表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The Great Hope of the Universe  作者: 佐久謙一
第二章 生存者
11/38

2-1



 コウキとジゼラは肩を並べて歩いていた。二人の間で特に会話は無く、互いの足音だけが一定のリズムで鳴っているだけだった。道は平坦で地平線が見えるほど見通しが良かった。

「キリンだ」

 足を止めてジゼラが呟いた。視線の方向に顔を向けると、遠くに崩れかかった建物があり、それを囲むようにしてキリンらしきシルエットの動物が群がっていた。

「あれがキリン?」

 コウキはキャンプで聞いたコンクリートを食べるキリンの話を思い出した。遠目には確かにキリンのように見えるが、頭が球状の形をしていて一回り大きかった。

「興味深い変異ですね。カタツムリが殻の形成に必要なカルシウムを摂取するためにコンクリートを食べる話は聞いたことがありますが、それと同様の行動なのでしょうか。近くで観察してみたいものです」

 アミィがやや興奮した口調で言った。その様子に、ジゼラは首を振りながら口を開く。

「止めておきな。奴らはかなり凶暴で足も速い。私の仲間も怪我を負わされたことがある」

 ジゼラの言葉にコウキは神妙な面持ちで頷いたが、アミィは少し不満な様子だった。

「目的地にはまだかかりそうなんですか?」

 しばらく歩いたところでコウキが尋ねた。

「あぁ、そうだね。目的地はフレデリック方面だろ? 歩きだと軽く十時間以上かかる距離だ。北へ真っ直ぐ進むだけだから迷うことはないけど、どこかで夜を明かす必要があるね」

「そんなに遠いんですか?」

「だいたい四十五マイルくらいかねぇ」

「えっと四十五マイルってことは――」

「およそ七十二キロメートルです。東京から千葉くらいでしょうか」

 アミィが補足するように答えた。その言葉を聞いた瞬間、コウキはどっと疲れが押し寄せてくるのを感じた。アミィから目的地を告げられた時、ジゼラが小さく驚きの声を上げていた理由をやっと理解した。

「ほら、元気だしな。男の子だろ?」

 足を止めたコウキに、ジゼラが明るい調子で声を掛けた。コウキは不満そうにアミィを一瞥すると、大きく息を吐き、再び歩き始めた。

 どれだけ歩いただろうか。

 周囲に朽ち果てた建物がまばらに見えてくるようになったが、それ以外に景色の変化は無い。日が傾き、辺りが薄暗くなっていく。

 その時、ジゼラが突然足を止めた。

「何かいるね」

 ジゼラはそう言うなり、腰に下げていたボウガンを手に取った。その行動に、コウキも足を止めてジゼラの後ろについた。

「坊や、あれが見えるかい?」

 そう言ってジゼラが前方を指差した。そちらに顔を向けると、建物の隙間の向こうに、こちらに近付いてくるシルエットが見えた。薄暗くてよく見えないが、その影は四足歩行の動物に見えた。

 ジゼラが口の前で指を一本立て、足元を指差す。コウキは頷いてその場に屈んだ。

 ジゼラも小さく頷くと、足音を立てないよう移動し、少し離れた瓦礫の影に隠れた。影の進行方向から、挟み撃ち出来る場所を陣取ったようだ。

 影が徐々にこちらに近付いてくる。足音は全く無く、砂利を踏みしめる音が微かに聞こえるだけだった。

 コウキは息を殺してアミィをホルスターから抜く。いつでも飛び出せるよう影とジゼラに交互に視線を向ける。

「あのぉ、もしかしてですがぁ、こちらにどなたかいらっしゃいませんかぁ?」

 その時、間延びしたような声が影から発せられた。コウキは困惑した顔でジゼラの方を見る。ジゼラも戸惑った様子でこちらを見つめ返してきた。

「人影が見えたものでぇ。寄らせてもらいましたぁ。こちらに敵意はありませんよぉ。良かったら姿を現してもらえませんかぁ?」

 再び声が聞こえてくる。影がこちらに近付き、その輪郭が朧げに見えてきた。

 それは人間の男性だった。短く刈った黒髪と人当たりの良さそうな顔つき。服はベージュのジャケットにジーパンを身に着けており、長弓を肩に引っ掛けている。そして何より目を引いたのが、彼が跨っている四足歩行の謎の生き物だ。ずんぐりとした長い胴体に、象に似た太い足を四本生やしている。頭部は見当たらず、本当に生き物なのかどうか疑わしかった。

 コウキはジゼラに視線で尋ねる。ジゼラはしばらく考え込んでいたが、やがて意を決したように頷くと、ボウガンを構えながら物陰から躍り出た。

「動くな!」

 ジゼラが声を上げる。突然姿を現したジゼラに男性は驚いた顔で両手を上げる。だがジゼラの姿をしばらく観察した後、その顔ににっこりと笑みを浮かべた。

「あぁ、良かった。やっぱり人がいたんですね」

 ボウガンを向けられているとは思えないほど落ち着いた声だった。その反応にジゼラは明らかに戸惑っている様子だった。

「落ち着いてください。僕は敵じゃありません。僕の名前はジュン・シー。皆からはジュンと呼ばれています」

「あんたが敵かどうかを決めるのは私だ」

 ジュンの言葉を遮るように、ジゼラは言った。その様子にジュンは戸惑った表情を浮かべる。

「コウキ、彼の言葉に嘘はありません」

 その時、コウキの手元でアミィが言った。

「研究所のデータベースに彼の情報がありました。名前はジュン・シー。国籍は中国。コウキと同様、第三研究所の被検体の一人です」

「おや、そちらにももう一人?」

 アミィの声を聞いて、ジュンが尋ねる。コウキは一瞬迷ったが、物陰から姿をさらしてジゼラに顔を向ける。

「――ということらしいです。ジゼラさん、彼は敵じゃありません」

「……そのボールちゃんのデータは信用できるのかい?」

「アミィです。私が保証します。彼に私達の生命を脅かす能力はありません。この場において一番危険なのはあなたです」

「……そうかい、分かったよ」

 アミィの言葉を受け、ジゼラはボウガンを下ろした。その行動に、ジュンはほっとした顔で息を吐いた。

「いやぁ、すみませんでした。警戒させるようなことをしてしまって。何分久しぶりにまともそうな人を見かけたもので――」

 ジュンはそこまで言って顎に手をやる。

「いや、初めてかな? 前に出会った人には腕を持っていかれちゃったし」

「はい?」

 コウキは思わずジュンの両腕を見る。どちらも義手には見えない。

「生存者は他にもいるのかい?」

 ジゼラが尋ねる。ジュンはゆっくりと頷いた。

「はい。僕の他にも生き残りが四人います。全員研究所の被検体だった人達です。君達も?」

 ジュンの問いにジゼラは首を振った。

「被検体だったのはこの子だけ。私は外の世界で生き抜いてきた生存者さ」

 ジゼラの言葉に、ジュンは大きく目を見開く。

「すごい。このモンスターだらけの世界で生き抜いてきたんですか? ずっとお一人で?」

「いや、仲間がいる。今は事情があって別行動してるけどね」

「他にも生存者のコミュニティが? 素晴らしい! 良かったら僕達のグループと合流しませんか?」

「……いや、それはやめたほうがいいだろう」

「え、はぁ?」

「それより――」

 ジゼラはジュンの足元を指差しながら言葉を続ける。

「その、なんなんだい? あんたが乗ってるその生物は?」

「え、こいつですか?」

 質問を受け、ジュンは笑顔を浮かべながら跨っている生き物をぽんぽんと叩く。

「さぁ? 何の生き物かは知りません。僕らは丸太馬って呼んでます。物資を探しているときにたまたま見つけたんです。すごく大人しいですし、方向を指示してやるとちゃんとそっちの方向へ進むんです。便利なんでそのまま乗り物として使わせてもらってます」

「よく得体のしれない物を傍においておけるね」

「十日ほど乗り回していますが、襲われる気配はありませんよ。多分無害な生き物なんでしょう。何か食べてるところを見たことが無いので本当に生き物かは分かりませんが」

 ジュンは声を出して笑いながら言った。その能天気な態度に、コウキは呆れたように息を吐いた。

「そういえば君も珍しいものを持っているね。それ、どこで見つけたんだい?」

 ジュンがアミィを見つめながら尋ねてくる。その問いに、コウキは眉をひそめてジュンを見つめる。

「え? これを知らない?」

「ん? うん、そうだけど」

「これって被検体全員に配られてるんじゃ?」

「配られる? そんなものを貰ってる人なんていなかったよ。そもそも初めて見たし」

 ジュンの言葉にコウキは眉をひそめてアミィに視線を向ける。だが、アミィからは何の言葉も返ってこなかった。ジュンは腕を組んで言葉を続けている。

「そもそも、君は第三研究所にいたって言ってたよね?」

「え、はい」

「おかしいな。研究所から脱出する時に、保存用カプセルはマイクと一緒に全部調べたはずなんだけど――生体反応が残っているカプセルは一つも無かったはずなんだよね」

「……え、それってどういう――」

「どこか見落としてたのかなぁ」

 その時、彼らの言葉をかき消すかのように甲高い獣の遠吠えが鳴り響いた。声の大きさからして距離は近い。

「まずい。毒狼の声だ」

 ジュンが険しい表情で呟く。そして丸太馬を指差しながらコウキとジゼラに向き直った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ