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The Great Hope of the Universe  作者: 佐久謙一
第四章 亡霊が歌う森
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4-2



 翌日。彼らは早々に朝食を済ませ、廃ビルを後にした。

「このペースなら明日には着くはずだ。皆頑張れ!」

 先陣を切るマイクが声高々に言った。元気一杯といった様子のマイクに釣られるように、コウキは笑みを浮かべてついていく。ビルの床で寝ていたせいで背中は多少痛むが、体の調子は良かった。

 しばらく歩いていると、明らかに風景が変わっていくのを感じた。遠くにポツリポツリと葉の付いた木が見え始め、やがて見渡す限りの緑が視界に広がった。地面にも草木が生い茂り、これまでいた、どの場所よりも空気が澄んでいるように感じられた。

「まるで森だな」

 マイクが足を止め、呟いた。

「この辺はかつて川に面した公園だった。よく交響楽団による催し物が行われたりもする素晴らしい場所だったよ」

「……たかが数十年でこんな森みたいになるか?」

 ダッチが警戒した様子で辺りを見渡す。マイクも同様に警戒した顔で腕を組んでいる。

「人の手が入らないと世界は植物で覆いつくされると聞いたことがある。おそらくこの付近の住民は誰も残っていないんだろう。だがそれにしてもこれほどの規模の森になるのは早すぎる」

「多分、あれが答えなんじゃないかな」

 ジュンが前方を指差す。そこにはやたらと捻じれた一本の木が立っていた。

 その木の幹には、人の顔のようなものが浮かび上がっていた。その顔は恐怖で歪んでいる。

「…………」

 一同は沈黙したままその木を見つめていた。コウキはかつてジゼラのキャンプで見た人間の集合体で作り出された木を思い出していた。

 やがてマイクが沈黙を破るように言った。

「植物の変異体か。それとも彼自身が植物と融合する変異体と化したのか」

 マイクがチラリとコウキに視線を向ける。おそらくアミィの意見を聞きたいのだろう。コウキは頷きながらアミィをホルスターから取り出した。

「おそらくですが、彼自身が木に変異したと考えられます」

 アミィは淡く発光しながら言葉を続ける。

「エチスの他の遺伝子配列を取り込む力によるものです。これにより植物の遺伝子が取り込まれたことで彼――いえ、彼らはそのまま森の一部となってしまったのでしょう」

 アミィの言葉を受けて、一同は改めて森を見渡す。そしてアミィの言葉の意味を理解し、一瞬で顔を青ざめさせた。

「この森の草木一つ一つが……かつてここにいた住民の成れの果てだという事か……」

「そうなりますね。彼らがまだ自我を持っているかは不明ですが」

 コウキは自分が草を踏んでいることに気付き、思わず後ずさる。草木の群れがまるで人間の怨念の集合体のように感じられ、背中に冷たい物が走る。

「彼らって、今何考えてるんだろう」

 ポツリとジュンが言った。そのまま目の前の木まで歩み寄り、幹に浮かぶ顔をじっと眺めていた。

「今でも恐怖を感じているのかな。それともこの世界の一部として優雅に過ごしているのかな」

「は? 手前何言ってんだ?」

 ダッチが眉をひそめてジュンに尋ねる。ジュンは振り返り、ダッチを見つめる。

「僕は時々思うんだ。未だに人間としてこの世界に居座ってる僕らは、実は世界の有り様に反した存在なんじゃないのかなって」

 ジュンはそう言って、幹に浮かんだ顔をそっと撫でる。

「こうしてこの世界の一部として生きることを許された彼らは――実は今すごく幸せなんじゃないのかなって」

「……俺はそうは思わねえよ」

 ダッチが吐き捨てるように言った。そして大股で木まで近付くと、その顔に蹴りを入れた。

「俺は逆に清々するな! 俺を治験に売り飛ばした奴らが、今頃こうなってると思うとな! 逆に俺達はどうだ!? 変な能力を身につけた奴もいるが、皆人間として生き残った! 俺達は勝ったんだ! 神に選ばれたんだよ! ジュン、手前はそう思わねえのか!? かつて俺達を蔑んでた連中は、もはや人間ですらねえ! 生態ピラミッドの最底辺まで転げ落ちたんだよ!」

 ダッチが再び幹の顔に蹴りを入れる。そんなダッチにマイクが歩み寄り、肩に手をかける。

「やめろダッチ! 頭を冷やせ! 彼らは犠牲者なんだぞ!」

 マイクの言葉を受け、ダッチは舌打ちをしながらマイクの手を払いのける。

「……正義感気取りが」

 ダッチの言葉はマイクに聞こえていたが、マイクはあえて何も言わず、一同を振り返った。

「皆、聞いてくれ。今から俺達はこの森を抜ける」

 マイクが森を指差す。

「勿論危険だ。植物や水があるということは、動物もいるということになる。だが今から森を迂回している暇はない。この森がどこまで広がっているか分からないし、物資もあと三日分しか残っていない。真っ直ぐ最短距離を進み、日が沈む前に森を抜けるんだ」

 マイクの提案に反対する者はいなかった。ダッチは不満そうに溜息を吐いているが、無言のままマイクの言葉を聞いている。

「あ、ちょっと一つお願い」

 そこでステラが手を上げた。マイクが怪訝な顔を向けると、ステラは服の胸元をパタパタさせながら口を開く。

「私さ、ちょっと川で水浴びしたいんだけど」

「……俺の話を聞いてたか?」

 マイクは呆れた顔で言った。

「日が沈むまでに森を抜けると言ったはずだ」

「まだ朝方なんだし、いいでしょちょっとくらい。あんたら男連中は悪臭放ってても気にしないんだろうけどさ。私らレデイにとっては死活問題なのよ。ねぇ?」

 そう言ってステラはエマに顔を向ける。突然話を振られたエマは露骨に嫌な顔を浮かべるが、ステラは全く意に返さず、エマの頭をぽんぽんと叩く。

「ほら、この子も水浴びしたいってさ。そんな訳でよろしくね」

 ステラがにっこりと微笑む。マイクは諦めたように息を吐くと、小さく頷いた。その後ろでダッチも苦笑いを浮かべている。

 ステラの背中を見つめながら、コウキは感心したように息を吐いた。意図的なのかは分からないが、ステラの発言のおかげで、先程までのピリピリしていた空気が一変していた。

「さぁ、行こう。先程も言ったが野生動物には気を付けるんだぞ」

 マイクが森に向かって進んでいく。一同もその後を追った。

 膝の高さほどの雑草が生い茂る道を進んでいく。地面はアスファルトで舗装された遊歩道なので歩くのはそれほど苦にならなかった。しかし密集した木々が日の光を遮っているため森の中は薄暗く、とても視界が悪い。こんな場所で狼などに襲われたらひとたまりも無いだろう。

「思ったより静かだな」

 先頭を歩くマイクがポツリと言った。確かに彼の言う通り、森の中だというのに、虫はおろか鳥の声も聞こえず、とても静かだった。

 コウキは植物にそれほど詳しいわけではない。それでもこの森に生い茂る草木が異様なことくらいすぐにわかった。明らかに別種と思われる枝が一本の木から何本も生えており、それぞれ別々の花を咲かせている。入口にあった、人の顔が浮かんだ木も無数にあった。

 しばらく歩いていると水の流れる音が聞こえてきた。ほどなくして、彼らの視界に大きな川が飛び込んでくる。底が浅いのが分かるほど澄んでおり、流れも穏やかだった。

「おぉ、水浴びにピッタリじゃん」

 ステラが満面の笑みで言った。そして傍らにいたエマを脇に抱えた。

「ほおら、ガキんちょも行くよ。体洗ってやっから」

「ちょっ、放しなさいよ! それくらい自分で出来るわ!」

 エマがじたばたともがいている。その様子を見てマイクは苦笑を浮かべた。

「よし、ここで休憩にしよう」

 マイクが荷物を下ろしながら言った。他の者もそれに倣ってリュックを下ろしていると、マイクがリュックの中から何かを取り出す。それは複数の空のペットボトルだった。

「ついでに水の補給の為に、川の水を汲ませてもらうよ。ダッチ、火を起こしておいてくれ。ジュンは枯れ枝を。それと周囲の見張りも頼むよ」

 マイクが手短に指示を飛ばす。ジュンとダッチは小さく返事をしながらそれぞれ行動を開始した。

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