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いつ眠りに落ちたのか。コウキははっとした表情で起き上がった。小屋の窓から日差しが入り込んでいることから夜は明けたようだ。
コウキは持ち上げるように体を起こす。周囲に顔を向けるが、小屋の中には誰もいなかった。そのままゆっくりと立ち上がり小屋の外への扉を開く。
強い日差しが体中に降り注ぎ、コウキは掌を顔の前に持ち上げ、光を遮った。指の隙間から漏れてくる太陽の光。その光景に、コウキはある童謡を思い出した。しかし自身の掌は逆光で何も見えなかった。
「やっと起きたか、コウキくん。随分と疲れていたようだね」
声を掛けられ、コウキはそちらに顔を向けると、こちらに優しい笑みを向けるマイクの姿があった。
「朝食が出来ているぞ。昨日から何も食べていないんだろう?」
マイクの足元には焚火があり、その周囲に缶詰や瓶が置かれていた。焚火の熱により、ぐつぐつと煮立っている。半開きの缶詰から漂うソースの香りに、コウキは強い空腹を感じた。
頃合いを見てマイクが缶詰を取り出した。スプーンを差し込み、コウキに手渡す。それはベイクドビーンズの缶詰だった。
コウキは夢中でかっこんだ。甘辛いソースで煮込まれた豆はさらに食欲をそそり、あっという間にたいらげてしまった。
「今日は良い天気だ」
食事を終えて一息ついたところでマイクが言った。
「世界は変わってしまったが太陽の光は何も変わっていない。この事実が私を勇気付けてくれるんだ」
マイクの言葉を受けて、コウキは睨みつけるようにして太陽を見る。そして地平線から地面をなぞる様に周囲に視線を向けた。
少し離れたところでルアンとジュンが荷造りをしているのが見えた。その奥ではダッチとステラが地平線を眺めながら何やら話し込んでいる。
「……あれ、ジゼラさんは?」
ジゼラの姿が無いことに気付き、コウキは尋ねる。
「彼女は私が起きると、後はよろしくと言って去っていったよ。君にも元気で、と言っていた」
「そう、ですか」
「もう少し彼女と会話できれば良かったんだが、随分と余所余所しい態度を取られてしまってな。彼女と君がどういう関係か知らないが、ちょっと薄情に感じてしまうな。おっと失礼。君の連れの悪口みたいになってしまった。なに、心配するな。これからは私が守ってやるさ」
マイクが笑みを浮かべながらコウキの肩を叩く。ジゼラの事情を知っているコウキは、無言のまま愛想笑いを浮かべるしか出来なかった。
マイクとコウキは他愛ない会話を続けていた。会話の大半がマイクの軍隊時代の武勇伝であり、コウキはそれに適当な相槌を打っているだけだった。しばらくして、コウキはふと第五研究所に目を向ける。もう火は消えている様子だった。
「あの、マイクさん」
「ん、何だい、コウキくん」
「研究所の焼け跡を調べてもいいですか?」
コウキの言葉を聞いて、マイクの顔から笑みが消える。そして真剣な表情を研究所に向けた。
「……あれを調べるのかい?」
マイクの呟きにコウキは頷いた。あの虫の群れの中で見た人型の何か。あれが何だったのか、確かめずにはいられなかった。
マイクは渋い顔をしている。
「好奇心は猫を殺すという諺を知っているかい?」
「もしあれがまだ生きてたら、今のうちに止めを刺した方がいいんじゃないですか?」
コウキの言葉にマイクはしばらく考え、小さく頷く。
「一理あるな」
コウキも頷いた。
マイクがジュンを呼び、事情を説明する。そしてジュンが二人付いてくることになった。それぞれ弓やナイフ等、最低限の武装をしている。
四人は互いに頷き合い、研究所へと歩いていく。近付くにつれて焦げた臭いが鼻に纏わりついてくる。やがて研究所の入口――大量に死体が積み上げられた受付ホールが見えてきた。
そこには炭の山が出来上がっていた。山とその周辺には燃え残った虫の一部が数えきれないほど散らばっており、時折一部がピクピクと蠢いていた。
「うえぇ、気持ち悪い。あんまり近付きたくないなぁ」
ジュンが顔をしかめて言った。マイクも同様に顔をしかめつつ炭の山に顔を向ける。
「……あれの死体はあるか?」
コウキも山を見上げるようにして見つめる。嫌悪感を必死に抑えながら、山に纏わりつく虫の死骸を一匹ずつ確認していく。
コウキの視線が止まる。炭の山の下部に小さな盛り上がりを見つけたのだ。マイクもコウキの視線を辿り、それに気付く。子供一人分ほどの大きさだった。
「……ジュン。すまないが、あれを調べてくれないか?」
ジュンが頷きながらそれに近付く。ナイフを取り出し、切っ先で表面を軽く削った。パラパラと音を立てて炭が崩れていく。
その時、その場にいた全員の表情が固まった。崩れた炭の中から人の肌が露出したのだ。
「ひっ!」
ジュンが小さい悲鳴を上げながら後ずさる。その間にも、まるで卵の殻のように次々と炭が崩れていく。やがて中からあの子供の顔が現れた。
子供は安らかな表情で目を閉じていた。肌には傷や火傷の跡もなく、陶器のように綺麗だった。胸が微かに上下していることから生きているのは明白だった。
「おい、コウキくん。離れるんだ!」
背後からマイクが叫ぶ。気付くとコウキは子供の傍らに立っていた。その場に跪き、優しい手つきで炭を取り除いていく。恐怖は感じていなかった。
頭の炭を全て取り払ったところで子供が微かに目を開けた。ふらふらと視線をさまよわせ、やがてコウキに目線を向ける。
子供がうっすらと笑った。それに答えるようにコウキも口元に笑みを浮かべた。
子供が唇を震えさせながらゆっくりと開く。
――やっと、見つけた。
コウキは子供を抱きしめた。
人の温もりと心臓の鼓動を、コウキは確かに感じ取った。




