泡沫の夏の物語
初めまして千弥瀧といいます。
前回投稿してから一年が過ぎてしまいました。ただその間も小説は書いていたのですが投稿する気になれなくて……。
今回はふと思いついていい調子で書き上げられたので勢いで投稿してしまった作品です。短編ですが皆様のちょっとした暇つぶしになれば幸いです。
あれは七歳の夏のことだった。
物心つく前から仲の良かった幼馴染と二人地元の花火大会に行ったのだ。
祭りの雰囲気に充てられていつもより二人ではしゃいでいた。
もらったお小遣いでかき氷や焼き鳥、たこ焼きなんかを食べて。
ざわめく会場であまりの人の多さにはぐれそうになって手をつないだ。
開けた港に来たが人が壁となって空が見えず、少し離れた人の少ない場所を探して歩きまわっていた。
そして見つけた人知れぬ穴場。
暗い道路のそば。
鳴り響く音に空を見上げれば夜に綺麗な花が咲き誇っていた。
幼馴染は瞳を輝かせ俺の手を引く。
「すごい! すっごく綺麗だね!」
「……うん」
その時の俺はどっちに目を魅かれていたのか、正直今ではよく覚えていない。
興奮した彼女はつないでいた手を離してもっと近くで見たいと駆けだした。
道路を横断して反対側の歩道へ。
かける彼女の後を追おうとして気づく。
夜空に咲く花ではない明かりが彼女を照らしていた。
破裂音にまぎれて聞こえるエンジン音が近づいている。
咄嗟に体が動く。
だが彼女と自分との距離は遠く。
車のほうが少し早くて。
「あかねッッ!!」
無意識に叫ぶ俺の声に反応した彼女がこちらを向いた。
いまだに車に気づいておらず、花火に目を輝かせたその表情はとても可愛らしくて。
「あかねぇぇぇぇええッッ!!!!」
再び彼女の名前を呼んだ。
「―――――ひと?」
「―――……しひと?」
「義人!」
「んぁ、え? ぁあ、寝ちょった……」
「もうっ、いつまで寝てるのよ。もう放課後だよ?」
「……んぁ……マジか」
幼馴染の声に目が覚めた俺は眠気を払うように背伸びをする。
ようやっと冴えてきた思考で彼女に視線を向ければ呆れたような表情で俺を見ている。
「義人はいつも寝とるよねぇ。私義人が居眠りしとらん日を見たことないよ」
「お前が言うんなら相当やなぁ」
彼女は俺の幼馴染だ。藤原茜。小中高と同じ学校でずっとクラスも同じだった。家は俺の家から三百メートルも離れていない場所で物心つく前からよく遊んでいた相手でもある、
見慣れた彼女の顔を見ていたらふいに視界が歪んだ。
「義人?」
「え?」
「……なんで泣いとるん?」
慌てて目元をぬぐってみれば手が濡れていた。
「やべ、欠伸が……」
「ちょっと、あれだけ寝てまだ寝たりないの?」
理由もなしに流れた涙。なぜか恥ずかしくつい適当言って胡麻化した。
「義人今日部活は?」
「休み」
「相変わらず弓道部は緩いよねぇ」
俺が所属している弓道部は全体的に雰囲気が緩く、顧問の気分次第で休みになったりした。
今日はその日でこのまますぐに帰るつもりだった。
「だったら一緒に帰ろ?」
「おう、いいぞ」
「ついでに本屋にもよっていい?」
「俺も丁度買いたい本があったなぁ」
荷物を片して茜を連れて教室を出る。
二人とも自転車通学なので駐輪場で自転車を回収して本屋へ向かう。
本屋に着いたら茜と別れて俺はラノベコーナーへ。茜は慣れた様子で漫画コーナーだ。
暫く面白い作品がないか探していれば茜が寄ってきた。
「それ続巻じゃないよね。どんな奴?」
「ん、えーっと。死んだはずの幼馴染が突然現れて、って感じで始まる恋愛ものっぽい」
「ほぇー」
自分で聞いてきておきながらあまり興味のなさそうな返事に苦笑が浮かんでしまう。
おそらく自分の用は終わったのだろう。そういった時茜はよくこういう反応をした。
「そんじゃ俺も買ってくるけ。ちょい待っといて」
「りょーかい」
ささっとレジに通して支払いをすまし茜とともに自転車にまたがる。
ここから家まで十五分。その間他愛もない話を投げ合いながら帰宅した。
「テスト勉強をしよう!」
「……急にきて何言っとるん」
「だってテストがあるんやもん」
「テスト明日からやぞ」
「……助けて義人ぉ!」
「はぁ、ほら上がれ」
「わーいっ」
テスト前日はいつもこうだ。約束もなく突然やってきては教えを乞う。
お世辞にも茜の頭の出来は良くないため毎回こうやって勉強を教えてやっているのだ。
だからいつもテスト前日は開けるようにしている。
二階にある自室に通せば慣れた様子でクッションに座り勉強道具を広げていく。
「とりあえず明日ある原価計算と国語総合だな」
「原価計算わけわからんよぉ」
嘆く茜にみっちりと仕込んでいく。
途中泣き言を言ったりしたが用意しておいたジュースやお菓子、プリン等で励ましながらどうにか赤点は回避できるぐらいまで教えることができた。
「ふぇぇ、疲れた……」
「まだ原価計算だけやからな? 国語総合が残っとるぞ」
「…………あっ、友ちゃん帰ってきたね!」
「おい」
現実逃避に丁度良く帰ってきた妹の友恵に反応する。床を這いながら扉を開けた茜は階段を登ってくる途中の友恵に声をかけた。
「友ちゃんおかえりー」
「あ、やっぱあかねぇ来てたんだ。ただいまー」
「あとで遊ぼうね!」
「うん!」
幼馴染らしく茜はうちの家族とも親しい。特に友恵にはよく構っていて友恵も茜のことは実の姉のように慕っていた。
しかしだ。
「今は勉強だろ」
「うぇ」
「あはは、いつもの光景だねぇ」
茜がテスト前に泣きついてくるのはいつものことだから当然友恵も知っている。毎度のことながら成長しない茜に友恵も少し呆れていた。
「うぅ、だって高校の授業難しいんだよぉ」
「私まだ中学生だからわかんないけど、そんなに難しいの?」
「んー、理解するつもりで授業聞いてりゃそこそこの点は取れるぞ?」
友恵に疑問に答えてやれば茜がむっとする。
「それは義人の頭がいいから! 普通あんなの理解できないよ!」
そんな茜に友恵と二人曖昧な笑みを浮かべてしまう。
確かに自分の頭は悪いとは思っていないが茜の場合ただ馬鹿なだけだろう。
若干拗ねた茜を宥め勉強の続きをする。
翌日から始まったテストでは勉強会の甲斐もあってかそこそこの手ごたえがあったらしい。
ただ茜自身は燃え尽きてしまったが。
「ほら」
「……おぉ、リンゴジュースだ」」
労いに茜の好きなリンゴのパックジュースをやれば少しは回復しおいしそうにジュースを飲む。
「よぉ、どうだったよ今回のテスト?」
「茜ちゃんは今回も赤点回避できそうなの?」
そこへやってくる男女が二人。男はずいぶんガタイのいい体つきをしていてその反対に女はだいぶ小柄だ。
この二人は篠田元と飯野綾子。元は中学のころから俺と仲良くしてくれる奴で飯野さんは高校で茜と仲良くなった人だ。ちなみに二人は付き合っている。
「あやちゃーん、私頑張ったよぉ」
「おぉよしよし」
「で、お前はどうよ」
「ぼちぼち。平均点は取ってると思うぞ」
抱き着く茜をあやす飯野さんが疑わしそうにこちらを見てくる。
「そういって谷村君今回もクラストップでしょ」
「……まぁ、自信はある」
谷村は俺の苗字だ。
飯野さんから目をそらしながらつぶやいた。
「俺は今回結構自信あるぜぇ。今回こそ義人から一位の座を奪ってやる!」
この元、ガタイがよく脳筋っぽい見た目をしているが頭はいい。毎回食らいついてきて少し冷っとしている。
「そうそう谷村君。今日部活休みだって」
「おぉ、了解」
飯野さんは俺と同じ弓道部だ。だからたまにこうやって連絡事項を教えてくれる。
「だからテストも終わったことだしパーッと打ち上げしない?」
「いいね! いこいこ!」
「……そうだな。行くか」
正直家に帰ってゴロゴロしたい気持ちではあったが瞳をキラキラ輝かせ期待している茜を見たら断れない。
俺は苦笑をこぼしながら了承した。
「無事テストを終えたことを祝して!」
『カンパーイ』
学校の近くにあるファミレスで俺たち四人はジュースの入ったコップをこつんとぶつけ合った。
早速とばかりに茜と飯野さんは頼んだ甘味に舌鼓を打つ。
キャッキャキャッキャと楽しそうな二人の隣で俺と元はがっつりとしたご飯を食べていた。
「最近のアップデートがかなり大型でさ。ぶち広いオフィスが追加されたの知ってるか?」
「んぁ、見た見た。なんかどんどん派手になっていくよな」
元とはよくゲームの話をする。
俺はゲームはあまりしないが実況などはよく見ている。
対して元はゲーム好きだ。だからそこそこ話が合う。
何が良かっただのあのゲームは面白そうだのと話していると隣が一段と盛り上がったのに気づく。
「ねぇねぇ義人! 海行こ!」
「急やなぁ」
「茜ちゃんと話してて夏休みに海に行こうってなったんだ。それでよければ谷村君もどうかな? あ、もちろん元は一緒だから」
「海かぁ」
どうせ夏休みは部活とバイトくらいしか予定はない。
「そうだな。高校最後の夏休みだし、少しはしゃぐか」
それからは四人で計画を練って日が暮れる前に解散することになった。
テストが終わり、一学期の終業式が終わり。
三年最後の夏休み。
俺たちは計画通り朝早くから駅に集合した。
「それじゃ行きますか!」
テンションの高い茜に引っ張られて四人は電車に乗る。
ここから大体一時間もしないところが今回の目的地だ。
本州から少し離れた島で本州とつなぐ橋入り口の光景はよく地元のパンフレットで使われるほどきれいな光景だ。
電車からバスに乗り換えてしばらく行けば見えてくる綺麗な大橋。
海は燦々と降り注ぐ陽光を反射して煌めていた。
「いぇーいっ」
「あははっ、砂が熱いっ」
地元だけでなく全国的に少し有名なため夏休みといった時期はかなり混む。今日も例にもれず人の数は多い。
水着に着替えた茜と飯野さんが楽しそうに笑いながらかけていった。
茜はデニムのボトムに黒いビキニで飯野さんはオフショルダーのフリルの付いた青いビキニだった。
「熱い」
「だなぁ、でも夏って気分になれて俺は海好きだぞ」
男二人はそんな二人を微笑ましそうにしながら傘をたてるなり準備を進める。
「うん、似合ってるな」
茜の水着は元気な茜によく似合っていた。
「お前よく恥ずかしげもなく言えるな……」
隣では素直に水着を褒める俺を変なものを見るように元が見てくる。
「水着くらいでどうこうなるほど付き合いは短くないからなぁ。水着とか今更感があるみたいな。てかこれするな元のほうやろ。褒めてやったら彼女も喜ぶと思おうぞ?」
「……後でちゃんと言うよ」
照れた様子の元に軽く笑えばそっぽ向かれてしまった。
暫く傘の下でいつものように元と話していると疲れた様子の飯野さんが戻ってきた。
「茜ちゃん元気すぎー。ちょっと谷村君チェンジ」
「了解」
ぱちんとハイタッチして飯野さんと場所を変わる。
件の茜は一人で海ではしゃいでいた。
「よっ、楽しいか?」
「うんっ、やっぱ海はいいね!」
「そっか」
茜とともに少し泳いで沖のほうへ。ゴーグルをつけて海を覗けば透き通った海水に綺麗な海底が良く見えた。
「ん、今タコがいた」
「なにっ、義人捕まえて!」
「ふふ、了解」
茜の指令に息を吸って一気に潜る。
そのまま先ほどタコが見えた場所を覗けば、いた。
噛まれないように捕まえて岩肌から引きはがす。
「ぷはっ、どうよ」
「あははっ、義人の腕に絡みついてる!」
タコの吸盤が腕に張り付き若干痛い。
だが楽しそうな茜を見れたのなら気にするほどのことでもなかった。
その後十分以上に遊んだ俺たちは日が暮れる前に帰宅した。
電車内では疲労から茜と飯野さんが眠ってしまった。元も眠そうにしていたため俺が起きているからと眠ってもらう。
肩に寄りかかる茜の重みに微笑む。
久しぶりに外で遊んだが、結構楽しかったな。
ミーンミーンとセミが鳴く中、俺は袴に身を包み射場に立っていた。
的を見据え弓を打ち起こす。そのままスライドさせ大三。ゆっくり息を吐きながら引き下ろし引き分け。ぎりぎりと弦が鳴りながら引き絞って会。狙いを定めつつ五秒程度の間を開けてスッと矢を放って離れ。小気味よい音が鳴り、しかし矢は的を化するように安土に突き刺さった。矢を放った姿勢で三秒程度残心を取って弓を下す。すり足で射場を出れば外にあるため池のような使われていないプールのそばで茜と元が待っているのが見えた。
「よっ、お疲れさん」
「最後惜しかったねぇ。当たっとれば全部あたりだったのに!」
日照りに汗をしたらせた二人が寄ってくる。
「お前らあんなとこで熱くないんか?」
「あつい―」
とってきたタオルで茜の汗をぬぐってやってれば最後の矢を射った飯野さんもやってきた。
「どうしたの二人とも?」
「ちょうど学校で藤原とあってさ。ついでだから綾子たちが終わるまで待とうと思ってな」
飯野さんはわざわざやってきてくれた元に嬉しそうに微笑んでいる。
「ねぇねぇ義人!」
「ん?」
「夏祭り行こう!」
「あぁ、あれか」
毎年この時期になると地元の夏祭りがある。それには茜に誘われて毎年行っていた。
「今回はあやちゃんたちも一緒にどうかなぁって」
「いいんじゃないか?」
「ねぇねぇどうせなら浴衣でいかない?」
「浴衣か。茜に付き合って買ったやつがあるけ俺は大丈夫だけど、元はもっとるん?」
去年茜に強請られて一緒に買ったやつだ。身長もそこまで変わってないし問題なく着れるはず。
「俺も大丈夫だぞ?」
「じゃぁ決定だね」
夏祭りは明後日だ。今からとても楽しそうにしている茜を疲れるぞと窘める。
ふいにいつだったか見た夢が脳裏をよぎる。
鼓動が若干早くなって、茜を見るとずきっと心臓が痛む。だがあれはただの夢。茜はこうして今も。
「どうしたん?」
「……ん、いやなんでもないぞ」
覗き込んできた茜を心配させまいと平静を装った。
三日後。
「よしっ、それじゃ行こっか!」
「だな」
相変わらず元気な茜を連れて元たちとの合流場所へ。
茜は名前からとったのか赤にもみじの柄の浴衣を着ている。頭には簪を刺して髪をまとめている。対して俺は紺色の柄は縦縞しじら。
「んー、浴衣って綺麗でかわいいけど動きづらいなぁ」
「まぁ和服は着慣れてないと違和感強いだろうな」
「義人は弓道着で着慣れてるもんね」
「袴じゃないから少し違和感はあるけどな」
時間通りに合流場所につけばすでに二人ともそろっていた。
元は灰色に柄は麻の葉だ。ガタイがいいからかよく似合っていた。
飯野さんは白に紫陽花の柄だ。茜とは違い髪が短いため編み込むだけで簪を刺したりはしてなかった。
合流した四人で会場に向かえば徐々に人に密度が濃くなっていく。
ただ昔と比べてその混み具合は減っている。比例して祭りの規模も小さくなっていくが。やはり田舎だからその辺は厳しいのだろう。
かき氷や焼き鳥、たこ焼きを買ったりして祭りを楽しむ。
時に人込みにのまれはぐれそうになった茜の手を引いて、
「っ」
ふいに言葉に表せない不安が募る。
だがそれも一瞬。すぐに消え去った。
「花火見るなら港のほうかな?」
「だな」
港に行けば場所は開けている。だが人が壁となって背の小さい茜や飯野さんは見づらいようだ。
「もう少し人の少ない場所を探すか」
そういって人の少ない場所を探す。
「ッ」
よぎる夢の光景と現実の光景が重なる。
進んでいるといつの間にか元たちとはぐれてしまった。
携帯を見れば連絡アプリに飯野さんと一緒にいるとメッセージが来ていた。
「今から合流しようとしても間に合わないかぁ」
「まぁ今回は分かれてみよう。花火が終わったあとで合流すればいいし」
茜が人込みに流されそうになるため手を引いて歩く。
そして、
ドンッ
「わぁっ、きれい!」
「……あぁ」
夜空に色とりどりの花が咲いた。
黒いキャンバスに明るい色が映えて、揺らいだ空気に心臓が脈打つ。
「すごい! すごい綺麗だね!」
『すごい! すごい綺麗だね!』
夢の彼女と現実の彼女が重なった。
目を輝かせ興奮した彼女はかつての幼い彼女のようで、
しかし、
「あぁ、綺麗だな」
とても綺麗だった。あの頃よりもっと。彼女は、茜は綺麗になっていた。
この光景が、ずっと見たかったんだ。守りたかったんだ。
「本当に、綺麗で……」
茜がもっと近くで見たいと道路を挟んだ先へと駆ける。
かける彼女の後を追おうとして、よぎる夢。いや、記憶。
嫌な予感があふれだす。
彼女を止めようと駆けて、気づく。
夜空に咲く花とは違う明かりに照らされていることに。
破裂音にまぎれて聞こえるエンジン音が近づいている。
咄嗟に体が動く。
だが彼女と自分との距離は遠く。
車のほうが少し早くて。
「茜ッッ!!」
無意識に叫ぶ俺の声に反応した彼女がこちらを向いた。
いまだに車に気づいておらず、花火に目を輝かせたその表情はとても綺麗で……、
――――――あぁ、そうだ。あの時。茜が車に轢かれそうになって。
――――――咄嗟にかけたんだ。彼女を助けようとして。
――――――でも車のほうが早くて。
――――――咄嗟に彼女を突き飛ばしたんだ。
――――――それで俺は、俺は……おれ、は。
車に轢かれたのは、俺だったのか。
「ッッッ!?」
私はベッドから跳ね起きる。
息を荒げ額から滴った汗が顎を伝う。
全身がべっとりと汗で濡れて気持ちが悪い。
「……夢」
いや、夢じゃない。記憶だ。
かつての。十一年前、私がまだ七歳だったころの……。
「……義人」
忘れられない幼馴染の名をこぼす。
あれから義人の顔は見ていない。いや、見れない。
だって義人は、義人はもうッ。
「よし、ひと……」
ねぇ、私の手を引いてよ…………。
私は義人の家に来ていた。
訪れるのは十一年ぶりだ。あれから一切この家には近づかなかった。義人のことを思い出してしまうから。
でも今日改めて訪れた。
正直来たくなかった。
辛いから。
でも、いつかは向き合わないといけないと思っていた。
あの夢はきっと現実と向き合わない私を起こった義人が見せたのだろう。
呼び鈴を鳴らしてしばらくすると扉が開いた。
「はーい、どちら様ですか、って……茜ちゃん?」
出てきたのは義人のお母さんだ。
「……お久しぶりです、おばさん」
十一年ぶりに見たおばさんは私の顔を見て驚いていた。
「いやぁ驚いたわぁ。茜ちゃん元気にしている?」
「あ、はい」
おばさんに通されて懐かしいリビングで腰を下ろす。
おばさんはジュースとお菓子を用意してくれて対面に座った。
「何年振りだっけ?」
「十一年ですね」
「あら、もうそんなに経つのねぇ」
そういっておばさんが私を見てくる。
つい視線を逸らしそうになって、抑え込む。
「それにしても、茜ちゃん綺麗になったわねぇ」
「……いえ、そんな」
「もうっ、そんな堅苦しくしなくていいのよ? 昔みたいに接してくれたほうがおばちゃんもうれしいわ」
おばさんはそういって悲しそうに笑う。
「ごめんなさい……」
「謝らなくていいのよ。それで今日はどうしたの?」
「…………義人に、会いに来たの」
「……そう」
私は零れそうになる涙をこらえていった。
おばさんの顔が見れなくてうつむいて。
「そうねぇ。茜ちゃんももう大きくなったし、今も義人のことを大事に思ってくれてるようだし話してもいいかな」
「?」
おばさんの物言いに違和感を覚えおばさんの顔を見る。
優しく、嬉しそうな顔。そしておばさんは言った。私が思いもよらなかった言葉を。
「義人は、生きてるのよ」
「ッッ!?!?」
「義人…………」
私の目の前で義人が眠っていた。
安らかに。まるで死んでいるかのように身じろぎせず。
それでも触れれば脈があって、しっかり呼吸をしていて。
義人は生きているのだ。
「あの時義人はね、病院に運び込まれてどうにか一命をとりとめたの。でも義人の意識が戻ることはなった。お医者さんが言うには植物状態なんだって。体は生きているのに意識が戻らない。この十一年間ずっと眠ったままなの」
義人の家でおばさんにそう聞いた。
義人が眠っているという場所を聞いて、すぐに駆け付けたのだ。
「なんで、黙って……」
ずっと私は義人が死んだものだと思っていた。おばさんも、私のお母さんとお父さんも何も言わないから。
だからなぜ黙っていたのかと聞いた。
「茜ちゃんに義人がこの状態で生きているって言えば茜ちゃんの重荷になると思ったからよ」
もし今後もこの状態でずっと眠っていたら。
もしそれを私が知っていたら。
きっと私はそれを抱えていられず重さにつぶされてしまうと思ったから。
これはまだ十代にもなっていない子供には抱えきれるものではないと。
義人の両親と私の両親で話し合って決めたのだと。
もし私が大人になって、それでも義人のことを覚えていて、大事に思っているのなら。
その時まで義人が目を覚まさなければ真実を伝えようと。
それ以前に義人が目覚めるかもしれない。その時はその時で私に伝えればいいと。
だからこれまで何も教えてくれなかった。
だけど今日、私が義人の家を訪ねた。
そして私と話しておばさんは真実を教えてもいいと思ったのだと教えてくれた。
「ねぇ義人、起きてよ。ねぇ……」
義人の手を握る。
細い。筋肉も脂肪も全然ついていなくて骨ばっている。
夢で見た、夢で触れてくれた義人とはかけなはれていてそれが痛みとなって私を襲う。
「よしひとぉ…………」
握った手のひらを額に押し当てる。
脈を感じて生きているのだと実感できた。
ピクリとも動かないから意識がないのだと理解できた。
それでも願わずにはいられない。
今、義人が目覚めてくれたのならと。
「っ……っぁ―――――ッ!」
声を押し殺して涙を流す。
お願いだから、目を覚まして。
「ッ、い、今……」
動いた。ピクリと。ほんの少しだが確かに指が。
震えながら義人の手を見る。だが動かない。
やはり勘違いだったのか。
諦めかけた瞬間、今度は確かに動いた。動いたのを見た。
「ぁ、よし、ひと……」
そっと腕を伝って穏やかに眠っていたはずの顔に視線を向ける。
細くこけていた頬。伸びきった髪、優しく瞑られていた瞳。
瞼がピクリと動き、ゆっくりと開かれていく。
天井をぼんやりを見上げる目が、次第に私に向いてきて。
柔らかく微笑んだのだ。
「義人ッ!!!!」
それからはよく覚えていない。どうすればいいのかわからず確かナースコールを押して、駆け付けた看護師さんが目を開けた義人に驚愕していたのは覚えている。
ただ嬉しくて怖くて、その先はあいまいだ。
気づけばおばさんが血相掻いてやってきていて私は両親に連れられて家に帰っていた。
家に着いた私は自分の部屋に戻ってしばらくぼーっとしていた。
どれくらいかはわからないけど、ふいに今までのことが夢だったのではないかと不安になってしきりに両親に確認していた。
何度も何度も聞いてくる私に両親は煩わしそうにせずしっかりと答えてくれる。そして心の底から嬉しそうに、良かったねと言ってくれるのだ。
「義人! 今日は篠田君とあやちゃん連れてきたよ!」
義人がいる病室の扉を開けたら伸びた髪を結った義人がベッドでラノベを呼んでいた。
「茜、篠田君とあやちゃんっていうといつも茜が話していた?」
「そう! 二人が義人に会いたいって。私も義人に二人を紹介したかったの」
そういって私は道を開ける。
病室の外で待っていた篠田君とあやちゃんが遠慮気味に病室に入ってきた。
「あぁ、篠田元だ。藤原からはよくお前の話を聞いているよ」
「私は飯野綾子です。茜ちゃんがいつも谷村君の話をしてるから会ってみたいなともって。急にごめんね?」
「いや、いいんだ。知ってるかもしれないけど谷村義人です。二人ともよろしく」
かつて夢で見た。
義人と私と、あやちゃんと篠田君が四人で集まって話している光景を。
それが夢だというのに懐かしくてつい視界が歪んでしまう。
「ちょ、どうしたの茜ちゃん!?」
「おぉう、どうしたんだ?」
「……茜?」
「ご、ごめんね。つい嬉しくて」
慌てて涙をぬぐう。
「義人も、急に二人を連れてきちゃったけど、大丈夫ったった?」
「あぁ、正直俺も二人にあってみたかったんだ。どうしてか茜の話を聞いていると今まであったことのない人だとは思えなくてさ」
「あぁ、俺もお前と合ってみてそれを思った。なんか初対面って気がしないんだよなぁ」
「ふふ、実は私も。不思議だね?」
三人はわからずに笑っている。
あの見た夢は、ただの夢じゃないのかもしれない。
だって義人は夢の義人と変わらない。十一年も眠っていて、それに眠ったときはまだ七歳の子供だったのに妙に落ち着いていて、やっぱりラノベが好きなところがあって。
「なぁ義人、また来てもいいか?」
「あぁ、いつでも遊びに来てくれよ。元の好きなゲームはないけどさ」
いつの間にか義人と篠田君がとても仲良くなっている。夢みたいに名前で呼び合っているし。
その光景がとても安心できた。私の知っている、私だけが知っている内緒の光景。
「ねぇねぇ! 義人が退院出来たら四人で遊びに行こうよ!」
だから私は提案するのだ。
あの夢みたいに、あの夢を超えるくらいの楽しい思い出を作るために。
三人は笑ってうなづいてくれた。
これは泡沫の夏の物語。
存在しない、けれど私の中にはしっかりと残っている楽しかった思い出の記録。
でももう途中で終わったりしない。
夢から目覚めることももう起きることはない。
これからは揺るぐことのない確かな一生の物語が始まる。
私は義人とともに、その道をいつまでも歩んでいくのだろう。
完
どうでしたか?
「感動した!」「泣けた!」「予想外だった!」なんて感想がいただけたら作者としても作品の狙い通りで嬉しいのですが。
正直ラストは義人を死んでいることにするか生きていたことにするか悩みました。でも私はやっぱりハッピーエンドが好きなので……。
感動もののつもりで書いたのですが、こういった作品はあまり書いたことがなかったのでいまいちだと思った方もいるかもしれません。
そこはまぁ今後の頑張りでより良い作品を生み出せたらなぁと思っています。
次いつ投稿するかは全く決めていませんが短編だったり連載だったり投稿したいと思えたものがあったら載せていきたいと思います。
その時はぜひ読んでもらえたらと思います。