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森を抜けた先にはダッチとジュンが立っていた。彼らから少し離れてマイクが座り込んでいるのが見える。
コウキ達が森から出てきたことに気付き、ジュンが笑顔をこちらに向けた。
「良かった。皆、無事だったんだね」
「……はい、ジュンさんのおかげです」
コウキはそう言って、森を振り返る。先程までのことが嘘のように、森は静まり返っていた。
「ちょっと……」
小さな呟きと共に、胸元をとんとんと叩かれる。視線を下ろすと、エマがコウキを見上げていた。
「もう自分で立てるから早く下ろしてよ。いつまで私を抱えてんのよ」
「あっ、ごめん……」
言われた通り、エマを下ろす。エマは服に着いた土を払いながら、コウキを横目でチラリと見る。
「……別に私を置いていっても良かったのに。私が死なないことくらい知ってるでしょ」
「出来るわけないだろ、そんなこと。あれに捕まってたら、また黒虫の二の舞になるかもしれなかったんだぞ」
エマの顔が一瞬恐怖で引きつる。そしてそれを振り払うように首を振りながらコウキを睨む。
「それでコウキが危険に晒されたら意味ないじゃない。あなたは何の能力も無い、ただの人間なんだから、それを自覚するべきよ。いざって時には私を盾にするくらいの気概を持つべきね」
「盾も剣も、僕は自分で持ってる」
コウキはそう言って、ホルスターのアミィを撫でる。
「僕は君が思ってるほど弱くないよ。そして君は君が思ってるほど強くはない」
その言葉に、エマはむっとした顔でコウキを見る。だがすぐに悲しそうな表情を浮かべると、コウキの袖をそっとつかんだ。
「……私はあなたの妹じゃないわ」
エマが小さな声で呟く。コウキははっとした顔でエマを見た。昨夜のステラとの会話を聞かれていたようだ。
「私を命がけで守るのは何かの罪滅ぼしのつもり? 勝手に知らない人の面影を重ねられて――はっきり言って迷惑よ」
「違う」
コウキは首を振った。
「確かに妹の事もあるよ。妹のような後悔を二度としたくないと思ってる。でもそれだけじゃない。何て言えばいいのか分からないけど、君を見た瞬間、何かを感じたんだ。ずっと探し求めていた何かを見つけたような。だから僕は君を――エマを守りたいんだ」
コウキの言葉を受けて、エマは俯く。
「……意味が分からないわ」
絞り出すようにして言った。
「あなたにもう少しまともな言語化能力は無いのかしら」
「……ごめん」
エマは小さく吹き出した。顔を上げ、コウキの顔を見つめながら微笑む。
「まぁ、いいわ。もっとマシな理由が思いつくまで守らせてあげる」
エマの言葉にコウキも吹き出す。エマは目をすっと細める。
「言っとくけど、精神的には私の方が年上なんだからね。子供扱いしたら怒るわよ」
「うん? うん、分かってるよ」
コウキは困惑した顔で頷いた。その言葉に満足するように、エマはふふんと鼻を鳴らした。
「おい、ガキ共。いつまで駄弁ってんだ」
そんな二人にダッチが声を掛ける。ダッチはペットボトルの水を一気飲みし、荒々しく息を吐き出した。
「また変なのが襲ってくるかもしれねえ。休憩が済んだらさっさと移動するぞ」
「あの、マイクさんは?」
コウキが尋ねる。ダッチは小さくため息を吐くと、離れた位置で座り込んでいるマイクを顎で指した。マイクは俯いて座り込んでおり、その表情は見えない。
「さっきからあの調子だ。一発ぶん殴ってやろうかと思ったが、そんな気も起きねえよ。とんだヘタレ野郎だ」
コウキはマイクに声を掛ける為に近付こうとするが、ダッチが肩に手をかけ、その動きを止める。
「やめとけ。ガキに慰められたら余計に惨めになるだけだ」
ダッチの言葉に、コウキは無言で頷くしか出来なかった。
「……あぁ、もう最悪。汗かいたし枝で腕切ったし」
背後からステラの愚痴が聞こえてくる。振り返るとステラが不満そうな顔で髪や服についた枝葉を払っていた。
「ステラさん。どこか怪我したんですか?」
「ん? あぁ、ちょっと腕を軽くね」
「大丈夫ですか? ちょっと見せてください」
「え? 優しく手当してくれんの?」
ステラが腕をさすりながら笑顔を向けてくる。だが、コウキが一歩ステラに踏み出したところで、ステラの笑顔が一瞬で引きつった。
「――あっ、やっぱいいよ。大した怪我じゃないし、これくらい放っておいても治るからさ」
やや上ずった声でステラは言った。コウキは眉をひそめるが、出血している様子はなかったので、それ以上は追及しなかった。
休憩を終えた一同は再び歩き始めた。ボロボロながらもアスファルトで舗装された道は、先程の森よりは断然歩きやすかった。
道中、コウキはたびたび振り返り、マイクの様子を伺った。俯いたまま、肩を落として歩く彼の姿は、まるで別人のようだった。昨夜のステラの言葉が脳裏に響く。それを振り払うようにコウキは小さく唸りながら首を振った。
やがて風景にいくつもの平坦な建物が見えてきた。ポツリポツリと乗り捨てられた車の残骸らしきものもある。おそらくこの辺りはかつての住宅街だったのだろう。
「キャンプを張るならこの辺か?」
ダッチが辺りを見渡しながら言った。日はまだ高い位置にあるが、火起こしや食事の準備を考えると悪くない時間帯だった。
「ねぇ、待って。あれ見て」
その時、ステラが前方を指差して言った。
「あそこ、明かりがついてない?」
ステラの言葉に、一同は驚いた顔で指された方向に顔を向ける。はるか遠く、水平線の彼方に確かに明かりのようなものが浮かんでいる。
「おい、あれってまさか……」
ダッチがコウキに顔を向ける。コウキも頷き、アミィをそっと撫でる。
「アミィ、あれってもしかして」
「はい」
アミィは静かな声で言った。
「ここからまだ一時間ほど距離がありますが――あれが私達の目的地である研究所です」
その声を聞いた瞬間、ダッチが歓喜の声を上げた。満面の笑みを浮かべてジュンやステラの肩を叩いている。
「おい、俺達は遂にやったぞ! やっと安全な場所を見つけたんだ!」
さらにマイクに歩み寄り、その頭を引っ叩く。
「手前もいつまでもしょげてんじゃねえ! おら、さっさとあそこまで行くぞ!」
「……お、おい、待て!」
ダッチはマイクの首に腕を巻き付け、走り始めた。マイクは転びそうになりながらも何とかダッチについていく。
「ダッチー、待ってよ。今からそんなんじゃバテちゃうよ」
「……ったく、あいつって変なところでガキね」
ジュンとステラもその後を追う。エマも振り返り、コウキの袖を引っ張る。
「コウキ、急がないと置いてかれるよ」
「あっ、うん」
コウキもエマに引っ張られる形で、走り始める。これまで数時間歩き続けていたはずだが、目の前に浮かぶ希望の光に、みんな疲れなど完全に吹き飛んでいる様子だった。




