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第14節 密会と告白

 消化不良のまま数日が過ぎた。


 ラニャに取り上げられた酒の隠し場所は分からず、ウェスト親子やクレイミーの動向を探ることもできず、安易な刈り入れもカニンガムに禁じられたままだ。

 少年少女のガードが堅くなっているのもいけない。

 飲酒をしながらクララの世話をしたことがよほど気に入らなかったのか、ラニャはわたしにクララの世話をあまりさせなくなった。わたしの身体なのに!

 コートンも何かを聞きつけたのか、「あまり出歩くな」だとか、「もっと悔い改めたほうがいいよ」だとか、母親に対して牧師のようなことを宣うようになった。

 まあ、こっちはこっちで、「女を満足させられる身体にもなってないくせに、ラニャにちょっかいを掛け続けてるのは感心しないけどね。ま、わたしの子よね……」と反撃をしてやったが。


 それはさておき、手番が回らずとも、山札からカードは配られ続けている。


「エバンスさんのところのおばあちゃんのお手伝いに行ったら、今日は調子がよくてお散歩ができたの。次は、本土から来た大きな船を観に港へ行きたいんだって……」


 ラニャだ。彼女はほかの同居人が寝静まった深夜、就寝前にクララの前へと行き、その日にあった出来事や、彼女の気持ちを打ち明けてくれている。


 大抵は、


「あの荒くれ者のレオ・キングスコートがお祈りに来るようになったの。それだけでもびっくりなのに、レオさんが来るとサラお姉さまの機嫌がよくなるの。みんな怖がってしまって、マザーがサラお姉さまに押し付けたのがきっかけらしいんだけど……」


 とか、


「見習いの子が言ってたんだけど、夜中に誰もいないはずの告解部屋から、がたがたと音がしてたんだって。幽霊だと思ってほうきを持って部屋の扉を開けたら、まっくろでぶにぶにしたものが詰まってたの。それをほうきで突いたら、地獄の声みたいなのが聞こえて、反対側から裸の牧師さんが……」


 など、取るに足らない報告やゴシップが中心なのだが、ここのところ「コートン

から聞いた話」が台頭してくるようになっていた。


「コートンがいつも面白い話を聞かせてくれるって話、したでしょう? わたしの気を引きたいからか知らないけど、最近は話を盛ってるっていうか、ちょっと酷い嘘や冗談も言うようになってきたの」


 そんなクソガキは追い出していいぞ。


「酷いよね、本当はメアリさんは、自分が産んできた赤ちゃんを自分で殺してただなんて。じつの母親にそんなこと言う?」


 ……。


「この前、メアリさんが親方さんが請け負ってる仕事場に来たらしくって、コートンはそのことですごく怒ってるの。だからかな?」


 違うよね、クララお姉さま。

 祈りの形のまま拘束されたクララの両手を、ラニャの手が包むのを感じる。

 轡をされていなかったら答えていただろう。わたしらしくない嘘を。

 メアリの身体はすでに寝かせてある。

 今夜はたましいの限界がくるまで、ラニャの話を聞こうと決めた。


「証拠もあるって。でも、コートンは前から知ってて、それでも母さんはよくなってきてる、改心するはずだって、ジェイコブさんに言い返したって」


 ジェイコブ!?

 

 思わずメアリの身体で跳ね起きた。

 隣のベッドではコートンが眠っている。

 彼は赤子殺し知った上でメアリと生活をしていた……のは置いて、親子の住まいだったパブのマスターが殺害されてから姿を消していたあの男が、コートンと会っていたというのか。


「メアリさんのことだけじゃなくってね……クレイミーお姉さまが……だなんて……」


 ラニャの告白は小さくなり、消え入ってしまった。


「嘘だよね。そんなことするはずない」


 否定だけは力強い。

 肝心な部分が消えてしまったが……たぶん、それはラニャの幻想だ。

 わたしも初めは、あのクレイミーが恋愛沙汰などありえないと思った。

 だが、わたしもメアリの目ではっきりと見たのだ。


 クレイミーは前髪を出していた。つまりは剥き出しの雌だ。


 いいかな、ラニャくん。いかに、ミス・クレイミーがそのたましいを聖母やしわくちゃババアに同一化しようとも、彼女の肉体は女だと主に定められているのだ。

 だから、我々のあずかり知らぬところで、若い男とちゅっちゅとしてみたり、クレイミー特製の秘酒を溢れさせたり、あるいは相手の酒精を彼女の酒樽の中で醸したりすることも仕方のないことなのだよ。

 これはもう、人が人として生まれた以上の宿命、カトリック連中のいう原罪のようなものだ。

 だが、他者の罪でも、その胸の内にいだき続けるのはつらかろう。

 あのスケベ少年が何か面白いことを見たというのなら、そこのところをもう一度はっきりと、くわしく、恥じらいながらこのクララ・ウェブスターに是非とも教えて欲しい。


「やっぱり信じられない。クレイミーさんが人殺しだなんて」


 なるほど。惚れた腫れたに殺しはつきものだな。


はんあっへ(なんだって)!?」

「だよね! 私も信じられない! そんなでたらめを言うなんて酷い! ……え!?」


 ラニャが固まった。「お姉さま、今……」


 わたしは、白々しくもたましいをみずからの肉体から、すっと離した。

 いや、そんなことをしても意味がない。

 誤魔化さなければ。わたしはクララに意識を集中すると、激しくむせ返って見せた。


「いけない! 唾が詰まっちゃったのかも!」


 ラニャは慌ててクララの轡を外し、身体を横たえてやり、口を開いての中へと布を突っ込んだ。

 だが、ぴたりと動きを止めると、軽く拭ったあとにクララの身体を仰向けに戻した。


 そして、クララの口を手で塞ぎ、鼻までつまんだ。


「ホントに寝てるのかなあ? 今のも演技じゃないかなあ?」


 正解だ。さすがはわたしの妹分。

 窒息を試みて悪ふざけを見破ろうとするなんて天才的だ。

 だが、これは少々マズい。

 わたしはクララとのたましいの紐づけが切れている。

 ゆえに、集中しないとクララを感じることができない。

 つまり、呼吸できないことを苦しむこともできないのだ。


「お姉さま、そろそそろ苦しくなってきたでしょ?」


 つまらないことに意識を使い過ぎたせいで、クララへの集中が上手く行かない。少し休ませればまたつなぎ直せるだろうが、このままだとマジでわたしの肉体は死んでしまう。

 あ、なんかたましいが気持ちよくなってきたぞ。これは確実にイキかけている。どうやら、クララの肉体が死ねば、たましいも主の御許へ逝く仕組みに……。


「……はあ。起きないね」


 よかった。ラニャが手を放した。

 正直なところ、わたしとしても目覚めてラニャに声を掛けてやりたい、彼女だけには、自分の現状を教えてやりたい気持ちがある。

 もちろん、それはカニンガムに口止めをされている。

 メアリを刈り入れる前のわたしだったら、きっと彼の禁を破っただろうが……。


 だが、「カミサマ」は確かにわたしたちを監視しているのだ。

 リスクは取れない。

 ヤツはわたしには本来の肉体、カニンガムには火山の噴火を人質に取り、何かをさせようとしている。


「……」


 ラニャはクララの目隠しを外した。

 今度は何をする気だろうか。


 彼女は指で強引にまぶたを押し開くと、剥き出しの眼球を突く真似を始めた。


 かなり攻めているようで、ぎりぎりだ。普通に危ない。


「むー。お姉さま、起きて」


 今度はクララの腹の上に馬乗りになり、激しく揺すった。

 ベッドがぎしぎしと音を立てる。

 それからラニャは、クララの祈り手を固定するベルトを取り去って腕をほどき、その胸へと顔を沈めた。


「起きて、起きてよ……。私ひとりだと大変なんだよ……」


 すすり泣きが聞こえ始めた。

 わたしはせめて彼女の頭をひと撫でしようと、今一度、意識を集中する。


「うへへ、姉ちゃんいい乳してまんなあ」


 乳房を揉まれる感覚だ。

 こいつめ、情緒不安定か!?

 こっちの状況に気づいた上で遊んでるんじゃないかという気もする。


「ほんと、立派なおっぱい。顔もとーっても美人だし……」


 髪に頬をくすぐられ、熱い空気が鼻先に触れる。

 悪いが、キスをされても目覚めてやれはしない。おとぎ話じゃないんだ。


 ……わたしはクララから意識を切り離し、メアリに戻った。


「何やってんの?」


 とたん、声が割り込んできた。

 メアリで起き上がると、隣のベッドはもぬけの殻だった。


「ち、違うのこれは!」

「違うって、でも今クララさんに!」


 マリアの部屋をそっと覗き込むと、コートンの背中越しに、クララにまたがったラニャが顔をまっかにして腕をぶんぶん振っている姿が見えた。


「ラニャはそういう趣味があるから、おれのことを受け入れてくれないんだ」

「ち、違うの! 今、クララさんが起きてたような気がしたから試しただけで!」

「いいさいいさ! おれだって知ってるさ! 女ばかりの修道院にいたら、そんなふうになっちゃうって」

「だから、違うの!」

「いいんだ。ラニャは男じゃないから縛り首にはならないけど、でも、おれ、ちゃんと黙ってるからさ。フラれたからって、秘密を言いふらしたりしないよ……」


 残念だったな少年。

 ラニャにそういう()はないはずだが、そのまま勘違いして手を引くがいい。



「違うよ! 私、コートンのこと好きだよ!」



 でっかい声だ。ラニャはクララの上から飛び降りると少年の前へと駆け寄った。


「面白い話をしてくれるし、一所懸命だし……」

「だったらどうして、あれを受け取ってくれなかったんだよ。おれは別に、ラニャを苦しめるためにグリムを彫ったわけじゃないって言ったじゃんか」

「それは分かってる。あの彫り物、すごく上手にできてたし、嬉しかった。でも、私、もしかしたら教会に戻るかもしれないし、約束はできないから」

「なんでだよ。ラニャはもう、神様が信じれなくなったんじゃないのかよ。だからおれが、おまえのことを神様の代わりに守ってやるって言ったのに」

「あのね……。私、ちょっと嫌な予感がするの。教会に戻るのはなんだか別の理由になる気がして……」

「なんだよそれ。わけ分かんねーよ」


 ラニャはうつむくと「ごめん」と呟いた。


「でも、わけが分からないのは、最近のコートンもおんなじだよ。酷い嘘つくし。神様もだけど、コートンのこともちょっと信じれないよ」

「おれは嘘なんてついてない。スティーブさんはウォルターさんが邪魔になって殺そうとしてる。はっきりと聞いたんだよ。言ったろ、スティーブさんとシスター・クレイミーがエッチなことをすると思ってこっそりあとをつけたら、ふたりがそのことで相談してたんだって」

「百歩譲ってエッチなことはしても、クレイミーお姉さまが人殺しなんて絶対にするわけない! スティーブさんが蒸留所を継ぎたくて殺すのは新聞でもよく見る話だからあるとしても、お姉さまだったら恋人がそんなことを考えたら、絶対にやめさせるはずだもん!」

「そうだよ。そのときはシスターは止めてたんだよ。でも……」


 コートンいわく、クレイミーは必死に懇願してまで止めようとした。

 ベールを脱ぎ棄て恋人へのくちづけをみずからおこない、それまでかたくなに拒否していたという婚前交渉を餌にしてまでも。


「もう遅かったんだ。毒を混ぜてるんだって。味もにおいもしない砒素だし、医者もスティーブさんが決めた医者を呼んでるから、絶対に上手くいくはずだって」


 しかし、ウォルター・ウェストは何かを感じたのか、避難民村に身を寄せているという腕利きの医者ジェイコブを呼び寄せた。


「それでスティーブさんと喧嘩になって、ウォルターさんは蒸留所が目当てなんだろうって叫んだんだ。その場にいたクレイミーさんにも、色々と酷いことを言ってた。キリスト教徒は出て行けとかね。そのあとだよ。ふたりがまた密会をして、スティーブさんが急がなきゃマズいって言って、クレイミーさんがストリキニーネを使いましょうって提案したんだ」


 ストリキニーネを?

 砒素同様、毒殺によく用いられる物質だ。入手性も高い。

 だが、味が酷く苦く対象に気づかれやすいうえ、砒素のように病死として医者に処理をさせるのは難しいはずだ。


「……証拠は?」


 ラニャは頑として信じない気だ。

 だが、表情には紛れもない疑いが浮かんでいる。


「ジェイコブさんがウォルターさんに頼まれて調べてるんだよ。砒素は髪とか血を調べたら分かるって……」


 少年は頭を掻きむしった。「ああもう!」


「でもおれ、ジェイコブさんにも酷いこと言ったしなあ……。分かっても教えてくれないかも」

「ダメじゃんそれ。しかもそれって、クレイミーお姉さまのほうの証拠にはならないよ」

「でも恋人同士なんだしさ、バレたらスティーブさんは捕まるんだから、きっとやるぜ。もういいじゃんか、シスターのことはさ」

「よくないよ。やっぱり嘘でしょ。それに、お姉さまのことだけじゃないし。あなたのお母さんのことだって」

「あれは今更だよ。母さんが保険金目当てにやってたの、うすうす気づいてたんだ。もしかしたら、って思ってた」


 ラニャは少年を睨んだ。

 無言だったが、わたしには聞こえる。

 だったらどうして、ずっと止めずにいたの。

 最後の赤ちゃんは、私が取り上げたのに。


「それにおれ、ジェイコブさんからもうひとつ聞いてて、ホントはそっちをきみにちゃんと話さないといけなくて……」

「なんなの、それ」

「マクラさん、ラニャの父さんってさ、墓地で亡くなったんだよな?」



 わたしは慌ててマリアの部屋へと踏み込んだ。



「コートン」「母さん!?」

 どうする、ここから。このタイミングだと、メアリが一連の話を聞いていたことをふたりは疑わないだろう。


「か、母さん。大丈夫だから。おれ、母さんが何やってても、ちゃんと償って生きるって信じてるし。おれ、母さんのこと、愛してるから。母さんのこともラニャのことも、ちゃんと養うからさ!」


 少年は青白い顔のまま、まくし立てた。


「ねえ、メアリさん。起きてたの? どうして、今出てきたの? コートンは何を言おうとしていたの? 私のお父さんが墓荒らしに殺されたことと、今までの話って関係あるの?」


 一文ごとの疑問符は、ないも同然だ。

 ラニャの口から発せられた言葉は、馬車が快適に走れるほどに平坦だった。


「ねえ、メアリさん。私のお父さん、殺したの?」

「殺してないわ。あの医者の言うことは信用できない」

「ふうん。分かった信じる。髪の毛や血から砒素が分かるし、赤ちゃんはお墓にいたはずだけど、信じる」


 しかしラニャは、急にぶるぶると震え出すと自分の髪をひっつかみ、「出て行って!」と叫んだ。


「ラニャ、落ちつけよ! おれたち、ちゃんとやってけるって!」

「うるさい! コートンの言うことなんて信じない! 誰も死んでないの! メアリさんは殺してない! クレイミーお姉さまは、殺そうとしてない!」


 ぼろ小屋を震わせる大絶叫ののち、少女は気を失ってその場に倒れた。


「ラニャ! ……クソ! ちょっとづつ話すはずだったのに。でも、罪は隠さずに全部話さなきゃダメなんだよ。そうじゃないと、いつかばらばらになっちゃうんだ。母さんみたいに繰り返すなんて、ごめんだよ……!」


 少年はこちらを振り返った。


「おれ、母さんが何をやってても母さんの息子だから。それと、ラニャは本当のことを知らなきゃいけないと思う。だから、待ってて!」


 彼は弾かれたように部屋を飛び出した。

 追おうとするも、開け放たれた玄関の向こうの背中はすでに小さい。


 わたしは少年の背と、倒れた少女と、それから自分の肉体を見比べた。


 いつの間にか、外では雨が降っていた。

 灰交じりの、戦場の矢のような酷い雨だった。


***

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