5-2
「ダッチは順応が早いねぇ」
コウキの隣でジュンが呆れたように息を吐く。そしてコウキに向き直り、コウキの左隣の部屋を指差す。
「それじゃあ僕達はこっちの部屋でいいかな?」
「僕達って――二人で一部屋に入るの?」
コウキが尋ねるとジュン達は二人そろって頷いた。
「だって僕らって同一人物だし。それに僕らだけで部屋を複数使うの、何か申し訳なくて」
「まぁ、ジュンさんがそれでいいなら」
コウキが戸惑った顔で頷くと、ジュンは満面の笑みを浮かべて部屋に入っていた。
コウキはふと右に顔を向ける。ちょうどマイクがコウキの右隣の部屋の扉を開けているところだった。
「……あの、マイクさん」
コウキに名前を呼ばれ、マイクの肩がビクンと跳ねる。そして恐る恐ると言った様子でコウキに視線を向ける。
「……あの、僕、気にしていませんよ?」
ダッチに釘を刺されていたが、言わずにはいられなかった。
「皆をまとめてくれたり、色々知らないことを教えてくれたり――そんなマイクさんを僕は今でも尊敬してますよ」
それは本心からの言葉だった。常に先陣を切って進むマイクの背中を、コウキは頼もしく思っていたのだ。
「俺は――」
マイクはコウキから視線を逸らし、首を横に振る。
「俺はそんな立派な人間じゃない」
「マイクさん……」
「悪いが、明日にしてくれ」
マイクはそれだけ言うと、逃げるように部屋へと入っていった。
「…………」
コウキはしばらくの間、閉まった扉を眺めていた。やがてふらふらとした足取りで自分の部屋へと入っていった。
部屋に入るなり、コウキは中央に置かれたベッドに倒れこんだ。あまり良い布団ではなかったが、ここ数日ずっと固い地面の上で寝ていたコウキにとっては十分すぎるほどだった。
コウキは寝返りを打ちながら部屋を見渡す。部屋の作りは完全に正方形で、窓も無かった。家具はベッドと小さなテーブルが置いてあるくらいで他には何もない。おそらく別の用途で使っていた個室に家具を運び込んだのだろう。
コウキは仰向けに寝転がった。ホルスターからアミィを取り出し、目の前に掲げる。
「アミィ」
「何でしょう?」
「ジェリオ博士ってどんな人なんだろう?」
「何故そんな質問を?」
「何でだろう」
コウキはアミィを胸元で転がしながら言葉を続ける。
「何だか会ってみたいと思って」
「明日になれば会えますよ」
コウキは天井を眺めながら小さく息を吐く。
「そういえばここの研究所の人達って――」
「はい」
「アミィを見ても何も質問してこなかったね」
「……気付いていなかっただけでは?」
「いや、ずっと見てたよ。アミィの事を」
コウキは再び小さく息を吐く。
「ケイリーさんもメルヒオールさんも、チラチラとアミィの方を見てたよ。何か嫌な予感がしたから理由は聞かなかったけど――」
「……それも明日になれば分かりますよ」
「そっか」
コウキはアミィをホルスターに仕舞う。旅の疲れと満腹感から、瞼が猛烈に重くなってくる。
その時、コンコンと扉をノックする音が響いた。コウキが首だけ動かし、扉のほうに向けると、ゆっくりと扉が開かれた。
扉の先に立っていたのはステラだった。両手で抱えるようにしてシャンパンとグラスを持っている。シャンパンの蓋は既に開いていた。
「やっほ、もしかして寝てた?」
ステラが笑顔を浮かべながら言った。コウキはゆっくりと上体を起こし、ステラに顔を向ける。
「ステラさん? どうしたんですか?」
「んふふ。ちょっと祝杯を挙げに」
ステラは鼻歌を歌いながら、ベッドに腰掛けた。やや顔が赤いことから既に飲んでいるようだった。グラスをコウキに手渡し、金色の液体を注いでいく。
「……あの、僕未成年なんですけど」
「細かいことは気にしなーい。この旅の終わりを祝してかんぱーい」
ステラがグラスを高々と上げながら言った。コウキは戸惑った顔で自分に注がれたシャンパンのグラスを見る。そして意を決したように息を吐くと、グラスを一気に仰いだ。
「良い飲みっぷりだねぇ。まぁ、シャンパンだから飲みやすいっしょ」
ステラの言う通り、アルコールは初めてだったが、すんなりと飲む事が出来た。だが、体の奥底がじんわりと熱くなっていく感覚にコウキは顔をしかめる。
「……もう勘弁してください」
「何でぇ? 夜はまだまだこれからじゃん?」
ステラがへらへらと笑いながらコウキの首に腕を巻き付けてくる。そしてそのままベッドに押し倒した。
「私がぁ、夜這いに来たって言ったら、コウキどうするぅ? 大ピーンチ」
ステラがニヤニヤと笑いながら顔を近付けてくる。アルコールの臭いが鼻に付いた。
「ちょ、ちょっと、ステラさん、やめてください……!」
コウキは慌ててステラを引き離そうとする。しかしステラの力が思ったより強く、ステラはさらに体を密着させてくる。
「ねぇ、コウキぃ。ぎゅっとしてよぉ。なでなでしてよぉ」
ステラはコウキの胸に顔をうずめながら言った。そしてゆっくりと顔を上げ、コウキをまっすぐに見つめてくる。
「あの女にやったみたいにさ」
「……えっ」
ステラの瞳に一瞬殺意のようなものを感じ、コウキは表情を強張らせる。しかしすぐにステラは顔をほころばせて、身をすり寄せてくる。
「ねぇ、コウキってばぁ」
「――ステラ、はしたない真似はやめなさい」
その時、突然ホルスターからアミィの声が響き、ステラは肩をビクンと震わせた。慌てた様子でコウキから離れ、キョロキョロと辺りを見渡す。そして声の主がアミィであることに気付くと、顔をしかめてため息を吐いた。
「……あぁ、ビックリした。あんただったのね」
「少しは頭を冷やしたらどうですか?」
アミィが冷たい声で言った。ステラは不満そうな顔で頭をボリボリとかくと、シャンパンとグラスを回収し、すっと立ち上がった。
「そうね。頭もちょっと変な感じするし、飲みすぎたみたい」
「……あの、ステラさん、大丈夫ですか?」
ふらふらとした足取りのステラに、コウキは思わず声を掛ける。ステラは扉に手を掛けながら振り返ると、にこっと笑った。
「大丈夫よ。これくらい。私、お酒は強い方だし。続きはまた今度ね」
そう言って、ステラは部屋から出ていった。コウキはぽかんとした表情でそれを見送った。
「……ほんと、何なんだ、あの人」
思わずそう呟く。部屋の中にはまだアルコールの臭いが充満していた。コウキはアルコールの臭いと体の奥底の熱を振り払うように首を振ると、そのままベッドに横になった。
元々の疲れに酒も加わり、眠りに落ちるまでそれほど長い時間はかからなかった。




