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The Great Hope of the Universe  作者: 佐久謙一
第一章 ハローワールド
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1-2



「――早く起きて」

 声が聞こえる。その声を認識した瞬間、深く沈んだ自分の意識がゆっくりと浮上しているように感じる。

「――コウキ、早く起きて」

 誰かが自分の名前を呼んでいる。コウキがゆっくりと目を開けると、自宅の天井が目に映った。寝ぼけた頭で周囲に視線を向ける。部屋は綺麗に整頓されていた。

 部屋の入り口に顔を向ける。そこには優しそうな笑みを浮かべた母親と、その脇からこちらを覗き込んでいる妹の姿があった。コウキの視線に気付いた妹はいたずらっぽい笑みを浮かべると、駆け足で廊下を走っていった。

「――コウキ、起きて」

 再び声が聞こえる。コウキは起き上がろうとするが、身体が重くて思うようにならなかった。

 母親が笑みを浮かべたまま廊下の奥へと消えていく。

「――コウキ」

 コウキは必死の形相で腕を持ち上げ、部屋の入り口に伸ばす。廊下の奥から家族の団欒の声が聞こえ、それが一層コウキを必死にさせた。

 家族の声が段々と遠ざかっていく。コウキは声にならない叫びをあげながら、必死に腕を伸ばした。

「――コウキ」

 周囲の風景が歪んでいく。

「――起きて」

 その瞬間、コウキははっとした顔で目を開けた。



 コウキが目を開くと、目の前には明かりの落ちた照明と無機質な白一色の天井が広がっていた。自分が起きていると認識し、貪るように大きく深呼吸をする。その瞬間、喉の奥に異物感を感じて大きく咳き込んだ。

「――やっと目を覚ましましたね。コウキ」

 声を掛けられ、コウキは身体を起こしながら周囲を見渡す。そこで初めて自分が手術室にあるような寝台に寝かせられていたことに気付いた。部屋は正方形に塗り固められたような作りで、妙に圧迫感を感じさせた。服は一切身に着けておらず裸だった。

「さぁ、私を手に取って」

 再び声を掛けられる。薄暗い室内からは人の気配を感じられず、コウキは不可解な表情を浮かべながら辺りに視線を向ける。やがて視線を落とし、傍らの台に置かれた物体に目を止める。

 そこには野球ボールほどの大きさの、球状の物体が置かれていた。その球体は透明で、中央部に小さなICチップのような物が埋め込まれている。コウキは子供の頃に遊んだスーパーボールを思い出していた。

「やっと私に気付きましたね。さぁ。私を手に取って」

 声の発信源がその球体であることに気付き、コウキは驚いた様子でそれを眺めた。

「……これは、スピーカーなのか?」

 コウキはそう呟きながら、恐る恐る球体に手を伸ばした。それはゴムボールほどの柔らかさで、思ったより温かかった。

「いいえ、私はスピーカーではありません。私はGHUにより開発されたモジュレートウェポン。特定の電気信号により内部に記憶された武具を形成する兵器。そして私はそれを制御する人工知能です」

 球体から発せられる音声に、コウキは困惑した表情を浮かべる。

「えっと……兵器? 君は何を言ってるの?」

「私はあなたの身の安全を守るために支給されました。携行しやすいようホルスターも支給されています。今後、私のことは肌身離さず持ち歩くようお願いします」

 コウキは球体が置かれていた台に視線を送る。そこには衣服と一緒に頑丈そうな造りの革製のベルトが置かれていた。球体を収められそうなケースも付いている。

「……その、あなたの言ってる意味が、僕にはよく分からないんだけど」

 コウキはそう言って、周囲を見渡す。そして部屋の出口らしき扉を見つけると、ゆっくりとした動きで寝台から降りた。

「とりあえず臨床試験は終わったの? それともまだやることが?」

 服の袖に手を通しながら尋ねる。

「えぇ、終わったと言えば終わりました。しかし、あなたにはやるべきことが残っています」

「やるべきこと?」

 球体をホルスターに収め、腰に取り付ける。球体からの音声は続く。

「まずあなたには他の生存者の発見、合流するタスクが与えられています。彼らがこの研究所から脱出したのが三か月前、第五研究所から通信を試みようとしたのが一か月前。現在地を衛星より取得。彼らは現在、第五研究所跡地に拠点を構えています」

「……え?」

「この研究所内には現在も多数の変異体が確認されています。また研究所周辺にコロニーが形成されている可能性もあります。早急にこのエリアからの退避をオススメします」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 コウキは慌てた様子で声を上げる。

「さっきから何を言ってるんだ? 何か月前だとか脱出だとか――臨床試験の副作用で僕の頭がおかしくなってしまったのか?」

「全てを説明しても良いですが……おそらく見た方が早いと思われます」

 その言葉と共に部屋の扉が音も無く開いた。突然のことにコウキは肩を震わせながら、開いた扉に目を向ける。扉から覗く廊下も部屋同様に薄暗く、その先に進むことを心のどこかで躊躇しているのを感じた。

 しばらくしてコウキは意を決したように息を吐くと、ゆっくりとした足取りで部屋の外へと向かった。

「廊下を右へ。しばらく進むとカフェテリアに出ます」

 球体の音声に従ってコウキは廊下を進んでいく。薄暗く、どこまでも続いていく廊下は、まるで巨大な生き物の内部のようにも感じられ、その生き物に自分がゆっくりと飲み込まれているかのような錯覚を覚えた。

「もうすぐです。大丈夫。この周辺は安全です」

 そんなコウキの心情を見透かすかのように、球体から励ましの言葉が発せられる。人工知能に気を使われている自分が可笑しく感じられ、コウキは自嘲気味に笑いながら球体をそっと撫でた。やがてカフェテリアの入口が見えてきた。

 そこは何も無いがらんとした空間だった。本来置いてあったであろう机や椅子がどこにも見当たらず、キッチンらしきエリアにも空となったショーケースが並んでいるだけだった。壁一面は全て窓になっているようで、それを大きな電動のブラインドが完全に覆っていた。

「今、ブラインドを開きます」

 球体の声と同時に、唸るような電子音が鳴り響き、窓の端からゆっくりとブラインドが動き出した。窓から漏れる光が徐々にカフェテリア全体を照らし出していく。

 コウキは無言のまま窓に歩み寄っていた。目の前のブラインドが開かれ、コウキの視界に外の景色が飛び込んでくる。

「これが――現在の状況です」

 コウキは目を見開き、口を半開きにしたままじっと外を見ている。

「現在は西暦二○七七年五月三日。あなたが実験体として研究所を訪れてから、およそ四十四年の歳月が流れています」

 コウキはその場に崩れ落ちそうになり、窓に両手をつきながら身体を必死に支えた。その口から声にならない声が漏れる。

「実験は成功しました。人類に免疫を持たせることには成功したのです。しかし――」

 遂にコウキは耐えきれなくなり、膝から崩れ落ちた。息が苦しくなり呼吸がどんどん荒くなっていく。

 そんなコウキに、球体は淡々と告げた。


「既に――手遅れでした。世界は終焉を迎えたのです」


 窓から広がる景色。

 そこには地獄の光景が広がっていた。

 まるで灰色の絵の具をぶちまけたかのように淀み切った空。地面全てを覆うほどの大量の白骨死体。崩壊し、外郭のみが残されたかつての高層ビル群。

 一目見た瞬間、否が応にも実感させた。かつて栄華を誇った人間の時代。その成れの果ての光景なのだと。



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