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「コウキ、もう少し付き合う人間考えなよ。隠してるつもりだけど分かるよ。こいつ変異体じゃん」
ステラはボリボリと頭を掻きながらダッチに顔を向ける。
「おまけにこいつまでいるし。あんたって女の子の為に立ち上がるような性格だったっけ? 便利な能力持ってるから生かしといてやったけど失敗だったな」
「……何だと手前っ!」
激高したダッチがステラにつかみかかる。
「やめなさい、ダッチ! 彼女は危険です!」
アミィが叫ぶも遅かった。ステラは一瞬で間合いを詰めるとダッチの両手首をつかんだ。腕の動きを封じられたダッチはステラの腹部目掛けて蹴りを放つ。しかし足を上げた瞬間を見計らって軸足を払われた。ダッチはバランスを崩し、その場に跪く。
「あんたの能力って発熱するの掌だけだったよね?」
ステラがニヤリと笑みを浮かべる。その瞬間、ダッチが悲鳴を上げた。肉の焼ける音と共に辺りに焦げた臭いが充満した。
ダッチが崩れ落ちる。コウキは我が目を疑った。倒れたダッチの手首から先が無くなっていたのだ。
「はい、これであんたはもう無能力者ね」
ステラがダッチに向かって何かを放る。それはダッチの切断された手だった。傷口が黒く変色していることから熱で焼き切られたことが想像できる。
さらにトドメとばかりにステラはダッチの顔に掌を押し当てた。短い悲鳴と共に、ダッチの顔が一瞬にして消し炭と化した。
「坊や、下がってな!」
ジゼラがボウガンを放ち、それと同時に駆け出した。ステラは放たれた矢を紙一重でかわし、向かってくるジゼラに視線を向ける。
「向かってくるってことは肉弾戦に自信ありってことか」
ステラが呟く。ジゼラはボウガンを放り、ステラに向かって渾身の拳を放った。
だがジゼラの拳はあっさりと片手で受け止められた。
「なにっ!?」
驚きの声を上げるジゼラ。その反応に満足するようにステラはにっこりと笑い――その口が一気に耳まで裂けて開かれた。
突然のことに呆然とするジゼラ。その顔面にステラの拳が容赦なく叩きこまれた。ジゼラの体が一瞬宙を浮き、仰向けに倒れた。そこに追い打ちとばかりにステラの拳が再び顔面に叩き込まれる。
二度三度と拳が振り下ろされる。その度にジゼラの体がビクンと跳ねるが、やがてジゼラはピクリとも動かなくなった。
「…………」
コウキは呆然とした顔で目の前の光景を眺めていた。ジゼラの返り血を浴びたステラが笑みを浮かべてコウキを見据える。
「……まさか異能体なのか」
「せいかーい。さすがコウキ」
ステラは顔についた血を手で拭いながら言葉を続ける。
「私の能力はコピー。文字通り近くにいる変異体や異能体の変異をコピーする能力よ。私にピッタリな能力だと思わない? この能力って勝手に発動するから隠すの大変だったわ。覚えてる? 第五研究所で私が変異体に襲われてたの。あの時はやばかったわ。だってあの時、私の体が変異しかけてたもの」
いつの間にかステラの裂けた口が戻っていた。そしてステラの背後からは自動小銃を構えた警備兵が次々と駆け付けてきていた。
「さ、コウキ。もう逃げ場はないよ。そのガキをこっちに渡しなよ」
コウキはエマを強く抱きしめ、後ずさる。そして咄嗟に先程までいた部屋に駆け込んだ。その行動に、ステラは呆れたようにため息を吐く。
「コウキー、そっちは行き止まりよ」
そんなことは分かっていた。コウキは部屋に入ると体で扉を抑えながらうずくまった。
「……エマ起きてくれ」
コウキはそう呟き、エマの顔をそっと撫でる。エマの意識はまだ戻っていない。だが顔色は最初に見た時よりも良くなっていた。
扉がコン、コン、とノックされる。
「コウキー、怒らないから早く出てきて。私をあまり困らせないでちょうだい」
扉のすぐ裏からステラの声が聞こえてくる。コウキは自身に沸き上がる恐怖心を必死に抑えながら、何度もエマの名を呼んだ。
「エマ、起きてくれ……!」
背後から再びノックが聞こえる。
「エマ!」
コウキは絞り出すようにして言った。
「エマ、早く起きてくれ!」
「……コウキ?」
その時、エマの目がうっすらと開いた。
「エマ!」
コウキは思わずエマを強く抱きしめていた。エマは状況が分からず、しばし目を白黒させていたが、部屋とコウキの様子から自分に何が起きたのかを察したようだった。
「……コウキが助けてくれたんだね」
「僕だけじゃない。皆が助けてくれたんだ」
コウキはそう言って、一緒に旅をした仲間の事を思い出していた。コウキの目にうっすらと涙が浮かぶ。もう彼らは全員この世にいないのだ。
「……エマ、すぐで悪いけど頼みがあるんだ」
コウキはエマを真っ直ぐに見据え、静かに口を開いた。
「エマ、君は能力で時間を飛べるようになったんだろう?」
コウキの言葉にエマは躊躇いがちに頷く。
「えぇ、まだ数分前の過去にしか飛んだことがないけど――」
「その能力を使ってここから逃げるんだ」
コウキの言葉に、エマは驚きで目を見開く。
「何言ってるの? そんなこといきなり言われても無理よ。それにコウキはどうするの? 私の能力はまだ自分一人しか飛べないわ」
「僕は大丈夫。多分殺されることは無いと思う。どっちにしろ僕ら二人そろってここから逃げるのは無理だ。それならエマ、君一人だけでも――」
「またそうやって自分だけ危険を背負い込んで……。あなた初めて会った時に私に言ったじゃない! 自分を傷つけるなって! コウキはどうなのよ!」
「エマ。僕は別に自暴自棄になってるわけじゃないよ」
コウキはエマを真っ直ぐ見つめる。
「僕は逃げたくないだけなんだ。僕は一度、現実から目を背けて逃げたんだ。今でも後悔している。あの時、僕には何かやるべきことがあったんじゃないかって。もうこんな思いを二度としたくない。だから、エマ。君を安全なところへ逃がす。そして僕はここに残って――彼らに立ち向かうよ」
「……何一人だけかっこつけてんのよ」
エマは震える声で言った。だがエマも理解していた。この状況では二人共揃って脱出する方法は無いと。
「……分かったわ、コウキ」
エマが顔を上げる。目には涙が溜まっていた。
「時間を飛んでみるわ。でも――」
エマは涙を拭い、力強い目で好奇を見つめた。
「私も逃げない。GHUの連中の意向に従うのは癪だけど――過去に行ってこのふざけた未来を変えてみせるわ」
「エマ!」
「勿論、上手くいくかは分からないわ。上手くいったところで現在の時間軸がどうなってしまうかも分からない。上手くいった時間軸とは切り離されてしまうかもしれないし、消滅してしまうかもしれない。もう二度とあなたとは会えないかもしれない。それでもやり遂げてみせるわ。私の人生全てをかけて」
エマはそう言って、コウキにそっと抱き付き――唇を押し付けた。
「コウキ、もっと一緒にいたかった」
「大丈夫だよ、エマ」
コウキは優しく微笑んだ。
「エマならきっと世界を救えるはずだ。そして世界が平和になったら――君に会いに行くよ。絶対に。約束する」
エマも微笑み、再び目に浮かんだ涙を拭った。
「えぇ、私もあなたに会いに行くわ。そしてもう二度と――あなたの傍を離れない」
エマは立ち上がり、くるりと踵を返した。呼吸を整えながらゆっくりと部屋の中央へ移動する。
「それじゃあ行ってくるわね」
エマが呟く。コウキは無言のまま頷いた。
エマの体が光に包まれていく。そして一瞬強く光ったかと思うと、エマの姿が跡形も無く消滅した。
「…………」
部屋に沈黙が訪れる。コウキはエマが消えたあとを見つめた後、ゆっくりと立ち上がった。アミィを強く握りしめながら背後の扉を振り返る。
「僕も行ってくるよ」
深く深呼吸する。そして勢いよく扉を開け放った。




