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第24節 つながる者

「クララ・ウェブスターだと? クララは修道院で眠っている」

「だが、ぼくは見ている。墓地でも、蒸留所でも。あれはいったい何者なんだ? 身体から燃える鎌を取り出して……ぐあっ!?」


 黙らせようと顎を蹴り上げてやった。


「見ていたんだな、貴様」

「あの鎌を使って、大勢の人の首を斬って……」

「それは違う!」


 倒れた男の腹の上にのしかかる。


「何が違うっていうんだ。ぼくがあの姿を見たあとに、マスターのハロルドさんもウォルターさんも殺されたじゃないか」

「それをいうなら、どちらの件にもおまえが絡んでいただろう。実業家のふりをしてマクラを呼び出して被害者の遺体を欲しがったときから、胡散臭いと思ってたんだ」

「どうしてきみがそれを……。まさか協力者が? 確かまだグロッシ家には生き残りが……」


 顔面に鉄拳を叩き込んでやる。「貴様の口からラニャの名は聞きたくない」


「ああ、そうだ。あの子は、メアリの子を取り上げた子だった。あんな目をした子が、その父親が殺人鬼なんて、そんなわけないよな……」


 鼻から血の泡を膨らませながら、青年は短く笑った。


「わたしはラニャを守らなくてはいけないんだ。アニェを殺したヤツを見つけ出し、たましいを刈り取らなくてはならないんだ!」


 胸倉をつかんで揺さぶり、「さあ、吐け! 貴様がやったんだろう!」と問う。


「参ったな……。どう言い訳をしたら分かってもらえるんだ。ぼくも犯人を追っている」

「だったら、なぜマクラとの打ち合わせ通りにせずにパブを離れた? ハロルドを見張っているはずだったろう」

「きみは本当になんでも知ってるんだな……。あの晩、ハロルドを張っていたら、見つかってしまったんだ。仕方なくピストルで脅したら、メアリが赤ん坊の遺体を掘り返しに行ったって。いざというときのために、メアリにピストルを持たせたと聞いて、慌てて墓地に行ったんだ」

「おまえはあの場にいなかった」

「隠れていた。来たときには遅かった。そして、見たんだ。美しい修道女が、あの光を……。鎌の光が影と重なって、まるで片翼の天使のように……。ぼくは動けなかった。マクラさんもマスターも殺されてしまって、戻ることもできずにここに隠れた」

「ウェスト家に近づいたのはなぜだ」

「遣いで来たのがコートンくんだったからだ。そして彼は、母親が保険金のために赤ん坊を殺してるのを知っていたんだ。ウォルターさんに呼び出されて砒素の話を聞いたときに確信して……。あの事件のあと、もしかしたらメアリが殺人鬼だったのかと疑ったけど、彼女は自殺してしまった。当たり前だよな。コートンくんも聡明な少年だった……」


 ジェイクは咳き込み、鼻と口から血しぶきを吹いた。


「おい、まだ気を失うなよ。貴様が殺人鬼でない証拠を出せ」

「無茶を言う……。こっちだって、きみにまだ聞きたいことがある。きみは、あの鎌で……いったい何を……」


 まぶたが落ち始めている。わたしはジェイクにまたがったまま、全身を使ってゆさぶった。


「きゃっ!」

 ふいに悲鳴が背筋を撫でた。

 首だけで振り返ると、さっきの娘がいた。


「ご、ごめんなさい。銃声がしたから、ジェイクさんのことが心配になって……」


 マズいところを見られた。熱くなり過ぎていたようだ。

 上手く言い訳をしないと、クレイミーで動きにくくなる。


「あの、大丈夫です。ジェイクさんだって、男の人ですし、シスターだって。あたしなんかがジェイクさんと釣り合わないって、ち、ちが、そうじゃなくって、で、でも、そ、その……」


 娘は顔をまっかにして両手で覆っている。


「と、とにかくお幸せにっ!」


 娘は狩人と目が合ったウサギのごとくに走り去っていった。

 同時に、わたしの下から笑い声が起こった。


「参ったな。いきなりフラれてしまった」

「気を失ったんじゃないのか」

「今ので目が冴えたよ。血も思ったより抜けてないようだ。こんな状況でも男ってのはね」


 尻に何か硬いものが当たるのを感じた。

 青年の上からどくと、ジェイコブの息子(サン)が元気なのを発見した。


「痛めつけられるほうが好みなら、殺人鬼じゃないかもしれないな」

「はは……。そういうことにしておいてくれ。それでも信じられないというなら、煮るなり焼くなりご自由にどうぞ。信じてくれるというなら、こっちの伏せ札をすべて見せるよ……」


 わたしは息子を軽く足で踏みつけると「前向きに検討しよう」と返答をした。



 ジェイコブ・ペンドルトン。本土に居を構えるペンドルトン家の末息子。

 恐らくはクララの叔父、ジュダ・ウェブスターの種でできているため、わたしとは従兄妹(いとこ)の関係ともいえる。

 彼はペンドルトン家では余計者扱いで、成長の一切を家庭教師や使用人に丸投げされていた。

 みずから子育てに励む貴族というのも珍しいものだが、それでも同性の親が信念を伝えるくらいはするものだ。


「父はぼくを見るのもイヤだったようだ。ぼくから見た父も、あまり立派には思えなかった。悪事を働くような人間ではないとは思うが、母の放蕩を黙認していたから」


 一方で、母のほうは贅に満ち満ちた社交界のことを、酒臭い息でさも素晴らしいように繰り返し話したという。


「そんな両親だったから、ぼくは貴族に失望し、自分の意志で道を切り拓き、他人の役に立つ人間になろうと誓ったんだ。幸い、お金は自由になったし、師にも恵まれた」


 どうやら、実業家の話もフカシではなかったようだ。

 家庭教師の医者からは医学を教わっただけでなく、清潔な包帯や衣類を目的として、綿織物工場を共同で立ち上げたらしい。


「でも、こらえ性がなくってね。外の世界を見てみたいと思ったんだ」

「それでここに来たのか。植民地ではなくアマシマクを選んだ理由はなんだ?」「マクラさんにも聞かれたな」


 彼は腫れ始めた頬を撫でながらこちらを見て笑った。 

 

「種明かしはあとでしてやる。信じられるかは分からんが」

「本当の理由は、離婚裁判で勝利を勝ち取った女性に会ってみたかったから。彼女はもしかしたら、ぼくと血が繋がっているかもしれない」

「その希望はもう叶ってるな」

「見かけるだけじゃなくって、ちゃんと話がしたいんだ」


 わたしはため息をつく。こいつはなんとなく色々と「違う」気がしてきた。


「わたしはシスター・クレイミーに見えて、クララ・ウェブスターなんだ」

「どういうことだ? ぼくもさっき、そんなことを口走ってしまったが……」


 わたしはジェイクにこちらの事情をひと通り話すことにした。

 進化論だなんだという時代に、超常の実在を話すのは少しバカらしかったが。


「たましいを欲しがるカミサマ?」

「自称、だがな。だが、ヤツがなんらか人智を超越した存在だというのは間違いない。わたしもカニンガムも、ヤツから奇妙な力を受け取っている」

「それが例の鎌か」

「カニンガムのは少し違うが、そうだ。あれはたましいを刈り取るための鎌だ。麦を刈り入れたり、人の首を落とすのには使えない」

「たましいを刈り取られるとどうなるんだ? やはり死ぬ?」

「厳密には肉体は生きたまま。死ぬのは精神だけだ。だが、誰も肉体の世話をしないのであれば、当たり前だがそうなる」


 青年は顎を撫で、「そうか……」と呟いた。


「少し前にスラムで奇妙な病気が流行ったことがあったな。それと、鎌を持った死神の噂が」

「わたしが斬ったよ。メアリとクララで連中の前を歩けば、入れ食い状態だった」

「こともなげに言う。たましいを奪われた彼らは、死んでしまったのに」

「もともと、死罪になり損ねた連中だ。それが収容所から抜け出してさらに罪を重ねてるんだからな。連中のたましいで火山の噴火を抑えられるというのなら、善行だ」

「ぼくは肯定も否定もしない。でも、彼らがこれまで犯した罪と、これから犯しただろう罪を考えれば、あなたは石を投げられるほどのことはしていないのかもしれない」

「肯定してくれてるじゃないか。身内だから贔屓してるのか?」

「そうかもしれない。でも、あなたはなんだかつらそうだ。たましいを奪った相手の肉体に入り込めると言っていたが……」


 彼はまっすぐとこちらを見据えた。

 イヤな目だ。……いや、嘘を言った。

 ラニャがメルチを信じると言ったときの瞳と似ている。


「口ぶりからして悪人を選んで斬っていたようだが、シスター・クレイミーも?」


 やっぱりイヤなヤツだ。


「クレイミーは罪を犯していない。コートンを殺したスティーブを斬ったつもりが、彼女がかばって割り込んでしまったんだ……」


 青年は何も言わずに十字を切った。二度も……。


「彼女のおかげで、気づけたことがある。火山の女神はたましいなら何でも受け入れるが、何かに対する深い愛を持つたましいをより好む」

「愛?」

「愛といっても色々だ。男女の愛、家族の愛、友情……」

「聖書の説くような?」

「古代ギリシャ人の哲学的思想のほうだ」

「だったら、執着や色情も含むのか」

「ああ、スティーブはウイスキー狂いだった」

「偏執的な殺人を犯し続ける者のたましいも、女神の舌を満足させるだろうか」

「そう考えている。アニェの仇でもあるヤツを見つけ出し、女神の餌にしてやる」


 ジェイクがこちらをまじまじと見つめている。


「なんだ?」

「協力し合わないか?」

「協力?」

「ぼくも友人を殺されている。死者が戻ってくることはないが、彼の死ぬ間際の様子や、どうして殺しをするのかなど、ヤツには聞きたいことがある。捕まれば処刑されるのは同じだ。どうせ死ぬのなら、あなたの鎌に掛かったほうがいい」


 否定せず、黙って続きを待つ。


「だけどあなたは、あまり自由に行動ができない。一方でぼくは身軽だ。あなたがぼくを信じて殺さないでいてくれるのなら、真犯人を見つける手伝いをする。ぼくが見つけたら話を聞き出したのちに、あなたに引き渡す。あなたが見つけたら、質問をしてから斬って欲しい」


 ジェイクが殺人鬼でないという前提で考えれば、悪くない話だ。

 こいつの島外への渡航は、カニンガムに手を回してもらって港でブロックされるようにしてあるし、この場を切り抜ける嘘だとしても逃げられることはない。


「いいだろう。手を組もう」

「ありがとう」


 差し出された手を握る。


「ところで、カミサマとは何者なんだ?」

「知らん。だが、わたしたちの信じる神や天使とは別の存在だろうな」

「それはもちろんだが、善良な存在にすら思えない。穢れたたましいを持って来いと言いつつ、実際に欲しがってるのは別のたましいなんだろう? 火山の噴火だって彼女が原因のようだし」

「欲しいものと必要なものが一致するとは限らないし、民間伝承の神なんかが清濁併せ持つのも珍しくないだろう」

「ぼくとしては、何かの神というよりは悪魔のように思えるな」

「天使も悪魔も根は同じだがな。なんにしろ、肉体を取り戻したら縁を切る」

「そう上手くいくだろうか」

「わざわざ言うな。ただでさえ乗せられてしまったのに腹が立ってるのに」

「でも、悪魔だったらいいと思わないか?」

「は?」

「神を騙る悪魔なら、斬ってしまってもいいわけだし」


 青年は大真面目な顔だ。「きみなら、そうしたいんじゃないのか?」


 斬れるものなら是非ともそうしたいところだが、ヤツはきっと安全な天界やら地獄やらからこちらを覗いて笑っているだろう。


「そうだ、悪魔で思い出した。あんたはテューレの村について詳しいか?」

「噴火後のことなら、それなりに」


 わたしはメルチたち三姉妹のことを尋ねてみた。

 連中を制御するためのヒントが欲しい。


「なかなか恐ろしい子たちのようだが……」

 ジェイクは腕を組んで唸る。

「被災で出た引き取り手の無かったみなしごは確かふたりだけで、三つ子でもなければ、兄弟でもない。それに修道院ではなく、救貧院に送られたはずだ」

「そうなのか?」

「そのはずだ。あとで集落の者に聞いて回ってみる」

「ありがとう。頼んだ」

「その代わり、といってはなんだが、クララに希望した誰かを斬ってもらうことはできないだろうか?」


 わたしは思わず口を閉じた。ジェイクはまじめな表情でこちらを見ている。


「……殺人依頼とは大胆だな。おまえは医者だろう?」

「医者だから殺して欲しいともいえる。クインシー・シップマンという男の名は?」


 わたしが否定すると、ジェイクは濃すぎるコーヒーでも口にしたかのような顔を見せ、「阿片(あへん)の売人だ」と言った。


 阿片はつい最近に規制対象になった薬物だ。

 これまでは酔い覚ましやちょっとした病気を治すために当たり前に使われてきていた。ワインに混ぜて飲めば元気になると、女王すら好んで使っていたくらいだ。

 ところが、謳われている効能の大半がまやかしであり、依存性を孕んだ危険薬物だということが明らかになり、取り扱いをできるのが医者と認可を得た薬屋だけになった。

 法律の発布が速やかにおこなわれようとも、実際に消えてなくなるのには時間が掛かる。アマシマクのような僻地ではなおさらだ。


「シップマンは港の裏通りや落人集落で商売をしていたんだが、最近はこの村に目を付けたようなんだ。せっかく立て直し始めていたのに」

「焼け出されてヤクに溺れたくなる気持ちも分からんでもないが、この村の連中にそんなカネがあるのか?」

「そこがシップマンの不気味なところだ。この村にいる中毒者は、無料で譲ってもらったというんだ」

「タダで? 目的が分からんな。まあ、斬るのは構わん。阿片は戦争の種にもなりうる、反吐の出る不用品だ。うちの修道院にも中毒がひとりいるしな」

「修道院にまで? なんてことだ」


 医師の青年はゆっくりと顔を振った。


「シップマンの精神が死んで廃人になっても、誰も他殺を疑わないだろう。彼自身も阿片をやるだろうし、あなたの鎌なら綺麗に殺せる」

「だからといって気軽に押し付けられても困るが。殺すのはわたしなんだぞ」

「たましいを刈れば、あなたの肉体も戻るかもしれない」

「どうだか。わたしが刈った落人どもの中にも中毒者はいたと思うが、どのたましいもハズレだったしな」

「こじつけるわけじゃないが、ルダスということはないか?」

「ルダス、遊びの愛か。阿片を使って他人を弄ぶ……」

「彼は職人や有力者には法外な値段を吹っ掛けることでも有名だ」

「中毒になったら暮らしに不便が出る相手には売らないわけか。……避難民はいなくなっても困る奴がいないとでも?」

「実際、そういう扱いなのは事実だ。教会だって、ほとんど放置じゃないか」

「まあな。だが、彼らは必死に生きていると思うな。腐った貴族どもよりはな」

「同意だ。ヤツは彼らを自分の色に染めるのを楽しんでいるんだ。許せない。彼らには阿片を断ち切って、立ち直ってもらいたい。でも、出どころを押さえなければ水の泡、例え医者だろうと無力だ」


 端正な顔が悔しそうに歪んでいる。

 青臭いヤツだが、キライじゃない。

 わたしと血のつながる者の中では一番マシだろう。仮に殺人鬼だとしてもだ。


「任せておけ。わたしたちはわたしたちで、黒を白に塗り替えるゲームをさせてもらおうじゃないか。ところで、ジェイコブ・ペンドルトン……」


 彼は頬にハンカチを当てながら首をかしげた。

 わたしは彼の背を叩いてこう言う。


「ずたぼろにして悪かったな」


***

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