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「おい、あれは何だ?」
再び階下に目を向けたダッチが眉をひそめて言った。その隣のマイクも怪訝な顔を階下に向けている。
彼らの視線の先に顔を向け、コウキも眉をひそめた。床一面を覆う黒虫の群れの中に、おかしな物を見つけたからだ。
それは人の形をしていた。黒虫を体中に纏わりつかせた人型の何かが、建物の入口に立っていたのだ。足元には黒虫が山のようにたかっており、まるでパーティドレスのスカートのような形になっていた。自分の意思で歩いているのか、それとも虫たちに運ばれているのかは定かではないが、それはゆっくりと死体の山へと近付いていた。
「不気味だねぇ。狩るかい?」
マイクの隣で様子を見ていたジゼラが、ボウガンを構えながら言った。マイクは一瞬戸惑いながらも小さく頷く。
マイクの返事を確認した後、ジゼラがボウガンを発射した。放たれた矢は人型の何かの胸に命中し、それは大きく仰け反った。危険を察知したのか、矢が命中した付近から黒虫たちが離れていく。
その時、階下を見ていた全員が息を呑んだ。まとわりついていた黒虫が離れ、その下から人間の顔が姿を見せたからだ。
その人物は小柄で、まだ子供のように見えた。腰まで伸びた髪がまるで植物の根のように顔や体に纏わりついている。
全員が無言で見つめる中、子供がゆっくりと目を開いた。そしてふらふらと頭を動かし、周囲に視線を向けている。やがて、その視線は自身の胸に突き刺さった矢で止まった。
しばらくの間、子供は無言でその矢を見つめていた。心臓に近い位置に刺さっているはずなのだが、その子供は微塵も痛がるそぶりを見せていない。
「……お、おい……!」
ダッチが喉の奥から声を絞り出す。その声を聞いた瞬間、その場にいた全員がはっとした表情で大きく息を吸い込んだ。驚きのあまり、無意識に息を止めてしまっていたのだ。
コウキは荒い呼吸を繰り返しながらも、その子供から目を離せずにいた。耳鳴りがするほど自分の心臓が激しく脈打っているのが分かる。
――僕は……。
子供がゆっくりと顔を上げ――コウキと目が合った。
――僕は……あの子を……。
子供の真っ直ぐな瞳がコウキを見つめている。そしてその眼が徐々に細められ――子供はにいっと笑った。
――僕はあの子を……知っている!
その時、子供が大きく口を開け、耳をつんざくような金切り声が響き渡った。それは悲鳴のようで、歌声のようにも聞こえた。
それを合図にするかのように黒虫達が一斉に子供に纏わりついた。そして周囲の虫も含めて、恐ろしい速さで死体の山を登っていく。
「……奴ら、何か企んでんじゃねえのか!?」
黒虫の統率の取れた行動に、ダッチが震えた声で言った。
「本当に燃やしちまってもいいのか? なぁ、マイク!」
ダッチの呼びかけに、マイクは戸惑った表情で固まっている。ダッチが何度も叫ぶが返事は帰ってこない。
「おい、やるぞ!? やっちまうぞ!? どうなっても知らねえからな!」
ダッチが叫ぶなり、ポケットから新たなハンカチを取り出す。そして先程と同じ要領でハンカチに火をつけた。
既に階下の死体の山は、黒虫の群れに完全に飲み込まれていた。ダッチは一呼吸間を置き、手に持つ火を虫の群れに向かって放った。
火が燃え広がるのに三秒とかからなかった。放たれた火は一瞬にして虫達を飲み込み、階下全体を明るく染め上げた。
虫達の悲鳴が響き渡った。さらに熱気や煙と共に、生き物が焼かれる臭気が押し寄せ、コウキはまるで地獄を覗いているかのような錯覚に陥った。炎が、まるでこちらを手招きしているかのように揺れている。
「な、何をしている少年! 早く脱出するぞ!」
背後からのマイクの声に、コウキは我に帰る。振り返ると、いつの間にかルアンが建物から少し離れた高台に移動しており、そこから仲間達を次々と引き寄せていた。
コウキが返事をする間もなく、コウキの体をルアンの能力が包み込んだ。体が浮かび上がり、ルアンの元へと引き寄せられていく。
引き寄せられている間、コウキは建物を振り返った。
虫の悲鳴を響かせながら夜空を照らすほどに激しく燃え上がるその様子は、幻想的でどこか美しいと感じさせるものだった。




