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The Great Hope of the Universe  作者: 佐久謙一
第三章 黒虫の女王
17/38

3-1



 コウキは床に足を投げ出し、仰向けに寝転がっていた。傍らではステラとルアンが保存食を貪るように食べている。

 彼らは今、小さな小屋の中にいた。それはルアンの能力で避難した高台にポツンと建っていた。小屋の中にそれなりの物資があったことから、ここはいざという時の為に用意された別の避難場所のようだった。

「食べられるときに食べておけ。食欲が無いなら、せめて横になって体力を温存するんだ」

 そう言うマイクの助言に従い、コウキは小屋で横になっていた。しかし疲れはたまっているはずなのだが、とても眠れる気はしなかった。

「眠れないの? 子守唄でも歌ってあげよっか?」

 ステラがコウキの顔を覗き込んでくる。コウキは一瞬顔をしかめ、寝返りを打ちながら顔を逸らす。

「ねぇ、何で無視すんの? からかったこと、まだ根に持ってんの?」

 ステラが足先で小突いてくる。コウキは小さく唸りながらも、それをひたすら無視する。

「……休ませてやれ、ステラ」

 見かねてルアンが言った。ステラは不満そうに唇を尖らせながら、その場にごろんと寝転がった。

 小屋の扉が開く。コウキが上体を起こしてそちらに顔を向けると、マイクを先頭にジゼラとダッチ、そして複数人のジュンが小屋の中に入ってきていた。

 マイクは明らかに疲れた様子でため息を吐いた。床に座り込み、傍らに置かれていた保存食の一つを手に取り、口に運ぶ。

「とりあえず作戦は成功だ。付近の黒虫は全て焼かれたと思っていいだろう」

 マイクの言葉に皆それぞれ安堵の息を漏らした。

「そういえば緊急事態だったもので、お互い自己紹介が遅れたな」

 マイクがコウキに目を向け、笑顔を浮かべた。

「私の名前はマイク・ブラウン。出身はワシントン。元軍人だ。ある任務を遂行中に脚をやられてしまって退役した」

「脚を?」

「あぁ、松葉杖を離せない体になってしまったんだ」

 コウキは不思議そうな顔でマイクの足元に目線を落とす。

「勿論、今はそんなことはない」

 コウキの疑問に答えるようにマイクは言った。

「君も知っているだろう? 変異後も人の姿を維持するための遺伝子改造のことを。それのおかげか、私が目覚めた時、脚の怪我が完全に消えていたのだ」

 コウキは驚いた表情でマイクの顔を見た。マイクは穏やかな笑みを浮かべている。

「GHUには感謝しているよ。治験参加の報奨金のおかげで、病気の母を良い病院に入れることも出来たし、俺の脚もまた歩けるようにしてくれた。おまけに私は――世界で最初の免疫保持者だそうだ。出来すぎなくらい、私は恵まれていると思っている」

「でも――不安じゃないですか?」

 コウキは思わず口をはさむ。

「今の自分は、遺伝子改造と変異で作られた全く異なる自分なんじゃないかって。今の自分は本当に自分と言えるのかって」

「君の言いたいことは分かる。私も不安が無いと言えば嘘になるからな。遺伝子改造の話を聞かされた時、私の自己認識が揺らいだのは確かだ。だが――」

 マイクは真剣な表情でコウキを見つめる。

「私が何よりも大事にしているのは今の自分に何が出来るかということだ。今の私の身体はかつての私の身体では無いのだろう。だが、この身体は元の身体では決して成しえないことを実現させる事が出来るのだ。私という意思を持ってな。私にはそれだけで十分だと思っている」

 マイクの言葉を聞いて、コウキは思わず俯いた。彼の言葉を聞いて、微かな勇気が湧いた。しかしそれと同時に彼のように強い意志を持てるかという不安も生まれていたのだ。

「けっ、軍人様は大層なこと言うのが得意だねぇ」

 そんなマイクを茶化すかのようにダッチが言った。

「俺なんか便利な能力が身についてラッキーくらいにしか思ってないな。願わくばこの能力を持ったまま元の時代に戻りたいぜ」

 ダッチはマイクの隣に座り込みながら言葉を続ける。

「それで自己紹介だったな? 俺の名はダッチ。オランダ人だからな」

 ダッチがケラケラ笑いながら言った。コウキが怪訝な顔を向けていると、傍にいたジゼラが呆れたように肩をすくめる。

「偽名ってことさ。ダッチってのはオランダ人の蔑称だ」

「出身がオランダなのはマジだぜ? だから俺はダッチなのさ」

 ダッチはそう言いながら両方の掌をこちらに向けた。すると突然掌が真っ赤に染まっていき、周辺の空間が歪んで見えた。

「そして異能体だ。能力はザ・ヒート。両手を発熱させる能力だ。この手で触れれば鉄すら溶かす事が出来るぜ。火をつけたのはその応用だ」

 ダッチがキザな笑みを浮かべながら言った。それを聞いて、床に転がっていたステラがコロンと転がり、ダッチに顔を向ける。

「そうそう、焚火の時とか、お湯を沸かす時とか、すごく便利なんだよねぇ」

 ステラの茶化すような物言いに、ダッチは顔をしかめて中指を立てた。

「どうして治験に応募したんですか?」

 コウキは純粋に気になり、尋ねる。だがその言葉を受けて、ダッチはますます顔をしかめた。

「応募したんじゃねえ。売り飛ばされたんだよ」

 ダッチは吐き捨てるように言った。驚くコウキを尻目に、ダッチはため息を吐きながら言葉を続ける。

「俺は世界が現役の頃はギャンブラーだったのさ。表も裏も、色んなカジノを渡り歩いたものだぜ。だがある日、仲間の裏切りにあってな。とんでもない借金をこさえちまって臓器を取られそうになったんだ。そこでこの治験の話だ。酒や煙草でボロボロの臓器を売るより、この治験に売り飛ばした方が儲かるじゃねえかって話になって、気付けばこの有様よ。だが俺は生まれ変わった。だからもう昔の名前は捨てることにしたのさ」

 ダッチは遠い眼をしながら言った。そんなダッチに、入口に立っていたジュンが呆れたように息を吐く。

「どう見ても自業自得だよねぇ」

 ジュンの言葉に、他のジュン達も一斉に頷く。ダッチは不満そうにジュン達に顔を向けた。

「何だぁ? 手前なら分かってくれると思ってたのによぉ。同じ売り飛ばされた仲だろうが」

「別に僕は借金作った訳じゃないし~」

 ダッチの不満そうな言葉に、ジュンは笑いながら言った。そして改めてコウキに向き直り、口を開く。

「次は僕の番ね。一回自己紹介したけど、改めて。僕の名前はジュン・シー。生まれは知らないけど育ったのは中国。僕は戸籍の無い、いわゆる闇っ子って奴。そんな事情があって治験に売り飛ばされちゃったんだ。僕以外にも売り飛ばされたのが何人かいたけど生き残ったのは僕だけみたい」

 ジュンは話の内容とは裏腹に、へらへらと笑っている。

「そして僕の能力はバックアップ。僕は見ての通り、増殖する能力を持っているんだ。増える時間はランダムなんだけど人数が減るほど周期は短くなる。今のところ最大で十人まで増えたのを確認したよ。そして誰かが死んだ場合、そいつの記憶は残りの僕達に受け継がれるんだ。だから偵察や危険な任務にはうってつけって訳。僕達がコウキくんのことを知っていたのもそういう理由なんだ」

「……増えるんですか? 誰がオリジナルとか分かるんですか?」

 コウキの質問に、ジュン達は互いに顔を見合わせながら首を傾げる。

「さぁ? もう誰がオリジナルとか忘れちゃった。もう死んじゃってるかも。ちなみに能力が発動すると、酒で酔ったように脳がぐわんぐわん揺れるから結構気持ち悪いんだ。これだけは慣れないんだよなぁ」

 そう言って、複数人のジュン達が一斉に笑みを浮かべる。全く同じ顔の人間が、全く同じ行動をとる様は不気味としか言いようがなかった。

「……次は俺がやろう」

 正面に座っていたルアンがコウキに向き直って言った。

「名前はルアン。出身はテキサス。バイトを転々としてその日暮らしをしていた。治験に応募したのに特別な理由はない。単に割の良いバイトと思っただけだ。それで何十年も眠らされるとは思わなかったよ」

 ルアンが淡々と告げながら、小屋の隅に置いてある物資を指差す。その瞬間、物資がふわりと浮かび上がり、ルアンの元に引き寄せられていく。

「能力はアトラクト。指差した物質を自分の元へ引き寄せる能力だ。応用すれば自分を浮かせたり、物を投げたりも出来る。あの建物の周りを瓦礫で固めたのも俺がやった。以上だ」

 ルアンの簡潔な自己紹介が終わると、床に寝そべっていたステラが、寝返りを打ってコウキに体を向ける。

「それじゃ、最後に私ね。名前はエステル。気軽にステラって呼んで。出身は美食の国フランス。このグループの紅一点。よろしくぅ」

 ステラが寝そべったまま右手を掲げる。コウキは戸惑った顔を浮かべながらも右手を上げてそれに答えた。

 コウキとジゼラもそれぞれ自己紹介をした。特にジゼラが語った別の生存者グループの話にはマイク達も興味深そうな顔を向けている。

「先に言っておくけど、私らは私らで独立してやってるからね。あんたらのチームと合流するつもりはないよ」

 ジゼラが事前に釘を刺す。マイクは残念そうな表情を浮かべている。

「そうか。まぁ、そちらにもそちらの事情があるのだろう」

「この坊やと一緒にいたのも一人じゃ危険だと思ったからさ。こうして生存者グループと合流出来たんだから、私はこの辺でお暇するつもりだよ」

 その言葉を受け、コウキも残念そうにジゼラを見る。ジゼラは小さく首を振り、コウキにそっと耳打ちする。

「悪いね、坊や。本当はもっと一緒にいてやりたかったけど」

「本当に元の場所に帰るんですか?」

「あぁ。私と仲間は人間の原形を留めていない変異体だ。彼らから見れば化物さ。私や仲間を彼らが受け入れてくれるか分からないし、余計なトラブルの引き金になるくらいなら、こうするのがベストなのさ」

 そう言ってジゼラはコウキの肩を優しく叩く。コウキは寂しそうな表情を浮かべながらも小さく頷いた。

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