5.二人の過去
他愛もない話をしながら弁当を食べ続けていた俺と栞。
その間も、栞は常に幸せそうな表情をしていた。
その表情を見ると、本当に俺のことを好いてくれていることが伝わってきて、堪らなく癒される。
それでも、どうしても引っかかることがあるんだよな。
何で俺なのか?
顔だけで好きになったわけじゃないだろう。それなら智弘の方がカッコいいだろうし、俺に対してだけここまで心を開いてくれる説明がつかない。
でもな、理由を直接聞くってのもなー……。
妥協点として、少し攻めた質問を投げかけることにした。
「栞のタイプって、どういう人?」
「巻斗くんですね」
うーん、そういうことが聞きたいんじゃないんだ。いや嬉しいよ?ダイレクトに伝えてくれるのは嬉しい。即答なのも嬉しい。でも、謎の解明には一切役に立たないんだ……。
「質問を変えようか。俺のどういう所が好きなの?」
「全部です」
そう来たか……。俺は悲痛な顔を浮かべそうになったが、栞は話し続けた。
「もちろん外見も好みなんですが、私が好きなのは巻斗くんの優しさですね。巻斗くんって、他人に興味がないように見えて結構周りのことを見ているんですよ。人というより、その行動を、ですかね。ヘマをしそうな人がいればこっそりフォローをしたり、躊躇してなかなか前に踏み出せないような人がいれば陰ながら背中を押したり。その人がどんな人なのかに関しては一切気にしていないのに、誰に対しても手を差し伸べることが出来る。それって、巻斗くんだけが出来る芸当なんですよね。そういう所が大好きなんです。だから、全部。巻斗くんの全部が好きです」
頬を赤らめ、語る。
突然饒舌になった栞にたじろぎつつも、心が暖かくなる気がした。
……まさか、ここまで俺のことを見てくれている人がいるなんて。
正直、人助けなんてただの自己満足。感謝なんていらないし、それで誰かが喜ぶならそれでいい、逆に不満があるなら勝手にしろ。そんな魂胆だった。
そう思っていたはずなのに、今の言葉でここまで感情が揺さぶられてしまうとはな。
初めてぶつけられる純粋な好意。それは、どこかこそばゆく、それでいて柔らかかった。
「私も、そうやって助けられた一人なんですよね。ほら、塾の時に……。って、そういえば覚えてないんでしたか。そうですよね。巻斗くんは塾の人のことなんて一切興味がないですもんね。私にしたことも、私に言ったことも、そして私のことも。全く身に覚えがないんでしょうね」
うん?暖かくなっていた俺の心が急速に冷えていくんだが……。
気付けば目の前に座っていた栞がツンとした顔になっている。
なるほど、このせいで冷えていってるのか。栞は俺の心に内蔵されているエアコンなのかな。
って、そんなふざけたことを考えている場合じゃない。何故栞がこうなったのかを解明せねば!
栞は無言で弁当を食べ進める。さっきまでとは違い、一切目が合わなくなってしまった。
オーケーオーケー、状況を整理しよう。まだ慌てる時間じゃない。
さっきまで、栞は俺をベタ褒めしてくれていた。俺が溶けてしまいそうなくらい。
そして栞の過去が語られそうになっていた。俺の未知の領域である、中学生の時の栞の話だ。
そのはずだったのに、話し始めたと思ったら急にツンとしだした。
……そうか。栞は俺が塾のことについて覚えていないから怒り出したんだ!
さすが名探偵巻斗、今日も冴えてるぜ!
それが分かりさえすればあとは簡単。原因をつぶせば……って、あれ?どうすればいいんだ?
……詰んだ。
分析をしているうちに、栞は弁当を完食してしまった。
「…ごちそうさま」
ちゃんと挨拶が出来て偉い。だけど俺とも話してほしいな。
一応俺が食べ終わるまで待っていてくれるようだが、無言を貫いてしまっている。
何もアクションを起こせずに、弁当を食べ終えてしまう。
俺を見届けた栞は、そそくさと教室へと戻ってしまった。
「待て、栞!」
俺も後を追いかける。
ちょうどその時、彼女との弁当タイムを終えた智弘が戻ってきた。
「マッキー、何があった。朝と雰囲気全然違うじゃないか」
「智弘か! 実はかくかくしかじかで」
「『かくかくしかじか』の八文字で全てを理解出来るほど俺は賢くないぞ、ちゃんと説明してくれ」
「いや賢くても理解できないと思うが……」
「いいから話せ」
「はい」
俺は智弘に一部始終を話した。最初は面白そうに聞いていた智弘だが、最後は顔をしかめる。
「彼女持ちのお前に教えを乞いたい! 俺はどうすればいいんだ!」
「……えっとな。俺も一応そういう経験はあるぞ」
「本当か!?」
「ああ、俺の場合は付き合った後のとある出来事を覚えていなかったってだけで、すぐに思い出したから何とかなった。だがお前はそうはいかないだろうな」
「どうすればいいと思う?」
「……俺に言えることは一つだけだ」
俺の両肩を掴み、真剣な顔になる智弘。何だか期待できそうだ。
「死ぬ気で思い出せ!」
「……さいですか」
そうですよね。それしかないですよね。
んなこと分かってるんですよ!
……まぁ仕方ない。彼女持ちの智弘が俺のために考えてくれたんだ。
俺はそれに従うしかない。
とはいっても、塾の時の記憶なんて授業内容や先生に質問したことだけだ。
ここからどうやって栞の過去に迫ろうか……。
◆
俺の奮闘虚しく、放課後になっても思い出すことは出来なかった。
……帰り道でなんとか思い出そう。
「栞、帰ろうぜ」
目も合わせず、声も出さないが、コクリと頷いてくれた。
よかった。一緒に帰りたいくらいには思ってくれているみたい。
しかし、手は握ってくれなかった。
会話もないので、非常に気まずい。
栞との会話でどうにかして記憶を引き出そうと思ったが、そもそも話しかけられないんじゃどうにもならないんだよな……。
今の栞は、どうにも話しかけづらい。まるで、塾の先生のような……。
ん? 何で今塾の先生が出てきたんだ?
俺は、別に先生に質問をすることに躊躇はなかったはず。
それなのに、なぜ話しかけづらい例えに塾の先生の顔が浮かんだんだろうか。
あと少しで思い出せそう。
そう思いながら栞の横顔を眺める。
俺と同じく、話しかけたいけど話しかけられない。そんな表情を浮かべている。
何故か、その表情に見覚えがある気がした。
……そうか、もしかして。
栞はあの時のあの子なのかもしれない。
だとしたら、イメチェンしすぎだろ。分かるわけないじゃん。
「なぁ栞」
「………」
依然無言の栞。なるべく自然に、刺激しないように続ける。
「俺、塾の時の栞のこと思い出したかもしれない」
「……本当ですか!?」
ちょっとだけ喜色を浮かべたが、すぐに表情を戻してしまう。しかし耳は赤くなっているので、少しは進展したようだ。
「……かも、なんですね」
「まぁ聞いてくれ。塾にいた時、俺は受験のことしか考えていなかった。そんな俺が、何故か、既に理解している範囲を質問していたんだ。おかしいよな。普通は分からない所を質問するはずだろ。受験生なら特に。なのに、何でそんなことをしていたのか。それをたった今思い出した」
俺は、塾の時の記憶を必死に繋げていきながら話す。
「いつもどこかオドオドしていて、先生への質問を渋り続けていた子がいたんだよ。同じクラスに。でもその子って必死に勉強していたんだよな。要領悪いのに、必死で。そんな子が勉強以外の原因で潰れていくのなんて見ていられなかった。だから俺は先んじて先生に質問していた。その子が分からない素振りを見せた所を重点的に解説してもらえるように」
話しながら、あの子の顔を思い出す。髪もボサボサで、眼鏡をかけていて、いつも俯いていたあの子。すっかり忘れていたが、俺はその子のことを結構気にかけていた気がする。
「その、いつも先生に質問できていなかった子の名前は、水谷栞。違うか?」
それを聞いた栞は、目に沢山涙を浮かべ、何度も首を縦に振った。
「はい……はい! そうです! 思い出してくれたんですね! それは私です。先生に話しかけられず、いつも助けてもらっていたのは、私なんです!」
「だとしたら分かんないって。見た目めちゃくちゃ変わってんじゃん。前から可愛かったとは思うけど、髪も整えて、俯きがちな頭も上げていて」
「……前から可愛かったって、本当ですか?」
「だから要領悪いって思ってたんだよ。ちゃんとオシャレしたら輝くだろうなってさ」
「それを言うなら巻斗くんもですよ。今でもカッコいいけど、もっとカッコよくなれます」
フフッと笑いながらそう呟く栞。
「栞がそう言ってくれるなら頑張ってみようかな。俺も栞にカッコいいって思われたいし」
「いつも思ってますよ。……でも、なんだか嬉しいです。私も巻斗くんと同じですから」
「同じ? 何が?」
「私も、巻斗くんに可愛いって思われたくて変わったんですからね」
栞が、柔らかい笑みを見せる。
「覚えてます? 私、巻斗くんにありがとうって言おうとしてたんですよ。でも言えなくて、『あ……あ……』みたいな感じになってて。今考えると変人ですよね。そんな私に、巻斗くんがこう言ったんですよ。『もっと自分に自信を持った方がいいよ』って。で、私が『……なんで巻斗くんは、一人でも堂々としてられるんですか?』って言って。これも今考えると相当失礼な質問ですよね。でも巻斗くんは嫌な顔一つせずに答えてくれました」
栞は、一度深呼吸をした。表情が真剣なものへと変わる。
「『このご時世、一人でも楽しめるようになってんだ。そうでなきゃニートなんて生まれないだろ。他人がいないと楽しめない奴なんて二流なんだよ』私、その言葉に救われたんです。それまではひとりぼっちなことに苦痛しかなかったのに、楽しめるようになりました。思えばあれが原因ですね。私が巻斗くんのことを好きになったのは」
赤裸々に語られる俺の過去。その間俺がどうしていたかと言うと……。
顔を真っ赤にして両手で覆っていた!
「……忘れてくれ。それ、俺がイキってた時に吐いた台詞じゃないか。恥ずかしい……」
「一生忘れませんよ。私にとっては大事な思い出です」
「なんでそんなに記憶力がいいんだよ!!!」
栞は数歩前に行き、振り返って、こう答えた。
「好きな人との思い出なんですから、そう簡単に忘れませんよ」
その時の笑顔は、俺の脳に焼き付いて離れなくなった。
……確かに、好きな人との思い出は忘れられないな。
なろう独特の書き方ってありますよね。それを今模索中だったりします。
さて、2日目にしてブクマ数が80を超えていました…。
ジャンル別日間ランキングに載ると凄いですね。pvの桁が変わってきます。
読んでくださりありがとうございます!
これからも毎日、1日1話ほどのペースで更新していくので、
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