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The Great Hope of the Universe  作者: 佐久謙一
第五章 始まりの場所
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5-7



 コウキは会議室のような場所に通されていた。目の前のテーブルにはノートとペン、そして大量の参考書が積み上げられていた。

「私のボーイフレンドとして恥ずかしくないように、コウキにはこれからいっぱい勉強してもらうわ」

 コウキの背後でステラが笑顔で言った。

「とりあえずこれ全部暗記ね。分からないことがあったら何でも聞いて」

 手足の拘束は解かれていた。コウキは手首をさすりながら、参考書に目を向ける。主に細菌や遺伝子に関するものが大半を占め、どれも非常に分厚かった。

 コウキは適当に一冊取って中身に目を通してみる。たった一ページだけでも見慣れない専門用語が無数に飛び交い、コウキはめまいを起こしそうになった。

「……これを全部?」

「大丈夫よ。私でも一週間で覚えられたから」

 ステラの言葉に、コウキはますます頭が痛くなった。

 その時、けたたましい警報音が鳴り響いた。

「ちっ、うるさいわね」

 ステラが舌打ちをしながら部屋を出ていく。そして少し経った後に部屋に戻ってきたステラは両手を合わせ、申し訳なさそうに謝った。

「ごめん、コウキ。何かトラブルがあったみたい。ちょっと自習してて。片付けたらすぐ戻るから」

 コウキが返事をする間もなく、ステラは部屋を後にした。一人残されたコウキは、しばし無言のまま部屋の扉を見つめていた。そして意を決したように息を吐くと、立ち上がって扉に手をかける。鍵は掛かっていなかった。

 廊下に出たコウキは、前後を何度も確認しながら通路を進んでいく。エマのいた実験室からこの勉強部屋までの道は完全に覚えていた。

 コウキはそっと腰に手を当てる。アミィを奪われ、今は完全に丸腰の状態だ。不安が無いと言えば嘘になる。だが崩れ落ちるエマの姿が脳裏から離れず、それがコウキの勇気を奮い立たせていた。

 小走りで廊下を駆ける。今のところ人の姿は見えない。しかし曲がり角にさしかかったところで、ふいに誰かと体がぶつかった。コウキはたまらずその場で尻餅をつく。

 しまった、とコウキは身構える。だが、ぶつかった相手が薄汚れたスーツを着ていることに気付き、別の驚きで目を丸くした。

「痛えなっ! 何走り回ってんだ、ガキ!」

「ダッチさん! 生きてたんですか!?」

 コウキは思わず叫んだ。ダッチは驚いた顔でコウキの顔を見返す。

「あ? 何言ってんだ? 何で俺が死ななきゃいけねえんだよ?」

「今までどこに?」

「カフェで寝てたんだよ。そしたら警報がビービー鳴ってうるさいから起きてきたんだ。一体何があったんだ?」

「そ、それは――」

 言いかけたところで背後から迫る足音に気付き、コウキは慌ててダッチの腕をつかんで、近くにあった部屋の中へ連れ込んだ。困惑するダッチに向かって必死の形相で口元で指を立てる。

 しばらくして、自動小銃で武装した警備兵が廊下を通り過ぎていくのが見えた。警備兵の姿が見えなくなったことを確認し、コウキは安堵の息を漏らす。

「……おい、何があった。お前、何やらかしたんだ?」

 コウキの様子から、ただならぬ状況であることを理解したダッチが尋ねてくる。コウキは説明しようと口を開きかけるが、嫌な考えが脳裏に浮かび、言葉を詰まらせる。

 ――彼は僕の言葉を信じてくれるだろうか。彼はGHU側に付いたりしないだろうか。

 視線をさまよわせ、考える。だが、いくら考えたところで答えなど出るものではない。

 コウキはネガティブな思考を振り払うように首を振った。そして意を決したように顔を上げると、現在の状況を説明しだした。

 マイクやジュンに起きたこと。ステラの正体。エマに行われている実験。説明を続けていくうちにダッチの顔が目に見えて険しくなっていく。そして説明を終えた時、ダッチは立ち眩みを起こしたようにふらふらとよろめいた。

「……ふざけんなよ。こんなところに来ても、俺は利用される側なのかよ」

 ダッチがぶつぶつと呟く。そして顔を上げ、コウキを睨みつけるようにして見据える。

「おいガキ。エマのところまで案内しな。急いで助けるぞ」

「えっ……」

 ダッチの言葉にコウキは思わず驚きの声を漏らす。

「一緒に来てくれるんですか?」

「あぁ。お前の武器に関してはどこにあるか分からねえから諦めるしかないな。エマを連れ出してここから逃げるので精一杯――」

 そこまで言ったところで、ダッチは眉をひそめてコウキを睨む。

「お前、何で意外そうに言いやがった?」

「えっ、いや……」

「まさか俺がGHU側に寝返るんじゃねえか、とか考えてたのか?」

 コウキは視線をさまよわせ、小さく頷く。その瞬間、ダッチの拳がコウキの脳天に振り下ろされた。ゴッっと鈍い音が響く。

「手前、俺を何だと思ってんだ。ガキにふざけた実験をやるような連中に俺が付くわけねえだろ」

 頭頂部の痛みに耐えながら、エマが聞いたら怒りそうなセリフだな、とコウキは思った。

「それに数日とはいえ命がけの旅を一緒にした仲だ。見捨てられる訳がねえよ」

 そう言って、ダッチは鼻を鳴らした。コウキは初めてダッチを頼もしい存在に感じた。

 コウキとダッチは廊下を進んでいく。時折、警備兵の姿を見かけたが、研究所の広さに対して警備兵の数が少ないため、やり過ごすのは簡単だった。

 やがてエマの入れられている実験室が見えてきた。周囲に人影はない。

 コウキは実験室に入った。窓から見えるエマの部屋はガスが充満していて何も見えない。

「あのガスどうすんだ?」

「どこかにガスを排気するボタンがあるはずです」

 コウキはそう言って、研究員が操作していた辺りを調べる。目的のボタンはすぐに見つかった。ガスの噴射と排気はマーク付きで隣り合っていた。

 コウキは急いで排気のボタンを押す。その瞬間、部屋の扉が開かれた。

「貴様ら、そこで何をしている!」

 自動小銃を構えた警備兵が扉の先に立っていた。慌てて振り返り、周囲に視線を巡らせるが、身を隠せそうな場所はない。

「今すぐ跪いて両手を頭の後ろで組め! 警告は一度きりだ!」

 警備兵が叫ぶ。コウキとダッチは苦い表情で互いの顔を見る。

 だが二人が跪く前に警備兵は前のめりに倒れた。その背中には矢が突き立てられていた。

 コウキは唖然とした表情で警備兵を眺める。そして続けて部屋に入ってきた人物に、驚きで目を見開いた。

「ジゼラさん!?」

「やぁ、坊や。また間一髪だったねぇ」

 ジゼラは肩をすくめながら言った。

「そしてボールちゃんの予想は大当たり。やっぱり王子様はお姫様の元に向かうものなんだねぇ」

 そう言って、胸ポケットからアミィを取り出し、コウキに放った。アミィを受け取ったコウキは泣きそうな表情でアミィを見つめる。

「……あぁ、良かった、アミィ」

「コウキ、無事で何よりです」

 アミィの声は慈愛に満ちていた。

「おい、ガキ! ガスの排気が終わったみたいだぞ!」

 ダッチが後ろで叫ぶ。そして掌を窓ガラスに押し当てた。その瞬間、まるでアメ細工のように窓がでろりと溶けた。ダッチが能力を使ったのだ。

「急いで連れ出せ! 早くここから逃げるぞ!」

 コウキは頷き、窓を乗り越えた。そして床に倒れているエマに急いで駆け寄り、その身体を優しく抱き抱えた。

「エマ……」

 エマは生きているのか死んでいるのか分からないほどぐったりとしていた。だが抱えたエマの体はまだほんのりと温かかった。

「彼女は無事です。さぁ早く行きましょう、コウキ」

 アミィがそっと呟く。コウキは頷いて、立ち上がった。ジゼラとダッチが扉から外に出ていきコウキもその後に続く。

「コウキー」

 外に出た瞬間、名前を呼ばれた。その聞き覚えのある声にコウキの足がすくむ。

 顔を上げるとジゼラとダッチが呆然と立ち尽くしていた。そしてその視線の先にはステラが腕を組んで仁王立ちしていた。

「コウキー、何やってんの? 勉強は終わった?」

「ステラさ……」

 コウキは自分の体が震えているのを感じた。

「コウキー? 遺伝にまつわる因子を最初に見つけたのはだーれだ? 分からない? 全然出来てないじゃん」

 ステラはため息を吐きながらこちらに近付いてくる。怯えるコウキの姿を見て、ジゼラはボウガンをステラに向けた。

「大人しくそこをどきな。私らはここを出ていくよ」

「あんた名前なんだっけ? ていうか侵入者ってあんただったのね」

 ステラは足を止め、ジゼラを睨みつける。

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