから、てっきり名を知っているのかと...』

「...そうだったわね。私の名前をさて置いて、彼の名前を教わってただけだったわ。」

彼女はため息をつきながら、再び面をグスターフに向けて口を開きだした。

「私の名前は"ヘリナ・クライン"。ヘリナって呼んでもらおうかしら。」

調子よく、そして大人味を帯びた彼女の声。「自己紹介だけで、軽く5人の男は食えるな」とグスターフは不覚にも思ってしまうほど、美しい声だ。アルベルトが湿った眼でこっちを見てくることは気にしないことにしよう

『....それじゃあ仕切り直して、さっそく新人教育を兼ねての作戦会議をしようか。』

「....ここ、敵地なんだけど。それに、あんたその書類あるんだしもう終わったんじゃないの?」

『これは課長室にあったものを"一部だけ"持っていっただけで、他の書類はまだ課長室に残っているよ?いや~途中でユステッヘがきて焦ったよ。それに、ルート・レリーの部屋もまだだしな。』

アルベルトは建前としてはそう言っているものの、その裏には"早くとってこい"という思惑が隠されることもなくさらされていた。軽い口調なのが余計に腹立つが、ヘリナはなんとなくそれに賛同しているようなので、グスターフはこれ以上口を出すことをあきらる。

「じゃあ私は副部長室を、グスターフは課長室にある残りの資料をお願い。」

「わかりました。直ぐに取ってきます」

そこで、アルベルトだけを残し資料室から出た二人は、それぞれ90°反対の方向に歩き出す。グスターフは緊張に包まれながらも、黙々と歩きだしていった。

ふと周囲を見回してみると、意外と人が多く、監視の目があるということに気づく。秩序部のオフィスのように仕切り壁はなく、刑務所のような長机にパソコンや機器類がポンと置かれているだけ。そこらに座っている職員は顔に生気がないものが多いのは気のせいだろうか。まあ、それを探るだけの時間はないので、気にしないことにするしかない。

そうこうしているうちに、グスターフは"渉外部"のオフィス前に到達する。前の"装備部区"との間では仕切り壁もないが、部屋の雰囲気は装備部区よりももっと小綺麗なように見受けられた。ただし、渉外部にいる職員はそれほど多くはない。先ほどみたオフィス内の人口密度より、1/6ほど減っている。

壁で切り離されてはないため喧騒やタイプ音は響いてくるが、それでも静かに聞こえるほど、音が響いてこない。

「おい、お前だお前。ユステッヘ課長は今他に出払ってるから、用があるなら4時間後に来な。」

偶然近くに居たガタイの良い男に、威圧的に話しかけられたグスターフは身を一瞬震えさせたが、どうやら疑われていないということを確認したグスターフは「軽い書類なのでデスクに置いてきます」と言葉を続けた。怪訝そうな顔をされたものの、一応入室自体は許可され、楽々と入室の許可を貰うことに成功する。

グスターフが男の横を通り抜け、「渉外部課長室」と札書きされた部屋の扉に行くと、彼は意を決してドアのノブを捻る。光が差し込んできた先には、人もおらず部屋も特段あらされていない、内装がきっちり整っている部屋が覗かれた。ついに扉を完全に開くと、自分の視覚を証明するように、同じような部屋が映し出された。

ドア枠を超えて、室内に入りだしたグスターフは、最後に扉が完全に閉まったことを確認すると、すぐさま目に入った書類棚を一つ一つ開け始める。一瞥しただけだが、特に"美味そうな"情報資料はない。それどころか、書類すら入っていない棚もある始末だ。彼はすぐにあさるのをやめ、他の方へ目を向ける。

グスターフが次に目を付けたのは執務机。豪華な机は、この部屋全体の価値を上げるほどの威厳を示している。これがあるとじゃないとじゃで、部屋の見栄えは全然違うと思えるほどにだ。

しかし、これまた机の棚を漁ってみても、見つかるものはない。というか、アルベルト士官がどこの書類を取っていったかがよくわからないのもあってか、なかなか有効な情報源が手に入らないのである。

....しかし、そんな最後の、グスターフの腰当たりにある棚を開いたところ、「軍事機密指定書類」と表面一面に書かれた書類紙袋を目にとらえる。その紙を手に取り、グスターフは上着の内側にあるスペースにすかさず入れる。

その後もグスターフは本棚などの、様々なインテリアを探し回ったが、目当てとなるものは見つからない。もう5分たっただろうか?まあいい、ここから出るとしよう。

そう重い、グスターフがこの部屋から出ようと扉を捻ると....目の前に、先ほどあった男と、見知らぬ女性が眼の前に現れる。

「おい。書類を置くだけって言ってたのに、5分もかけてなにしてやがった?」

威圧的かつ、懐疑的な口調でグスターフにその質問を向けてくる。グスターフは一瞬、思考が化石のように止まってしまったが、1コンマ5秒のところで再び思考が復活し、すぐさま質問に答えた。

「ええ....セキュリティキーカードを落としてしまい、それが書類棚の下に入ってしまったので、損害を与えぬまま取ろうと努力したのですが...少し時間が掛かってしまって。」

苦しすぎる言い訳を前に、流石に男も疑い深く舐めるような目でグスターフを見てきた。さすがに怖いのでやめてほしい、というか、ここにきて難関とは聞いていないぞ?

「まぁまぁ、彼も彼なりに努力した結果でしょう。さすがに、この時間じゃ盗聴器を仕掛けても粗末に見つかるわ。」

隣の女がなだめるように言うと、男は半ば納得した様子で「....まあいい。なにか仕掛けてあったら、人事と保安課に連絡するからな。」とだけ言い残し、どこかに去っていった。

さすがに勘づかれたのだろう。よくよく考えれば、5分も滞在していること自体が異常事態、"物理的な脅威"に対処しようと躍起になっている本庁では至極全うな考えだ。

まあ、直ぐに身体を変えることは簡単だ。そのうち、腕利きに任せて整形してもらおうか。グスターフは楽観的に事を見て、すぐに場を去った。





『それで成果はどうだったんだ?』

アルベルトの表情に疑問と柔らかさが浮かび上がり、「今すぐに見せないと泣いちゃうぞ!」と言わんばかりに顔をのぞかせに来ていた。

「上官の癖してみっともないわね。少しは、彼のような....ン”ン”っ"!マニュエルのような落ち着きを取り戻してくれないかしら。」

『えぇ~?だって気になるじゃないか。新人の初仕事、どんな成果があるか期待しなきゃ損だよ?よくわからないけど、こんな状態になってるぐらいだし。』

今、グスターフや2人は軍略庁庁舎から離れた、所謂"セーフハウス"の中に入っていた。資料室に行こうとしていたグスターフの携帯の通知音が鳴り、画面を見てみると「車内に戻ってきてくれ」と、暗号秘匿通信アプリ【IM】というもので送られていたのだ。いつ入れたのかわからないが、そんなことを気にする必要はない。すぐさま本庁を出て少し歩いた先にあった、アルベルトの車に乗ると、既にヘリナも先に乗っていたようで、助手席にのった瞬間に猛スピードを出してここに戻って来たというわけだ。ちなみに、猛スピードというのは比喩的な表現ではない、そのためグスターフは車酔いで絶賛死に体である。

そんなことはさて置いて、ヘリナが書類紙袋を開封し、中身を取り出すと....それは見事な「会計書類」、財務監査書類とキャッシュフロー計算書だった。

「ちゃんと持ってきてくれたわね。これで、また"捜査"が進むはず」

『....しかし、具体的な支出がないとよくわからないな。特別損失だか、祖収支だけじゃよくわからない。』

「そのためのキャッシュフローでしょ?こっちも見てみましょう。」

ヘリナがキャッシュフロー計算書【C/F】を手に取り、それを広げる。しかし、資金の具体的な流れが記載されているはずのCFを見てみても、特段異変はなかった。ヘリナは若干困惑気味に見ていたものの、改めて見ても異変はない。

『.....幽霊兵か、装備を横流ししてるかか?もしくは関与していないかだな。』

アルベルトがそういうと、ヘリナもうなずいて同意した。しかし、そんな話を意に介さず車酔いから回復しないグスターフには、気の遠い話だ。

アルベルトとヘリナは同時にため息をつく。すべてが呆れ。ヘリナの場合はアルベルトへの呆れが半分である。

『グスターフ、次はヘリナの成果を見るから、はやく回復するんだ』

「....へい。」

ウジ虫のようにのろのろと動きながら、グスターフは紙袋に置いてある机に寄りかかる。若干、机がグスターフとは反対の方向に移動した。

「それじゃ、私が装備部副部長〈ルート・レリー〉のオフィスから取ってきたものを紹介するわ。」

机に置いてあったもう一つの紙袋を手に取ったヘリナは、グスターフが取ってきた紙袋と同じように中身を開封する。

中にあったのは、「装備技術課-WMDP」と書かれた紙と「研究主任レポート」と表紙にデカデカ書かれた紙がそこに入っていた。

『大量破壊兵器....例の、"アレ"か?』

「おそらくはね。やれ、軍人って危険なものが好きみたい。化学兵器禁止機関【OPCW】がこんなこと知ったら、血眼で査察をしてきそうね。」

大量破壊兵器【WMD】計画なんてデカデカと書かれた紙を、副部長が持っているということ....まあ、副部長が秘密裏に制作指示を出しているのだろうか。こんなこと公でやったあかつきには、非難だけじゃすまされないのは、グスターフでもわかるほどだ。俺でもそうするだろう。

『.....内容は、いたってシンプルな進捗レポートか。なら、こっちのレポートに期待ってところか。』

アルベルトが紙に手を伸ばし、他の紙と同じくそれを広げる。そして、そこに目を移すと....

『ケレンスキが主任かよ、一般職員じゃないってのか!』

「まあ、マークされるほどだしよっぽどの重役なのはわかりきってたことでしょう?」

『お前な....断定こそがこの仕事において一番の敵だ、現にイタリア鉛の時代のように、"ロッジP2"とグラディオ作戦のような陰謀が展開されている可能性もある。経験論に基づけば、このような多角的な視点も...』

「経験論は"人間の全ての知識は我々の経験に由来する"という哲学のことよ。」

「経験論は"私的な経験"のことを言ってるわけでは....」

「私の脳みそには陰謀やら秘密作戦という経験はないし、貴方もないでしょう?それに、MPGもそう言うのは想定してない。まあ、断定それ自体もいけない事とは理解しているけど。」

途中で話を遮られたアルベルトは一瞬、頬を膨らませたものの、ヘリナが一応の納得を見せたことですぐにいつもの面に戻った。

『まあさておいて.....帰結的には重役なので問題なし!この話も無駄だったな』

「....殴っていいかしら?」

ヘリナは今更ながら肯定したことを強く後悔した。本当に後から悔やんでも遅い。死体を打たないとこちらが撃たれる。それがこの男だ。

「夫婦....カップル?漫才している所失礼なんですけど....速くレポート見せてもらっても」

『誰が夫婦だって?』

グスターフは首を掴まれたが、逆にへらへら笑いだして「冗談、冗談ですって」といった感じでアルベルトをなだめる。本当に、話が進まないものである

「....もういいわ、私読んでおくわよ。」


「つまり、ワイド・ケレンスキは現在「政治犯」を中心とした被検体を用いて研究を行っているけど、致死率においてはVX、ソマン、或いは....ノビチョクと同等の致死率を達成したらしいわね。」

『おぉ~、怖い怖い。このグスターフってやつで試してみたいものだ』

「....怖いこと言うのはやめてもらえますかね。」

未だに首をわきで占められているグスターフ、切実な感嘆もアルベルトには届かず、むしろ言葉を発し続けるごとに強くなっていっている。そろそろ首がちぎれそうだ。

「....ふぅ、一通りこんなところかしら。あ、アルベルトの資料がまだ....」

『ああ、ありゃ関係ない資料だったさ。WMDも、資金横領も関係ない。』

「そう?ならいいけど....あと、グスターフ君を離してあげなさいよ。」

そう言われたアルベルトは、渋々脇からグスターフを解放した。未だに恨み目で見られているが、グスターフはやり返しだといわんばかりに勝ったような顔でアルベルトに流し目を食らわせた。ストレートを受けたアルベルトは、もはや争う気もなくなったようである。

『よし、それじゃあ今日は解散。皆は各自のセーフハウスに戻って就寝してくれ。私が本部に戻る』

「マニュエルと会議かしら?」

『いや....タスクフォースのやつらとだ』

そう言い終えると、アルベルトは扉を勢いよく開けて、一瞬にして外へ出る。

「....怒らせましたかねぇ」

『多分、別の方で怒ってると思うわよ....』

ヘリナは呆れ気味の顔を浮かべるも、その顔にはなにやら別の思考が浮かんだ気がした。少なくとも、グスターフはそう思っている。

「それじゃあ、また明日ね。」

そういってヘリナも、この部屋を去っていく。ついに、彼は一人になった。

「.....さて。」

グスターフは、セーフハウスのカーテンを開いて、その入り口をずっと観察していた。




真っ暗な夜。そしていて、不気味なほどに風が漂っている。

その風に音が消されてしまうほど小さな足音が、"街中"で振動していた。

完全に顔や姿が隠され、そしていて、オーラが危険だということを表しているのが、誰もがわかるはずだ。しかし、周囲には人がおらず、法曹や兵士もそこにはいない。

その状態が、彼をここまで強くしているのか、それとも自然に強いのかは、よくわからない。しかし、この環境では一番強い男であることは間違いないだろう。

.....コトンと、コンクリートを踏みつける音が聞こえた。男は、さっと周囲を無音で見渡し、すぐさま"銃器"を構えた。

〔チェックメイト。諦めなよ、"ギリム"〕

少年に似たその声が、この状況を一転させた。互角となるものが現れたのだ。しかし、それは余りにも幼齢なのが、声から見て明らかになっている。

....しかし、男は用心深い。少年の声に乗って攻撃を仕掛けることはせず、ただにらみ合って彼をけん制していた。おそらく、この男も少年の強さを理解しているのだろう。プライドも、己の自信を捨てた、それこそが彼を策略家の一匹狼にさせたのである。

〔....ま、返信するわけがないか。〕

突如、少年が風を切り男に急接近。しかし、男は横をすり抜け、少年を素早く通り越す。

「そうはさせないよ。」

もう一人の少女の声。刹那、鋭い一撃が、男の方向へ放たれる....が、その刃は一瞬にして弾き飛ばされた。

二人の少年少女は男の後を追おうと、すぐに態勢を直すが....そこには、男の姿はない。

〔"ヘリナ"、不意打ちでテーザー撃ったのに、なんで外すわけ?〕

「そっちこそ、無駄に自信だけもって負けるなんてみずぼらしいわね。」

二人の言葉が空気を揺らすが、男が振動を揺らすことはついになかった





「おはようございま~す」

グスターフはMCG本部の一角にある、とある部屋へ訪れた。アルベルトとヘリナが、見せたいものがあるというのだ。大変大きい好奇心を30になってまで持ち合わせているグスターフにとっては、断る理由がないのである。さっそくセーフハウスから車で、はるばるここにやってきたということだ。

『グスターフ!待ってたぞー。さて、さっそく見せちゃおうか?』

アルベルトが声に反応すると、グスターフはヘリナとアルベルトの姿を遮っていた仕切り壁をどけて、その"見せたいもの"に目をやる。グスターフが見たものは、どうやらPC型の端末のようだ。

「わざわざ情報部のシステムを借りて、WMDPの関係者リストアップしてるところよ。12人もいるらしい」

手招きで見るように促したヘリナに従い、グスターフが液晶に目を移す。「WMDP-関係者リスト」と書かれた碁盤目状の資料には、セルに細かい氏名、年齢、職業、住所、前職などが書かれている。よくもまあ、こんなもん半日で見つけたものだ。もしくは、すでにリストアップしていたのだろうか。

感心に近い呆れを覚えながら、グスターフはアルベルトに質問をする

「なんで急にこんなもの見せてきたんです?WMDPって資金横領、そして共産スパイって関係ないはずでは?」

『"共産スパイは"関係ない。しかし、問題は前者の資金横領だ。おそらく、資金横領として疑われた資金の大半が、"通常支出"としてここに出されている。多分、会計監査部門もダッグをくんでるな。』

確かに、支出として出されているなら、具体的な内容を記載する必要があるはず。しかし、問題なく事が進んでいるのであれば、そういう線があるのは間違いはない。仮にそうであれば、ユステッヘの容疑が大分薄まることになる。

グスターフがあくびで手を上に伸ばす。ふと、その内容を見ると、一つ不可解な点が見つかる。

「....これ、本当に12人いるんですか?確かに行は12個ありますけど、二人の名前が重複しているじゃないですか。」

グスターフが指を指すと、5行ほど離れたところに「ロビン・フリッツ」の名前が、二つ書かれていた。

『問題はそこだ。どの資料この資料を見ても、この"ロビン・フリッツ"ってやつが二人いる判定になっているんだ。マニュエルもそこは調査中らしいが....』

「まあいいわ。それはマニュエルに委託しましょう。」

ヘリナはそういうと、二人を通り抜けて部屋から退出。グスターフもそれに続き出ようとするが...

『おい、ちょっと話いいか。』

アルベルトから急に話かけられ、とっさにグスターフは振り返った。

「どうしたんです?」

『いや、少し聞いておきたいことがあるんだが....』

そうアルベルトが若干声を抑え気味に、グスターフの耳元でささやく

『最近、内務国土省のやつらが俺たちをマークしているのは知ってるな?』

「....ああ、法律保護局【LPB】でしたっけ?俺たちがもっぱら秘密警察してることバレたんですかね。」

グスターフが思い出した名前、"内務国土省公共情報庁法律保護局"、日本では公安調査庁【PSIA】、またはドイツの憲法擁護庁【BfD】に相当する組織だ。

しかし前者二組織と違い、LPBそれ自体に逮捕権を有しており、過激な世界革命的共産活動家を数多に手を掛けてきた公安警察のスペシャリストだ。ちなみに、LPDの他に"内務国土省国家警察局公安課"という部門も存在するが、こちらはもっぱらゲリラ・テロ事件の初動捜査を担当する。

「それで、LPBの奴らがどんなふうにケツ回ってきてるんです?」

『それがなぁ....ちょうど、軍略庁周辺と"セーフハウス"に回ってきているらしい。多分、既にマークされてたんだろう。MPG本部からつけてきたのかはよくわからないけどな。』

ああ、そういうことか。だからアルベルトが謎の焦燥感に溢れていたわけだ。

「しかし、これならできることも少ないでしょう....幸い、ユステッヘは低レベル容疑者とほぼ同じでしょうし、二人の集中捜査は、別方面から進めてみてはいかがでしょうか。」

『そうだな....情報部から伝手借りてくるか。』

アルベルトも、この部屋から出ようと扉に向かって歩き出した。グスターフもそれに続く。

『ああそうだ。ヘリナが言うには、LPBのやつらは積極的な捜査活動に乗ってきているらしい。唐突に逮捕される可能性もあるから、十分注意しろよ。』

「わかってます。そんなヘマはしません。」

グスターフはそう返すと、アルベルトはこの部屋から退出。またまた一人になったグスターフであった。





ヴァイアーナの諜報機関は、主に以下に分かれている。

参謀諜報局【SIB】

技術軍事情報部【TMI】

内務国土省公共情報庁法律保護局【LPB】

内務国土省国家警察局公安課【NPPS】

大統領府安全保障部【PISB】

そして、軍警務防諜群【MCG】である。

SIB、TMI、MCGは共に軍略庁、LPBとNPPSは内務国土省、PISBは大統領直轄の諜報組織である。

SIB、TMIは主に軍事作戦遂行上の業務、MCGは対内外情報の収集と実行。LPBとNPPSは前述したとおり。PISBは、主に国際安全保障評価や、国内情報収集に努めている。

もちろんのこと、諜報機関同士の争いはもちろん存在する。現にMCGとLPBが対立しているように、同じ土俵の任務を奪われないと、お互いが威勢を張っていることが多いのである。



「....せめて、昨日のアイツがどの組織に所属しているのか、突き止めないとね。」

『そう焦る事もない。グスターフっていう優秀なやつも入ってきたんだ。きっとどうにかなるさ。』

「ええ、もちろん簡単に見つかるとは予想してるわ。」

ヘリナがアルベルトの顔も見ずに、歩を緩めないままそう返答した。どうやら彼女も、昨日取り逃がしたことには少々の後悔が残っているらしい。

『いいんだよ。どうせ近くにいるんだ。そんな事せずとも、すぐに寄ってくる。』

「だといいわね。勘づかれなかったらいいけど。」

.....ここまで反応が薄い彼女の原因、おそらく寝不足か?アルベルトはふとそう思う。

『....お前、寝た方がいいぞ。ここでの寝不足は体に響く』

「....寝不足?なんでそう思ったのかしら?」

ヘリナはキョトンとした声と顔で、アルベルトに質問を返す。

『いやだって、ここまで反応が薄いし、なんか声小さいじゃん。絶対昨日寝てないだろ。』

アルベルトは、今更この心配を後悔した。なぜなら....

「まぁ確かに....この苛立ちがうざったるくて眠れなかったかもねぇ...?」

顔は、相当の怒りで満ちていて、それでいて元気そうであったからである。




『そんじゃ、グスターフとヘリナ。LPBは今、別の共産主義活動家の一斉摘発に向かっているらしいし、今日より活動を再開しよう。』

12人のリストを見せてもらってから2日後。LPBの存在可能性が極めて薄くなってきた今日より、またヒューミント工作の再開が指示された。今日は、アルベルトもヘリナも、そしてグスターフ自身も、元気に満ち溢れている。

「やっとね。それか、アルベルトが仕掛けたの?」

『ガセネタじゃない。善良な市民として、ちゃんと"真実の情報"を送ってやっただけさ』

「性格が悪いこと....まあ、極左はその上を行きますから何とも言えないですがね。」

『お前に言われたくない』とアルベルトが半笑いで答えると同時に、3人は部屋から素早く出て、外に停車させていた車両に搭乗する

今日の任務は2班に分かれている。アルベルトは軍略庁にいるルート・レリーの監視・盗聴、そしてケレンスキの誘拐はグスターフとヘリナの担当に回っていた。

大胆と"拉致"をしても大丈夫なのか、グスターフは疑問に思っていたものの、アルベルトが言うには「今日は長期の特別休暇で1週間程度ならばれないし、仮に情報漏洩をさせても口止めはできる。」ということだった。

かなり杜撰な作戦であることこの上ないが、アルベルト士官のことだし何か策はあるのだろうと、グスターフは一蓮托生している。

「アルベルト士官、いつも一人で作戦をしているんですか?」

「ええ。いつもね。まるで"一匹狼【ローンウルフ】"」

「その呼称、もっぱらテロリスト扱いじゃないですか」

グスターフが見事に笑うと、ヘリナも少し表情がニヤニヤしてきている。

そんな状況を置き去りに、二人を乗せた車は現場まで走っていった。



「到着しました。ケレンスキは今日、午前中オペラハウス公演を嗜んだ後、自宅に戻るそうです。」

「午前中からオペラ?技術主任は朝が強いのね。」

車両の中で、ケレンスキがオペラハウスから出てくるのを監視している二人。それだけ見れば、極左が"ドライラン"【予行演習】しているような光景だが、実態は国家のためのテロリズムを実行中である。

「....オペラの演目終了は、予定ではあと1時間後。退場含めるとプラスで30分、結構かかりますね。」

「忍耐も大事だけど、活動性も大事。」

「....急に何を?」

ヘリナの意味深な言葉に、少々の困惑を浮かべていると、ヘリナは唐突にカードアを開け、外に出ていく。つられてグスターフも、ヘリナについていく形で外に出た。

「急にどうしたんです、何かあったんですか?」

「スパイたるもの、受動的じゃななくて能動的に動かないと...そう思わない?」

ここで待っておけばいいものの....いやでも、車の中にとどまって怪しまれたらそれこそ台無しなのか?だとしたら、ついていく方が得策だろうか。

「とにかく行くわよ。ターゲットは配慮してくれない。」

....そんな、確固たる意志を持った言葉に、反抗する余裕はグスターフにはなく、ただ連れられて行くだけだった。

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