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身勝手な母ですが家出します

作者: 高宮 咲

※賛否両論というか多分「否」が多いかもしれないヒロインです※

「私と結婚してください」


真っ赤な顔をして、指輪を差し出してきた男は、申し訳ないが整った容姿をしているとは言えなかった。


「まあ、チェルシー男爵家の方だわ」


コソコソと誰かが男の素性を噂する。大勢の人が集まるパーティー会場のど真ん中で公開プロポーズをする男なんて御免だ!と怒りたかったが、プルプルと震え、今にも倒れてしまうのではないかしらと心配になる程真っ赤な顔をしている男を見ていると、この場で断るのがなんだか可哀想になってしまった。


「……まずはお話からしてみませんか?私、貴方の事を何も知りませんもの」


にっこりと微笑んで、うふふと小さく笑ってやっただけで、跪いている男は泣き出しそうな顔をしてコクコクと何度も頷いた。

彼との接点を必死になって思い出そうとしているのだが、全くと言って良い程思い出せない。それを隠す様に微笑み続けたのは、ミランダ・オットー十八歳の夏の出来事だった。


◆◆◆


公の場でプロポーズをされ、断りにくい状況にされてしまったあの日から早十年。ミランダは二十八歳となり、二児の母となっていた。


「お母様!」

「はいはい、お母様は逃げませんよ」


二人の子供はとても可愛い。息子と娘が一人ずつ生まれ、元気にすくすくと成長してくれている。普段は社交の場に出ている為子供と過ごす時間は短いが、世話をしてくれている乳母が優秀なのか、それとも子供たちの元々の性格なのか、とても優しく、穏やかに育ってくれている。


「あのねお母様、お兄様が意地悪を言うの」

「違うよ!アンネが聞き間違ったんだ!」

「落ち着いて。何があったのか教えてくれる?」


二人の子供たちは、自分が、自分が!と競うように言葉を紡ぐ。一人ずつ話してくれた方が助かるのになと溜息を吐きながら、ミランダは兄であるニクソンから話を聞く事にした。


「僕は貸してあげるって言ったんだ。でもアンネは貰ったんだって言うんだよ」

「何を貸したの?」

「僕の馬!」

「馬……ああ、木馬ね。アンネ、あれはニクソンのお誕生日プレゼントにお爺様がくださった宝物なの。だから、貴方にあげる事はないわ」

「でもあげるって言ったわ!」

「貸して、あげるって言ったのよ。貴方が聞き間違えたのね」


よしよしとニクソンの頭を撫でてやると、アンネは悔しいのかウルウルと目に涙を溜める。七歳のニクソンと違い、五歳のアンネは自分の欲求に少々正直すぎるところがある。

これはそろそろどうにかせねばと考えるが、どうせ夫に話したところで「アンネにも木馬を買ってやれば良い」と言って終わるだろう。


「誤解は解けたわね。アンネ、ニクソンに謝りなさい」

「……ごめんなさい」


心底気に入らないと言いたげな表情だが、兄の木馬が手に入らないという事は理解出来たらしい。ぶすっとむすくれてはいるものの、ニクソンが「一緒に遊ぶ?」と手を差し出すと、その手を取った。喧嘩をしても、最後はきちんと仲直りをして、優しい兄が妹を甘やかしてくれる。


時々喧嘩をしても、仲良し兄妹だと思う。これで良い。母としてはそれなりに幸せだと思う。


だが、女としてはどうだろう。


あの日、熱烈なプロポーズをしてきた夫、カールは本当に自分を愛してくれているのだろうかと疑問に思う。


別に大恋愛の末結婚したわけではない。結婚適齢期に婚約者がおらず、カールの実家は資産家で有名だったし、これだけ熱烈にプロポーズしてくれたのだから、きっと大事にしてくれるだろうと思って結婚しただけ。


夫に対して恋愛感情は抱いていない。そのはずなのに、結婚してから少しすると冷たくなった夫に不満を抱いてしまうのは何故なのだろう。


「奥様、旦那様がお戻りです」

「今行くわ」


夫が出かけていようが、帰りが遅くなろうがどうでも良い。そう思えたらどんなに良いだろう。

あれだけ求めてくれたのはなんだったの?手に入ったら興味が無くなった?どうして私を求めたの?求めたのならもっと大切にしてほしい。


私は、一人の女なのに。

未婚の女ならば恋愛をしても許されるが、今のミランダは夫のいる身。自由恋愛など到底許されない。女として扱っていいのは夫であるカールだけなのに。


「おかえりなさい、あなた」

「うん、戻ったよ」


真っ赤な顔をしていたのは遠い過去の事。今のカールはちらりと視線をこちらに寄越すだけで、頬をほんのりと染める事すらない。

見慣れたのだろうなと自分の中で納得してはいるし、毎日照れ臭そうな反応をされる方が面倒なのだろうが、ここまで態度が違うと何とも面白くない。


結婚する前はあんなに必死になって口説いて来たくせに。

新婚の頃は毎日幸せだと言って眠ったくせに。

結婚して一年も経つと帰りが遅くなったり、顔を見ようともしなくなり、夜を共にするのも子供を儲ける為の義務的な行為となった。


「……何?」

「いいえ、何でもないわ」


じっとカールを見つめていたミランダは、ふるふると小さく首を振る。

十年も一緒にいるのだから、多少扱いが雑になるのは仕方のない事。いつまでも新婚のように仲の良い夫婦なんて滅多にいないと分かっているのに、熱烈に求められていた頃を想うと寂しくなる。


「あー……私、部屋にいますから」

「うん、わかったよ」


引き留められる事もなく、ミランダは大人しく自室に籠る。夫との会話はたったこれだけ。あとはもう食事の時間にほんの少し話すかどうかといったところだ。


いつからこうなってしまったのだろう。寂しいと訴えた事はあるが、カールは取り合ってくれなかった。


母親なんだから、あんまりおかしな事を言うものじゃないよ。


困ったように笑ってそう言った。

自室の椅子に座ってその言葉を思い出した瞬間、ミランダの心は限界を超えたらしい。ぽたぽたと零れ落ちる涙が止まらない。


最初は求められたから応じただけだった。生活に不自由しないだろうからと選んだだけ。

そんな始まり方でも、カールと過ごす時間はミランダにとってかけがえのないものだった。


嬉しそうに蕩けた顔で見つめてくれるカールに微笑み返す事も、気に入ってくれるか不安そうな顔をしながらプレゼントを差し出すカールに抱き付く事も、眠くなるまでお喋りをして、同じベッドに潜り込んで手を繋いで眠る事も大好きだった。


心の底から愛していると言える。

この世で一番大切な人だと言える。

カールの腕の中が、世界で一番安心できる場所。その安心する場所に潜り込めなくなってどれくらいの時間が経っただろう。


寂しい。恋しい。惨め。苦しい。


そんな感情が胸の中に渦巻いて、ドロドロとした何かになって溜まっていく。体が重くて息が出来ない。部屋の外に聞こえないように声を殺して泣いたのは今日が初めての事。


あの人は私を求めてくれた。あれだけ熱心に求めてくれたのだから、きっと今でも愛してくれている。そう信じていたかった。現実を見ないように目を逸らしていただけなのだと自覚した瞬間、涙を堪える事が出来なくなった。


今更何を求めているのだろう。どうしたいのだろう。分からない。ただ一つ分かるのは、今はこの屋敷にいたくないという事だけ。


もう愛される事がないのなら、カールと共にいたくはない。もう良い。縋りつくのはもうやめよう。きっと揉めるだろうが、これ以上心を壊してしまう前に逃げてしまいたい。

逃げる事が、今の自分を守る唯一の方法なのだから。


◆◆◆


ぼうっと空を眺めるだけの時間を過ごしてどれくらい経っただろう。実家の庭園に椅子を置いて、そよそよと風に当たるだけの生活。可愛い子供たちを置いてくるという選択肢が無かったため、ニクソンもアンネも実家に連れてきた。


どうしてお父様は一緒じゃないの?と首を傾げられたが、忙しいのだと誤魔化す事しか出来なかった。

両親はすぐに戻りなさいと言ったが、ミランダの様子がおかしい事に気が付くと詳しい話を聞いてくれた。


夫婦関係が冷めきっている事。一緒にいるとどんどん惨めな気持ちになる事。それに耐えようと頑張っていたのだが、もう限界だという事。つらつらと言葉にしてみたが、もしかしたらきちんと説明は出来ていなかったかもしれない。


「ミランダ、気分はどう?」

「平気よ、お母様」


様子がおかしいままの娘を心配そうに見つめる母は、困ったように小さく声を漏らす。ミランダが婚家を出てくる時に「離縁してください」と書置きを残してきたのだが、ミランダが実家に戻って二日経ってもカールは何の反応も示さない。


「離縁してどうするつもり?子供たちはうちの子供ではなく、チェルシー男爵家の子供なのよ?」

「私の子よ」

「ニクソンは跡取りでしょう。許されないわ」

「私の子だって言ってるじゃない!」


金切り声を上げたミランダにびくりと体を震わせ、母はおろおろと狼狽える。

怒りに染まった顔を娘が向けてくるとは思わなかったのだろう。


「カールとは別れる!子供たちは私が育てるわ!」

「でも……あちらのお家がそれを許さないわ」

「別れる事も許さない」


必死になって止めようとする母の言葉を奪うように発せられた男の声に、ミランダと母は揃って声の主を見つめる。

いる筈のない男、カールがそこにいた。しわしわのシャツを着て、青白い顔をしてミランダを見つめるその顔には、疲労が滲んでいた。


「何故いるの……?」

「迎えに来たからだ!離縁してください?何故そんな事を!私は君を失うなんて考えられない!」


普段大きな声を出す事なんて無いカールが、珍しく声を荒げている。椅子にゆったりと腰かけたままのミランダの手を取り、土で膝が汚れる事も気にせず膝を突く。その姿はまるで、十年前のあの日のようだった。


「すまなかった。君を傷付けていると分かっていて、冷たい態度を取り続けていた」

「は……?」

「お願いだ、どうか戻って来てくれ。君がいないと私は駄目なんだ!」


お願いだと何度も繰り返し懇願するなんて想像もしなかった。離縁してくださいというミランダの願いをすんなり受け入れ、揉めるのは子供たちの事だけだと思っていた。

それなのに、絶対に離縁なんてしないと怒鳴っている。これは夢?自分が求めている理想を夢に見ているだけ?そんな事を考えながら、ミランダはカールに握りしめられている手をじっと見つめ続ける。


「……私のお願い、聞いてくれなかったじゃない」

「寂しいと言っていた事?母親なんだからと冷たく突き放してしまった事で君を傷付けてしまった事か?」

「そうよ。少しで良いから、あの頃のように私を愛してほしいだけだったのに」


声が震える。目頭が熱い。鼻の奥がツンと痛む。泣きたくないのに、どうしても涙が止まらない。ぽろぽろと零れ落ちる涙が、ドレスに小さな染みを作った。


「あの時の事は、本当にごめん。私が全部悪いんだ」

「今更遅いわ」

「ごめん……あの頃は、父さんが引退する前に当主としてのあれこれを叩き込むって言って本当に忙しくて……ミランダは何も悪くない。ただ私の器が小さかったんだ」


忙しくてミランダの寂しいという気持ちを受け止める事が出来なかった。自分は今とても忙しくて疲れていて、とてもじゃないがそんな気分にはなれないのにどうして分からないのか。そんな気持ちだったのだとカールは言う。

母親なんだからと言ったのは、夫に女として愛されたいと願うよりも先に、まだ幼い子供たちに向き合ったらどうなのだと考えていたからだと更に詫びる。


どういう理由があったとしても、何とも酷い言い分だと思った。今謝っているのだから、全て水に流して許し、戻れとでも?そう怒鳴り散らすだけの気力は、今のミランダには無かった。


「あまりにも都合の良い事を言っているとは思っている。あれから何も言わなくなったから、きっと分かってくれたんだと思っていた。そうじゃないって少し考えたら分かる事なのに」


静かに涙を流し続けるミランダに縋りつきながら、カールは何度もごめんなさいを繰り返す。


「お願いだミランダ。もう君に寂しい思いをさせないから、大事にするから……もう一度だけ、私にチャンスをくれないだろうか」

「……もう、遅いわ」


きっと、今戻っても同じ事を繰り返す。戻ってきた事に安堵して、忙しくなったらまた放っておかれるのだろう。もう逃げないと安心した瞬間、子供がおもちゃに飽きるように放っておかれて終わる。またあの惨めな生活をするなんて耐えられない。


貴族の女なのだから、愛のない生活なんて当たり前。そんな事は分かっているが、受け入れる事は到底出来ない。愛される生活を一度知ってしまったのだから、それを手放せなんて酷い事を受け入れられるわけがないのだ。


「嘘つきのところには帰らない」

「嘘って……」

「結婚する時、貴方は私に言ったわ。一生君を大切にする、この世の誰よりも幸せにするって。嘘だったじゃない!」


握られていた手を振り払い、ミランダは勢い良く立ち上がる。

馬鹿にするな。散々放っておいたくせに、離れようとしたらこうして縋りついてくるなんて。絆されて戻ってくれると思ったら大間違いだ。


「子供たちは私がきちんと育てますからご心配なく。チェルシー男爵家の跡継ぎは別の方に産んでもらってくださいな」

「ミランダ!折角迎えに来てくださったのになんて事を!」

「お母様!夫婦の事に口出し無用よ!」


もう話す事はないとカールを睨みつけ、ミランダは屋敷に向かって歩き出す。愛してくれない夫なんて必要ない。夫がいなくても子供たちはしっかり育てる。実家に置いてもらえないのなら仕事でもなんでもして生活をしてみせる。


母であれと望まれたのだから、それだけは望まれた通りにしてやろうじゃないか。もう誰にも愛されようなんて考えない。たった一人で、子供たちを守ってみせよう。


「さよなら、私のカール」


母が必死になってとりなしている声が聞こえるが、もうどうでも良い。縋る事をやめようと決めただけで、こんなにも心が晴れるとは思わなかった。

足取りが軽い。口角が自然と上がる。これから先の人生をどうやって生きていこう。子供たちから父を奪う事になるし、申し訳ないとは思うが、その分自分が存分に愛してやれば良いだけなのだから。


◆◆◆


「ねえお母様、お客様よ」

「はいはい、誰かしら」

「お父様」

「また来たの?懲りない人ねぇ……」


熱烈なプロポーズから十五年。婚家を飛び出して五年。ミランダはカールから返還された持参金を元手に会社を興し、それなりに成功していた。

子供用品を多く扱う会社は少しずつ大きくなり、女主人としてミランダの名は広まっている。

ミランダとカールが離縁する事は出来なかった。カールが離縁は絶対に認めないと言い張り、週に一度ミランダと子供たちに会いに通ってくる。実家から出て小さな屋敷を建ててからはそちらに来る事もあるし、こうして会社に来る事もある。


「ミランダ!」


アンネと共に応接間に入ると、カールは満面の笑みを浮かべて花束を差し出す。毎週会っているというのに、カールはミランダへのプレゼントを欠かさない。


「暇なのかしら?」

「まさか!大忙しだけどミランダと子供たちに会いたくて時間を捻出してるんだ。元気にしていたかい、アンネ」


ニコニコと嬉しそうに微笑みながら、カールはアンネの頭を撫でる。

毎週プレゼントを持って会いに来るだけでなく、生活に困らないようにとありとあらゆる支援をしてくれているカールは、離れていても子供たちの父親をしてくれていると思う。

子供たちも毎週会えるから寂しくないと言ってくれているし、五年間欠かさず来てくれているのなら、戻っても良いかもしれないなんて考えたりすることもあった。


「先週言っていた本を持って来たんだ。これで合ってるかな?」

「そうこれ!ありがとうお父様!」

「ニクソンにはこっち。時計が欲しいって言ってたから、良さそうな物を見つけて来たんだ」

「わあ……ありがとう父上!」


先に談話室に来ていたニクソンには、二週間前に話していた時計を持ってきたらしい。

それぞれプレゼントを受け取った子供たちは、今週何があったのかを父に話して聞かせる。

ゆっくり話せば良いのに、子供たちは矢継ぎ早に話していて、聞き取るだけでも大変だ。


「そうかそうか、アンネは新しいお友達が出来て、ニクソンは喧嘩していた子と仲直りが出来たんだね」


よく聞き取れるなと感心しながら三人を見つめるミランダに気が付き、カールは穏やかに微笑みながら「君はどうだった?」と首を傾げる。


「……特に、何も無いわ。仕事と子育てに大忙し」

「そうか、何事も無いのが一番だ。もし何かあったら……」

「すぐに教えて、でしょう。そう毎回言わなくても分かっているわ」


仕事も順調、子供たちも素直で良い子。困った事は何も無い。白けた顔を向けるだけのミランダをいつまでも諦めないのは、カールなりの意地なのか、ただの執着なのか、どうなのか分からない。


ただ一つ言えるのは、実家でカールを怒鳴りつけたあの日から比べて、カールに対しての感情は良い方向へと向かっている。


「……ねえ、お母様」

「何かしら?」

「仲直り、しないの?」

「してほしい?」

「とっても!」


アンネだけでなく、ニクソンも声を揃えてそう言った。

帰らないのは、ミランダの我儘で、子供たちもそれに付き合わせているだけなのだろう。父と一緒に暮らしたい、家族皆で生活したい。そう願うのは当然の事だし、ミランダの我儘で子供たちの願いを叶えないのは、親としてどうなのだろう。


「……あなた」

「うん?」

「五年前、貴方が持ってきた宣誓書はまだ有効かしら」

「勿論。私が死ぬまで有効だよ」


ミランダが夫を見限ったあの日、カールは宣誓書を持ってきていた。

大まかに纏めると、もう二度と寂しい思いはさせないだとか、大切に扱う、結婚した頃のように、精一杯の愛を伝えるだとか、そういう事がびっしりと書かれていた物。破り捨ててやろうと思ったのだが、何となく出来ずに箱に仕舞って棚の上で埃を被っているのだが、あの内容をきちんと守ってくれるのなら、帰っても良い。


「……この五年間、貴方は一度も欠かさず私たちの元へ来てくれたわ。どれだけ酷い事を言っても、貴方は諦めなかった。だから、もう一度だけ貴方を信じます」

「ミランダ……良いの?本当に帰って来てくれる?」

「私と子供たちの部屋を整えてちょうだい。ニクソン、アンネ、お家に帰るわよ。お母様の家出に付き合わせてごめんなさいね」


にっこりと微笑んだミランダに、カールは勢い良く抱き付いた。五年間も我儘を言って帰らなかった妻が戻ってくる。それが嬉しくて堪らないのか、耳元でグスグスと鼻を鳴らす音が聞こえた。


「長い家出だったね」


へらりと笑ったニクソンは、嬉しそうに飛び跳ねているアンネの頭をぽんぽんと撫でる。


「あの木馬まだあるかな?アンネにあげるよ。僕じゃもう乗れないから」

「私もうそんな年じゃないわ!」

「木馬もまだあるよ。でも本物の馬を二人に買ってあげる」


涙で顔を濡らしたカールは、しっかりとミランダを抱きしめたまま口元を緩める。

本当に、自分勝手な母親だったと思う。自分が愛されないからという理由で子供を巻き込んで長すぎる家出をしてしまった。生活に不自由はさせずに済んだが、寂しい思いは沢山させてしまっただろう。


「いつでも帰っておいで。待ってるから」


子供たちに手招きをして、妻と子供たちを纏めて抱きしめたカールは心底安心したように深い息を吐く。


「おかえりって言えるのが待ち遠しいよ」


ミランダの頬にキスをして、カールはそろそろ行かなければならないからと体を離す。来週顔を合わせる時は、ただいまと言えるだろう。五年振りに戻るチェルシー男爵邸が何も変わっていないだろうなと想像しながら、ミランダは名残惜しそうにしているカールを送り出した。


「こういうヒロイン」とだけ考えて、あとは勝手にミランダが動いたので書いた私自身も「何だこの女は……」となってます。スランプのリハビリでキャラに自由に動いてもらったし書き上げられたので供養……

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― 新着の感想 ―
[一言] うーん、私もヒロイン肯定派かな。 愛情も理解も協力も会話もなければ、同じ家に住むただの他人。愛されてた記憶と相手へ愛情が残っていれば、耐えられない気持ちにもなる。 傍にいれば求めるのを止めら…
[良い点] 私はこんなヒロイン大好きです! みんな簡単に絆されて戻りすぎだと思ってたので、5年間意地を張ったのとは違うかもですが、別居を貫いたのはすごく納得出来ました。 確かに子供たちは振り回されたか…
[良い点] こういう意志の強いヒロイン好きです!!行動力もあるし簡単に丸め込まれない感じがよき 親が不幸だと子供も幸せになりづらいですからねー 確かに珍しいタイプですがめちゃくちゃ好みでした
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