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第6節 埋葬共済

 メアリの九番目のガキがくたばる少し前のことだ。


「おいマクラ。あんた、噂になってるぞ」


 大工のウイリアム・ウッドだ。

 家具はもちろん、酒樽や棺桶も手掛けるビグリーフいちの木工職人。


「なんで助産夫のまねごとなんてしたんだ? 仕事の領分は守るべきだ」

「医者が文句を言ってるのか? 俺は娘の手伝いをしただけだ」

「医者じゃない。メアリが墓守に子どもを取り上げられたって言いふらして回ってるんだ。あいつと関わるとろくなことにならないぞ。今回も、子どもの種探しにやっきになってるしな」

「あいつを買ったりはしてないのに、どう、ろくなことにならないってんだ? 俺は今でもマリアを愛してるんだ」

「そりゃ、あんた……」


 ウイリアムは言い淀んだ。


「すまん。あんたにこれ以上の不幸はないよ。だけど、あんたがメアリの商売道具を裂いたって言ってるのも聞いたぜ。カネをせびられるかもな」

「ああしなきゃ子どもも母体もダメだった。それに、せびろうにも俺は貧乏な墓守だ。メアリも分かってるはずだ」

「そうだけどよ……。ちょっと、気になることがあってさ」


 ウイリアムがいうには、メアリが棺桶の注文に来たのだという。


「子どもはまだ死んでないだろ?」

「ああ。それこそ縁起が悪いからって俺は断ったんだがな。この子は墓守のせいで死ぬんだって」

「単なる当てつけだろう」

「だろうな。けどな、カネは持ってたんだよ。払うそぶりまで見せてた。なんだか気味が悪い。とにかく、あの女とはあまり関わり合いにならないほうがいいぞ」

 彼は忠告をすると、がっくりと肩を落とした。

「といっても、コートンはうちでも使ってやってるんだがな。まじめでいい子だ」


 最初のうちは、メアリの奇行は単なる産後の情緒不安定だと思っていた。

 仕事ができるようになれば落ち着くだろうと。

 ラニャは墓守の娘という言いがかりで、メアリの部屋への出入りを拒否されてしまったが、あの子は折れなかった。教会からメアリへの施しを取り付けたのだ。

 コートンの稼ぎと併せて、ガキも食わせられるようになったはずだ。


 ところが、メアリ九番目の子は本当に死んでしまった。

 死体に触れる墓守には医者から死因が伝えられる。

 嘔吐、下痢、血尿などの症状をみせ、母親の腕の中で悶え苦しんで死んでいったそうだ。

 症状としてはコレラに近い。風邪かもしらんが。


 これまでのメアリのガキどもは、どうやってくたばったのだろうか。

 マクラは聞いていたはずだが、あいにくクララ・ウェブスターは知らない。

 肉体は借りられても、記憶までは借りられないのだ。


 だが、クララはクララで知っていることがある。


 ……世の中には、自分で自分のガキを殺す鬼畜がいる。


 実際に見たことがある。

 吹き出物の多い太った女で、股が緩いのはメアリと似ていたが、こっちはもっと大物、夫を累計三人、ガキを九人殺した。

 夫の殺害は一人以外は否認して証明もできず、ガキのほうは最初の一人以外は認めた。


 子殺しをしていたのが発覚したのには理由がある。

 子どもが片手で歳を数えるうちに死ぬのは、昔からよくあることだ。

 貧乏ならなおさら。

 だが、女の暮らしていた地域では産業の発達が著しく、貴族以外にもカネ持ちが増えていた。

 中には機械や植民地に仕事を奪われた哀れなやつもいたが、工場の機械を扱う払いのいい仕事も生まれ、飯を食うくらいはなんとかなるやつも増えた。

 その女も上手く流れに乗っていたし、医者にも掛かれたはずだった。

 ところが、女は子どもを医者に診せるのを渋っていたのだ。


 不審に思った医者が子どもの遺体を調べた。

 女は毒を盛っていた。


 人が人を殺すのには理由がある。

 カネのため、いのちを守るため、憎しみのため。

 あの女は憐憫の視線を欲していた。

 子を失った可哀想な母親が涙すれば、誰かしらが憐れむだろう。

 もっとも、ぶくぶくと太って上等な喪服の背中が裂けていたが。


 ……メアリ、おまえはどっちだ?


 わたしは足音を殺してマリアの部屋に侵入する。

 かつてマリアが使っていたベッドに横たわるクララと、それにすがるようにして眠るラニャ。

 ラニャは傷つき過ぎた。

 すでに傷心だったところに、メアリに唯一の肉親の悪評を流され、初めて取り上げた子どもを殺された(・・・・)


 出産を手伝って以降、ラニャは物言わぬクララに話し掛けるようになっていた。

 最初は姉貴分へのほほえましい報告だった。

 だが次第に、メアリの恨みごとや、世間への落胆をつぶやくようになり、教会に援助の取り付けをしたときには一度、明るいものへと戻ったものの、幼子の死により、再び絶望の沼へと突き落とされた。


「お母さん……」


 本当の不幸者はメアリなんかじゃない。ラニャだ。

 意識を集中してクララの腕を持ち上げ、そっと彼女の頭を撫でてやる。


「嘘っ、クララお姉さま!?」


やっべ。ラニャは別に眠ってなかったようだ。

 彼女は、がばりと起き上がるとクララの頬をぺちぺち叩いたり、まぶたをこじ開けて目を覗き込んだりした。


 やめてくれ、距離が近いせいか、くすぐった……。


「はくしょん!」


 マクラとクララが同時にくしゃみをした。

 それから、クララとラニャの額が正面衝突だ。


「いったーい! クララお姉さま、本当は起きていらっしゃるのでしょう!? いつお目覚めになられたんですか? またこんなイタズラをなさって!」


 ラニャがクララの頬をつねって引っぱった。

 やめろ、わたしの美しい顔が面白いことになってるじゃないか。


「やめなさい、ラニャ。クララさんは当分は目覚めないと、主教様もおっしゃっていただろう」

「でも今、私のことを撫でてくれた! お父様は知らないかもしれないけど、クララお姉さまってば、修道院ではみんなに色んなイタズラをしてたの。きっと、悪魔は離れていったけど、せっかくだからちょっと遊んでやろうって魂胆なのよ!」


 わたしならやりかねないが、誤解だ。

 なんとか誤魔化さないと。


「ラニャ、わたしはいつも、主と共におまえを見守ってる……むにゃむにゃ……」


 つぶやかせてみるも、ラニャは「寝たふり!」といっそう乱暴に揺さぶっている。

 それらしい言い訳はすぐには思いつかない。

 一時的な目覚めを演じてみようとするも、たましいがクララとつながっていないせいか、今のやり取りだけでものすごい疲労感だ。


 仕方がない。もう好きにさせておこう。

 わたしは「チューするぞ!」とか「揉むぞ!」とか言い始めた娘を尻目に出かけることにした。

 下手にクララの肉体に近い位置にいると、知らんでいいことを知りそうだ。


 さて、ラニャをちゃんと慰めてやるためにも、やらなくてはならないことがある。


 まずは教会に行って、メアリが「埋葬共済」に加入していたかどうか調べる。

 埋葬共済とは、加入者を集めてひと月ごとに数ペンスを支払ってもらい、その代わりに加盟者の家族が死去したさいには共済からまとまったカネをくれてやるシステムだ。


 九人中八人の子どもを失っているメアリが加入していれば、累計でかなりの額を手にしている可能性がある。

 メアリは共済のカネを目当てに避妊を粗雑に営業し、産むたびに殺してカネを得ているのではないか?


 これが確信に変わったのは、墓守として小さな遺体の世話をしたさいだ。

 当てつけに死んですぐ届けられた子どもの口からは、ニンニク臭がした。


 メアリの部屋に入ったときから、なんとなく気にはなっていた。

 棚に並んでいた化粧品は本土では避けられ始めているメーカーのもので、一緒に並べるには不適切な殺鼠剤もあった。


 これらの共通項は、砒素(ひそ)が使われていることだ。


 死因は砒素中毒のそれとも一致する。

 メアリにまつわる噂の中には、同種の症状で死んだ別の子もいる。


 砒素による殺人は、社交界にいたころにもよく耳にした。

 何も子殺しでなくっても、砒素は使われる。

 相続薬、なんてあだ名があるくらいだからな。

 わたしのごく身近でも、薬は活躍をしていた。


 ところが、支払者名簿の中に、メアリ・アン・ラミーの名は無かった。

 わざわざオブライエン牧師に、彼が抱いたシスターの名を連呼して無理矢理開示させたというのに。


 思い違いだろうか?

 少なくとも、九番目の子は砒素によって殺されているのは確かだ。

 あるいは、殺したのはメアリじゃない可能性が?


 メアリの子を始末する意味のある人間。

 メアリ以外にも三人心当たりがあるな。理由は三者三様だが。


 ひとりはすぐに除外だ。

 九人目の子では容疑者になりえるが、それ以外の事件については時期が合わない。


 ふたりめは当て推量だ。

 だが、あいつはどうも胡散臭かったし、子どもが自分の子じゃないかと疑っていたに違いない。


 最後の一人については、信じたくない。

 これ以上、ラニャにつらい思いをさせたくない。


 だが、殺人者は明らかにしなければならない。

 そして、鬼畜のたましいをわたしが刈り入れ、カミサマへの贄にさせてもらう。

 赤子殺しのシリアルキラーは、捧げるにはちょうどいい相手といえる。

 これまで殺された無辜のたましいが少しでも島の役に立つのだから、わたしの教義(ドグマ)にも沿う。


 それぞれの説を検証するために、わたしは港へと足を運んだ。


 マクラの身体では情報集めに難儀した。

 コーヒータイムが似合わないのはもちろん、酒の席にも参加しない男だったし、その辺の住人にいきなり声を掛けてみても、あいまいな返答だけで会話を打ち切られる始末だ。この不気味な顔で睨めば、猫すらも逃げていく。

 苦し紛れに船乗りたちに話を聞いてみるも、彼らは不幸のメアリの名を出されると口をつぐんだり、目を逸らしたりした。


「あれは……」


 埠頭にて、木箱を協力して運ぶ少年たちの姿を見つけた。

 その中にはコートンの姿もあった。

 担ぎ手には幼い子も多く、彼が音頭を取って運搬をおこなっているようだ。


『ちゃんとした仕事に就きたいんだ。本土に出て、母さんに楽をさせてあげたい』


 ひとり息子の言葉がマクラの胸でリフレインし、クララのたましいを震わせた。


 わたしは目を逸らした。

 メアリが殺し続けているのだとしたら、それを一番に疑っているのはあの子だ。

 そうでないとしても、探りを入れているのに感づかれる。

 手がかりを握っている可能性が高いと同時に、それを正確に口にしない可能性も高い。


「墓守さんじゃないですか」


 急に声を掛けられた。

 振り返ると、金髪と翠の瞳を持った青年が立っていた。

 ウエストコートと背広姿。この前の医者……。


「メアリさんの娘さんは残念でした」


 さも傷ついているといわんばかりに、伏し目になる青年。

 酒場で会ったときと比べて、ずいぶんと落ちついた雰囲気になっている。

 あらためて見ると、なかなか……というか、相当の美形だ。

 彼は不浄の手を恐れずに握手を求めてきた。


「なんの用だ?」

「ちょっと秘密の話がしたいんです。どこかに行きませんか?」


 わたしはうなずく。これから探しに行こうとしていたところだ。


「酒場はどうだ?」

「メアリさんの? だったらよしたほうがいいでしょう。僕の行きつけのコーヒーハウスがあるんです。そこまで行きませんか? 代金は出しますし、ラニャさんへのおみやげも見繕ってもらうといいでしょう」


 青年はにこりと笑うと、返事も待たずに歩き始めた。

 わたしは汗水流して働く少年を一瞥し、胡散臭い男の後に続くことにした。


***

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