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9.私を変えてくれた人

※栞視点です。

「ただいまー」


 巻斗くんの家から、自宅へと帰還。

 電車を利用するのは久しぶりだったから、混んでなくてよかった。


「おかえり。どうだった? 荒川くんのお家は」

「おおお家!?」


 玄関をくぐった瞬間、お母さんからの爆撃に遭ってしまった。何で分かったんだろ? 遅くなるという連絡だけをして、行き先は伝えてなかったのに。


「なんでそう思ったの?」

「栞、昨日から少しおかしかったもの。真剣な眼差しでパウンドケーキを作り出したかと思えば付けたこともないコンタクトを付けて、何度もお辞儀の練習をして。どこかに挨拶しに行くんだろうなって思ったんだけど、その『どこか』って一つしかありえないでしょ?」

「うう、たしかに……」


 さすがお母さん。病院で患者さんの状態を把握するのが上手いと評判だけど、その洞察力は患者以外にも発揮されるみたい。


「ちゃんと挨拶できた?」

「うん。巻斗くんのお母さんは私たちの交際にノリノリだったし、妹の未稀ちゃんもいい子だったよ」


 はい、とお土産のチョコクッキーを手渡しながら今日の報告を伝えていく。最初こそ私のことをレンタル彼女なんて呼んだ未稀ちゃんだけど、話してみるとただお兄ちゃんに彼女が出来たことが信じられなかっただけみたい。最初の反応も、巻斗くんのお母さんと一緒でずっと心配していたのに、それをうまく伝えられなかった結果なんだろうなって思う。巻斗くんはずっとウザいって言ってたけどね。私は未稀ちゃんとももっと仲良くなりたいな。


「よかったじゃない。これで晴れて両家公認カップルね」

「えへへ……」


 思わず笑みが漏れちゃった。ちょっと前まで夢のまた夢だと思っていた生活が急に手に入ったので、未だに心がフワフワしてる。


「このことを知ったらお父さんも喜ぶでしょうね。だって荒川くんが彼氏なんだもの」


 遠くを見つめながら、お母さんが呟いた。単身赴任中のお父さんのことを考えてるのかな。お父さん、早く帰ってこれるといいなぁ。


「荒川くんが彼氏でほんと良かった。お母さんもお父さんも、中学生の時の栞をずっと見てたから。二人ともすっごく心配していたのよ? 人見知りを拗らせて、寂しそうにしていた栞のことを。それが、荒川くんのおかげでいつの間にか毎日笑顔を見せるほどにまで元気になって。知ってるかしら? 久しぶりに栞が笑った日の夜、こっそりお祝いパーティを開いたのよ。栞を元気にしてくれた子との交際、お母さんまで嬉しくなっちゃう」

「ぱ、パーティ? そんなことしてたの?」

「大好きな娘にいい変化があったんだから当然よ」


 お祝いパーティを開いていたなんて初めて知った。忙しいなか、私が話したい時はいつも耳を傾けてくれたお父さんとお母さん。口を開けば巻斗くんの話ばっかりだから聞き流しててもおかしくないのに、ちゃんと聞いて、考えてくれてたんだね。


「それで? 荒川くんは栞のことを大事にしてくれてる?」

「うん。もうね、やっぱりすごいの、巻斗くん! 男の人から話しかけられてる所を助けてくれたり、お弁当を美味しいって言ってくれたり。それに、それにね……す、す、好きって。巻斗くんがね、私のこと、好きって……」

「そうでしょうね。好きじゃなかったら中学の時もそこまで助けてくれないでしょうし」


 ……その時は、巻斗くんは別に私のことが好きじゃなかったんだけどね。

 でもそれは内緒。話がややこしくなってしまうだろうし。



 今私は自分の部屋で布団にくるまっています。

 巻斗くんのことを話しているうちに、どうしても恥ずかしくなり、一人になりたくなってしまったからね。


「あー、夢みたい! こんなに幸せでいいのかな!」


 夢ならば覚めないで、という言葉がぴったりな現状。全然慣れない。

 だってあの巻斗くんだよ? 私も未稀ちゃんと同じ立場なら信じられなかったはず。

 私のことを知っているだけでもビックリなのに、好きだなんて……ね?


 布団を傍にやってベッドに寝転ぶと、ここ数日で生まれた巻斗くんとの思い出が頭の中にどんどん浮かんでくる。


 まずは告白をした時。

 本来は自分の気持ちに整理をつけるためにした告白のはずだった。はずだったのに……! 

 ずっと巻斗くんのことを追い続けていた私は、巻斗くんが私どころか全女性に興味がないことを一番よく知ってた。だからオッケーがもらえるわけがない。そう思っていたはずなのに……。


「私、今、巻斗くんと付き合えてるんだよね……」


 どんな奇跡が起こったんだろう。何がきっかけなのか結局分かってない。最初は気持ちを隠し続けてたのかなって思ったけど、立花くん曰く違うらしい。唯一分かってるのは、巻斗くんが急に私のことを好きになってくれたってことだけ。


 何はともあれ、みんなが後押しをしてくれなかったら、いつまでも勇気が出せなかっただろうから、感謝してもしきれない。

 行動がないと奇跡はついてこない。そういう意味では、奇跡を起こしてくれたのはみんななんだろうね。

 今度、久しぶりに顔を出してみようかな。人見知りを直すために入ったとはいえ、いつまでもおサボりしてると神様に怒られちゃうかも。


 なんて考えていると、告白の時に口走ってしまった台詞が唐突にフラッシュバックしてきた。


「んん〜ー!! 私、なんてことを!!」


――私と、結婚してください!


 唐突に口から飛び出した世迷い言。

 それに対しての巻斗くんの返答は、確か……。


――最高の結婚式にしような、栞。


 ああ、カッコいい! カッコよすぎるよ! 巻斗くん!

 なんであんな清々しい顔でそんなことを言い切れるの! あの時は思わず倒れそうになったけど、彼が気を失いかけていることに気付けたおかげでなんとか平静を保てた。ギリギリ、ほんとギリギリのところだったけど……。


 その台詞が脳内をずっと駆け巡ってくるから、いつの間にか足をバタバタさせちゃってた。


 その後も、巻斗くんはずっと積極的に接してくれる。サラッと人助けをする巻斗くんのカッコいいポイントが、今は全ての矛先を私に向けて襲いかかってきてる。


 いつも開口一番に「可愛い」と言ってくれる巻斗くん。

 巻斗くんに少しでも良く見られようと努力していた私にとって、その言葉は一番の褒め言葉だよ。


 思えば。

 弁当を一緒に食べようと誘ってくれたのも、恋人繋ぎという特別な繋ぎ方を提案してくれたのも。

 デートに誘ってくれたのも、私にエビフライを食べさせてくれたのも。


 全部、全部、巻斗くんからだったな。

 私は、彼の優しさに甘えてばかりで、何も行動を起こせていない。

 そんなんじゃいつか彼の気持ちが離れてしまうかも。心配だな……。


 だって、巻斗くんはとっても優しいから。

 彼の優しさを知ってしまえば、もっと綺麗な人が巻斗くんのことを好きになってしまってもおかしくない。そうなったら、私には勝ち目なんてない。


 ……これは早急に何とかしなきゃ!

 何せ、巻斗くんは今でこそ私のことを好きでいてくれてるけど、私ほど気持ちは強くないだろうし。

 なんてったって、私は中学のころからずっと大好きだからね。それに対して巻斗くんはたったの数日。


 もっともっと、巻斗くんを私の虜にしてしまわないと、重さが釣り合わない。


「……虜、か。どうすればいいんだろ」


 私には恋愛の経験がない。長年陰から見守っていただけなのに急に表舞台へ引っ張ってこられても、どう踊ればいいかなんて分からない。シンデレラみたいに魔法で何とかなったら楽なんだろうな。魔法のないシンデレラなんて、ただの灰まみれ人間だ。


「……マズい。すぐ取られちゃう」


 まだ見ぬ架空の恋敵に震えあがってしまい、もう一度布団にくるまった。


 何か、何かヒントがあれば……。

 えーと確か、巻斗くんが私のどこが好きかを語ってくれたはず……。

 えっと、何だったっけ。


――俺のことをめっちゃ好きでいてくれる所かな。


「もう!!! あの天然たらし!!!」


 それは私が一番自信のある分野じゃん!


 自慢じゃないけど、この世界で一番巻斗くんのことが好きなのは絶対私。

 それが、巻斗くんが私のことを好きでいてくれる理由なのならば……。


 私は、もっともっと、誰にも辿り着けないくらいに巻斗くんのことを好きにならなきゃね。

 今でも巻斗くんのことは大好き。それはもう、とっても。

 その気持ちを膨れ上がらせればいいのかな。それなら簡単じゃん。だって、私のこの気持ちは日に日に強くなっているんだから。

 告白をした時とは比べ物にならないくらい、巻斗くんへの感情は膨れ上がっている。

 巻斗くんが私のことを好きでいてくれること。それこそが、私の巻斗くんへの気持ちを膨らませるポンプになっているような気がする。


 つまり、巻斗くんが私のことを好きでいてくれれば、私も巻斗くんのことをもっと好きになれて、そうすると、巻斗くんも私のことをもっと好きになってくれて……。って、あれ?


 マズい、混乱してきた。


「とにかく、巻斗くんのことを全て受け入れればいいんだよね! 自分で言っててどういうことなのか分かんないけど!」


 当面の予定は巻斗くんとのデート。楽しみだなぁ。

 巻斗くんカッコいいんだろうな。また恋人繋ぎしてくれるかも。あの繋ぎ方、巻斗くんを身近に感じられるから大好き。

「荷物持つよ」とか言われたらどうしよ! 絶対かっこいいよね! きゃー!


 ……一旦落ち着こ。えっと、今週の土曜日にデートをするって言う約束だったはず。

 今朝貰ったクーポン券を眺めながら、まだ見ぬ初デートに想いを寄せてみる。


 確か、二人で一つのパフェを食べるんだよね。


 ……あ!

 巻斗くんにもっと好きになってもらうとっておきの方法があった!

 私にエビフライを食べさせていた時の表情を思い出すと、成功間違いなしな気がする。

 また新しい思い出が出来そうな気がしてきて、思わず顔が綻んじゃう。


 ……それにしても。


 何で巻斗くんはあんなに積極的に接してくれるんだろ。

 私のことが好きとはいえ、ちょっと前の巻斗くんではありえない言動が多い気がする。カッコいいのは変わらないんだけど。


 何か、あったのかな。

 巻斗くんの考え方を塗り替えるような、重大な何かが。


 ……ちょっと心配だな。変なことに巻き込まれてないといいけど。


 巻斗くんはいつも私に心配だって言ってくれるけど、私だって同じ気持ちなんだよ?

 彼女として、彼氏の変化が気になってしまうのは当然のこと。

 今の所良い方向への変化だし気にしない方がいいんだろうけど、彼の顔に陰りが生まれないかは注視しておかないとね。

 

 巻斗くんの身に何かあったら、絶対に助けてあげよう。

 助けられっぱなしだと癪だしね!

 夫婦は助け合い、だし!


 あ、私今夫婦って……。


 勝手に自爆して赤面していると、携帯が震えだした。その主は巻斗くん。


「……もしもし。どうかしましたか?」

『いや、用はないんだけどさ。ちょっと声が聞きたくなっちゃって』


 ……思わずスマホを投げそうになっちゃった。


 全く、巻斗くんははどんだけ私の心を握り締めれば気が済むの!

ブックマーク1000突破ありがとうございます!

4桁なんて夢のまた夢の話だと思っていました……。

ジャンル別の週間ランキングでもまさかの10位!

毎話感謝のあとがきが絶えません……。ありがとうございます!


4/8追記

めちゃくちゃ書き換えました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんだ、ただの天使か
[一言] 彼女が主人公が変わった事に疑問を覚えていますが、 真逆、夢の中で寝取られた上に、他人に興味が無かった筈の自分が誰かを好きになれると判明した、なんて、それこそ夢にも思わないだろうな。
[良い点] 一方的に与えるだけでも与えられるだけでも不安は募りますよね。 もしかしたら自分だけなんじゃないか…みたいな。 自分からも積極的に行こうとする栞ちゃんはイイ!ですね。 最後どこのプリ〇ュ…
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