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The Great Hope of the Universe  作者: 佐久謙一
第五章 始まりの場所
30/38

5-4

「そしてステラはどうやら向こう側の人間らしいな。ひとまず部屋に戻って皆と合流、そしてどこかで軟禁されているというエマを探さなければ」

「この研究所から逃げるの?」

「あぁ、その方が賢明だろう。どうやらGHUは我々の味方という訳では――」

「盗み聞きは感心しないわね」

 マイクの言葉を遮るように、扉の奥から声が掛けられた。マイクが慌てて振り返ると、扉が開き、笑みを浮かべたステラが姿を現した。

「おや、君達、まだ起きていたのかね」

 ステラの背後からメルヒオールが穏やかに声を掛けてくる。ステラは鼻を鳴らしながら、肩越しにメルヒオールを振り返る。

「あらら、秘密の会話聞かれちゃった」

「……ステラくん、さては最初から彼らに気付いていたね?」

「あんたが耄碌してるだけよ。でもこれで、彼らを見過ごす理由が無くなったわね」

 ステラはケラケラと笑いながらマイクに向き直る。そして持っていたシャンパンの瓶を高々と掲げた。

「かんぱーい」

「……何の真似だ」

 マイクが戸惑った顔をステラに向ける。ステラはシャンパンの瓶を一気にあおると荒々しく息を吐いた。

「旅の終わりを祝ってんのよ」

「祝う?」

「あんたらとはこれでお別れだからねぇ」

 ステラの目に鋭い光が宿る。その瞬間、マイクの背中に冷たい物が走った。

「ジュン! 急いで皆のところへ!」

 マイクはそう叫ぶなり、ステラに向かって突進した。ステラが意外そうな顔でマイクを見る。

「へぇ、逃げないんだ?」

 マイクの両腕がステラに伸びる。ステラはぐるりと軸をずらしながら回転し、それをかわす。そしてすれ違いざまに、マイクの首筋に肘を叩き込んだ。

「がっ!!」

 さらに間髪入れずに腹部に膝を叩き込む。そしてトドメとばかりにシャンパンの瓶をマイクの頭部に叩きつけた。マイクは胃液をまき散らしながらその場に崩れ落ちた。

「ざっこ」

 ステラが吐き捨てるようにして言った。マイクは痛みにのた打ち回りながら、ジュンの様子を見るため背後に視線を向ける。

 マイクは驚きで目を丸くする。後ろにいたジュンは青ざめた顔で呆然と立ち尽くしていたからだ。

「そうそう、良い子だ。動いちゃいけないよ」

 メルヒオールのしわがれた声が響く。マイクは歯を食いしばりながらメルヒオールを見上げた。

「……まさか、異能体か」

「その通りだよ。免疫保持者くん」

 メルヒオールがニタリと不気味な笑みを浮かべる。ジュンは微動だにせず、徐々に顔色が悪くなっていく。

 その時、ステラがメルヒオールの肩を軽く小突いた。

「ここでこいつを殺すのはダメよ、メルヒオール。ここで殺したら記憶を分身に持っていかれるわ」

「ほう、そうかい。厄介な能力だ」

 その呟きと共に、ジュンが崩れ落ちた。胸に手を当て、何度も荒い呼吸を繰り返している。その様子を見て、メルヒオールは大きくため息を吐いた。

「しかし困ったね。このまま殺さなくてもいずれ分身が帰ってこないことに疑問を持たれるだろう。となると分身も含めて全員片付ける必要があるが……そんな大人数が消えてしまっては誤魔化すことは不可能だろう。そうするともはや残りも全員始末する必要が――」

 そこまで言って、メルヒオールはステラをじろっと睨む。

「こういう絵図を書いていた訳かい。この年になってこんな小娘に良いように扱われるとは……」

「いいじゃない。手間が省けて」

 ステラは肩をすくめながらマイクを見下ろす。そして腹部に蹴りを思いっきり叩き込んだ。マイクの体がくの字に折れ曲がり、声にならない悲鳴が漏れる。

「あぁ、気持ちいい。ずっとあんたをこうしたかったわ」

「……ステラくん。くれぐれも丁重に頼むよ。彼は被験者の中でもかなり貴重なんだからね」

「はいはい。あとはお好きにどうぞ。私はケイリー呼んで残りを片付けてくるわ」

 そう言って、ステラは肩をすくめながら廊下を歩いていった。メルヒオールはやれやれと呟きながら首を振ると、マイクの傍に屈みこんだ。

「さて、すまなかったねマイクくん。実験対象はもっと丁寧に扱うよう何度も注意してるのだが、やはりまだまだ若い。優秀ではあるのだがねぇ。さて――」

 メルヒオールがマイクの顔を覗き込んでくる。その顔はまるで子供のように無邪気で、好奇心に満ち溢れていた。

「おや、不安かね? 大丈夫。約束しよう。君の細胞は一片たりとも無駄にしない。君の肉体はワクチン開発――しいては世界の救済に大いに貢献するのだよ。胸を張りたまえ。世界の希望の礎となれるのだ」

 メルヒオールは懐からペンのようなものを取り出す。薬品をセットしていることから、注射の類であることは想像できた。

 先端がマイクの首筋に打ち込まれる。何か液体がかかったような感覚と共に、じわじわと意識が遠のいていく。

「良い夢を、マイクくん」

 マイクは理解していた。

 もう二度と自分は目覚めることは無いのだろうと。



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