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ポンニチ怪談

ポンニチ怪談 その36 カンセン後

作者: 天城冴

ニホン国中で新型肺炎ウイルス感染者が激増する中、国際的スポーツイベントを観戦したコンペイ。妻の猛反対の中、息子を強引に連れて行った結果は…

アツい…

夏だから当然か、とコンペイはぼんやりと考えた。

今年は去年より暑くなりそうだ。いつもなら、冷房のよく効いた都心のオフィスで仕事なのだが、去年に続き今年もリモートワークを言い渡され、自宅マンションで仕事だ。あまり冷房の温度を下げると妻に文句を言われる。リビングを妻と息子と分け合って使っているので、好き勝手に温度を設定できないのだ。もっともリモートワークのおかげで好きに時間を使うことができた。

 念願のあの大会を見に行けたのだ。5年前からチケットを買うために奔走した。まだ4歳だった息子、コンジと一緒に行くことを楽しみに無理して手配した。開催予定の前年には上司に有休をとれないかと相談もした。妻は呆れていたが、それほど楽しみにしていたのだ。延期になったときは、休めなかったらどうしようと思案したものだが、リモートワークで助かった。一応上司には連絡したが、妻は猛反対した。“新型肺炎ウイルスの蔓延で、不要不急の外出は禁止よ、ワクチンだってまだ打ってないし、コンジは打てないのよ。あなたの実家にも帰れない、行きつけのレストランにも、もう半年以上いってないのに、行けるわけないでしょ!”。だが、コンペイは笑って“大丈夫、俺も対策してるし、会場の対策だってやってるんだろう。行き帰りは車だから”ととりあわなかった。テレビではだめなのかという妻を押し切って、渋る息子を連れだした、あの日の試合。あの競技を間近に見れて本当によかった。息子は終わった後もぐずっていたが、いずれ一生の思い出になるだろう。夏休みが終わったら、きっと友達に自慢するに違いない。テレビのインタビューで感動を伝えた観客は僕のお父さんだよ、僕も観に行ったんだ、すごいだろ、と。

それにしても尋常でないアツさだ。アツいのに汗が出ないように感じるのは汗が出た瞬間に蒸発するほどの温度なのだろう。妻は寒がりだが、これはとても仕事のできるアツさではない。

どういうことだろう、周囲を見渡そうとしたが、なぜか動けない。

そういえば、真っ暗だ、ひょっとして停電なのか。

コンペイが耳を澄ますとかすかに話し声が聞こえた。

「だから、反対したのよ!こんなときにあんなもの観に行くなんて!死にに行くようなもんだって!」

「カナヨ、落ち着いて。こんなことになってしまって、お前が取り乱すのはわかるけど、コンペイさんとコンジ君が…」

「無理よ、母さん!いっぺんに二人とも!」

「カナヨ…」

「あれほど、家で観戦してて、っていったのに、車だから大丈夫だなんて!一日の感染者を見てよ!いくら入場制限があったって、都心から離れた会場だからって、それなりに人は来てたじゃない!変異株ってすれ違っただけでも感染するって言われてたのに」

「お前から聞いたとき、まさかコンペイさんが、そんな無茶をするとは思わなかったけど。それにしてもコンジ君もコンペイさんも、こんなにすぐに悪くなるなんて。子供は重症化しないんじゃなかったのかねえ」

カナヨの母が涙声でいうのが聞こえる。

「向こうのお義父さんもそういって泣いてたわ、お義姉さんの娘さん、キンカちゃんがなくなったときに。あの子、病気とかなくて、下手するとコンジより元気な子だったのに、あっという間だったそうよ。実の姪のお葬式にも行けない状態なのに、あんな試合なんて観に行くからよ!」

ヒステリックな妻の声が響く。

 違うんだ、コンペイは声にならない弁明をする。

俺だって、キンカが死んで悲しい。だけど、それとこれとは別じゃないか。どうせ帰ることができないんだったら、4年に一度、しかもニホンで開かれた大会に行ったって、ゴリンを見に行ったって、いいじゃないか。

「そういえば、なんだってコンジ君をつれてったんだい?あの子はスポーツとかより、恐竜とか昆虫とかのほうが好きだったろう。恐竜博を見に行けなくなったってガッカリしてたから、最新の図鑑を買って送ったはずだけど」

「コンペイさんが強引に連れてったのよ、試合を見せて感動させればスポーツをやるようになるだろうって。体を鍛えるためとかいってたけど。サッカーとかしなくても、ちゃんと適度な運動はしてたわ、あの子。前は、お友達とハイキングとか行ってたし。車ばかりのコンペイさんよりよっぽど健康だったのよ。それに、ちょっと夏バテ気味だったのを、無理につれだすから…」

妻の嗚咽が聞こえる。

まさか、コンジに何かあったのか、妻や義母のいい方はまるで…

「あんなにあっけなく、死んじゃうなんて、かわいそうにコンジ君」

「まだ、信じられない。遺体を直接見せてもらえないからなのかもしれないけど。新型肺炎ウイルスに感染した遺体との面会は禁止なんですって。明日、窓越しに会えるかもしれないけど。いっそ、コンペイさんが逝ったあとで一緒に会ったほうがいいかもしれないわね」

「カナヨ、そんないい方しちゃ」

「だって、母さん、コンペイさんも、もう手の打ちようもないのよ。病院はただでさえ満床。コンペイさんは無症状だったのよ、コンジの具合が悪くなってから、こんなになっちゃって。コンジは症状がでてすぐに悪くなって、救急車を呼んだのに入院先がなくて。そのときに、調子が悪いからって言ってたから、一緒に医者にいかせればよかった」

「でも、本人がいきたがらなかったんだろう?」

「そうよ、たいしたことないって。でも、行ったとしても診てもらえなかったかもね。この人、試合観に行ってテレビのインタビューにのんきに答えてたのよ、感染拡大とかいわれてるけど観に行ってよかった、感動だとか。それを見た看護師さんたちが、“あんな人感染しても看護したくない”とか言ってたのが聞こえたの。それはそうよね、だって自分から危険なことして、ただでさえ頑張ってすごく疲れてるお医者さんや看護師さんを余計に疲れされてるんだもの。いいえ、疲れたじゃすまないわ、倒れそうな医療従事者がたくさんいるって、もう限界、あんな大会中止ってネットで悲鳴上げてた医療従事者さんたくさんいた。医療崩壊に加担したようなものだもの、治療なんかしてもらえなくて当然かも」

「自業自得ってことになるのかねえ」

「この人はしょうがないけど、コンジはどうなるのよ。まったく観戦にいって感染なんて、笑えない笑い話よ」

半泣きになりながら言う妻。

コンペイは耳をふさぎたくなった。しかし、もう手がロクにうごかない。発熱が何日も続く体は内部での戦いに限界に達しそうだった。次第に意識がもうろうとしてくるコンペイの頭のなかに別の声がひびく。

“おいでよ、お父さん”

記憶に残るコンジの声。

だが、いつもと違う、どこか冷たい響き。

“僕のきたとこは、すごく寒いから、暑い暑いっていうお父さんにはちょうどいいよ”

“あの試合一生の感動とかいってたけど、感動なんかしてないよ。ただね、一生の最後のいやーな思い出にはなったかもね”

“キンカちゃんも来てるよ。馬鹿な大人のせいだって、怒ってた。学校でやっぱり無理に観に行かせられたんだって。おばちゃんが止めたのに、お祖父ちゃんが学校の成績がわるくなるかもっていかせたんだって。ひどいよねえ”

“お祖父ちゃん、泣いてたっていうけど、それなら行かせなきゃよかったのに。そういえば、おじいちゃん、僕のことしってるのかな?知ったら、どうするのかな。お父さんのやったことだから、お母さんに謝るのかな、おじいちゃんは人に謝ったことがないっていうけど”

ああ、やはり、そうなのか

“お父さんのせいで僕が死んじゃったこと、聞いたらホントにお祖父ちゃん、どうするのかな”

コンジ、す、すまない

やはり妻の言う通りつれていかなければよかった。

嫌がっていたのだからやめればよかった。

それなのに俺は

“つまんない、オヤジの意地で、ホント、ひどい目に遭ったってキンカちゃん言ってるから。オジサンに仕返しするからってさ。僕も仕返ししていい?お父さんの自分勝手な感動とかのお返しだよ”

息子の恐ろしいセリフにコンペイは震えあがりそうだった。しかし体中の炎症は熱をあげるばかりで、次第に意識がもうろうとしてきた。後悔と恐怖におびえながらコンペイは息を引き取った。


どこぞの国では酷暑とウイルスの蔓延の中、国民どころか参加した選手からも大批判されるスポーツイベントを強行しているようですが、正気なんですかねえ。すでに開催側のほうが暑さとか何らかの病に頭をやられてんじゃないかという感じで、開催反対派を揶揄してる方までいるようですが、どっちが後々非難され、責任を無理やりにとらされる羽目になりかねないのか、よーく考えていただきたいものです。

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