第一話 史上最年少の聖魔術師①
世界最大の国、サルエレム。建国されたのは現在から遡る事100年。当時の人々は日常的に魔法を使用して生活していたと言われている。
しかし、建国から20年ほど経過したある日、何者かが魔法を使用し、国民の大虐殺を行うという悲惨な事件が発生。
これを重く見た当時のサルエレム国王が魔法使用の一切を禁じた。
それから、各国の国王達も軒並みに魔法を禁止し、事件発生から1年後、世界魔法禁止協定が制定され、『エイナー』と呼ばれる世界同盟が設立した。
現在のエイナー加盟国は世界の半数に及び、ほとんどの国民が魔法の使用を禁止されている。
ーーーーーーー彼らを除いてはーーーーーーー
ここは王都メンドラから離れた場所に位置する小さな町マッソーリ。この町の酒場で白衣のマントを羽織った青年が食事をしていた。
「ブリッツさんも人使いが荒いっての..大体なんでこんな田舎町に来なきゃいけないんだぁ?」
青年がぶつぶつと言いながら食事をしていると、他のテーブルで食事中だった男たちのコソコソ話が耳に入った。
「次はよろず屋のルイさんとこの娘が攫われたらしいぞ?」
「またか? これで何度目だ? 町の娘が攫われるのは..やっぱり魔物の仕業だろうか..?」
会話を聞いた青年が割って入る。
「ねえ、その話詳しく聞かせてよ」
「あ..ああ」
男は戸惑いながらも青年に話を始めた。
「数ヶ月くらい前からだろうか..この町の娘が軒並みに行方不明になる事件が跡をたたないのさ..知り合いの目撃情報によれば獣のような形相に二足歩行の化け物を見たとか..」
男の言葉に青年はボソッと。
「獣..二足歩行..オークか..」
「オーク..?」
「人型の魔物だ。獰猛で強欲..腕力は人間の数十倍で、対峙したら命は無いね」
「あんたやけに詳しいじゃねえかよ。この町じゃ見ない顔だし旅人か?」
男が聞くと、青年は微笑を浮かべて答える。
「しがない王都の兵士さ。ちょっと人探しをしててね」
「王都の兵士なのかい! こんなど田舎に来るとは相当な要人を探してるのか?」
「単なる幼なじみさ」
青年が言うと、男達は困惑した表情で首を傾げる。そして何かを閃いたように突然。
「だったらよあんちゃん! 聖魔術師にでも頼んで魔物退治してくれよ! 聖魔術師ってのはうんと強いんだろ?」
男が言うと、青年は呆れたように答える。
「悪かったな俺じゃ心許なくて..」
言うと、男達は気まずそうに答える。
「いや..決して馬鹿にしたつもりじゃないんだが..兵士1人ではさすがに..」
男の言葉に青年は少しむすっとして。
「つーかそもそも魔物退治ごときじゃ聖魔術師は動かないよ。聖魔術師ってのは国家直属の特務執行人だ。国を脅かすレベルの事件じゃなきゃまず表に顔を出したりしないよ」
「そ..そんな..」
そう言って青年が席を立つと、エプロンを着た若い女が青年の肩を叩いた。
「ちょっとお客さん..お会計」
「あ、ああ! もちろん払うよ! いくらだっけ?」
「モーニングセット一人前で一万ゼニ」
「おけおけ! 一万ゼニね....って..ん? 一万ゼニ?!」
あまりに高い値段に青年は目を見開いて女を見つめる。すると女は剣幕な表情で青年を睨みつけ。
「何か問題でも? こっちも商売なんだから文句は受け付けないよ」
「いやいや..どう考えてもおかしいだろ? ぼったくりもいいとこだ!」
「何よ? うちの店にいちゃもんつけるつもり?」
「つけるに決まってんだろ! ぼったくりバーじゃねえんだぞ!」
「訳わかんない事言ってんじゃないわよ!」
そう言い合って睨み合う2人の間に先刻の男が割って入る。
「おいおいそれくらいにしとけリサ..気持ちは分かるけどこの兄ちゃんは暇じゃないんだ。この町の事情も知らないんだから..」
「町の事情..?」
青年が聞き返すと、男は小さくため息をついて。
「魔物の噂が立ってから誰もこの町に寄り付かなくなったのさ..お陰で経済は右肩下がり..生活してくのでみんな精一杯なのさ..しかもその上に若い娘がぞろぞろと行方不明になってよ..もう踏んだり蹴ったりだよ..」
「そういうことか..」
すると、女が青年を睨んで。
「大体あんた王都の兵士でしょ? どうせ私と違って生まれも育ちも良いとこの坊ちゃんなんだからそれくらい払ってよ」
「偏見にも程があるっての..人の苦労も知らねえくせに..」
青年が呟くと、女は下を俯きながら言う。
「しょうがないじゃん..これくらいしないと生活していけないんだ..魔物さえいなければ..こんな思いしなくて良かった..私の親友だって..いなくなったりしなかった..」
女の言葉に青年は大きくため息をついて。
「払えばいいんだろ? その代わりもう少し待ってくれ」
青年はそう言って客の男と一緒に酒場を出た。
「ここが魔物の目撃情報があった場所だ。何やら怪しい人影もあったって話だけど、多分それも魔物の見間違いだろうな」
「分かった、おっさんは帰っていいよ。ありがと」
男がその場を立ち去っていくと、青年は地面に手をつきはじめる。そして何かを感じるように目を閉じ呟く。
「微かに残魔を感じる..しかもこれは魔物によるものじゃない....待てよ..? そもそも何で今オークは若い娘ばかりを狙う..?」
青年は頭を抱え悩み込む。そして少し経って、小さく呟いた。
「そうか..! 分かったぞ..! ったく..ブリッツさんも人が悪すぎるっての」
そして笑みをこぼした青年は再び歩き始めた。
「リサ、買い出しに行ってきてくれないか? 父さんは準備で手が離せないんだ」
「えー..分かった」
青年が動き始める中、先刻青年が訪れていた酒場の店主の娘であるリサは買い出しの為に外出していた。
「ジョガイモにタロットにお肉..メモしとけば良かったなぁ..」
そう呟きながら歩いていると、前方から妙な唸り声が聞こえてくる。リサは恐る恐る唸り声のする方を見て、思わず持っていた手提げ袋を落とした。
「で..出た..魔物..!!」
恐ろしい形相で睨む魔物に、リサは恐怖のあまり言葉を失いその場から動けなくなる。すると魔物は雄叫びを上げてリサを拘束する。リサも抵抗するが、大の大人が数人がかりになっても勝てそうにない力に圧倒されそのまま担ぎ上げられる。
「離して..!! 離してってば..! ゔっ..!」
その時、魔物がリサの首裏を軽くド突く。衝撃で気を失ったリサはそのまま魔物に担がれ何処かへ連れて行かれてしまった。
「....んっ..ここは..?」
そしてリサは廃れた倉庫のような所で目を覚ます。首裏の痛みを堪えながらも状況を把握する為に辺りを見回した。
すると、黒いフードを被った男が目の前に現れる。
「目を覚ましたみたいだね..君のようなハリのある若い娘に目が無くてね? どうしてもコレクションにしたくて仕方ない衝動に駆られるのさ..」
長身で細身の男は、口元に無精髭を生やして不気味に笑いかける。背筋がゾッとしたリサは震えた声で。
「あんたが町のみんなを..」
「そうとも! 何か問題かな?」
「大問題よ..この変態! 何で人間が魔物とつるんでるんだ..!」
聞くと、男は懐から杖を取り出してリサに見せた。
「何でって、野生の魔物じゃないからねぇ..こいつらは俺の下僕みたいなものだからさ」
「意味が分からない事言わないで..みんなはどこにいるの? もしかして殺した訳じゃないでしょうね..?」
「その答えはこれから分かるよ?」
男はそう言って不気味に笑みをこぼすと、杖をリサに向け構えた。
「拘束魔法..ロープ!」
男が唱えると、杖から縄のようなものがリサ目掛けて飛び出す。
「魔法..?! それは使っちゃいけないはず..!」
その時、なす術無くその場で立ちすくむリサの前に、オーラで出来た壁のようなものが表れる。リサ目掛けて飛び出した縄はその壁によって弾かれ、状況に理解できず戸惑うリサの背後で声がする。
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