職業選択自由権
じいちゃんが若い頃就職するにはまず会社説明会に行ってその会社の特徴を知り、書類を送ったりエントリーシートを書いたり面接したり、となんだかとんでもなく手間がかかっていたらしい。
それだけ手間暇かけても会社がいらないと言えば採用されず、他の会社がいいんでと言われれば内定辞退となる。なんとも言いがたい、本当に手間と時間の無駄な事この上ない。
今はとっても楽だ。まず3歳から15歳までの健康診断書、学業と運動の成績表、メンタルチェック表でだいたい大きくその人のタイプが振り分けられ、15~16歳の一年間行われる細かいタイプ診断によりその人が一体どんな人間でどんな仕事が向いているのかがわかる。
そして最後に質問表に答えればめでたく一番自分に合った就職先を見つけてくれる。むしろそこしか行く道がないというのが示されるのでそこがいやだと自分で判断したら無職だ。職業訓練所に最低2年通い、自分に合わない職務内容を鍛える事で別の道を探すしかない。
自分の決めた道が憧れた職業と違ってショックを受けないようにと、職業の内容は子供のうちは細かく明かされないのが今の日本のルールとなっている。だからいわゆる「サラリーマン」とやらは何をしているのかまったくわからない。
今日俺は進学をせず就職したいという意思を伝え、いよいよタイプ診断の最終段階にやってきた。普通テストというと端末にむかって淡々と答えを選択していくだけなのだが、このテストだけは人対人だ。しゃべる時の仕草、話し方なども細かくチェックされるからだ。
「番号1009BRE、ハタナさんですね」
「はい」
「それではこれから質問をします。今までのテストと違い、これは選択性ではありません。自分の意見を言ってください」
珍しいと思った。今の世の中ほとんどテストは選択性だ。こういう自分で考える系のテストは採点がしづらく評価できないということで成績をつけるテストからは敬遠される。まあ相手の考えを知るならそういうほうがいいのだろうか。
「では質問です。今日のパンツの色はなんですか」
「履いてたっけ? いや履いてますね、はい。えーっとちょっと待ってください」
「あ、脱がなくて結構です」
ベルトを外そうとしたら相手が静かに止めてきた。別にパンツの中身を丸出しにしようとしたわけでもあるまいし、そんな態度しなくても。
「いや、無意識に選んだんで覚えてないんですよ。見ますからちょっと待ってください」
「いえ結構です。次の質問いきます。……すみません、やっぱりいいですか。履いてたっけ、ってなんですか履いてない日があるんですか」
「いやないですけど。パンツ履くとかもう無意識レベルの行動じゃないですか。履いてない事はありえないですけど改めて聞かれるとまずそこから確認しなきゃって思って。あ、今思い出しましたけどたぶんグレーです」
「そうですか。次の質問いきます」
後で友人にこの質問の意味を聞いたが、たぶん目的は本当に色が知りたいんじゃなくて動揺するとか真意を確かめようとしたりとか、馬鹿正直に答えるとかでどんな人間なのかはかろうとしたんじゃないかということだった。
ふざけて確かめようとする馬鹿はいるかもしれないが、大真面目に確かめようとする以前に履いてるかどうかを確認しようとする大馬鹿はさすがに想定外だったんだろうと言われた。
次の質問です、と言われて質問を待つとその人はこちらを指差して一言、
「これはなんですか?」
と言ってきた。これ、というのがどれを示しているのかわからないがとりあえず質問には答えよう。
「たぶん餃子です」
「餃子」
「はい、たぶん」
指差した先にあったのがなんなのかは知らないが、今すごく餃子が食べたい。
「ふむ。まだ2問しか聞いていませんが、貴方のタイプがなんとなく絞れました。ここからはちょっと特殊な質問にいきます」
「え、今の二つは特殊じゃなかったんですか」
「ごもっとも。ではいきます」
なにやら端末を忙しなく操作すると目的の質問集に辿り着いたのか動きが止まる。
「目の前で銀行強盗が起きました。貴方に金を出せと銃をむけてきます。どうしますか?」
「むしろこっちが金ほしいんだクソが、と言ってから側頭葉に一発食らわせます」
「電車に乗っていたら女性が痴漢にあっています。どうしますか」
「痴漢している男の竿をもぎます」
「公園で複数の男子が一人の男子を『っうぇーい!』と楽しそうに蹴りまくっています。どうしますか?」
「っうぇーい!! って言いながら蹴っていた奴を蹴転がします」
「飛び降りてやる! ここから死んでやる! という男がいますが」
「羽ばたいてみせろと言って帰ります」
「おれおれ、俺だよ! 会社の金500万電車に忘れちゃって!」
「そうか、頑張って500万稼げよ応援してるから、電話切ります」
「よーよー、金もってんだろかしてくんねー?」
「頭が高いので腹パンします」
「お隣から子供の泣き叫ぶ声がするの、このままじゃあの子死んじゃうんじゃないかしら」
「窓割ってダイナミックお邪魔します、子供抱っこします、親は頭突きです」
「終了です」
「すみません本当にこれ職業選択のテストですか」
なにやら大満足とでも言いたそうな質問者の人に素朴な疑問を口にした。相手の人はにこにこと楽しそうだ。
「はい。では結果をお伝えしますね。どんな事態が起きても自分のペースを崩さずそれでいて冷静、相手が望む行動をあえて避けて一番手っ取り早く物事を片付けられるその肝の据わった性格。貴方が進む道は一つだけです。もう明日からでも来ていただいて構いません。ようこそ新人君、我が職場へ。ああよかった、6年ぶりの新人が見つかって」
渡された資料を見ながら、ふむ、と決定された自分の人生プランを眺める。いろいろ手続きを終えて家に帰り、無事就職が決まった事を告げると今日はごちそうだと家族全員でお祝いムードとなった。
酒を飲みながら兄貴が聞いてくる。
「で、お前何に決まったんだ」
「兄ちゃんと同じ」
「そっかー、よかったなー面白いぞこの仕事は。やりがいもヤりがいもあるぞー」
あっはっは、と楽しそうに笑う兄貴に俺は前々から思っていた事を言ってみた。
「兄ちゃん警察だったんだな。ヤクザか殺し屋でもやってんのかと思ってたよ」
翌日めでたく入庁したわけだが、兄ちゃんにこいつ弟なんだと紹介されればまわりは「ああ~」と物凄く納得したような顔をして、初仕事が立てこもり事件の対応だったわけだがどたばたと過ごし夜に先輩と話をした。
「どうだった、警察の仕事」
「最終的に物理的説得で片付くのでヤクザか殺し屋っぽいなと思いました」
「うん、間違ってねえわそれ」
END