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The Great Hope of the Universe  作者: 佐久謙一
第二章 生存者
13/38

2-3

 コウキはその建物の作りから、GHUの研究所であることにすぐに気付いた。建物周辺は無数の瓦礫が建物を囲う形で積み上げられており、入口以外を完全に塞いでいた。

 建物の全景が見える場所で丸太馬が止まった。コウキは思わず息を呑んだ。建物の周辺がまるで黒の絵の具をぶちまけたかのように真っ黒だったからだ。

 最初は元々そういうデザインなのだと思った。しかしその漆黒がもぞもぞと蠢いているのに気付き、顔をしかめた。それは建物の色ではなく、小さな黒い生き物の集合体だったのだ。

「……あれは黒虫だ。死体なんかに群がる掌サイズの肉食の甲殻虫だ」

 コウキの疑問に答えるように、ジュンが呟いた。

「でも、あんなに大量発生してるのなんて初めて見たよ……。一体どうなってるんだ……」

 ジュンの声は震えていた。おそらく目の前の光景は、この世界に順応した彼にとっても異常な光景なのだろう。

「……とにかく皆のところに戻らないと」

 ジュンが覚悟を決めたように息を吐く。

「ヘイ、あんな訳の分からないところに突っ込むつもりかい?」

 それを諫めるようにジゼラが言った。ジュンは振り返ると小さく首を振った。

「仲間を見殺しに出来ないよ。君達はここで待っていてくれてもいい」

「……だってさ、坊や。どうする?」

 ジゼラがコウキに顔を向けてそう尋ねた。

 コウキはジュンとジゼラ、そして黒虫の群れと交互に視線を向ける。

 正直、今すぐこの場から逃げ出したい気持ちで一杯だった。だが、自分と同じ境遇の人間が何人もあの場にいると思うと、彼らと会って話をしたいという強い想いがコウキの中に沸き上がっていた。アミィに遺伝子改造の話を聞かされた時から感じている――自分が本当に自分なのかという言いようのない不安を彼らと共有したかったのだ。

「アミィ」

 コウキはホルスターにそっと触れながら呟く。

「……なんでしょう?」

「さっきはごめん。また僕を守ってくれるか?」

 コウキの目は建物の方へまっすぐ向けられていた。

「……あまりおすすめはしませんが――止めても意味が無いことは知っています」

 アミィの言葉にコウキはふっと笑う。

「行きます。僕にも何か手伝わせてください」

 コウキは力強い声で言った。

「ありがとう、コウキくん」

 ジュンは顔をほころばせて、コウキに抱き付いた。突然の行動にコウキは一瞬慌てるが、ジュンが頭部を左右に傾けながら二度抱きしめてきたことで、それがハグだと理解した。

「すごく勇気が湧いてきたよ!」

 ジュンがそう言いながら身体を離し、コウキの両肩をポンポンと叩いた。コウキはやや戸惑った笑顔を浮かべながら小さく頷いた。これほど対人距離の近い人と接したのは初めてだった。

「さて、作戦はあるのかい?」

 ジゼラが尋ねる。ジュンは頷きながら、鞄から瓶とライターを取り出した。

「黒虫には弱点があってね。奴らの表面はオイルのような引火性の液体で覆われてるんだ。そこでこいつの出番。この酒瓶で火炎瓶を作ってホームまでの道を作るんだ」

 ジュンは喋りながら服の端を破き、それで瓶に栓をする。

「あぁ、勿体ない。こいつは上等な酒だよ」

 その様子を見ていたジゼラが残念そうに声を上げる。

「仕方ないよ。本当はこいつを皆に振舞いたかったけど」

 話している内に火炎瓶は完成していた。ジュンが丸太馬に乗り込み、ジゼラとコウキもそれに続く。

「ホームには酒が一杯あるから、中に入ったらたくさんの火炎瓶を作れるよ。それで周りの黒虫を追い払うんだ。準備はいい?」

 ジゼラとコウキが頷く。ジュンも頷き、顔を前に向けた。

「さぁ、いくよ!」

 ジュンの掛け声とともに丸太馬が発進した。黒虫の群れが近づくにつれてガサガサと耳障りな音が聞こえてきた。地面一帯を覆い、蠢きまわる黒虫の群れに、コウキの顔に嫌悪と恐怖の入り混じった感情が浮かぶ。群れの中には所々人型に盛り上がっている部分があり、それは彼らが食事中であることを意味していた。

 群れの目の前に差し掛かったところでジュンが火炎瓶に火をつけた。そして間髪入れずに群れの中央に投げつけた。瓶の割れる音と共に青白い炎が上がり、それは一瞬にして燃え広がった。虫達が甲高い悲鳴をあげながら火の中心部から離れていく。

「このままホームに入るよ!」

 ジュンが叫ぶ。群れが引いたことで建物までの道が開けていた。丸太馬がさらにスピードを上げる。前方に両開きの大きな扉が見えてきた。

 その時、突然扉が開き、大きな人影が飛び出してきた。コウキはジュンの仲間の誰かなのかと思った。だが、そいつの目は遠目に見ても異常なほど横長で、それはヤギの目を思い出させた。四肢が異常に発達しており、身体は長い体毛で覆われている。

「変異体!?」

 ジュンが叫ぶのとほぼ同時に、目の前の変異体が突進してきた。こちらもスピードを上げていたせいもあって、速度を緩める間もなく正面からぶつかった。まるで事故にあったかのような衝撃に、三人の体が宙を舞う。

 コウキは受け身を取る間もなく地面に叩きつけられた。幸いにも地面がむき出しになっている場所だったので、落下の痛みは思ったほどではなかった。

「皆、無事かい!?」

 ジゼラの声が聞こえてくる。コウキは返事をしながら立ち上がるが、その瞬間、背後から布を引き裂くような悲鳴が響き渡った。

 コウキが振り返ると、そこには先程の変異体に覆いかぶさられているジュンの姿があった。変異体が腕を振り下ろし、ジュンの腹部から鮮血と共に肉片が飛び散った。

「ジュンさん!!」

 コウキは刀を形成しながら変異体に向かって駆け出した。変異体はジュンを破壊するのに夢中になっているようで、こちらを見向きもしない。

 コウキは刀を握り締め、がむしゃらに叫びながら横に薙ぎ払った。悲鳴を上げる間もなく変異体の首が宙を舞った。

「ジュンさん!!」

 コウキが再びジュンの名を叫ぶ。しかしジュンに駆け寄ろうと一歩踏み出した瞬間、ガサガサと耳障りな音と共に、黒虫の群れがジュンの体を飲み込んだ。ジュンがのた打ち回りながらさらに大きな悲鳴を上げる。

「坊や、下がるんだ!」

 ジゼラがコウキの肩をつかみ、後ろに引き倒した。黒虫の群れは変異体の死体も一瞬で覆いつくし、さらに数匹がこちらに向かって飛んでくる。その内の一匹がコウキの胸にとまった。

 その掌サイズの虫は、ぬめぬめと光沢を放っており、針金のように鋭い脚がしっかりとコウキの服に引っかかっていた。小さな複眼がじっとこちらを見つめており、その下の口らしき場所からノコギリのような歯を覗かせていた。

 コウキは思わず悲鳴を上げていた。必死に虫を払いのけ、足をよろめかせながらもなんとか立ち上がる。

「早く中に逃げるよ!」

 ジゼラの言葉を聞く間もなく、コウキは駆け出していた。もはや人の身を案じている場合ではなかった。

 ジゼラとコウキの二人は全速力で建物の扉をくぐった。振り返り、急いで扉を閉める。黒虫の群れが侵入してきていないことを確認すると二人は揃って安堵の息を吐いた。

「何者だ、お前達は!?」

 その安堵を吹き飛ばすかのように背後から男の叫び声が上がった。二人が正面に向き直ると、そこには変異体に馬乗りになっている屈強な男がいた。その手に大きなハンドガンが握られていると気付いた瞬間、男は銃を発砲し、変異体の頭を吹き飛ばした。

「答えろ! 貴様たちは人間か!?」

 男が銃を構えながら叫んだ。その男は見た目四十台ほどの黒人で、枯葉色のシャツに黒のカーゴパンツを身に着けており、服の上からでも分かるほど屈強な肉体を持っていた。その風貌を見て、コウキはジュンが話していたグループのリーダーのことを思い出した。

「マイク……さん?」

「何故、俺の名を!?」

「ジュンさんから聞いたんです」

「ジュン? 本当なのか? ジュンはどこにいる?」

「それは……」

 コウキはジュンの断末魔を思い出し、一瞬言い淀む。その態度に、マイクは眉をひそめ、さらに表情を険しくさせた。

「どうした!? 答えろ!」

「……ジュンさんは――」

 その時、建物の奥から女性の悲鳴が響き渡った。三人が悲鳴の方向に顔を向けると、一人の女性が変異体に追われていた。

「マズい! まだミュータントが生き残っていたのか!」

 マイクがそう叫び、銃を構える。

「ステラ! 伏せろ!」

 マイクの声を聞いて、ステラと呼ばれた女性は倒れるようにその場に伏せた。

 数発の銃声が鳴り響き、弾丸が変異体の体を貫く。しかし変異体の動きは止まる様子が無く、そのままステラに向かって腕を振り上げた。

 気付けばコウキは変異体に向かって駆け出していた。それに呼応するかのようにジゼラがボウガンの矢を変異体に向かって放った。

 ジゼラの矢が変異体の目を貫いた。変異体は悲鳴をあげながら動きを止める。その隙に距離を詰めたコウキは、形成した刀を変異体の首に突き立てた。さらに力を込め引き裂く。

 頸動脈を切断したことで血が噴水のように噴き出す。そして変異体はそのまま血の海の中に崩れ落ちた。

 頭から被った返り血を手で拭いながら、コウキは足元で倒れたままのステラに目をやる。コウキと同様に返り血で全身真っ赤になった彼女は呆然とした顔でコウキを見つめていた。

「……あの――」

 コウキが声を掛けると、ステラはビクンと肩を震わせ、上体を起こした。そしてあたふたとした様子で自分の顔や体を触りながら口を開く。

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