8.信じてくれた妹
「ここが巻斗くんの家……!」
「あんま気負わなくていいから、な?」
ゴクリと唾を飲み込む栞。宥める俺も、妙に緊張して固くなっている。
深呼吸を一つして、ドアを開ける。
「ただいまー」
「お邪魔します」
俺に続いて家に入る栞。
「お帰りなさーい! ……あ、巻斗の彼女さんね! ようこそ。こんな家だけど、ゆっくりしてってね」
「初めまして。巻斗くんとお付き合いをさせてもらってます水谷栞といいます。よろしくお願いします」
出迎えてくれた母さんに、栞はペコリとお辞儀する。
「あの、パウンドケーキ作ってきたので、よかったら食べてください」
そう言って母さんに包みを手渡した栞。謎の荷物があるなと思ってはいたけど、手土産を用意してくれていたとは。しかも手作り!栞の手作りパウンドケーキとか世界一のデザートじゃないか。
「あらいいのに。ありがたくいただきますね」
包みを受け取ると、今度は母さんが挨拶を始めた。
「巻斗の母です。うちの子と付き合ってくれてありがとね。この子ったら全然人に興味がないから、心配だったのよ。晩年は孤独死するんじゃないかって」
「私がそんなことはさせません! 一生添い遂げます」
今のって結構ダイレクトな逆プロポーズだよな。しかも相手の母親に対して。
人見知りのはずなのに結構大胆なことをやるな、栞。
なしになったとはいえ、一度逆プロポーズを受けた身である俺はその言葉にも怯まず堂々としていられた。
……栞、まだそんな風に思ってくれているのか。
否。結構動揺していた。更に言うと、栞も自爆して真っ赤だった。
「まぁ! これで我が家も安泰ね。さ、上がって上がって」
母さんの言葉でやっと硬直が解け、リビングへと入った。
「紅茶は好きかしら?」
「はい、お気遣いありがとうございます」
「俺は麦茶で」
「あんたは自分で注ぎなさい。あ、そこのお菓子持ってきて」
ちぇっ、息子使い荒いぜ。
自分の分のお茶と栞へのお菓子をリビングのテーブルに運ぶ。
我が家は全員チョコチップクッキーが好きなので、家には常備されているのだ。ちなみに俺は最近飽きてきた。
「巻斗、よくこんな可愛い子捕まえたわね。そういうのに奥手なあんたが」
「本当、それには完全同意。栞と付き合えたのは奇跡だよ」
「いえいえ、私なんて、そんな……」
栞が俺たちの言葉に縮こまってしまう。それに構わず、母は話し続けた。
「どうやって落としたの? せっかく出来たんだから、一生大事にしなさいよ?」
「別に落としたわけじゃないけど……。言われなくてもそうするよ」
唐突にジト目になる母さん。え、何か間違えた?
「ちょっと前のあんたなら『彼女なんてうっとうしいだけ』とか言いそうだったのに、変わったわね」
さすがに彼女さんの前でそんなこと言ったらゲンコツだけど、と釘を刺しながら母は息を吐いた。
「それは好転だろ。その目やめろ」
「……それで? 栞ちゃん、だっけ? うちの子のどこに惚れてくれたのかしら」
「巻斗くんの好きな所ってことでしょうか? それなら全部なんですが」
「全部!」
栞の発言に唸る母さん。めっちゃ楽しそうな表情してるな。
「まず好きになったきっかけがですね……」
そこから、栞による俺がどれだけカッコいいかのプレゼンが始まった。
栞は急に饒舌になるし、母さんは終始ニヤニヤしながら聞いてるし、今度は俺が縮こまる番だった。
「……というわけです。私はそんな巻斗くんのことが、その……」
「好き、なのね。巻斗ー、愛されてるわね」
母さんそろそろニヤニヤするのやめてもらえませんかね。流石に恥ずかしいんですが。
「というか、巻斗と同じ塾の子だったのね。まぁそのエピソードが事実なら惚れてもおかしくはないわね。やるじゃない、巻斗」
「はい! 中学生の頃からそれはもうカッコよくてですね。私はそんな巻斗くんのことを追いかけて高校を受験したんです!」
「巻斗、背負わなきゃいけない人生が増えたわね」
「やめて……。幸せにする、幸せにするから……。もう俺を褒めるのやめて……」
「そんな……。巻斗くんとお付き合い出来るだけで私は幸せです」
そんな見ず知らずの他人でさえ赤面しそうな空気が漂うなか、玄関のドアが開く音がした。
「ただいまー。あれ? お客さん来てるの?」
「あ、未稀! おかえりなさーい! 手を洗ってうがいをしたら今すぐリビングに来なさい! 今すぐ!」
「え、何何どうしたの!?」
未稀は、困惑したまま洗面所へと向かっていった。
「巻斗くん、あの子はどなたですか?」
「妹の未稀だよ。ちょっと騒がしいやつだから覚悟しとけよ」
「妹さんがいらしたんですね」
「未稀が栞ちゃんのこと知ったらビックリするでしょうね」
不適な笑みを浮かべる母さん。そこへ、手洗いうがいを済ませた未稀がやってきた。
栞を見た未稀は、一瞬驚いた表情をしたが、すぐに戻した。
「それで? どちら様?」
「初めまして、巻斗くんの彼女の水谷栞といいます」
「彼、女、……? あ、妹の未稀です」
お辞儀をする栞に対し、未稀は慌てながらも挨拶を返した。
意外と動揺しないな……。ちょっと悔しい。
「お兄ちゃん、いくら払ったの?」
「おい未稀。流石に俺も金で彼女を買ったりはしないぞ」
「いやレンタル彼女って奴でしょ? だって人を寄せ付けないお兄ちゃんが誰かと付き合えるわけなんてないし」
「未稀、昨日叱ったばかりよね?」
「でもさ、ありえないじゃん! あのお兄ちゃんだよ? 二次元にしか興味のない、あの!」
「もう泣いていいか?」
「巻斗くんはかっこいいですよ! 私では釣り合わないくらい。だから泣かないでください」
「未稀、安心しなさい。栞ちゃんは巻斗にベタ惚れだから」
未稀は空いている席に座り、母さんに詰め寄る。
「何これ? ドッキリでも仕掛けられてるの? 『女っ気のない兄に突然美少女彼女ができたらどうなる?』みたいな?」
「違います! 私は正真正銘、巻斗くんの彼女です!」
「ほら、栞ちゃんもこう言ってるんだから。そろそろ信じてやりなさい」
栞が未稀に反抗する。いいぞ栞もっとやれ。
「まだ信じられないよ……。栞さん、お兄ちゃんのどこがいいんですか?」
あー、その質問しちゃうか……。
「それはですね……」
栞のプレゼン大会、二回戦。
恥ずかしすぎて死ぬからやめて……。
「……お兄ちゃん、男だったんだね」
「未稀は俺を何だと思ってたんだよ」
「オランウータン。あれって群れない唯一の霊長類らしいよ」
「どこで覚えたその無駄知識」
「テレビで見たとき、『お兄ちゃんじゃん』って思って印象深かったから覚えてた」
「未稀の中で俺のイメージは『孤独』で固定されてんのな……」
「安心してください未稀さん。巻斗くんが孤独になることはもうありませんから」
未稀はうんうんと頷き、俺と栞を見る。
「栞さん、お兄ちゃんのことを任せました。それとお兄ちゃん、彼女なんて出来ないって言ってごめんなさい」
やけに素直に謝る未稀に、拍子抜けした。
「未稀があっさり謝るなんて……」
「いやー、だってさ。あんなに惚気られたら流石に認めざるを得ないよ……」
◆
ひとしきり話した後、栞を家に帰す。家に来てくれたお礼として、クッキーを渡した。
「それでは、お邪魔しました。お土産のクッキーありがとうございます。ありがたく食べさせていただきますね」
「それじゃ、駅まで送るよ」
「そんな、そこまでしていただかなくても……」
「やっぱり心配だからさ、彼氏として」
「そういうことなら、お願い……します」
後ろからニヤニヤとした視線が突き刺さるが、気にしない。
駅まで、栞と二人で手を繋いで歩いた。
「うちの人達騒がしかったろ? ごめんな」
「いえいえ、面白い方々だと思いますよ」
「それなら良かったけど」
「それに……」
頬を紅潮させ、俯きがちに呟く。
「私たちの関係を、最終的には快く受け入れてくださいました」
「……まぁ、疑われていたのは俺の方だからな」
照れ隠しで頬を掻いてしまう。俺との関係を幸せだと言ってくれる。受け入れてくれる。
そんな栞のことを、絶対に幸せにしてやろうと思った。
絶対に離さない。他の男になんか靡かせないからな。
……うーん、なんかこれヤンデレみたい。男のヤンデレは好きじゃないのに。
栞のヤンデレは可愛いだろうから見てみたいけど。
「あ、駅に着いちゃいましたね」
「本当は栞の家まで送ってあげたいんだけど、さすがにな……」
「私もそれは心の準備が……」
「じゃ、また明日」
「はい。ありがとうございました。また明日、一緒に登校しましょうね」
寂しそうに手を振る栞を見て、夢の中の彼女を思い出してしまった。
……あの子にあんな顔をさせ、手放すなんて、夢の中の俺は何を考えていたんだろうか。
憂愁の思いで帰路を歩む。
現実の俺と、夢の中の俺は、違う。それでも何故か心は痛むのだった。
◆
夕食後に栞のパウンドケーキを食べたが、思った通り、いや思っていた以上に美味しかった。母さんも「この子の弁当が毎日食べられるなんて羨ましい」と大絶賛。
そして、父さんにも彼女がいることがバレた。
肉食系の母さんに食われるように結婚したらしい父さんは、俺に一言だけ告げた。
「流されるな。流れは自分で作れ」
「父さんが言うと、説得力があるね……」
善処します……。
ライトノベルの書き方の基本っていうのを知ったので、急遽これまでの話を修正しました。
!!や!?を‼︎、⁉︎に変換するというのは、違和感しかなかったので据え置きですが……。
読みやすくなりましたかね?
そして、なんとジャンル別で日間4位にまでしていただけました……。
レビューも貰えましたし、本来ならレビューへの感謝を書くつもりだったんですが、4位が衝撃的すぎて……。
初連載でラノベのいろはもわかってないのに、ここまで応援してくださりありがとうございます!
今回は栞の訪問回です。6話で母と妹があれほど疑っていた理由が伝わればよいかと思います。伝わらなければ、作者の力量不足ということで、家族のことは気にせず楽しんでいただけたらと……。
4/8 書き換えました。妹がウザいのは変わりません。妹がいない方々はブラコンの幻想妹に惑わされて現実が見えていないと思いますが、僕は正直に伝えます。
実は妹ってめちゃくちゃウザいんです。