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The Great Hope of the Universe  作者: 佐久謙一
第五章 始まりの場所
29/38

5-3



 マイクは目をぱっと開き、上体を起こした。そして大きくため息を吐きながら時計を見る。時計は十二時過ぎを指していた。

 再び横になる。しばらくするとまた目を開き、上体を起こして時計を見る。何度この動作をやっただろう。しかしいくら時間が経っても眠気が微塵も沸いてこなかった。

 マイクは再びため息を吐きながら立ち上がった。部屋を出て、薄暗い廊下を進んでトイレへと向かう。トイレには先客がいたらしく明かりがついていた。

「あれ、マイクも眠れないの?」

 トイレから顔を出したのはジュンだった。マイクは微笑みを浮かべながら小さく頷く。

 トイレに入るとすぐ目の前に鏡と陶器の手洗いが二つ並んでいるのが見えた。マイクは鏡に映る自分を睨みつけながら蛇口をひねる。出てきた水道水で顔を洗い、大きくため息を吐く。

「節水しろって研究所の人言ってたよ?」

 マイクの隣で手を洗っているジュンが言った。マイクは小さく頷きながら蛇口を閉める。

「マイクまだ落ち込んでるの? そろそろいつものマイクに戻ってよ」

 ジュンがニコニコしながら言った。

「やっぱり僕達のグループはマイクが指揮を執ってくれないとさ」

「……俺はもう必要のない人間さ」

 マイクは深いため息を吐く。

「これからはGHUの人間が指揮を執るだろう。俺の役目は終わり。リーダーごっこはもうおしまいだ」

「そんなこと――」

「自分に酔いしれてたんだ。新たな肉体を得て、何でも出来ると自惚れていた。だが結局俺自身の本質は変わらなかった。仲間を置いて逃げ出す臆病者さ」

 マイクは表情を歪めて小さく唸る。そんなマイクの肩をジュンはぽんぽんと叩く。

「それじゃあ良いこと教えてあげるよ。怖かったり辛かったりするときはねぇ、こうやって笑うんだよ」

 そう言って、ジュンは自分の口角を上げてにこっと笑う。

「ただの現実逃避ってよく言われるけど、これが結構効くんだよ」

 マイクはぽかんとした顔でジュンを見つめる。やがてジュンに釣られるように笑みを浮かべた。

「……そういえば、お前はいつも明るいな」

「当然だよ。親に売られて、施設に売られて、行きついた先がこんな世界。もう笑うしかないでしょ」

「確かにな」

「不幸自慢なら誰にも負けないよ~」

 ジュンとマイクは互いに顔を向けて笑い合った。ひとしきり笑った後、マイクは再び鏡に映る自分を見つめた。

「すまないな、ジュン。心配をかけて」

 そう言って、再び蛇口をひねり顔を洗った。

 鏡を見る。もう先程までの暗い表情は消えていた。

「コウキくんにも明日謝らないとな」

「うん。コウキくんも心配してたからねぇ」

 マイクとジュンは並んでトイレから出た。彼らが出ると同時に、ふっとトイレの明かりが消えた。

「そういえばダッチがカフェで飲んでるみたいだけど、眠れないなら行ってきたら?」

 薄暗い廊下を進みながらジュンが言った。マイクは呆れたように首を振る。

「神経の図太い奴だな。来て早々に酒をたかるとは」

「第五研究所でも毎日飲んでたからねぇ」

「それがあいつなりの不安解消法なのかもな――ん、あれは?」

 マイクがふと足を止め、怪訝な顔を廊下の先に向ける。進んだ先には突き当りがあるのだが、ちょうどそこをふらふらとした足取りでステラが横切っていった。手にはシャンパンの瓶とグラスを持っている。

「……あいつも飲んでるのか? 随分酔っているようだが大丈夫かあいつ?」

「ステラが酒に酔うって珍しいねぇ」

「手を貸した方が良いかもしれんな」

 そう言って、マイクが小走りで突き当りに向かう。

「おや、ステラくん。ご機嫌だね」

 その時、曲がり角から聞こえてきた声に、マイクは足を止めた。

「シャンパンかい? 私に持ってきてくれたのかな?」

「は? そんなわけないでしょ。ていうかどっちかって言うと機嫌悪いし」

 マイクはジュンを振り返り、自分の口元で指を一本立てる。ジュンが怪訝な顔をマイクに向けると、マイクは廊下の先を顎で指し示した。

 マイクがそっと廊下の奥をうかがう。そこにはステラと会話するメルヒオールの姿があった。

「やれやれ、少しは年寄りを労わったらどうなのかね」

「労わるに値する人間なら、存分に労わってあげるわよ。ていうかちょっといい? 話したいことあるんだけど」

「ん? あぁ、いいとも。そちらの部屋に入ろうか」

 奇妙な組み合わせの二人に、マイクは怪訝な顔を浮かべる。

「ステラ、いつの間に研究所の人とあんなに親しくなったんだろ?」

 マイクの後ろでジュンがそっと呟く。ステラとメルヒオールの二人は近くにあった部屋へと入っていった。マイクとジュンは足音を立てないよう注意しながら、そっと入口に近付く。

「――それで、あのガキんちょの能力は使い物になりそうなの?」

 ステラの声が聞こえてくる。マイクは息を殺して会話に耳を澄ませる。

「あぁ、あの子かね。あれは素晴らしい発見だよ、ステラくん。時間に干渉する異能体なんて初めて見たからね。おまけにあれは天然物の異能体だというじゃないか」

「ふ~ん、それは良かった。言うこと聞きそう?」

「今のところは素直だよ。さすが天才少女と言われた子だ。自分の能力の重要性をちゃんと理解している」

 マイクは眉をひそめる。おそらく彼らはエマの事を話しているのだ。

「いくつかテストしてみたが、どうやら彼女は自分以外の物質への時間干渉は苦手なようだ。訓練次第では出来るかもしれないが、現状はその兆候すら見えない。まぁ、それはさほど問題ではない。重要なのは彼女がタイムトラベルが出来るという点だ」

 メルヒオールの声が興奮の混じった物になる。

「一つ実験を行った。彼女の目の前でコップを落とす。そしてこう言った。過去に飛んでそれを阻止してくれとな」

「上手くいったの?」

 メルヒオールの笑い声が響く。

「忘れもしないよ。五十三回目の試行回数の後、不思議なことが起こった。彼女が二人に増えたんだよ。そしてコップを落とそうとした研究員の腕をつかんだんだ」

「どういうこと?」

「彼女がタイムトラベルを行ったという事だ。その後、最初からいた方は何かを理解したかのように頷くと、光に包まれて消えてしまった。おそらく数秒過去に飛んでコップの落下を阻止しに行ったのだろう。これが何を意味するか分かるかね? 過去を改変できるという事だ」

 メルヒオールの言葉に、ステラは鼻を鳴らす。

「あのガキが過去を変えられるって言うなら、もうワクチン開発なんて必要ないんじゃないの?」

「いや、これとそれとは話が別だ。そもそも彼女一人を過去に送ったところで出来ることなどたかが知れてる。それに上手く過去を変えられたとしても、我々が今いる時間軸がどうなるかは未知数だ。彼女の能力をじっくりと研究するのも大事だが、ワクチン開発の重要性も変わっていないのだよ。しかし――」

 メルヒオールは深くため息を吐く。

「しかし良かったのかね? 彼女を監禁状態にして実験漬けにして。ジェリオ博士からは彼らを丁重に扱うよう念入りに言われているのだが……」

「何? あのくたばり損ないのババアが怖いの?」

 ステラが低い声で言った。メルヒオールの唸り声が聞こえる。

「当然だろう。この仕事に携わるもので彼女を畏怖しない者はいない。私も業界からはマッドサイエンティストの烙印を押されていたが、その私ですら彼女の狂気には目を見張るものがある。何せ自分自身、そして実の娘ですら実験体に使うのだからね」

「でも、今回はその命令に逆らうんだ?」

「……はっきり言うと、今回の彼女の言葉には失望を禁じ得ないよ。昔の彼女なら被検体が手に入ったと知ったら、その日の内に全員解剖してホルマリン漬けにしていただろうに。彼女も年を取ったということか」

「……容態はどうなの?」

「かなり悪いよ。もうそれほど長くは生きられないだろう。半年持つかも怪しい」

「それじゃあちょうどいいじゃない」

 ステラがふふんと鼻で笑う。

「配線いじって情報を与えないようにすればいいのよ。どうせ寝たきりなんだからバレやしないわ。あんただって被験者連中を調べたくてうずうずしてるでしょ?」

「……しかしジェリオ博士を裏切るわけには――」

「私の命令が聞けない?」

 ステラの有無を言わさぬ物言いにメルヒオールは押し黙った。

「…………」

 二人の会話を聞いていたマイクは険しい表情でジュンを振り返る。ジュンも青ざめた顔をマイクに向けていた。

「……これってどういうこと?」

 ジュンが小さな声で尋ねてくる。マイクは小さく首を振った。

「分からない。だが、研究所の奴らは何かを企んでいる様子だ」

 そう言って、マイクは扉からそっと離れた。

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