最低な言葉
「最低だ。」
自分に向けた呟きが、自分が深く考えもせずに口にしてしまった言葉の鋭利さを、今さらながらアルに思い知らせた。
そう。今にして思えば、「最低」な言葉だった。
「アルだけに教える。他の友だちには秘密だからね。」とわざわざ前置きして、「明日で引っ越ししてしまうの。」と打ち明けたアイに、アルは「また会おうね。」と口にしてしまった。
普通なら、最低どころか、誰もが口にする言葉だったろう。
現に、前に転校していったタダシにはみんながそう声をかけていた。
教壇の上に立って、みんなに挨拶したタダシは、照れくさそうに「ああ。」と応じていた。
そこにお互い悪意はなく、別れのむず痒さを形にしたものでしかなかった。
だが、アイは、アルの、「また会おうね。」の言葉に心底苦しそうな表情を浮かべて、それでも「うん。」と言った。
アルは、タダシとの反応の違いに微かに違和感を感じたものの、それも、ある意味アイの、アルに対する惜別の思いを表しただけかと思い込んだ。
アイがタダシと違うと解ったのは次の日だった。
昼になってもアイが学校に顔を見せず、焦り顔の担任が、「誰かアイさんが今日欠席すると聞いていた人はいませんか。」と呼びかけた。
アルはその時初めて、教師もアイの転校を知らされていなかった事に気づいた。
「転校?」
アルの脳裏にアイの切なそうな表情が言葉と共に蘇った。
「明日で引っ越し」
「転校する」、ではなかった。
その意味に違いがあることすら気づかないのが普通であろう、ささやかな違い。
だが、今、アルはその意味の違いを知った。
おそらくは、もう、二度とは会えない。
何かの力によって会うことが許されない。
アイが「引っ越し」に込めた意味。
いや、違う。
あの心底苦しそうな表情に込めた意味がそれだったのだろう。
そのことにも気づけない自分を、ただ一人、秘密を打ち明ける「友だち」に選んでくれたアイ。
なのに、自分は、「友だちのなかの一人」でしかないかのように、本当はそうではなくて、友だちをただ一人選ぶとしたら、それはアイであったのに、それを言葉にして伝える時であったのにもかかわらず。
深く考えもせずにその言葉を口にしてしまった。
「最低だ。」
熱い涙が頬を伝った。