7.割と優しい人でした
翌朝。俺はスマホの着信音で目覚めることになった。
「……はーい」
完全に寝起きの状態で通話ボタンを押す。誰からなのか確認すらしなかった。
『もしもし、巻斗くん! また昨日の人に話しかけられちゃいました! どうしたらいいんでしょうか!』
「よし栞、通話をスピーカーにしろ」
寝起きではあるが、彼女のピンチならば話は別。栞の声を聞くと眠気が一気に覚めた。
栞が通話をスピーカー状態に変更したのか、男の人のあたふたとした声が聞こえてくる。
俺はその男に話しかけた。
「おい、昨日の今日でまた彼氏持ちの子にアタックするのか? どういう価値観……」
『いやいやいや、別にそういうわけじゃないんす! 今日は昨日のお詫びをしようと思いまして!』
「お詫び? 何の心変わりだ?」
まさかナンパ師にそういう概念が存在するなんて。手当たり次第に女に声をかける外道だと思っていたから意外だ。
『昨日は驚いてすぐに電話を切っちゃいましたが、腹の虫が収まらなくてですね。俺は常識のあるナンパを心掛けてるんで、彼氏持ちなんかには声をかけないようにしているんすよ』
「うーん、朝っぱらから気の弱そうな女子高生を狙うのは常識的とは思えないけどな」
『そう言われると何も言い返せないんすが……。とにかく、俺は誠意を見せたかったんす! んで、お詫びとしてナンパに成功したら使おうと思っていたクーポンを差し上げますんで、それで見逃してくれたら嬉しいっす!』
「いや、許せって言われてもなー。一回彼女が狙われているわけだし……」
『これからは心を入れ替えてナンパをしますんで! あとあなた方には一切関わらないようにします!』
「うーん、それならまぁ。ナンパをやめないのはどうかと思うが」
『俺だって彼女を作るために必死なんすよ。そこには目を瞑ってくれるとありがたいっす……』
「わかった。んじゃ、これからは彼氏持ちに声をかけないように気を付けろよ」
『了解っす! それじゃ、そういうことで!』
そこで通話は終了した。
うーん、意外といい奴だったのか? それとも彼氏に電話をかけるという行為が功を奏したのか……。
まぁ、栞が無事ならそれでいいか。こんな朝から狙われるなんて心配だからな。
……うん? こんな朝から?
現在時刻は約六時五十分。
いや栞さん、昨日より早いじゃん!あんまり早くなりすぎないようにって注意したのに……。
そんなに楽しみにしてくれたのかよ。可愛いすぎるだろ……。
◆
その後、電車に揺られて駅前へと到着。昨日と同じ位置で栞が待っていた。
しかし、今日の栞はいつもとは違った。
「……っ!?」
肩口まで伸びたサラサラの黒髪をふっくらとさせ、唇は潤っており、肌もいつも以上に艶がある。さらに、一番の相違点。眼鏡じゃなくてコンタクトになっている。
うちの学校は化粧禁止のはずなので、すっぴんでこの可愛さを表現しているんだろう。
……俺の彼女、なんというか、物凄いな。
「おはようございます、巻斗くん! ……どうかしましたか?」
「ああ、おはよう。いやな、栞が可愛すぎて。化粧はしてないんだよな?」
「してる訳ないじゃないですか。……そんなに違いますか?」
俺の言葉に反応して真っ赤になりながらも、そう聞いてくる。
「別に、いつも以上に肌や髪のお手入れに気を付けてみただけですよ? あとは眼鏡をコンタクトにしたくらいです」
「それだけなのか……。どうしよう、俺は日を跨ぐごとにどんどん栞が可愛くなっていくように思える」
「そんな……。そんなことないですよ。まぁ、今日は巻斗くんのお家へお邪魔するので、気合は入ってますがね。いつもなら怖くてコンタクトなんて使えませんから」
俺の家に行くからって気合いを入れてくれたのか…感激だ。元から可愛いのに、これ以上可愛くなってどうするつもりなのだろうか。俺はとっくに魅了されているというのに。
「巻斗くんはどっちの私が好みですか?」
「どっちって?」
「眼鏡か、コンタクトか、です。コンタクトは少し怖いですが、巻斗くんの好みに合わせますので」
うーん、難しい質問だな。
眼鏡の栞は、おしとやかな優等生の雰囲気を纏っておきながらどこか小動物のような可愛げを持ち合わせており、可愛い。
コンタクトの栞は、優等生の雰囲気こそ薄れたものの、それを塗り替えるような明るい表情が俺の心を掴んで離さない。
「悩むな。どちらも甲乙つけ難い……」
頭を抱えること数秒。答えを決めた俺は、栞の目を見て答えた。
「俺が好きなのは、栞そのものだ。眼鏡かコンタクトかでは変わらない。どんな栞も、俺は好きだから」
「……その答えは予想外でした」
栞は即座に目を逸らした。それでも隠せないほどに朱に染めて照れている。
「あ! あなたが彼氏さんってすね! おはようっす!」
甘ったるい空気が流れている中に、突然の乱入者。
声のした方を振り向くと、髪を金に染めたイケメン風の青年が立っていた。
と、思ったら、唐突に土下座を始めた。
「昨日は申し訳ありませんっした!」
昨日? 何のことだろうか。初対面だよな……。
そう思っていると、栞がこっそり耳打ちしてくれた。
「昨日、今日と私に声をかけてきた方ですよ」
耳元で囁かれるのはゾクゾクして気持ちいい……じゃなくて。
なるほど、こいつが電話の主か。
しかし土下座をされたままというのは困る。周りの目もあるし。
「まぁ、顔を上げてください」
そう声をかけると、ナンパ師は立ち上がった。
「それで、どうしてまだいるんですか?俺が電話を受けたのは7時前でしたが」
「いやー、俺と同じ過ちを犯す人が出ないように見張ってたって感じですかね……」
「つまり、守ってくれていたと?」
「そうっすね。昨日あんなことをしといて何言ってんだって感じっすが」
低い物腰に、土下座も厭わない潔さ。
やっぱり悪い人じゃないんだろうな。
「彼女を守ってくださり、ありがとうございました」
その行動に敬意を払い、俺も頭を下げる。
「いやいや、せめてもの罪滅ぼしっすから! それじゃ、クーポンで楽しんでくださいね!」
彼はそう言って走って行った。
「あの、巻斗くん。クーポンっていうのはこれのことなんですが……」
手渡されたクーポンには、特大パフェ一つ無料と書かれていた。
「1人じゃとても食べられない量なので、二人で食べてください、とのことでした」
「それじゃ、今度のデートで行こうか」
「デートで、ですか。えへへ、楽しみです」
思わぬ形で手に入れたクーポン。
それを眺めながら、渡してくれた彼に想いを馳せた。
……優しいナンパ師さん、ありがとうございます。この御恩は忘れません。多分。
その後、二人で手を繋いで登校した。もう栞は怒っていないので、恋人繋ぎ。俺はまだこの繋ぎ方に慣れていないが、中毒になりつつある。
恋人繋ぎ、ヤレ。イッパイ。
「栞さんや。ナンパ師さんが実はいい人で助かったのはいいものの、一つ謝ることがあるんじゃないですかね?」
「……あ、あのですね。今日はたしかに昨日より早く着いちゃいましたが、これには深いわけがありましてですね、その、えっと……」
突然慌て出した栞だが、辿々しくも言葉を紡いでいく。
「……巻斗くんの家にご招待され、巻斗くんにデートに誘われて。それに加えて巻斗くんにお弁当も作ってあげられるんですよ? しかも電話越しでしたが巻斗くんが私のことを好きだって……。うう、今思い出しても心臓が破裂しそうです! こんな幸せなことが立て続けに起こってるんですから、早起きするなという方が難しい話です!」
夜更かしじゃなくて早起きな所が、個人的にグッとくる。
「でもな……。個人的にはやっぱり心配だからさ。もっと家でゆっくりしてくれてても良かったのに」
「あ」
今更気付いたような声を出す栞。
……え、マジでその発想がなかったの?嘘でしょ!?
「そうですよね。家で時間まで待機していればよかったんですよね」
「じゃあこれからはそうしてくれよ」
栞に笑いかける。心なしか、二人の距離が少し縮んだ気がした。
◆
そうして学校に着き、教室へ。
栞のコンタクト姿を見たクラスメート達が騒いでいたが、些細なことだ。コンタクトの栞が可愛いのは当然至極だからな。
「ここまで可愛いとは思わなかった……!」と言っていた男子には少しムカっとして市中引き回しの刑に処そうかと思ったが、俺だって栞の存在に気付いていなかったので人のことを言えないな、と思い直した。
そんなことより、今日の弁当は栞のお手製なのだ! 午前の授業はそれが頭にチラつき、全然集中出来なかった。いやそれはいつもか。
とはいっても今日は一段と集中出来なかった。四限目の授業はもはや脳内が栞の弁当に支配されており、いつの間にかノートの端に弁当の絵を書いていた。昨日食べたあの味が忘れられないんだもん、仕方ないよね!
そして、今は待ちに待った昼休み! 昨日のように空き教室へと赴き、栞から弁当を受け取る。
「ああ、いよいよ弁当とご対面か……!」
「そんなにお腹が空いていたんですか?」
クスリと笑う栞。保冷パックに入った弁当を取り出す。弁当箱の大きさは、栞のより一回り大きいくらい。
「いや、今日は栞の作った弁当だからな。楽しみで仕方がない」
「ハードルが高くなり過ぎてないか心配です。お口に合うといいのですが」
伏し目がちに呟く栞だが、昨日の卵焼きで上手なことは分かっているので心配はしていない。
蓋を開けると、そこにはおかずのテーマパークが……!あ、今の食レポっぽいな。
「食べる前からわかる。これ絶対美味い」
「恐縮です」
ペロッと舌を出しながら答えるのめっちゃ可愛い。それをずっと眺めていると、栞からの催促が入った。
「ささ、お食べください」
「それじゃ遠慮なく……いただきます!」
弁当の中身は栞と同じ。一緒に作ってるんだからそりゃそうか。
色彩豊かで、見ても美味しく、食べても美味しい。
「うう、こんなに美味しい弁当が食べられて俺は幸せものだ……」
涙ぐむ俺。困ったように笑う栞。
「大袈裟ですよ」
「本心なんだなー、これが。栞の手料理を栞と一緒に食べられる幸福たるや!」
「そんなに喜んでくれると、作り甲斐がありますね」
照れながらも食べ続けていく。飽きずに食べられる弁当なんて久しぶ……いや何でもないです脳内母さんごめんなさい。
それはそうと、同じ料理を一緒に食べるって、なんだか……、
「家族みたいで、いいな」
「え、それって……」
あれ、今俺何て言った!?
……失言で恥ずかしくなった二人は、頭から蒸気を上げながら弁当を完食したそうな。
現実恋愛の日間ランキング6位ってマジですか…!?今は7位ですが…。いやそれも凄いな。
夢じゃないよね…?
読んでくださり、ありがとうございます!!!
ここまで行くなんて一切想像していませんでした…。
感想も、気付けなかった点を指摘してもらったりと力になっています!
これからも更新頑張ってまいりますので、引き続きお楽しみいただければ幸いです…!