番外編:お母さんの召喚(見知らぬ将軍目線)②
アケミを元の世界へ帰すために、まずリーグルは自身が所属する軍隊を紹介した。
男ばかりの空間に女性を入れることは躊躇われたが、自分が守ればいい。
穏やかで包み込むような優しさを持ったアケミは、すぐに周囲と馴染んだ。
そして、さすが異世界の勇者と言うべきか。アケミの能力は恐ろしいものだった。
鬱蒼とした森の一部を、はたき一振りで更地に変えてしまったのだ。激しい爆撃魔法だったにも関わらず、チリ一つも残さない。恐ろしい魔法だった。
「あらあら、綺麗になりすぎちゃったわね」
能力が開花しても、アケミはのほほんとしていた。
アケミの能力と、我が軍が協力すれば敵の要塞を落とすことなど容易だろうとリーグルは思う。
「お夕飯が出来ましたよ」
アケミと共に過ごすようになって、一番変わったのは食生活だ。男やもめばかりの、ろくに家事もできない集団。行軍の際は干し肉や硬いパン、具材をぶち込んだだけのスープでもあれば良いほうだったのに。
「今日もうまそうだな」
目の前には、丁寧に味付けがされているのだろう、香りだけで食が進みそうな鶏肉の照り焼き。彩りの良いサラダ。とろとろと野菜の旨みが溶け込んだミソスープは、アケミの故郷の味を意識しているのだとか。どこから手に入れたのか、初めて食べたシロゴハンは、アケミが作る料理ととても合う。
「……うまい」
思わずほろりと笑顔がこぼれるほどに。
周りの兵隊たちもその美味しさに涙を流しながら飯をかき込んでいる。ここ最近毎日見る光景だ。
そして、その様子をアケミはいつも懐かしいものを見るように優しい笑顔で眺めている。
その視線が何を思っているのか分からないほど、リーグルは鈍感ではない。
「すまない、アケミ。すぐにでも故郷に帰りたいだろう。こんなところで行軍を止めてしまって」
アケミが召喚されてから、すでに2週間が経っている。はじめの1週間はアケミの能力の把握と軍隊の調整。そこから城を出発して、さらに1週間が経ったところだ。
向こうの世界では、おおよそ3日経ったというところだろうか。残してきた家族を想うと、気が気じゃないはずだ。
「大丈夫ですよ。何か理由があるのでしょう?」
リーグルを信じてくれる言葉に、胸が痛くなった。
「ここから東の山を越えると敵の補給部隊の基地がある。我々はそこを攻めようとしているのだが……」
ここで足を止めてしまったのは、リーグルのエゴだ。
軍人として、一人の男として、アケミに頼るしかない作戦を推し進めることに抵抗があったのだ。だからいままで、作戦をアケミにだけ話せずにいた。
「東の山には大型の魔物が大量にいる。我が軍だけではその山を越えるだけで消耗しきってしまうが、アケミの魔法があれば山を越えて敵地を攻められる。
敵も自然の要塞になると踏んで、そこに基地を作っている。このルートで行けば敵の背後を突ける」
アケミありきの作戦だ。自身の不甲斐なさを突きつけられているようで、アケミを見ることができない。
「……情けないだろう?自分たちの国なのに……あなたのような異界の女性に頼らないと、何もできないんだ」
自分たちの力だけでは祖国に何ももたらせないのだと。悔しさで握った拳を、ふわりとした温かさが包む。
「そんなこと、気にしないで」
ふわりと笑うアケミ。
「リーグルさんたちは、一緒に来てくれたじゃないですか。私一人を敵地に放り込むこともできたはずです。
それをしないのは、自分たちの力で国を守りたいからですよね?」
天使か。
優しい言葉と、温かくて柔らかい感触。心臓がビクンっと変な音をたてて大きく跳ねた。
動揺のあまり何も言えずにいるリーグルに、アケミは包み込むように声をかける。
「確かに、ここはあなたたちの国です。私たちばかりが頑張ってしまったら、あなたたちは胸を張って、ここが自分の国だとは言えないかもしれません。
でも……一緒に戦ってくれるんでしょう?」
ああ、好きだな……
ストンと胸におさまった気持ち。
国への忠義とか戦への意欲とかよりも先に、胸がその想いでいっぱいになる。
「……ああ、一緒に戦ってほしい。アケミ」
アケミの温かな手のひらに包まれたまま、リーグルはぐっと拳を握り決意を固める。
そうだ、この戦いが終わったらアケミに想いを告げよう。
将軍は、これを死亡フラグということを知らない……。笑