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第19節 墓守候補

 カニンガム主教に連れられて訪れたのは教会の礼拝堂だ。

 普段から朝の礼拝に訪れる参拝者はいるが、今朝は団体様がお目見えと来ている。一名を除いては見知った顔だ。

 一人はウイリアム・ウッド。木工屋の親方は嫁に連れられてたまに来る程度だったのが、弟子にしたコートンが殺害されてからは毎朝訪れるようになった。

 続いて、石材屋のビバリー・ストーン。

 木工屋がウッドで石工がストーンなのは冗談でもなんでもなく、この島に姓の制度が出来る以前から職を継いできたゆえだ。

 そして、革職人のフレデリック・スタッフ。石と木が頑固そうなハゲ親父なのに対して、こいつはひょろひょろとした若者だ。先代から継いでまだ数年だとか。


 カニンガムがラニャを呼んだ理由が、薄っすらと見えてきた。

 この三名およびその先代は、ラニャも幼少期から付き合いがあるはずだ。

 わたしも……正確には、マクラだったわたしも業務上で関わったことがある。

 右から順に棺桶造り、墓石刻み、遺体の防腐処理とエンバーミングの技術持ちだ。


 しかし、残りの一人が分からない。

 三十くらいのずんぐりとして背の曲がった男だ。

 酒でも入っているのか赤ら顔で、ぼんやりと上を向いている。

 ステンドグラスでも眺めているのかと思ったが、視線で何かを追いかけているようだ。


「主教様、以前話した友人のピーター・ゴアです。こんなどうしようもない男に仕事を与えてくださって、感謝いたします」

 フレデリックが言った。


 と言うことは、この酔っ払いが新しい墓守なのか。


「ひひっ、ピーター・ゴアです。教会はいいですねえ。精霊や天使様がうようよしている」

 

 挨拶をしながらも、カニンガムと目を合わせようとしない。

 相変わらず何かを追跡中だ。


「ピーターくん。きみには眠れる者の静寂と安寧を守ってもらいたい。野犬や盗掘者のほかに、孤独や闇とも戦わねばならないが、できるかね?」


 質問というよりは疑念の表明だ。主教の頬がぴくぴくと動いている。


「ひひっ、もちろんです。もちろんですとも。おれは独り身ですから……。むしろ……ひひっ。墓所なら独りじゃないでしょうよ。メアリさんやマクラさんも、見守ってくれるでしょうし。ほかにも、おれの……ふひっ!」


 返事をするが、やっぱり視線が水泳中だ。

 目玉がぎょろりと何度か往復して、ようやく雇い主を見た。

 いや、ピーターは背伸びをして肩越しにカニンガムの向こう側を見ている。

 何もいないんだが。何が見えてるんだ。


「う、うむ。不幸にも二代続けて守り人が失われてしまったからな。ここにいるシスター・ラニャは先代の指導役で、先々代の墓守マクラの娘でもある。彼女を交え、各職人たちと奥の談話室で話を詰めて欲しい。さあ、姉妹よ、頼んだぞ」


 ラニャは返事をすると、三人の職人と一人の奇妙な男を先導し始めた。

 ピーターは最後尾につきながらもやはり、きょろきょろのぎょろぎょろだ。

 あれに墓守が務まるだろうかと思っていると、カニンガムに脇腹をつつかれた。


「クララよ。ヤツを見てどう思う?」

 ささやき声だ。


「どうって、フレデリックの知り合いとはいえ、あれじゃ、ヒンジの壊れた扉でしょ。なんでまた彼をお認めになられたんですか?」

 わたしも声を潜めて応じる。


「わしは、あやつが連続殺人犯ではないかと踏んでおる」


 ……ほう? 視線で問い返す。そりゃまた、どうして。


「フレデリックがいうには、ピーターは極度の心霊オタクなんだそうだ。死者が生き返るだとか、おばけがいるだとか、ポルターガイストが起こるだとか。自宅でも仕事をせずに、死んだ両親と会話をする方法を探しとったらしい」


 カニンガムはぶるぶると顔を振ると「蘇りなど、ありえん!」と言った。


「イエス様は復活予定ですけどね」

「一緒にするな。罰当たりめ」

「心霊マニアが墓守になりたがるのは分かるんですけど、それがどうして殺人鬼と?」

「フレデリックの仕事を観たがるのだそうだ。獣の解体や剥製化はもちろん、人の遺体の損傷を直すところも、飯を食いながら眺めるらしい」

「ちょっと根拠が弱いですね。飯じゃなくて、マスを掻きながらならともかく」


 カニンガムはさっと身を放すと片眉を上げてこちらをにらみ、「クレイミーの舌で品性を欠く言葉を話すでない」と言った。

 なのでわたしは、指で作った輪に人差し指を出し入れしながらお望みの単語をいくつか言ってさしあげた。


「バカタレが。はあ……。おまえの見立てでは、ジェイコブという医者が怪しいのだったか」

「そうだ。だから、近いうちに避難民集落に行く予定だ」

「クレイミーのままでか?」

「そりゃそうだが。こいつなら、奉仕と共にいくらでも避難民の中に入り込める」

「施しは定期のぶん以上にはすべきではない。彼らは哀れだが、こちらにも限界がある。過度の期待を持たせるのは酷だ」

「それじゃ、あと数週間は手をこまねくことになる。わたしがダメなら警官でも兵隊でも送ってくださいよ」

「ジェイコブは殺人犯ではない。むしろその反対だ」

「反対? 医者だからですか?」


 主教に寄せられた情報によると、ジェイコブは避難民集落で医者として腕を振るうほかに、金銭的な施しも相当量おこなったらしい。


「しかもつい先日、教会にも寄付があった」

「いくらくらいで?」

「三〇〇万ポンドだ」

「ポンと出せる金額じゃないな」

「彼なら可能ではないのか?」


 そう言ってカニンガムは一枚の紙きれを見せてきた。小切手だ。


「ジェイコブ・ペンドルトン……ペンドルトン家の人間か」

 やつめ。何が労働者階級だ。


「感心な青年ではないか。おまえも普段は私利私欲にまみれた貴族を口汚く罵っておっただろう?」


 それはそうだが、返事をしかねる。気に入らない。


「快楽殺人者を疑うにしても、土地と財産を持て余す者が、わざわざ田舎まで来てやるとは思えん。集落からは不自然な死者報告も来ておらんし」


 腹立たしいが、主教のいう通りだ。

 享楽に浸るのならば、むしろ自領のほうが都合がいい。

 ジル・ド・レやエリザベート・バートリだってそうした。

 それか、青年実業家殿が口にしていた植民地に出向けば、牧師にだって理由をつけて人が殺せるだろう。

 だが、腑に落ちない。ペンドルトン家の人間が、なぜアマシマクに?


「それから、言い忘れておったが、ピーターの両親は両方ともこれ(・・)だ」

 主教は親指を横向きに立てて首の前でスライドさせた。

「それも、かなり初期のほうの」


「被害者の息子だったのか? 先に言えよな。なんにしろ、もう少し話を聞いてみるべきか。ヤツの人物が分からん」

「うむ。ピーターが殺人犯でなくとも、悪人であれば都合がいいのだが」

「は?」

「おまえが言っただろう? スティーブンは酒への執着が理由でたましいの質がよかったと。気を違えたような男だが、ピーターの心霊趣味もまた執着だろう? ならば、山のわがまま女の機嫌取りに使えるだろう」


 餌候補を確保ということか。わたしはため息をつき、そっぽを向いた。


「仮に狂人でも、首を落とされるほどの罪人でなければ刈らんぞ」

「クララよ、やはりおまえはマクラを斬ったことを……」


 イラつく憐憫を湛えた視線。思わず舌打ちをしてしまう。


「わしも、島が人質に取られているとはいえ、いつまでもこんなことは……」



 きゃーっ!

 悲鳴だ。若い女の。談話室のほう。



「クソッ、あんたの勘が当たってたのか!?」

「今すぐクララのもとへゆくのだ!」


 身構えるわたしたちのあいだを、何かが素早く駆け抜けていった。

 それはわたしのうしろに隠れ、腰にぎゅっと抱き着いた。


「ク、クレイミーお姉さま、助けて!」

 バルタだ。

 続いてメルチが奥から飛び出してきて、それを追ってピーターが現れた。


「お、お嬢ちゃんたち。面白い、ね。ちょっとおれに、よく見せてよ。ひひっ!」

 ピーターの腕がメルチを捕まえ、メルチの犬歯がそれをがぶりとやる。

「あ、痛あ!」

 痛みを訴えつつも、引き裂かれたような笑顔を絶やさない。

「あたしの何を見せろってんだ変態め!」

「お嬢ちゃんたちの中身だよ、な、か、み!」

「ぎゃーっ! おい、ジジイ! 助けろ! ひーーっ!?」


 メルチは変質者から逃れると、礼拝堂の椅子のあいだを逃げた。

 ピーターが「もっとよく見せて」と、鼻息荒く追いかける。


「おい、主教様よ。適当に理由をつけて逮捕したほうがよくないか? それか、この場で刈って埋めてしまうか? 職人どももちょうどそろってるしな」


 提案するが、カニンガムは鬼ごっこを見てにやにやと笑うばかりだ。

 メルチが悲鳴を上げるたびに「よしっ!」「いいぞっ!」と、こぶしを握る。

 彼も散々あの小娘に手を焼いていたからな。


「おい、ピーター、何やってるんだ!」

 フレデリックがやってきた。ラニャも一緒だが、彼女はメルチが追われてるのを見ると、手で口を覆い顔を背けた。


「フレデリック殿、ピーター殿には童女に欲情する趣味が?」

 カニンガムが尋ねるもピーターの友人は首をかしげるばかりだ。

 ラニャはツボにハマったらしく、長椅子の背をばしばしと叩きながら、ひな鳥のような声を喉からしぼり出している。


 わたしは咳払いをひとつすると、バルタに「どうしてあなたたちがここに? 引越しはどうしたの?」と優しく尋ねてやった。


「メルチがラニャを驚かせてやろうっていうから。部屋の外で話を聞いてたら、急にドアが開いて、あの変態が、綺麗な子たちだって言って、追いかけ……ひいっ!」


 バルタが逃げ出した。メルチが脇を通り過ぎ、わたしは続く追跡者の服の裾をつかんでやった。


「ピーターさん、お戯れはおやめになってください!」


 ピーターは抵抗することもなく止まり、こっちの顔をまじまじと見た。


「ふひっ! ……ヘンなの!」「は?」


 何がおかしいのか、ピーターはこのわたしを指差して爆笑を始めた。

 いい度胸だ。わたしは平手を振り上げた。


「ま、待ちなさいシスター・クレイミー。ピーター殿、話し合いは済んだのかね?」

「おっと、そうでした。ふひっ。いやあ、楽しみですねえ。たーっくさんの死体と、たましい!」


 そう言ったピーターの目玉は左右で焦点が食い違い、耳まで咲けたかのような笑顔で薄くなった下唇には、たっぷりの唾液が光っていた。


 わたしは寒気を感じ、尿を漏らさんばかりに身震いをするとヤツを解放した。


***

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