1-9
コウキは食料品を詰め込んだナップサックを持ち上げて肩に担いだ。大量の缶詰に飲み水も入っているため思ったよりも重かった。
「忘れ物はないかい?」
コウキが顔を上げると、同様にナップサックを背負ったジゼラが建物の入り口に立っていた。コウキは無言で頷いた。
外に出ると、ジゼラの仲間達が無言でこちらを見つめてきた。
「誰か言葉の話せる奴はいないかい?」
ジゼラが一人一人に声を掛けている。しかし返ってくるのは小さな唸り声だけだった。
「……言葉を話せるのは私しか残ってないみたいだね。だが私の言葉は分かるはずだろ? ずっと一緒に狩りをやってきたんだ」
ジゼラはそう言うと、建物の扉を閉めて南京錠をかけた。
「いいかい? あんた達はこの建物を守るんだ。食料は自分達の分だけでいい。あとは今までと変わらない。ここに変なのが寄ってこないよう、しっかり守るんだよ」
ジゼラの言葉に返事をするように、仲間達が唸り声をあげる。その反応に満足するようにジゼラは頷くと、コウキに向き直った。
「出発しようか、坊や」
コウキは静かに頷いた。
キャンプ地から出た二人は、並んで荒れ果てた道を歩いていく。ジゼラはキャンプが見えなくなるまで何度も振り返り、その都度小さくため息を吐いていた。
「あの、ジゼラさん。本当に良かったんですか?」
しばらく歩いたところでコウキは尋ねた。
「僕としてはジゼラさんが一緒に来てくれることは心強いです」
「まぁ、確かにあいつらだけじゃ心配さ」
ジゼラは肩をすくめながら答える。
「でもそれ以上に坊やが心配でね。この辺の土地勘なんてないだろうし、危ない生き物もたくさんうろついている。だから私は坊やについていくことにしたのさ」
ジゼラはそう言って、コウキの頭をぽんぽんと叩いた。完全に子供扱いされている感じだったが、不思議と嫌な気分はしなかった。
「……私はあなたを信用した訳ではありませんが」
対してアミィの方は未だにジゼラに不信感を抱いていた。その反応にジゼラは自嘲気味に鼻を鳴らす。
「坊やに危害を加えようとしたせめてもの償いだよ。何、安全な場所に着くまでの辛抱さ。あぁ、それと坊や――」
ジゼラはコウキに顔を向け、静かな声で言った。
「もし私がまた獣に戻るようなことになったら――次は容赦なく首を跳ねておくれ。それが人間だった頃の私の願いであったことを忘れないでおくれ」
突然の言葉に、コウキは険しい表情で足を止めた。返す言葉が見つからず、無言のままジゼラの顔を見つめる。ガスマスクで覆われたジゼラの表情は見えないが、どこか優し気な雰囲気を醸し出していた。
「……坊や、母親は好きかい?」
「え?」
「どうなんだい?」
ジゼラの質問にコウキは思わず顔を伏せる。脳裏には酒に溺れた母の背中が浮かんでいた。酒瓶とゴミにまみれたキッチンで突っ伏している母の姿が。
「僕は――」
やがてコウキは呟くようにして言った。
「僕は――分かりません。ただ僕は、母から逃げました。見捨てたんです」
「そうかい」
コウキの言葉を聞いたジゼラは小さく頷いた。
「坊やは悪い子だね」
そう言って、コウキの頭を優しく撫でた。
「私の事は見捨てないでおくれよ」
ジゼラはそれだけ言うと、再び歩き始めた。
コウキはジゼラの背中を見つめる。何か返答をしようと口を開きかけるが、かつて目を逸らした母の背中と同様に、コウキは何の言葉も口にする事が出来なかった。




