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The Great Hope of the Universe  作者: 佐久謙一
第二章 生存者
12/38

2-2

「二人共、急いで丸太馬に乗って! 囲まれる前にここを離れるよ!」

 ジュンの言葉を受け、ジゼラは小さく頷きながら丸太馬に跨った。コウキは戸惑った表情のまま固まっていたが、ジゼラに促され、慌ててジゼラの後ろに乗った。手に触れた丸太馬の皮膚は陶器のような肌触りで、ひんやりとしていた。

「振り落とされないように捕まってて! 行くよ!」

 ジュンがそう叫び、丸太馬を叩く。その瞬間、見た目からは想像できない速さで丸太馬が急発進した。振り落とされそうになったコウキはジゼラの腰に腕を巻き付ける形でしがみつく。

「ちっ、追ってきたね!」

 ジゼラが振り向きながら悪態をつく。コウキも後方に視線を向けると、こちらに向かって走ってくる影が見えた。

 それは遠目には狼の群れに見えた。リーダーらしき狼を先頭に、複数の狼がそれに従っている。しかしよく目を凝らして見ると、その狼達は爬虫類の様な鱗に覆われていた。

「あれが毒狼?」

「あぁ、私らのグループではトカゲみたいな狼だからリザードウルフって呼んでたね。奴ら皮膚が固くてね。おまけに毒まで持ってるから噛まれるとやばいんだ」

 ジゼラが説明しながらボウガンを片手で持ち上げ、後ろに構える。そして間髪入れずに矢を発射。放たれた矢は先頭の狼の顔を貫いた。

 狼が悲鳴をあげながら地面を転がる。リーダーがやられたことで他の狼も追跡を諦めたようで、群れは徐々に遠ざかっていった。

「いやぁ、見事な腕前ですね!」

 ジュンが前を向いたまま明るい口調で言った。

「これほどの腕なら仲間も歓迎してくれますよ。ぜひ紹介させてください」

「悪いけど私はこの子の付き添いでね」

 ジゼラはコウキを指差しながら言った。

「この子を安全なところまで届けたら私は仲間のところに帰るよ」

「そうですか。仕方ないですね」

 ジュンは残念そうに息を吐きながら言った。

「あの、ジュンさん」

 しばらく走ったところでコウキがジュンの名を呼んだ。

「何だい? えっとコウキくんだったね」

 ジュンが前を向いたまま尋ねる。コウキは小さく返事をすると言葉を続ける。

「ジュンさんは免疫保持者なんですか?」

「僕? 違うよ。どうして?」

「え、いや……」

 コウキはジゼラにちらっと視線を向け、再び口を開いた。

「何かに変異しているようには見えなかったので」

「分かりにくいけど、これでも変異してるよ。なんか免疫を持たせるために、遺伝子をいじくりまわして人の姿を維持した変異をさせるんだっけ? それをやろうとしたんだけど失敗したみたいで、元の人間のままではいられなかったんだ。。研究所の人達からは変異体ではなく異能体と呼ばれていたけど」

「異能体?」

 コウキが聞き返すと、ジュンは顎に手をやりながら言葉を続けた。

「え~と、他の物質による干渉を受けた者が変異体で、元の姿を保ったまま他の物質に干渉する力を得たのが異能体――だったかな? とにかくそんな感じ」

「物質への干渉? それってどういう意味ですか?」

「簡単に言うと超能力みたいなものだよ。僕らのグループはそんな異能体の集まりなんだ」

 初めて聞く話に、コウキは驚いた声を上げる。

「それじゃあジュンさんも何か超能力を使えるんですか?」

「うん、使えるよ。残念ながら僕の能力はちょっと特殊なんで、今は見せられないんだけどね。ホームに戻ったら説明してあげる」

「そこに免疫保持者がいるって聞いたんですが」

「免疫保持っていうのは何も能力が無い人の事を指してるのかな?」

「多分そうです」

 コウキの言葉に、ジュンははっきりとした口調で答えた。

「それならいるよ。二人」

「二人?」

 コウキは思わず聞き返す。ジュンの言葉は続いている。

「マイクとステラの二人だね。マイクは一番年上の男性で、僕らのグループのリーダーみたいな人なんだ。元軍人で頭も良くって皆から頼りにされてるよ。ステラは若い女性で――えっと、ちょっと我儘かなぁ。僕の事を臭いとか近寄るなとか言ってくるんだ。あ、僕がこんなこと言ってたなんてステラに言わないでね?」

 ジュンは乾いた笑いをあげながら言った。コウキは小さく返事をしながらも、その視線は腰のアミィに向けられていた。アミィは静かだった。

「……アミィ。何でさっきからずっと黙っているんだ」

 アミィを口元まで持ち上げ、そっと呟く。

「……失礼。話す必要性を感じなかったもので」

 少し間を置いて、アミィが答えた。コウキは眉をひそめながら言葉を続ける。

「何で彼の言ってることとアミィの言ってることが違うんだ。彼はアミィの事なんて知らないって言ってるぞ」

「私が作成されたのは彼が研究所を離れた後ですので知らなくて当然です。それに私は全ての被験者に私と同等の武器が支給されているとは言ってないはずです」

「免疫保持者が僕の他に二人っていうのは?」

「マイクという男性については彼の言う通りです。アメリカ黒人の男性、年齢は四十。陸軍に所属していましたが、脚の怪我が原因で退役しています。変異体でも異能体でもない、純粋に人間の姿のまま免疫を獲得した最初の人類です。対してステラという女性ですが、こちらはデータがありません。もしかしたら他の研究所の人間かもしれません」

「僕が――」

 コウキは一瞬言い淀み、険しい表情を浮かべて言った。

「僕が研究所で見つからなかったって言う話は?」

「残念ながらデータが無いので答えられません」

 アミィの冷たい返答に、コウキは苛立ちを覚え、アミィを持つ手に力がこもる。

「コウキ、これだけは言わせてください」

 アミィの口調は変わらなかったが、どこか申し訳なさを含んでいるように感じた。

「私は何があろうとあなたの味方です」

「……どうだか」

 コウキは吐き捨てるように呟き、アミィをホルスターに仕舞った。

「――それで何でこんなに嫌われるのかなぁって。コウキくん、何かいいアドバイスないかい?」

「えっ?」

 突然話を振られ、コウキは思わず素っ頓狂な声を上げた。アミィと話している間も、ジュンはずっと喋っていたようだった。

「あれ? もしかして聞いてなかった?」

「……あ、すみません。聞いてませんでした」

「ひどいなぁ、結構真剣に悩んでるのに!」

「ま、男の愚痴なんて誰も聞きたがらないものさ」

 ジゼラが笑いながら言った。ジュンは肩を落として悲しそうにため息を吐いている。

「ええっと、それであそこで煙が上がってるのがホームですか?」

 コウキは話題を変えようと質問する。ちょうど向かっている先に三本の煙が上がっているのが見えたのだ。

「え、煙?」

 コウキの言葉を受けてジュンが顔を上げる。その瞬間、青ざめた顔で目を見開いた。

「た、大変だ! あの煙は急いで戻れの合図だ! ホームで何かあったんだ!」

 ジュンがそう叫ぶと共に丸太馬がスピードを上げた。ただならぬ様子にコウキも険しい表情で煙を見つめる。

「あぁ、やっちゃったよ……。ちょっと遠出しすぎたんだ。でも、そのおかげで君達に会えたってのもあるし……。他の皆はもう戻ってるのかな。まだ一人もやられてないのが救いだけど」

 ジュンが頭を掻きむしりながら呟いている。やがて遠くに大きな建物が見えてきた。

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