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The Great Hope of the Universe  作者: 佐久謙一
第五章 始まりの場所
32/38

5-6



 その部屋は足の踏み場もないほどに、たくさんの機械で溢れていた。壁には隙間なくモニターが並べられ、そこからケーブルが部屋中に伸びている。床はほとんどケーブルで埋め尽くされており、まるで蛇の巣穴を覗き込んだような気分にさせれる。部屋中央には真四角の机が置かれており、机の上にはアルミトレイが設置されていた。

「……あなた達は何を企んでいるのですか?」

 アルミトレイに置かれたアミィが唸るようにして言った。アミィの周りには無数の機材が置かれており、そこから測定用のレーザーがアミィに浴びせられていた。

「企む? それはこっちの台詞だよ、アミィくん」

 部屋の窓から外を眺めていたメルヒオールは、ゆっくりと振り向きながら言った。

「報告によると君はこう自称しているようだね。GHUにより開発された兵器だと。私は長年GHUに在籍しているが、君を見たのは今日が初めてだよ。教えてくれないか? 一体、どこの、誰が、君を開発したというのかね?」

 アミィはしばしの間沈黙する。やがてきっぱりとした口調で言った。

「あなたには私の情報にアクセスする権限がありません」

「私が? 私はここの主任研究員だぞ?」

 その時、部屋の扉が開かれる。メルヒオールがそちらに顔を向けると、ケイリーが部屋に入ってくるところだった。

「メルヒオール、何か分かったか?」

 ケイリーの言葉に、メルヒオールは肩をすくめて、モニターを指差した。そこにはアミィの調査結果が表示されていたが、ほとんどがエラーと表示されていた。

「見ての通りさっぱりだ。形状変化の原理は分からなくもない。特定の電気信号を制御すればいいだけだからな。だが、使われている素材が全く未知のものなのだ。さらに完璧な会話が可能な人工知能。正直私の手に余るよ」

「お前さんでも分からないものはあるんだな」

「一つ仮説は立てられるがね。それはエチスによって生み出された素材という可能性だ。そしてもしこの仮説が正しい場合、この武器を作成した人間はエチスの変異を有効活用する知識を持っているということになる。そんな人間がこの世に存在すると思うかね?」

「宇宙人の仕業かもしれないな」

 ケイリーがケラケラと笑い声をあげる。メルヒオールは不機嫌そうに顔をしかめた。

「そんなナンセンスなジョークはやめたまえ。ただでさえエチスによって世界の常識は根底から破壊しつくされたのだ。このうえ地球外生命体まで現れたら私は自殺するぞ」

「そいつは是非見てみたいね。しかし、あの少年は本当に何も知らないのか?」

「コウキくんのことかね? ステラくんが自分の部下にすると言って連れていった」

 ケイリーが頷きながら神妙な顔つきをする。

「おかしいと思わないか?」

「何の話だ?」

「ステラの事だよ」

 ケイリーの目が細められる。

「はっきり言おう。ステラのあの少年に対する執着は異常だ。彼女は完全に冷静さを失っていると言える。ただでさえ強い権力を持ってる彼女が暴走してしまえば誰も止められなくなるぞ」

「考えすぎではないかね? 単にああいったタイプの少年が好きなだけだろう。恋は盲目というやつだ。時間が経てば落ち着くさ」

「私はあの少年は始末した方が良いと思う。早急にな。彼は間違いなくこの研究所に災いを招き寄せるぞ」

「やれやれ、根拠はあるのかね」

 メルヒオールは呆れたように首を振った。

「まぁ、別に止めはしないがね。今のステラくんはちょっとキレ気味だ。これを完全にキレさせることになっても私は知らんよ」

「――そんなことはさせませんよ」

 会話を遮るようにアミィが言った。メルヒオールがアミィに向き直る。

「君がどうにかするとでも言うのかね?」

「いますぐにステラを説得して彼から手を引きなさい。さもないと容赦しませんよ」

 アミィの言葉は怒りに満ちていた。メルヒオールは肩を揺らして笑う。

「ほう、これは興味深い。良かったら見せてくれないか? 君に一体何が出来る?」

「実行するのは私ではありません」

 そう言うなり、アミィが強く発光した。鋭い閃光が部屋を駆け巡り、メルヒオールとケイリーは一瞬視界を奪われる。

「さぁ、今です」

 アミィがそう言った瞬間、ガラスの割れる音と共に、ケイリーのくぐもった悲鳴が響いた。メルヒオールは慌てて振り返ろうとするが、その首根っこを大きな手がつかんだ。

 メルヒオールは自分に何が起きたのか一瞬理解できなかった。突然体が宙に浮いたかと思うと天井が目の前まで迫っており、そのまま顔に叩きつけられた。そして天井が離れていったかと思うと、今度は背中に激痛が走る。そこでようやく自分が放り投げられたのだと分かった。

 視界の隅でケイリーが見える。その腕には矢が突き立てられており、ケイリーは荒い呼吸をしながらうずくまっていた。

「すまないねぇ。年寄りをいじめる趣味はないんだけどねぇ」

 ガラスを踏みしめる音が響く。メルヒオールがそちらに顔を向けると、見知らぬ人物がそこに立っていた。窓ガラスが割れており、どうやらそこから侵入してきたようだった。

「……な、何者だ貴様……」

 メルヒオールは絞り出すようにして言った。侵入者は足を止め、ボウガンに次弾を装填している。

「私かい? 私はジゼラって者だ。一応ここに来た生存者グループの知り合いって奴かねぇ」

「な、なに? まだ仲間がいたのか? そんな報告受けていないぞ!」

 ジゼラの言葉にメルヒオールを唖然とした表情で呟いた。

「あなたの姿を見かけたときは私も驚きましたよ。随分と都合よく現れたものですね」

 アミィが感心したように言った。その言葉を受け、ジゼラは肩をすくめる。

「坊やの事が心配でね。ちゃんと目的地に辿り着いたのか確かめに来たのさ。そしたら坊やが拘束されているのが見えてね。それで侵入できそうな場所を探してたのさ」

 そう言って、ジゼラはメルヒオールに歩み寄り、ボウガンを構えた。

「まぁ、なんでもいいさ。どうやらここは安住の地じゃなかったみたいだしねぇ。さぁ、死にたくなかったらコウキのところまで案内しな」

「わ、分かった。乱暴はやめてくれ……」

 メルヒオールは体の痛みに耐えながら、ゆっくりと上体を起こした。深呼吸を繰り返し、息を整えていく。

「何ちんたらやってんだい。引きずられる方が好みかい?」

 モタモタと行動するメルヒオールに耐えかねてジゼラが腕を伸ばす。その瞬間、メルヒオールは顔に不気味な笑みを浮かべた。

「動くな! 間抜けめ!」

 メルヒオールが叫んだ瞬間、ジゼラの動きがピタリと止まった。微動だにしないジゼラを見て、メルヒオールはますます笑みを大きくする。

 メルヒオールは机に手をかけ、よろよろと立ち上がった。そしてアミィに顔を向け、声を上げて笑う。

「ククク、これが君の隠し玉かね? 確かに少々驚かされたが、相手が悪かったね。どんな兵士であろうと私の能力の前では無力――」

「ジゼラ、氷の中に閉じ込められた自分をイメージしなさい。あなたの人並外れた怪力でその氷をぶち破るのです」

 メルヒオールを無視して、アミィは淡々と言葉を続ける。

「彼の能力は通称ネイバーズウォール。半径十メートル以内の空気を固める能力です。拘束、防御、移動手段にと様々な応用の効く能力です。ただし固体化された空気の硬度はそれほど高くありません。アスファルトを素手で砕くあなたなら、拘束を解くのは容易なはずです」

「何っ!? 貴様、何故私の能力を!?」

 メルヒオールが驚きで目を見開くのと同時に、背後から何かが砕ける音が響いた。振り返った時には既にジゼラの巨大な手が首に巻き付き、悲鳴を上げる間も無く壁に叩きつけられた。

 ジゼラの口元がマスクごと大きく開かれる。荒々しい息と共に、ナイフのような牙が覗き、メルヒオールの顔が恐怖で歪んだ。

「ひっ、ひいぃ、化物!」

「……傷付くこと言うねぇ。坊やは私を人間だと言ってくれたよ?」

 ジゼラはさらに力を込めてメルヒオールを締め上げる。メルヒオールは顔を真っ赤に染め、じたばたともがく。

「ま、待て、殺さないでくれ! 私を殺せばワクチンの開発が――」

「問題ありません。研究データは全てサーバーに保存されており、あなたがいなくてもすぐに研究の再開が出来るようになっています」

 アミィは淡々と告げた。メルヒオールは歯を食いしばりながらアミィを睨みつける。

「い、一体……一体何なんだ貴様は……!?」

「メルヒオール」

 アミィはまるでため息を吐くかのように、ふうっと呟く。

「あなたには失望しましたよ。私はあなたの積極性、そして忠誠心の高さを評価していたというのに」

「……何だと?」

「ジゼラ、彼の処分に手を貸してもらえませんか? 彼の能力は非常に危険です。このまま生かしておくのは良い判断とはいえません」

「……まさか……そんな馬鹿な……あなたはまさか……」

 メルヒオールの声は震えていた。

「ち、違う! 助けてくれ! 私はあなたを裏切ってなどいない! 悪いのはあの――」

「ジゼラ、殺しなさい」

 ゴキっと鈍い音が鳴り、メルヒオールの言葉は中断された。ジゼラが手を離すと、メルヒオールはまるで糸の切れた人形の様に、その場に崩れ落ちた。

「……何か言おうとしてたけど、殺してよかったのかい?」

 ジゼラがアミィを振り返る。

「構いませんよ。どうせ大したことは言っていません」

「……そうかい」

 ジゼラはそう言って、小さくため息を吐いた。

 その時、けたたましく警報が鳴りだした。ジゼラが首を動かして部屋の入口に向けると、ケイリーの姿が消えていた。

「そういえばもう一人いたねぇ。忘れていたよ。あいつも何かの能力者かい?」

 ジゼラが尋ねるとアミィは淡々と答えた。

「いいえ、彼女は異能体ではありません。分類としては変異体。あなたと同類です」

「あまり変異しているようには見えなかったけど?」

「彼女がワクチンの試作品を摂取しているからです。いわば彼女もまた被験者なのですよ。体や臓器の一部分が変異を起こしていますが、見た目や思考、運動能力はほぼ人間と同一。警備や研究職員も全員ワクチンを接種した変異体です」

「……随分と詳しいんだねぇ」

 ジゼラがアミィに顔を向ける。

「何か問題でも?」

「まぁ、いいさ。秘密は女の特権さ」

 そう言ってジゼラはアミィを指先で小突いた。

「それで私はあんたに触っても大丈夫なのかい? 私の手を切り刻んだりはしないのかい?」

「……くだらないことをやっていないで早く私を運びなさい。急いでコウキを探すのです」

「はいはい。相変わらず口の減らないボールちゃんだ」

 ジゼラはそう言って、アミィを胸ポケットにしまった。



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