ここはどこ?
前世と今世の間。人のいい主人公に得体の知れない加護()が与えられます。すごい
ふわふわ。ふわふわ。
なんだか、すごく気持ちがいい。こんな気持ちになったのは、初めて。あぁ、きっとわたしは死んでしまったのね。でもこんなに気持ちいいのなら、あの苦しさから逃げ出せたのなら、わたしはきっと幸せね。
周りがキラキラ明るくなって、眩しくて目を開ける。
ここ、は?
この木は、わたしが気を失ったときに座り込んでしまった、あの木なのかしら。
ああきっと、お星さまが最後にわたしに幸せな夢を見せてくれているのだわ。このまま眠ってしまいたい。
『ねぇ、起きて。』
『起きて、起きて』
『お寝坊さん、起きて』
心地よい声が聞こえる。
こんな幸せな音を聞きながら、眠れるなんて。
『ねぇ、起きてよ。』
『そうだよ、起きて。』
『起きてくれなきゃ、イタズラするよ。』
妖精さま?それとも天使さま?きっとご先祖さまがわたしを天国に連れてきてくれたのね。なんて素敵なご先祖さまを持ったのかしら。こんなわたしでも、こんな幸せな気持ちにさせてくれるなんて。
起きてって言ってくれる声に応えたいけれど、眩しすぎて目が開けられない。そぉっと、そぉっと、目を鳴らすように目を開けようとすれば、夢のような世界が広がっていた。
「お、はよう、ございます…?」
『やっと起きたんだね。』
『お寝坊さんが、やっと起きたよ。』
『祝福を!祝福を!』
わたしを一生懸命起こしてくれようとしていた、声の主を見ると、この世のものとは思えない、綺麗と言う言葉で片付けてしまっていいのか、馬鹿なわたしでは現せない、とても、とても綺麗な光景が広がっていた。
「妖精、さま?それとも、天使さまなのかしら?
あぁ、さいごに夢のような光景をありがとうございます。
とても、とても幸せです。」
『ふふふ、変な子ね、望むものは何もないの?』
とても心地の良い声が聞こえる。
望むもの、望むもの。こんなわたしの、望むもの。
「わたしの、父と母と弟、それからこんなわたしを婚約者にしてくれた彼に幸福を。
それから、わたしが大切な彼らを見守る幸せが欲しいです。」
望みすぎ、かな。だけど、わたしにはそれしかない。
『人のことではなく、自分のことで望むことはないの?』
わたしが、望むこと。望んでも、いいのであれば、お腹いっぱいご飯を食べて、暖かい布団で眠りたかった。眠る時には父と母と弟が頬にキスをしてくれて、暖かい灯りの中で幸せな夢が見たかった。婚約者の彼と、学園にも通いたかったし、たまにで良いからお茶会や、お買い物をしたりして楽しい時間を過ごしたかった。彼に相応しい令嬢になって、ファーストダンスを踊りたかった。みんなが、わたしを自慢できるような、そんな令嬢になりたかった。
だけど、だけど、無理なのだ。わたしには教養も地位も見た目もなにもない。
ハンカチの刺繍を学ぶ時間もなければ、優雅にお茶をする、そんなマナーすら学ぶ時間はなかった。
でも、でも、そんなことなくたって、父と母と弟がいてくれたら、婚約者の彼が居てくれたら、幸せだった。貧乏だって、誰かに笑われたって、幸せだったのに。
「なにも、ないです。だって、わたしはこんな幸せな景色を見れて、わたしの願いを聞き入れていただけて、きっとすごく幸せで。
ご先祖さまが、きっとこの場所に連れてきてくれたから、わたしはこんなにも幸せな最後を迎えられるのに、これ以上願って、なくなってしまったら嫌…。」
キラキラ、ふわふわ。漂っている、星屑のようなもの。星屑のようなものが、わたしに語りかける。
『お寝坊さんは、頭がまだお寝坊さんなの?』
『せっかく、大精霊様が願いを聞いてくれるのに』
『お寝坊さんには、ぼくらの加護を与えよう』
『君に、最大の祝福を』
わたしの周りを漂っていた星屑たちが、わたしの中へ流れ込んだ。え、どういうこと?加護?わたしなんかに、加護なんてそんな不相応なものいただいてもどうしようもないのに。
『気まぐれな精霊たちが貴方に加護を与えてしまったのね。
加護を与えられてしまったからには、貴方は次の人生を歩まなければならないわ。
本当に、望むものはないのかしら?』
次の、人生?わたしの、次?
「次の、人生だなんて、わたしはただ、家族を、彼を見守れたらそれで幸せなのです。きっと、次でもわたしは、愚鈍な人生を歩むでしょう。それなら、このまま、最大の幸せを得たまま、彼らを見守ってはいけないでしょうか?」
『ダメね、精霊の加護を受けた人間は、ここには居られないのよ。人間の世界で、加護を得た分の幸せを、周りに与えなければならない。そうしなければ、世界の調和が崩れるわ。貴方一人を特別扱いできないのよ。この世界に来ることができる人間は限られているの。更に特別扱いなんて、できないのよ。』
「では、大精霊様、わたしを元に戻していただくことは可能ですか?」
父の元に、たまに届く婚約者の彼からの手紙を待つ日々に戻ることを、望みたい。
『あの世界で、貴方は死んだのよ。加護を受ける前であれば、それも可能だったけれど、加護を受けてしまった以上、前の人生以上の幸せを得られる人生を歩んでもらわなければ』
あの人生だって、わたしは幸せだったのに?
大変なことも、悲しいことも、辛いこともたくさんあったけれど、わたしは、幸せだったのに。
「大精霊様、わたしは、幸せでした。とても、幸せだったのです。最後には不相応なことを願ってしまった、ないものねだりをしてしまったけど、それでもわたしは幸せだったのです。わたしはこれ以上の幸せといっても、望むことができません。」
「それが許されないのであれば、大精霊様の思う幸せな人生を、わたしは今の記憶を持って生きていきたいです。そうすれば、その人生がどんなものであっても、わたしは幸せだと思えるでしょう。」
『欲のないこと。では、大精霊ーーの名の下に、貴方に最大の幸福と加護を。そしてーーの記憶を持ったままでの転生を、大精霊ーーの名の下に許そう。どうか、貴方がその綺麗な魂のまま、次の人生を歩めますように……』
キラキラと、ふわふわが強くなって、わたしの中に入り込む。すごい勢いのそれに、息もできなくなって、わたしの意識は薄れていく。
あれ、なんかわたし、大精霊様と精霊様の加護を賜った…?